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第13話 クローズドグラウンド(前編)

3月11日に起きました大震災にて、私の稚作を読んで頂いている皆様におかれましてもご親族、ご友人等々被災にあわれた方も多数の事と心よりお見舞い申し上げます。

「ナイト、後ろだっ!!」

 『マンティギアレス・カルマ』【雄】の尾が頭の上数センチを唸りを上げて行き過ぎるのに冷や汗を掻きながら、俺は視界の隅に映った紅い鎧姿にそう叫んだ。

 ナイトは俺の声に反応し、後ろを振り向かずにそのまま宙返りをして、先ほど俺の頭上を行き過ぎた尾の先端を交わし、右手に握ったテンプルブレードを伸ばしてその尾に巻き付けるとそのまま勢いに任せて対峙していたもう一匹の『マンティギアレス・アルマ』の頭上にその身を躍らせた。

 後方から飛んでくる尾を目視もせずに気配のみで交わし、あまつさえその先端に得物を巻き付けてその運動を利用して立ち位置を移動するなんてどういう反射神経だよ……

 ニュータイプかアンタっ!?

 だが頭上取りに成功したのもつかの間、ナイトの下にいたアルマはその獅子を思わせる鬣を振るわせナイトにその双眸を向けると、「グルルっ」と喉を鳴らした。すると鬣の先端が仄かに光り、続いてヤツの体が「ブンっ!」と鈍い音を放ちながら透けていった。背景に溶けていくといった感じだ。

 ナイトは空中で身を捻りすぐさまテンプルブレードを伸ばし斬りつけるが、霞のように消えていくマンティギアレスの残像に空しく吸い込まれていく剣先を睨みながら舌打ちした。

 マンティギアレスが有する特殊能力『異空間移動』通称『ドロン』が発動したのだ。

 これがこのゼラフ、『マンティギアレス』が幻龍種と呼ばれる由縁だ。マンティギアレスは自分の周囲に別の空間を繋げて身を隠す性質がある。表皮を変色させて背景に同化し光学的に視認しにくくなるのではなく、完全にその場から消えるのだ。別空間に移動するわけで、当然その場に存在しない物を攻撃など出来るわけが無く、物理攻撃は勿論魔法攻撃も無効になる。

 消えている時間については、プレイヤーの中でセラフの生態研究をしている連中が居て、そいつらの調査結果では最長で8秒だそうだが、消えている時間は一定ではない。その消え方も規則性があるのではと言われているが、遭遇回数が少ないせいもあってか未だに解明されておらず、何時消えるのかはわからないのが現状だ。ただ、今のように鬣の先端が光るのが消える前兆とのことだった。

 だが別空間にいる間はこちらから攻撃は出来ないかわりにマンティギアレス側からの攻撃も出来ない。俺達プレイヤーに攻撃を仕掛ける際には、必ずフィールドに実体化する必要がある。

 確かに遭遇頻度が少ないセラフではあるものの、1度出現したエリアから消えたままの状態で別エリアへの移動は確認されておらず、エリア移動は必ず実体化してからの移動となるので完全に見失うと言うことはない。しかし今のように戦闘中に消えたり現れたりするので戦い憎いことこの上ない。

 バカバカとガルンを増殖させるレオンガルンと良い、戦闘中に属性変更をするバルンガモーフと良い、レベル6のボスセラフはやっかいなオプションが付いていて本当に戦いにくい。もっともそれがクエストレベル6に君臨する最強セラフの証なのかもしれないけど。

 雌のアルマがドロンしたのだが、雄のカルマはその獅子を思わせる鬣を振るわせ一声吠えるとナイトに飛びかかった。ナイトの着地の瞬間を狙った絶妙なタイミングだ。ドロンという特殊能力、他のレベル6ボスセラフ同様驚異的な攻撃力に加え、れいの大型バージョンアップで知能もすこぶる高く設定変更があったようだ。そのせいで俺達プレイヤーの行動を読んで攻撃を仕掛けるような高度な戦法も普通に使ってくるようになったらしい。

