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第2話 秋葉原の戦女神【アテナ】

「ララはえらく気まぐれでな、アクセスもかなり不定期なんだ。オマケに何処のチームにも入ってないし、ギルドにも所属してないから、『フレンド登録』したプレイヤーだけが補足可能なんだ」

 オウルはそう言って顎をしゃくって俺の後ろを指す。俺は首を傾げながら振り向いた。「お前さんの3つ後ろのテーブル、46番テーブル、見えるか?」

 オウルのその言葉に、俺はそのテーブルに視線を移した。スエゾウも立ち上がり、同じように46番テーブルを見た。そのテーブルは、この混雑した時間帯にもかかわらず、何故か空いていた。

「あの46番テーブルは、かつてラグナロクが使っていたミーティングテーブルでな。年間指定席なんだそうだ。どれだけ経験値支払えばそんなことが出来るのか検討もつかんがな…… 

 解散から2年経った今でも未だに年間契約が続いてるらしい。ララがこの沢庵に姿を現す時は、必ずあのテーブルに付くのさ」

 マジですか…… テーブルの年間契約……? そんなこと出来るのかよ。

「すげーな、やっぱレベル32のモンクともなると、稼ぐ経験値もハンパねぇんだろうな……」

 オウルの話しにスエゾウが感心したように呟いた。

「あー、 契約料はララが払ってるんじゃないんだ。さっきララを『ラグナロク最後の生き残り』なんて言ったが、実はもう一人まだ現役でいるメンバーが居るんだ。ラグナロクのリーダー、『絶対零度の魔女』の通り名を持つ『フォーティーオーバー』【レベル40越え】の最強魔導士、『プレチナ・スノー』だ。契約料はそのスノーってキャラが払ってるって言ってたぜ」

 オウルは静かにそう言った。

「絶対零度の魔女…… フォーティーオーバーの魔導士なんて、普通にもう神だろマジで……」

 レベル32のモンクにフォーティーオーバーの魔導士と15人ロストの死に神と呼ばれる最強太刀使いが在籍するチームってどんなだよ!? 聖櫃クリアつーのが無くったって伝説になりそうだよマジで!

「スノーはいま日本に居なくてな。北米サーバでやってるらしい。時差の関係で日本サーバにはアクセスできないんだと」

 なるほどね……

 俺はオウルのその言葉に納得した。セラフィンゲインは世界規模のネットワークゲームだ。しかしサービスが開始される時間帯は国によって違う。時差が大きい国同士ではラップできないんだろう。

「じゃあ此処で、そのララってキャラがアクセスするのを待つしか無いってことっすか?」

 スエゾウがオウルにそう聞いた。オウルは微かに笑いながらこう答えた。

「確かに気まぐれな彼女だが、絶対に現れる場所がある。リアルでの彼女のバイト先だよ。俺が紹介してやったんだ」

 リアルかよ…… リアルでスエゾウ以外のキャラと会うの苦手なんだけどな……

「リアルララちゃんに会えるの? うっほ~♪ で、何処に行けば会えるの~?」

 憂鬱な俺とは反対に、スエゾウは大はしゃぎだ。さっきバルンガモーフ素手でぶっ飛ばしたって聞いた時は涙目になってたくせによ~ まあリアルで会ったら普通の女の子だろうから、女好きのコイツがはしゃぐのも無理無いケド…… 超美人って話しだし、話すのは苦手だけど、俺も見てみたい気がするしな。

「なんならこれから行くか? 今日はララが出るカードがあるから俺もこれからログアウトして行こうって思ってた所だし……」

 そう言うオウルの言葉に、若干妙な単語が混じる。ララが出るカード? カードってなんだ?

「当然行く行く! どうせ2人だけじゃクエストだってレベル3ぐらいしか受注出来ないし、此処で2人でやさぐれてるより断然良いよ! 善は急げだ、な、シロウ!!」

 行く気満々のスエゾウがそう言って俺の腕を掴みながら跳ねる。トイザらスで親にオモチャせがむガキかお前はっ!!

