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第30話

アーシアさんが距離を詰めるために中央を前進している状況。

水球がアーシアさんに誤爆することは絶対に避けたいから、大柄ゴブリンの右半身を狙うように放った。

体の中心線を狙っていないため、バランスを崩してでも左に跳べば躱せたかもしれないのに、大柄ゴブリンは避けようとはしなかった。

水球ならと甘くみたのかもしれないが、その判断は失敗だったと後悔しただろう。


体に当たった水球が飛沫となって飛び散り、熱湯が奴の顔や鎧の内部に火傷を負わせた。

大型ゴブリンは苦しみつつも、左手で顔を拭いながら牽制するようにアーシアさんに向けて剣を振るった。

その剣をアーシアさんは冷静に盾で受けたが、想定より力が強かったのか反撃の一撃を加えることができなかった。

でも、それでいい。耐えてくれれば戦況はすぐに有利になるのだから。


トリスに吹っ飛ばされた斧ゴブリンは、壁にあたりダメージを受けただろうが戦意を失ってはいなかった。

目の前には、ヒールを受けたがまだ立ち上がれるほどには回復していないニーナ、右斜め前には無防備に見えるメルディ。

斧ゴブリンの判断はヒーラーを潰すことだった。

メルディは指示通りに2度目のヒールを唱え始めてしまうと思い、指示を出さなければと焦ったが、僕は仲間を低く見積もっていたのだと反省することになった。


メルディは敵が自分を標的にしたことを察知し、バックラーとメイスを構えて迎え撃つ姿勢をとったのだ。

今の仲間はゲームのNPCじゃない、ちゃんと自分で考え行動してくれる。そんな当たり前のことに僕は感動を覚えた。


横を駆け抜けようとするゴブリンの膝裏に、片膝立ち状態のニーナがバックラーを打ちつけた。

「アチシを無視するにゃ!」

バランスを崩しながらの力ない攻撃をメルディはバックラーで受け、相手の頭部にメイスをめり込ませた。

蓄積のダメージか、昏倒か、何にしても無力化できた。


「トリス、前へ!」

トリスが頷き、アーシアさんとの共闘へと向かう。

指示しなくてもメルディはヒールを唱えるだろう。

だから僕は、残り少ないMPでできる最善手を考える。

あと『スタン』一発で限界…。

無詠唱だからできる、絶妙のタイミングで使ってやる。

そう、うちの最強アタッカーであるトリスの攻撃にあわせるんだ。


アーシアさんは防御に徹していた。

僕と思考を共有しているかのように、数的有利を待つ戦いを実践している。

やっぱり頼りになるな。

敵の攻撃は重く、盾で受ける度にバランスを崩しそうになるが、攻撃を捨てているため体勢を維持できている。


そこに両手槌を振り上げたトリスが到達する。

受けるのは危険と判断した大柄ゴブリンが後退しようとしたとき、それが僕の狙っていたタイミングだ。

スタンの魔法を使うと、大柄ゴブリンは一瞬硬直し、両手槌が頭部を捉えた。

膝を折り朦朧とした隙をアーシアさんが見逃す筈もなく、エストックが正確に敵の目を貫いていた。


「勝った!」

思わず僕は叫んでいた。危なかったけど何とか勝利をもぎ取った。

「やったのじゃ!」

「危なかったにゃ~。」

「やりましたね!」

「命の危険を感じたのは初めてだ…。」


安堵とともに力が湧き上がり、レベルが上がったことを認識した。

でも今はそれどころじゃない。


「すぐに回収して撤退しよう!」

もうMPもない。できればすぐにでもあの壁の向こう側に逃げ帰りたいけど、倒したからには持ち帰れるものは持ち帰りたい。

「ゴブリンの耳は任せるにゃ。」

「この刀身…、魔鉱製か?。」

「この袋に大量の魔鉱石が詰め込まれているのじゃ。」

「全部、僕のバックパックに入れちゃって。あっ、耳はこっちの革袋にね。」


鉄製の鎧だけは諦めたけど、あとは持ち帰れそうだ。

重さ10分の1でも重く感じるけど、泣き言は言っていられない。

「すぐにここを離れるよ。」

みんなが頷き、すぐに隊列を組んで移動を開始した。


壁の穴をくぐり抜けても、ちっとも安心できなくて、不眠のままダンジョンを出口に向けて進んでいく。

不安で眠れなさそうで、夜営の続きはできそうもない。

僕だけじゃなく、みんなが限界を超えていた。


なんとか出口に辿り着いて朝日を見たときは、みんながヘロヘロと座り込んでしまい、警備兵の二人を驚かせてしまった。


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