 俺が慌てて手持ちの爆炎玉を投げようと振りかぶった瞬間、カルマの鼻先で数回の爆発が起こり炎が上がりカルマはたまらず顔を背けて動きを止めた。

 魔法弾の直撃だ。姿は見えないが間違いなくゼロシキの撃滅砲の攻撃だ。カルマの行動を予測して狙撃したに違いない。その射撃は相変わらず正確だった。

 すると、顔面から煙を上げて反り返るカルマに、弾丸のように突撃する者がいた。ララである。

「おぉぉぉぉりやぁぁぁぁぁぁ――――――っ!!!」

 およそ女子とは思えない雄叫びを上げながら突っ込むその姿は、彼女の異名である『疾風』に相応しいスピードだ。各々が独立して動くマンティギアレス特有の二振りのクソ長い尾が縦横無尽に乱舞する中を、ララは少しもスピードを殺さずに接近していく。いや、自分に向かって振り下ろされる尾を蹴り飛ばし自身をさらに加速させているっ!

 どんな動体視力と反射神経をしてるんだよマジでっっ!?

「金剛龍撃掌――――――――っ!!」

 自身の技の名を叫びながら突き出された掌底がカルマの前足の付け根辺りにぶち当たり、その衝撃でカルマが後方に吹き飛んだ。

「すっげ……っ!」

 俺は思わずそう呟いた。カルマとプレイヤーキャラの体格差はざっと8倍はある。それを素手で吹っ飛ばすのは、この限りなく現実に近い形で創造された世界でもリアルに感じない。まるで出来の悪い特撮を見ているような気分だ。以前聞いた『バルンガモーフを素手でぶっ飛ばした』と言うのも嘘じゃないな、たぶん。もうほとんどギャグとしか思えないんですけど……

「そぉれ、もういっちょう―――――っ!!」

 ララの最大級の爆拳で前足の付け根の肉が捲れ上がり、体液をまき散らして咆吼を上げながら転がるカルマに、ララがさらに追撃する。だがその瞬間、追撃を掛けるララの真横の空間がぐにゃりと歪み、雌のアルマが出現した。相方の危機を察知して追撃するララを阻止するつもりだ。気付いたララは地面を蹴って回避行動に移るが、完全に追撃態勢に入っていたせいか行動が1テンポ遅れた感があり、ララの唇から舌打ちが漏れた。

「ララ、避けろっ!!」

 俺がそう叫んだ瞬間、後方からスエゾウとメーサの声が飛んできた。

「お前が避けろ、シロウっ!」

「フリズン・ブラスタ―――――っ!!」

 メーサの叫びと共に、強烈な冷気が周囲の空気中にある水分を凍り付かせ、渦を巻きながら一直線にアルマめがけて飛んでいった。

 冷却系上位魔法『フリズン・ブラスター』。最上位呪文であるゼロブリザラスの様に、対象とその周囲を空間ごと凍らせるのではなく、ピンポイントで一直線に絶対零度の冷気を対象にぶつける魔法で、その名の通りまさにブラスターだ。対象の部位をピンポイントに狙えるので、乱戦時の魔法援護で仲間の退避が間に合わない時などに狙撃技として使われることが多い。爆炎系、雷撃系にも同じように『狙撃型』の魔法が存在するが、今回相手にしているマンティギアレスは雷撃系の魔法は無効になる。炎系は効くには効くが、元々暖かい場所を好む性質があるので冷却系のこの呪文をチョイスしたのだろう。因みにこれら『狙撃型』魔法の照準精度は術者の精神力と魔力に左右される。したがって『駆け出し上級』の術者は味方に当てる確立が高いので使わない方が賢明だ。俺、前に食らったことがあるしな……

 俺は間一髪、その場で前方にダイブ。頭上を行き過ぎる冷気の塊からはじけ飛んだ氷の破片を背中に浴びながら冷や汗をかいた。いや、冷気だけにね…… って洒落てる場合じゃねぇ!

 あ、あっぶねぇ―――っ! 危うく腰から上が冷凍肉になるトコだったぜ……っ! あんのクソ餓鬼ぃぃっ!!!