「場所は何処です? もう7時回ってますケド」

「大丈夫、秋葉だからウサギの巣からすぐだよ。ララが出るのは8時からだし、今からログアウトすれば十分間に合うさ」

 秋葉原か…… しかしバイトってなんだろ? 美人だって話しで、秋葉ってことはメイドカフェか?

「やっぱメイドカフェ? でもちょっと待てよ…… この時間だろ? 『出る』って事はコスプレパブか何かかな? うっは~!」

 脳内でアホな妄想を繰り広げるスエゾウ。五月蠅いっちゃありゃしない……

「メイドカフェ? コスプレパブ? 何言ってるんだ? 試合に出るんだぜ? ララは」

「え? 試合?」

 オウルの言葉に俺と自分の妄想に五月蠅かったスエゾウとで首を傾げる。試合でバイト? なんだそれ?

「あ~もう良いから行こうぜ、間に合わなくなっちまう。俺、ララのファンなんだから見逃したくないんだよ! 応援しなくちゃならないしよ~! 行くんなら早く行こうぜ!!」

 オウルはそう言って席を立ち、出口に歩いていった。俺達2人も慌てて武器を持ちその後に続いていった。

 試合をするバイト…… いったい何のバイトなんだろう?


☆ ☆ ☆ ☆


 と言うわけで俺と婁人は、ログアウトしてロビーでオウルこと屋敷土さんと合流し、セラフィンゲインの接続所である『ウサギの巣』を後にした。

 屋敷土さんはリアルじゃ秋葉原でそこそこ有名な『耳屋』というフィギア&ゲームショップを経営していて、そこの店長さんなのだ。俺も良くゲームやフィギアを買いに行く。 『耳屋』は結構通好みの品揃えを誇り、ヲタの間では『知る人ぞ知る名店』となっている。引きこもりで人と話すのが苦手な俺が唯一何の抵抗も感じず買い物が出来るありがたいお店だ。そして店長である屋敷土さんはセラフィンゲインでも『情報通』で、『情報屋のオウル【梟】』としても有名で、色々な所と不思議なパイプを持つ古参のプレイヤーだった。ハッキリとしたことは判らないが、初期バージョンからのプレイヤーらしく、セラフィンゲインの事なら何でも知ってると言われるぐらいで、まさに『セラフィンゲインの生き字引』といった感じだった。

 そんな人なので、セラフィンゲインでもオウルを慕い会いに来るプレイヤーも多いし、バーチャルのみならず、リアルでも『耳屋』を訪ねてくるプレイヤーも多いと聞いたことがある。もうセラフィンゲインの主だね、この人。

「お、着いたぜ、ここだよ」

 屋敷土さんはそう言って一件の雑居ビルの前に立ち止まった。

 どことなく『ウサギの巣』があるビルに似ているが、あっちが全くの無人ビルのように見える外観と違い、入り口の両開きのドアの上には、ネオン管の看板がピカピカとカラフルな色で点滅を繰り返している。

「ガールズ…… ファイトクラブ……? 何ですかここ?」

 俺は首を傾げながら看板の英語を読みつつ、そう屋敷土さんに聞いた。

「言葉の通りだよ…… 俺は前売りチケットあるけど、お前達はそこの小窓でチケット買わないと入れないぞ? あ、『耳屋』の関係者って言えば1割引いてくれるからな」

 俺と婁人はますます困惑しながらも、言われるまま入り口横の小窓でチケットを買い、屋敷土さんの後に続いて建物の中に入った。

 入るとすぐに地下へ続く階段があり、階段を下りきったところにあるスチールドアを開けた瞬間、喧噪に満ちた中の音が鼓膜を刺激した。

「な、なんだここっ!?」

 俺の横で婁人が驚きの声を上げた。俺に至っては声も出ない。

 中は丁度2階層をぶち抜いた感じの天井の高い大きな空間で、天井にはいくつもの水銀灯が眩しいぐらいに点灯していてその部屋の熱気をさらに上昇させているようだった。

 中央にはボクシングやプロレスでおなじみのリングが設置され、今まさに女の子2人がとっくみあいのバトルをしている真っ最中だった。そしてそのリングの周りを背の高い金網が取り囲み、さらにその周りを観客席が取り囲んでいるが、その観客席に誰一人座っている者はなく、超満員の客達が総立ちでリングに声援を送っていた。

