第18話
(アーシア視点)
冒険者ギルドを出て、部屋をとっている宿に向かいながら、私は先ほどのやりとりを思い出していた。
あのユウという魔法使いは、初めから私の半端な気持ちに気付いていたのだろう。
貴族の気まぐれと思われたのかもしれない。
まぁ、それも間違いとは言えないか…。
何故冒険者を志したかと問われ、私は何を語ったというのか。
相手には、『挫折したから冒険者でもやってみようかな』くらいに受け取られたに違いない。
それに、近衛騎士になれなかったのも、暗に爵位が低いからだと言ったようなものだ。
あぁ、私は何と恥ずかしいことをしてしまったのだ。
正直なところ、やり直したい。
そもそも、平民である彼女たちに、貴族の娘が爵位の低さを嘆くなど、あってはならない。
いったい、どんな気持ちで私の話を聞いていたのだろう。
彼女たちから見れば、私は恵まれた家に生まれ、何不自由なく育ってきたというのに。
自分の愚かさに苛まれているうちに、気付くと宿に到着してしまった。
父上から与えられたお金で、このような上宿に泊まっていることすら恥ずかしく思えてくる。
1階の食事スペースでは、身なりのいい宿泊客が豪華なディナーを楽しんでいた。
私は従業員の案内にしたがい席に着くと、すぐに前菜とワインが運ばれてきた。
今日の失敗が頭から離れず、ただ黙々と口に運んでみるものの美味しいとは思えなかった。
メイン料理として運ばれてきた魚のムニエルを見たとき、獣人の娘の言葉を思い出した。
彼女は私に、『一緒にお金を稼ごう』と言った。そして、『美味しい魚料理を食べよう』とも。
こんな中途半端な私を、彼女は迎え入れようと声を掛けてくれたのだな。
目の前のムニエルを口に運んだが味を感じることはなく、代わりに目が潤んだ。
こんなものを食べるために、彼女は命をかけてダンジョンに挑むのか…。
いや、違うな。
命を削ってお金を稼ぎ、やっと手の届いたものだから美味しいと感動するのだろう。
与えられたものを享受していただけの私には、得られなかったものだ。
私も彼女達の仲間に加えてもらえたら…。
食事を終えてベッドに倒れ込むように横になり、私は父上のことを考えていた。
父上は平民出身だったが、28年前のダンジョン出現に続いて起きた地上への大規模なゴブリン襲撃に、最後まで抵抗してゴブリンキングを討ち、戦禍を最小限に食い止めたことで、国王から騎士爵を賜った。
父上は私が自暴自棄になっていたとき、当時の私の気持ちを逆撫でることを言ってきた。
『お前は王女のお飾りになりたくて騎士を目指していたのか?』
その言葉に怒って、私は父上に何か暴言を吐いたと思うがよく思い出せない。
冷静になって考えれば、あれも父上が私を励まそうとして言ってくれたのかもしれない。
私は幼い頃、父上に憧れて騎士になるために訓練を始めたのだった。
身を挺して民を守り、王国に平和をもたらした、そんな父上のようになりたくて。
あぁ、どうして忘れていたのだろう。父上は思い出させようとしてくれたのに。
本当に愚かだな、私は…。
(ユウ視点)
昨夜は4人でアーシアさんについて話し合った。
ニーナはあの場で加入が決まらなかったことにショックを受けていたようだし、メルディも前向きに加入を希望するなら断る理由もないと思っていたようだ。
意外にもトリスは慎重で、長く一緒に活動できることと、貴族だからと偉そうにしないのならと条件をだしてきた。
僕もトリスの言うことはもっともだと思う。
少し経験してみて、やっぱり止めたでは、いいように使われたみたいで気分も悪いし、仲間として命を預け合う以上、対等な関係でなければ成り立たない。
アーシアさんが加入を希望してきた場合、そのあたりの確認をしたうえで迎え入れることになる。
美人の貴族令嬢を相手に、最悪の場合お断りを告げるなんて、僕にできるのだろうか…。
不安を抱えながらギルドのテーブルを囲むように4人で座って待っていると、時間丁度にアーシアさんがやってきた。
アーシアさんは僕たちの前まで来ると、突然頭を下げたので驚いた。
「昨日はみっともない姿をお見せして申し訳ない。一晩考え、自分の心に向き合って参りました。」
頭を上げたアーシアさんは、スッキリした顔をしていた。
「えっと、それでパーティーへは加入を希望しますか?」
「ええ。可能であれば入れていただきたい。」
何の迷いもない返事に、こちらが怯んでしまった。
「あの、加入するにあたって2つ条件があるのですが…。」
「どうのような条件だろうか?」
「まず、長く一緒に活動してほしいです。」
「それは問題ない。私の目標はダンジョンを完全攻略し、王国に恒久の平和を取り戻すことだからな。」
大きく出たね。でも冗談で言っている感じはしない。
いいね、僕だってハクスラを楽しみたいけど、その先にある最終目標はダンジョンの攻略だ。
「問題なさそうですね。もう1つは、身分に関係なく対等な仲間としてやっていきたいということです。」
「それも問題ない。貴族だからと特別扱いはしないでほしいと、むしろ私からお願いするつもりだった。」
どうやら杞憂だったみたいだ。
アーシアさんは本気で僕たちと一緒にダンジョンに挑みたいと思ってくれているようだ。
「うむ、気に入ったのじゃ!一緒に頑張るのじゃ。」
僕が口を開く前に、トリスが立ち上がり、アーシアさんの背中をバンバン叩きながら歓迎の意思を示した。
「痛い。」とアーシアさんの声が漏れたのは、スルーしておいた…。