 メーサから放たれた冷気は、今まさにララに襲いかかろうとしているアルマの左頬をかすらせ、豪奢な鬣を一瞬にして白い針金の様に凍り付かせつつ、ヤツの背後にある樹木を数本凍り付かせて霧散した。鬣と頬肉にびっしりと霜をこびり付かせたアルマは地面を蹴って飛びカルマを背に守るように立ち塞がった。そして喉をならしつつ、怒りの色が爛々と輝く目で俺達を睨んだ。

「てめぇ、メーサっ! 危ねぇだろうが! 俺までシャーベットにするつもりかコラっ!?」

「ふん、よけれて当然だろ! それとも、お望みならそうしてあげるよ?」

 俺の文句にそう答えるメーサにカチンときた。

「て、てんめぇ……っ 雪印てかコノヤロウ……っ!!」

 とそこへ姿無きゼロシキの声が飛ぶ。

「お前らバトル中だぞ、戦いに集中しろ! じゃれたきゃ帰って沢庵でやれっ!!」

 確かにゼロシキの言うとおりだ。相手はレベル6セラフ、仲間内でもめてる余裕なんてありゃしない。非常に不愉快で腹立たしいが、俺はメーサをキッと睨んで敵に意識を集中した。俺が睨んだ瞬間、メーサの『べ~』という姿にさらに沸き上がる怒りを抑えるのに苦労した。あのお子さまランチ、無事に帰えれたらケツ蹴り飛ばしてやる!!

「出たり消えたり、ホントコイツのドロンは相変わらずイライラするわねぇ~っ」

 とララは忌々しそうに敵を睨みながら呟いた。

「ちっ! 貴重だけど使っちゃうか。コイツを」

 俺は腰のポーチにぶらさがった野球ボール大の球を引きちぎった。その瞬間、アルマの鬣が風に靡くように震えた。やべぇっ! 魔法攻撃だっ!!

 カルマの正面に一陣のつむじ風が巻き起こり、周囲の葉や草が砂埃と一緒に舞い上がる。

 ナイトとララ、それに俺の前衛メンバーは地面を蹴って散開し、後衛メンバーは後退しつつスエが『デメスウォール』の魔法を唱える。

「メーサ、俺の後ろに!」

 スエがそう叫ぶと、メーサは慌ててスエの背中に回り込んだ。

 『デメスウォール』は術者の周囲に5秒間だけ魔法障壁を形成する魔法だ。効果範囲は半径2m。効果は1回につき1魔法のみで、5秒間の間に食らえばそれで障壁は消失する。ただし魔法による効果を完全に無効にすることが出来るのだ。

 一方俺はつむじ風は自体はギリギリかわしたものの、球を握りしめた右手のグローブが裂け、ブーツや臑当てに無数の切り傷が付いた。グローブの裂けた部分に血が滲んでくる。数カ所はグローブを突き抜けて皮膚を切ったようだった。もっと近かったら腕や足ごと落ちてだろうけど…… チクショウ、結構痛いな。

 雷撃以外はサポート系の魔法が多い風魔法の中で、数少ない雷撃以外の攻撃魔法の一つ、『メギドフーン』の魔法で、確かこの魔法を使ってくるセラフは恐らくコイツだけと聞いたことがある。当然俺も食らったのはこれが初めてだ。

 この魔法はつむじ風を起こすのが主体ではなく、それによって発生する『かまいたち』を作り出すのが目的で、発生したつむじ風の周囲にあるものをその見えない刃で切り裂く魔法だ。

 敵であろうが味方であろうが見境無くその対象に置くので乱戦には使えない。敵が群れで行動し、かつ一箇所に集まったときにもっとも効果を発揮する。固い表皮を纏ったセラフ、龍族やダイノクラブに代表される甲殻系セラフにはあまり効果は期待できないが、その他のセラフならあっという間に骨まで輪切りのスライス肉に早変わりだ。『ドンペリ稼ぎ』のときの無限に増える『チビカン』を掃討するのに使うのが一番のオススメだと言われるが、魔力のコストが結構高いので、魔力に余裕のある高レベルな魔導士じゃないと魔力切れを起こすだろう。