 TVで時折放送されるK-1の様な感じだが、明らかにこちらの方が生々しく、汗が出るような熱気で盛り上がっていた。

「『ガールズ・ファイティング・コロシアム』…… 格闘自慢の女の子達がその技を駆使して戦うんだ。当然ファイトマネーが出るし、勝ったらボーナスも出る。連続10週でチャンピオンなら優勝賞金も出るんだ。男同士のK-1何かより遙かに面白いぜ?」

 屋敷土さんは俺達にそう説明した。そう説明する間でも、会場のそこら中から上がる声援や野次で良く聞き取れないほどだ。確かに凄い盛り上がりだった。

「大抵の試合はショーじみているんだけど、今日はチャンピオンカーニバルの試合があるんで、盛り上がりも凄いんだよ。このチャンピオンカーニバルに出る女の子達はハンパ無いぜ? 技もスピードも桁違いだ」

 屋敷土さんはギュウギュウの観客席の間を歩きながら、俺達にそう説明した。

 しかし、秋葉原のあんな雑居ビルの下に、こんな物があったなんて知らなかった…… それにしてもスゲー熱狂ぶりだな。

「んで、んでっ! そのララちゃんはどの子なの?」

 周りの熱気に影響されてか、妙に興奮気味の婁人がオウルに聞いた。

「ララはこの試合の後、メインマッチだ。今日勝てばカーニバル優勝2回目だ。ファイトクラブ始まって以来の快挙だぜ!」

「リアルでもそんなに強いんですか!?」

 俺は思わずそう聞いた。リアルもバーチャルも格闘ってどんな女なんだ?

「ララはハーフでな。親父さんはアメリカ陸軍の突撃隊なんだ。それで幼い頃からその親父さんにマーシャルアーツを仕込まれてて、その腕前は達人レベルなんだよ。あっちの通り名は『疾風の聖拳』だけど、此処じゃ『秋葉の戦女神【アテナ】』って呼ばれてるんだ。強い上に超美人だから熱狂的なファンが多いんだよ。今日来てる連中のほとんどがララのファンじゃねぇかな? ちなみに俺もララの大ファンだぜ」

 そう言って屋敷土さんは上着を脱ぐと、下の迷彩柄Tシャツの胸には『ILove Lala!』の文字が踊っていた。いい歳こいて何やってんだよこのおっさんっ!!

 すると場内がにわかに静かになっていった。どうやら試合が終わったらしい。

「よっしゃ、始まるぞ~!」

 屋敷土さんはそう言って上着を腰に巻き、上Tシャツ、頭にそろいの迷彩バンダナを巻いてリングを見つめた。その横に何故か似たようなテンションでリングを見守る婁人の姿があった。

 元来乗りやすい性格なので、早くもこの会場の熱気にシンクロしたらしい。俺はアホか? と思いながら周囲を見回し度肝を抜いた。

 なんと会場のほとんどの人が屋敷土さんと同じTシャツ&バンダナ姿でリングを見守っていたからだ。な、な、なんだこの集団っ!!