「シロウ、平気かっ!?」

 ナイトの言葉に俺は「なんとかな」と答えて血が滲む右手に握った球を見る。アレで落とさなかった自分を褒めてあげたい心境だ。

「何なのよ、それ」

 ララは俺の右手に握られた球を見て聞いてきた。そうしているウチに再び、マンティギアレスが今度は2体同時に消えていき、ララの隣で姿を現したゼロシキが吐き捨てるように呟く。

「ちっ、やっぱりコイツはやりにくい。バカスカ消えやがって……」

 いやぁ…… 確かにそうだけど、アンタも人のこと言えないでしょ。

「これは『花粉玉』だ。前に別の高レベルチームの人に頼まれて作った事があって、足りない代金の替わりに材料貰ったから作っておいたんだ。つっても1個だけだけど」

「花粉玉? なにそれ」

 不思議そうに覗き込むララ。レベル30オーバーのララでさえ見たことがないらしい。まあ、これが作れる程罠のテクニックレベルを上げるプレイヤーが殆ど居ないってのもあるが、何より材料が手に入りにくいからな……

 作成は何種類かの素材が必要になり、他の材料は大して苦もなく入手出来るのだが、コイツの主原料だけが入手困難なのだ。何しろこの主原料である『ヤリスギの花粉』は4大レベル6セラフ中最大の大きさを誇る『ヤマタノガミ』という超巨大な龍セラフの背中にのみ寄生する植物からしか採取できないからだ。そもそも今までレベル6クエストに行けなかった俺は当然自分で採取したことがない。ぶっちゃけもの凄いレアなアイテムである。俺はその事を簡単にララに説明した。

「で、この球を使うとどうなるの?」

「ヤツが連発でクシャミをしだすのさ。シロウ、珍しい物持ってるね」

 ララの言葉にナイトがそう答えた。やはりナイトは知っていたようだ。ホント、よく知ってるなぁ。

「クシャミ?」

 ララの形の良い眉が歪むのを見ながら俺は答えた。

「ああ、ナイトの言うとおり、マンティギアレスがクシャミを始める。で、そのクシャミをしてる間、奴らは消えることが出来なくなるんだよ」

「そんな…… マジで?」

 ララの言葉に俺とナイトが頷く。ホント馬鹿馬鹿しい話だが、この花粉に侵されたマンティギアレスはクシャミのせいでその最大の特徴である『ドロン』が出来なくなるのだ。

「そんな便利なモン持ってるなら、さっさと使いなさいよ!!」

「いやいや、だからさっきから言ってるでしょ、めちゃくちゃ貴重品なんだよ。しかも1個しかない。でも相手は2体いるんだ。幸い範囲効果設定のアイテムだからアレだけど、効果範囲がどれくらいなのかわからないんだ。使ったことがないからな。ナイト、あんた知ってるか?」

 俺は目くじら立てるララにそう答え、そのままナイトに聞いてみた。

「いや、俺も見たことはあっても実際に使ったことは無いかな。マンティギアレスは大抵カウンターで対処してきたし…… でも今回なんか変だ。元々マンティギアレスはつがいセラフで連携攻撃を使ってくるのはわかるんだが、あんなに自由度があったかな?」

 ナイトがそう言って首を捻る。するとゼロシキも同じく頷いた。

 え、そうなの? 俺は今回が初めての『ライオン狩り』なのでこんなもんかな、って思ってたんだが……

「俺もそう感じた。カウンターを読んでの射撃が当たらなかった。何か変だ……」

 ゼロシキのその呟きが終わらないウチに、後方でスエの悲鳴が上がる。

「うわぁぁぁぁっ!!」

 見ると半べそをかいたスエの目の前にアルマが出現した。

 ゼロシキは「ちっ!」と短く舌打ちして姿を消し、ララも「ったくもう、イライラするわねっ!」と悪態を吐きながらダッシュに移った。俺とナイトも全力疾走に移った。

「どういう訳かしらんが今回のあいつらは強い。シロウ、なるべく奴らをくっつけるよう戦闘誘導するから、タイミングを見計らってそいつを使ってくれ!!」

 走りながらそう叫ぶナイトに、俺は「わかった!」と答え、球を左手に持ち替え背中の國綱を引き抜きつつ出現したアルマを睨んだ。すると半べそをかいているスエの目の前にララが躍り出て爆拳を繰り出すのが見えた。

 はえぇ! マジですげぇスピードだ。あっという間にあんな所にいる。流石は疾風だぜ。

と思ったら今度はスエの後ろに控えていたメーサの後方の空間が歪み、何もない空間からぬぅっとカルマの顔が出現した。

「ヤベェ! メーサ後ろだっ!!」

 思わずそう声が出た。俺の声に反応したメーサが振り向いた瞬間、カルマの無傷の前足がメーサを凪いだ。メーサは「ああっ!」と短い悲鳴を残して横に吹っ飛ばされた。

 吹っ飛ばされ、地面に打ち付けられるメーサの軌跡が妙にスローに見えた。それを見たナイトが俺の横を駆けながら悲鳴のような声でメーサの名を叫ぶ。

 だがその声すらも俺の耳には遠くに聞こえていた。

 地面に倒れ込むメーサが目に入った瞬間、俺の中に何か得体の知れない物がゾワっと広がるのを意識した。何かとてつもなく嫌な感情が目を覚ましたような…… そんな感じだ。

 無意識に左手に力が入り花粉玉が圧力で悲鳴を上げ、右手の國綱を手の感覚が無くなるまできつく握りしめていた。すると握りしめた右手が小刻みに震えだした。カルマは尚もメーサを追撃しようと、咆吼を上げながらモーションに入る。


『シロウ……』


 脳裏に、首にしがみつきながら心配そうな目で俺を見上げるメーサの顔が浮かんだ。前にフェンサーとやったとき、俺が抱き上げた直後のメーサの顔だ。それと同時に頭の中で何かがはね回り、ズキっとこめかみが痛む。

 この感触を俺は知っている。そうだ、あのフェンサーと対峙したときだ。そしてゆっくりと心を浸食する不可解な意思……


 ケシテ、ヤルゾ、コノヤロウ……っ!!


 何故? と思う前にそんな言葉か浮かんだ。馬鹿な? と思う前に体が反応した。

 自分でも信じられないスピードのハズなのに、何の根拠もない言葉が脳裏をよぎる。

 大丈夫だ、コイツは俺より…… 『遅いっ!!』

 國綱の刃がカルマの凶悪な爪を受け止め甲高い音を響かせる。どう考えても間に合わないタイミングだったが、俺はメーサを背にカルマの前に躍り出てヤツの必殺の一撃を、なんと右手だけで握った國綱で受け止めていた。

「シ…… ロウ」

 背中でメーサの声がする。チラッと見るとよろけながら上体を起こすメーサが見えた。元々魔導士のくせにHPが高い事と、戦闘開始直後にスエがかけたプロテクションの効果がまだ持続していたのだろう。ダメージはあるだろうがデッドはしない様だ。


 スベテヲ、ケシサッテ、ヤル


 まただ、俺の頭の中で何かがはね回り、頭痛と右手の震えが強くなる。くそっ、なんだよこれ!?

 俺は無言でカルマの爪を押し返し、そのまま一歩踏み込んで國綱を横凪に払う。しかしカルマはそれに合わせて引き、その長い尾で俺に襲いかかってきた。

 尾の先端が霞むほどのスピードで繰り出されたそれを、俺はこともなげに切断した。その瞬間カルマの口から鼓膜を破りそうな程の絶叫が響き渡った。

 肉眼で霞むような高速の攻撃を、何故こうも正確に迎撃できるのか自分でもわからない。だが、俺は確実にコイツより『速く』、そして『強い』と感じていた。

 俺はさらに一撃を加えようと膝に力を入れた瞬間、急に脱力感と今まで以上の頭痛に襲われその場で膝を突いてしまった。まるで頭の中を無理矢理スプーンで掻き回されているようで思わず手にした國綱を地面に突き立て、刀に縋り付いて倒れるのを防いだ。しかし尾を斬られた痛みか、それによってヤツの誇りを傷つけたからなのかわからないが、カルマはもの凄い殺気を俺に向けてきた。

 ヤベェ! 殺られる!?