『会場の皆さん、お待たせいたしました。本日のメ~ンイベン~ト! チャンピオンカーニバルファイナルの開催で~すっ!!』

 場内アナウンスが始まると、会場内が静まり帰った。

『始めに、青コ~ナ~! チャンピオンカーニバル初参戦! 幼い頃から空手を習い、空手オリンピック女子の部準優勝という経歴の持ち主! 『習志野のジャンヌダルク』ことジャイアンツ・ショウコ~っ!!』

 アナウンス終了と同時に、青コーナーから空手胴着姿の女の子が颯爽とリングに走り寄り、ロープを使ってジャンプし、そのまま宙返りしてリングに飛び込んだ。すると会場から『おお~!』と歓声が上がった。うん、この娘もそこそこ可愛いじゃん。

「おっ! 結構可愛いじゃん。なあ、志朗?」

 そう婁人が俺に同意を求めた。そこに屋敷土さんが笑いながら答える。

「ははは、お前ら、ララ見たら美人の基準が変わるぞ? ララの美しさは突き抜けてるからな」

『続きまして赤コーナー! 皆さんお待ちかね、格闘の申し娘! その戦績は38戦無敗っ! 当ファイトクラブ始まって以来の快挙に後一歩と迫る、神の手による美貌のファイター! 秋葉原が生んだ格闘天使! ご存じ秋葉の戦女神【アテナ】ララーっ!!』

 アナウンスが終わるやいなや、会場にエレキギターの旋律が響き渡り、ロック調のバラードが流れ出した。そしてその曲を合図に、会場の客達が一斉に曲に合わせてリズムを取り声を上げる。まるで会場全体が震えているようだ。

 入場テーマまであるのカヨ!

「聞いたこと無い曲だけど…… いい曲だなぁ!」

 婁人が見よう見まねでリズムを取りながらそう言った。

「この曲、『ラグナロク』のメンバーが作ったんだぜ? でもって歌ってるのがララだよ。この曲は彼女が大学時代に当時のメンバーで作ったって話だ。当時リーダーのスノーのHPで無料配信してたんだけど、彼女がアメリカ行って閉鎖されちゃってな。ララがこの曲を入場テーマにしてからエライ人気でよ。でもオリジナル音源はもう手に入らないから、音源持ってるファンがコピーして回してるんだ。この界隈じゃ結構有名な曲なんだよ」

 屋敷土さんは俺達にそう説明してくれた。なんか若干自慢げなんですけど……

 しかし、オリジナルソングまで歌ってたのかよラグナロクっ!? どんなだ? どんなチームなんだよラグナロクってまじで!?

 そしてその曲に合わせて、赤コーナーに現れたのは……!?

「し、シスターっ!?」

 曲調とはうってかわって静かな足取りで現れたのは、シスター姿の女の子だった。その姿に観客の声援は一層ヒートアップした。そしてそのシスターが頭の覆いを取ると、一斉にため息にも似たなんとも言えない声が会場に響く。

 白い強烈な光を放つ水銀灯に照らされたリング上でも決して色あせない栗毛のロングヘヤーを後ろで束ね、小顔な面積に対して少し大きめの一重の切れ長の目と、それに連なる繊細な鼻梁と愛くるしい唇が微かな微笑みを浮かべていた。全てのパーツが完璧な設計で緻密に配置されていて、どれ一つ欠けても、この芸術品のような顔は生まれないだろう。先ほどのオーバーなアナウンスも決して言いすぎではないと思う。まさに、神の手による美貌……

 アニメのヒロインが、そのまま3次元化して現れたようだ。それがシスター衣装を着て立っているのだ。は、反則だよこりゃ…… その証拠に、相手選手だって両手をくんで目が潤んでるんだもん。

「は、ははは…… 美人とか、そう言うレベルじゃ無いね…… ウチの大学のミスなんて、逝って良しって感じだ…… 俺、来てヨカタヨ!」

 婁人が感動して呟いた。俺もその意見に狂おしく同意。何となく婁人の最期の言葉が「生きててヨカタヨ」に聞こえた気がした。

 しかしどうでもいいけど、どうして語尾が片言なんだ?

「今日はミニスカシスターのコスプレかよ~ やっぱ何着ても超ド級に似合っちまうよな~!」

 屋敷土さんの言葉に、スエゾウが興奮して聞いた。いや、ミニスカな時点でもうシスターじゃない気がするんだけど……

「今日はって…… じゃあいつも違う衣装で出てくるの!?」

「ああ、ララはコスプレマニアなんだ。前回はメイドで、その前はくの一だったぜ。他に見たことあるのはセーラー服やらゴスロリドレス…… あ、そうそう、スク水ってのもあったな」

「す、すす、スク水―――――っ!? うおー! 超見てぇぇぇっ!! ちっきしょー聞かなきゃ良かったっ!! やっべ見てねぇのが超悔しいっ!!」

 アホか……

 婁人、ここの常連確定だなマジで……


 そして試合が始まった。なんとララはその姿のままファイトを開始した。動くたびにスカートの裾がヒラヒラまくれ、その下に履いてるスパッツがチラチラ覗くたびに、観客の歓声が盛り上がる。あのさ、皆さんパンツじゃ無いからさ……

 しかし戦いはそんなふざけた格好とは正反対に、凄い高レベルな技と技のぶつかり合いだった。

 ジャイアンツ・ショウコのキレのある突きや蹴りを、紙一重の見切りで交わすシスター姿のララ。ショウコの攻撃も決して緩いわけではないが、ララのスピードレンジはショウコのスピードと差がありすぎた。その証拠にララはほとんどガードの構えを取らず、無駄な動きを一切しないで紙一重で避けている。しかもその顔には余裕の笑みさえ浮かべていた。

「す…… げぇ……っ!」

 俺の隣で息を飲みながら試合を見ていた婁人が呻くように呟いた。確かに凄い。空手オリンピック準優勝という肩書きは嘘じゃないだろう事は、その攻撃の鋭さを見れば判る。だがその攻撃をまるで無人の野に立つがごとく最小限の動きだけで交わしていくララの強さに驚愕していた。まるでショウコを子供扱いだ。

 仕舞いに連続攻撃を繰り返していたショウコの息が切れ始め、そのうちバテたショウコは完全に動きが止まって仕舞った。するとララがショウコに声を掛けた。

「技のキレは悪くない。でも無駄が多すぎ…… それに攻撃がお手本過ぎるよ。だから交わすのも難しくないの」

 歓声が木霊するリング上でも、その澄んだ美声は良く響いた。

「な……んの…… まだまだぁっ!!」

 スタミナの切れかかった体に根性の鞭を入れ、ショウコはララの懐に飛び込み、上段に正拳突きを繰り出す。しかしそれも難なく交わされたが、その反動を利用して体をクルリと回転させ、鮮やかな後ろ回し蹴りを繰り出した。

 だが、次の瞬間、ララはすっと体を沈ませて蹴りを交わし、行き過ぎる足のふくらはぎに左手を添えるとぐいっと押して勢いを付けさせ、ショウコの体を正面に向けさせた。そしてそのまま上体を捻り、丁度彼女のみぞおちに肘打ちを叩き込んだ。

 鈍い音とぐもった呻きを漏らしつつ沈み込むショウコの顎下に、ララは右腕の二の腕を入れると空いている方の手でショウコの右手首を極めながら背負い投げた。そのまま見事に弧を描いてショウコは背中からリングに落ちた。水月に食らった肘打ちの痛みに、受け身を取りそこない、まともに背中からリングに叩き付けられた痛みとで、ショウコは声も出ずに悶絶した。

 きっとショウコはその痛みに苦しみつつ、何が起こったのか判らないまま天井を見ているのだろう。そして会場が歓声の渦に飲まれる。

「凄い…… 空手オリンピック準優勝選手が手も足も出ないなんて……っ!」

 俺は思わずそう言葉を漏らした。

 ララはそのまま仰向けに倒れたショウコを抱え、瞬時にうつぶせにすると腕を背中に捻り上げながら、馬乗りになって後頭部に肘を当てて押さえ込んだ。これでショウコの動きは完全に封じられてしまった。