 そう思い、デッドを覚悟して目を閉じようとした瞬間、目の前に爆発が起こり、怒りに駆られ、俺に襲いかかろうとしていたカルマがたまらず吠えながら消えていく。俺は脱力感に頭痛、さらに熱風に襲われながら國綱を抱くようにして耐えた。

 すると俺のすぐ横で何かが落ちた。俺が叩き斬ったカルマの尾の先端だった。だが、それが切断面から銀色の煙を上げてチリチリと消えていくのが見えた。

「な、なんだ、これ……?」

 未だに膝に力が入らず、國綱に縋り付きながらそう言葉に出してみた。何か喋らないとこのまま倒れ込みそうだったからだ。

「ね、ねえシロウ、ちょっと大丈夫!?」

 肩で息する俺に、背中から横に回り込んだメーサが俺を覗き込んだ。見ると頬と鼻の頭が汚れている。吹っ飛ばされたときに付いた汚れだろう。元々顔の作りが良いだけに汚れが目立つな。

「ああ…… 大…… 丈夫、だ…… お前は?」

「僕は、大丈夫。ちょっとダメージ食らったけど…… でもシロウ、顔が真っ青だよ!?」

 そう言って心配そうに潤んだ瞳を向けるメーサ。だ、だからその目はやめろって!

「そうか…… なら、良い……」

「シロウ……」

 何か一言おちょくってやろうと思ったが、あのメーサがいやに心配そうな顔を向けてくるから出来なかった。まったく、そんな顔するなよ。調子狂うだろコラ!

 すると俺達の横で消えたはずのカルマが再び出現した。俺は万事休すと思い覚悟したが、再び出現したカルマはどうも様子がおかしかった。狂ったように咆吼を上げながらその場でぐるぐる回っている。なんだ?

 ララ達と戦っていた雌のアルマもその横に出現し、相方の様子を見ているようだった。

「なんだ、アレ……」

 狂ったカルマを見ると、尻の方からキラキラと何かかが光りながら空中に煙のように立ち上っている。俺は未だに軋む膝に鞭を入れて立ち上がり、先ほど目にした尾の切れ端を見やると、もう拳大ぐらいになっていて、やがて綺麗さっぱり消えてしまった。

「イレーサー…… まさかそんな、こんな段階で……」

 メーサは俺を見ながらそう呟いた。なんだそのイレーサーって?

「シロウ、奴らが寄り添ってる今がチャンスだ! お前の疑問には後で答えてやる、目の前の戦闘に集中しろ!!」

 姿の見えないゼロシキの声が響く。そうだ、確かに今が絶好のチャンスだ。俺は國綱を鞘に収めて花粉玉を握りしめながら疾走に移った。

 さっきの信じられないスピードじゃなく、俺本来のスピードで疾走するが、先ほどの妙な変化の後遺症からか、足が思うように動かない。すると2体のマンティギアレスの前に爆炎が発生する。ゼロシキが援護射撃をしてくれたようだ。

「ケイトンド!!」

 スエがサポート魔法『ケイトンド』を唱えた。俺の体が仄かに光り、筋肉に力がみなぎる。俺はそのまま投球モーションに入り、右手に握った花粉玉を2体のマンティギアレスに向けて力一杯投げつけた。

「弾けろ―――っ!!」

 思わずそう叫んだ数秒後、2体のマンティギアレスの頭付近で『パンッ』という小さな音がして薄い黄色の煙が立ち上った。すると爆炎を前に吠えていた2体のマンティギアレスの咆吼が途中で中断し、詰まった掃除機のようななんとも言えない妙な声が出た。花粉玉の効果でマンティギアレスがクシャミをし始めたのだった。初めて聞くがなんとも間抜けな声だった。これは一見の価値アリだな。

「効果時間は確か4分だったハズ、チームウロボロス、総攻撃開始だ――――――っ!!」

 投げた瞬間足がもつれ、すっころびながらも、俺は腹の底からそう声を絞り出した。皆の「おうっ!!」という力強い返事に続き、今も銀色の煙を上げながらぐるぐる回っているカルマの消えかかった背中に数回の爆発が起こる。そのゼロシキの砲撃を皮切りに、スエゾウの声が飛ぶ。

「『メガクライーマ!!』」

 すると2体のマンティギアレスの前に突如眩しい光の玉が発生し弾けた。一瞬のホワイトアウトの後、マンティギアレスの頭に星が数個回り始めた。セラフが目を回している表示だ。

 『メガクライーマ』は最近のバージョンアップで新たに追加された目眩ましの魔法だ。今まで同様雷撃呪文である『ボルトス』などでも、セラフのレベルが低いと同様の効果を得られるが、こちらはそれ専用に追加された呪文で目眩まし効果も持続時間も長い。さらにこの呪文のありがたいところは、同じチームに所属しているキャラにはどんなに近くで弾けても対象にならないところだ。乱戦向けの呪文と言える。

 続いて目をくらませているアルマにララが飛び込んだ。

「爆拳奥義、内功無限連波!!」

 神速でアルマの腹下に潜り込んだララが、頭上の腹に爆拳の連打を乱れ打つ。しかもフィニッシュで放ったアッパーでなんとアルマをひっくり返してしまった。あの細い体のどこにそんな膂力が秘められているのか見当も付かない。

 ひっくり返ってクシャミをしながら藻掻くアルマだが、藻掻きながらも鬣を振るわせてララに向けギガボルトンクラスの雷撃を見舞った。しかしララはそれを間一髪でかわし地を蹴って空中に逃れていた。

 一方尻の方から消えかけているカルマにはナイトが攻撃していた。その攻撃がこれまた衝撃的だった。手にした伸縮自在のテンプルブレードを自在に振るいカルマを攻撃しているのだが、もう後ろ足が消えて上手く動けないカルマに容赦なく無数の斬撃を与えている。

 鞭のように唸りながら風を切って振るわれるその刃の先端は早すぎて殆ど見えない状態だ。先ほどララの攻撃で爆散した右前足には無数の切り傷が付けられザクロのようになっていた。ナイトの顔は終始笑顔つーか穏やか~な顔なんだが、その戦闘は凄惨すぎて声も出ない。あんな菩薩のような顔して敵を切り刻まれると、見てるこっちは恐くなるよ……

「みんな離れて、凄いのいくぞぉっ!」

 そしてスエの声が飛んだ。見るとメーサが手にしたロッドを振りかざしていた。

「ゼロ・ブリザラス―――――――っ!!」

 メーサの絶叫のような声が轟き、2体のマンティギアレスの頭上に馬鹿でかい氷の塊が出現した。そしてその塊は逆落としに落下し、地上のマンティギアレスに当たる直前に爆散した。

 爆散した場所にもの凄い勢いで空気が移動し冷気の竜巻が形成される様は、まるで巨大な生き物が藻掻いているようだった。

 冷却呪文『ゼロ・ブリザラス』はマイナス273度の絶対零度でこの世の全ての物を凍らせ、その対象の原子活動を停止させる冷却系最上位呪文だ。爆炎系最上位の『メテオバースト』と対極に位置する魔法で、同じく高位魔導士の特権技ともいえる。

 それはこの世界で最大級の『暴力』の一つだった。

 


初めて読んでくださった方、ありがとうございます。

毎度読んでくださる方々、心から感謝しております。

第13話更新いたしました。

ずいぶんとインターバルを空けてしまいました。なんか突然続きを書きたくなって書いてしまった。う~ん、ムラがあるな自分。

さて、今回は色々と新しい呪文が出てきます。ゼロ・ブリザラスは前作でスノーが旧魔法である『コマンドライン』方式の魔法『ディメイション・クライシス』の3呪文同時行使で使った物ですが、単体では初めての使用です。

メーサのピンチでシロウが何かに目覚め始めました。前作でのシャドウのれいのあの力の発動によく似ていますが、違う部分もあります。メーサは気付いていますが、この段階では予想外だったようですね。さてさて……

地震以降マジでやたらに忙しく、なかなか書く時間がありません(涙)微速前進でも進めていこうと思いますので、皆様、なま暖かい目で見守ってくださいませ。

鋏屋でした。


※今回のお話は当初1話で納まるハズだったんですが、長くなってしまったので前・後編の2部構成にしました。すみません(汗 なので今回次回予告は無しになります。

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