「どんなに鋭い攻撃でも、当たらなければ意味はない。銃やナイフを持つ相手には、構えていては遅いの。引き金が引かれるその瞬間に相手を無力化しなければならない。1度きりのチャンスを物に出来なければ殺されちゃうから。あたしの技はそう言う相手と戦うためのものなのよね」

 そのララの言葉を背中に受け、ショウコは苦痛に歪む口から、息も絶え絶えと言った様子でレフリーにギブアップを告げた。その瞬間ゴングが鳴り響き、同時に割れんばかりの歓声が場内に響き渡った。ララは馬乗りになっていたショウコから降り、極めていたショウコの腕を掴んでショウコを立たせるとそのままショウコに抱きついて抱擁した。

「空手がマーシャルアーツに劣っている訳じゃない。今回は経験の差ね。他の格闘術を学ぶのも強くなるのに必要な手段だよ。機会があったらまたやらない?」

 そのララの言葉に、ショウコはカチコチに固まった状態でコクコクと頷いた。もう目がハートマークになってるんですけど……

『ウィナー! ララーっ!! そして同時にチャンピオンカーニバル2回連続優勝達成――――っ!!!』

 割れんばかりの歓声を浴びながら、ララはリング上で手を振りながらその声援に応えていた。シスター衣装の袖から覗く皮グローブがなんとも場違いに思えるが、照明を浴びるその姿はまさに女神そのものだ。ホントにアニメのヒロインだよマジで。

「いやスゲかった~! ララちゃんさいこーっ!! ねえ店長、そのTシャツ何処で売ってるの? 俺買ってくるわ」

 婁人、ファン確定…… まあ無理もない。確かにあの美貌でメチャ強いんだもん。この熱狂ぶりも頷ける。俺も帰りに買って帰ろうかな……

「だろ? サイコーだよなララ。ファンも男だけじゃ無いぜ。女性専用ファンクラブもあるって話だよ。『ララ様』って呼ばれてるらしいぜ」

「マジで? でも確かにあの反則的な美貌じゃ無理ないよ~ さっきの対戦相手だって、試合終わって抱き合ってた時ポ~ってなってたもんなぁ」

 婁人が感心したように言った。TVのアイドルや女優なんかより綺麗だもんな実際。

「さて、試合も終わったし本題のメンバー入りの件話しに、控え室行くか」

 屋敷土さんの言葉に、俺と婁人は顔を見合わせてハタと気づいた。そうだった…… その為に来たんだっけ。やべえ、完全に忘れてたよ……

 そんな俺と婁人を見ながら、屋敷土さんは呆れた顔でため息をついた。

「お前らなぁ…… 何のために来たんだよ。ホントに再出発する気あるのかマジで?」

 ご、ごもっともです……

 俺達は屋敷土さんの後に続いて選手控え室に向かった。   


初めて読んでくださった方、ありがとうございます。

毎度読んでくださる方々、心から感謝しております。

第2話更新いたしました。

前作のヒロイン、ビジュアル系悪魔、兵藤マリアことララの登場です。ララは現在社会人ですが、このガールズ・ファイトクラブでバイトをしています。基本マリアの性格はほとんど変わっていません。相変わらずの格闘マニアで大食いで悪魔です。今は志朗と婁人もマリアの美貌に参ってる様子ですが、これからかなりその性格に振り回されることでしょうw シャドウこと智哉との関係、それにシャドウが何故『死神』と呼ばれているのかも追々明かしていきたいと思います。

鋏屋でした。


次回予告

控え室でララと会った志朗と婁人は早速新チームにララを召還する件を話そうとするが、屋敷土さんとララの発案で、秋葉原の駅前にあるコスプレ居酒屋『小悪魔の宴』で優勝祝いも兼ねて飲み会をすることになった。基本部屋から出ない志朗は憂鬱な心境だが、仕方なく行くことを決意する。そこで改めて志朗と婁人は、ララことマリアに『新チームへの召還』の話を持ちかけるのだが……


次回 セラフィンゲインAct2 エンジェル・デザイア第3話 『再戦の序曲』 こうご期待!

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