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第12話 殺気と笑顔と

 メーサとの一件で妙な疲れを引きずったまま、自ら壊してしまった罠の仕掛けももう一度作り直す気も起きず、メーサを伴って沢庵に向かった。そろそろララとスエゾウがアクセスしてくる時間だったからだ。

 結局ナイトは出かけたまま戻ってこないので、『沢庵に行く』と言うメッセージをメールに入れると『OK』という簡素な返事が返ってきた。

 しかし、ロストプレイヤーの友人ってどんなヤツなんだ?

 そんなことを考えつつ、俺とメーサは沢庵のドアを潜った。中はいつものように超満員。接続サービス開始から1時間が経っているにもかかわらずこの盛況ぶり。ワイワイコミュニティーチームが増えてからは、いつもこんな感じだ。クエストより、ここで話し込んでる方が長いキャラ達ばかりだ。全く、アクセス料の無駄ってもんだぜ。

 俺達はそんな混雑した店内を泳ぐように抜け、いつもの46番テーブルに着いた。これだけ混んでいてもやはりこの席だけはぽっかり空いている。まだ一度も会ったことのないこの席のオーナー、プラチナスノーというキャラに感謝の祈りを捧げたい気分だ。

「まだ誰も来てないみたいだな……」

 と呟きながら席に着こうと椅子を引いたとき、後ろのメーサが俺のマントを引っ張った。「僕たちだけじゃないよ」

 そう言ってメーサは俺の席の前を指さした。俺はその指の先に視線を向けると、向かいの席にいつの間にか黒づくめの人物が座っていた。ゼロシキである。

「い、いつのまに?」

「お前達が来るちょっと前だ」

 ゼロシキは頭巾の隙間からチラリと俺を見てから、相変わらずの醒めた声で静かに言った。

 どうでも良いけどフィールド以外でそのステルスモードで居るの止めて欲しい。心臓に悪いから……

「僕ビネオワ飲みた~い!」

 と席に着くなりメーサがそう宣言する。ララと良いメーサと良い、お前ら何でアクセス直後で物を口に入れるんだ? スタミナ満タンだろ!

 俺は「勝手に飲め」とメーサに告げると背中の國綱をテーブルに立てかけ席に着いた。メーサは俺に向かって舌を出し、それから店のNPCにビネオワをストロー付きで注文した。しかしどうでも良いことだけどホントにストロー付きって頼めるんだな……

「他のメンバーは?」

 ゼロシキは俺が席に着くなりそう聞いてきた。俺はララとスエゾウがリアルの用事で遅れるのとナイトの件を説明した。その俺の答えにゼロシキは「そうか」と短く答え、腕を組んで背もたれにもたれかかった。ホント、無口な人だな。ゼロシキといると会話が続かず空気が重くなるからいやだ。

 と思ったら、ゼロシキが話しかけてきた。珍しいことがある物だ。

「シロウ、この前の戦闘の件だが……」

「この前? いつの事?」

 この前と言われてもどの戦闘だか判らない。俺はそうゼロシキに聞いた。

「初陣、フェンサーと戦ったときのことだ」

「ああ、あの時か。それが何?」

「あの時、シロウちょっと変だったよな?」

 ゼロシキはそう言って俺を見た。その目は何か俺を探るような目付きだった。

「変? どういう風に?」

「戦闘の途中…… その太刀を抜いた辺りから」

 そう言ってゼロシキは今度は俺の横に立てかけてある國綱に視線を移し、それからすぐに俺に視線を戻した。

「俺はガンナーという役割上、味方の動きには常に注意して立ち回る。敵の動きに反応する味方の動きをイメージして予測することはガンナーの基本だからだ」

 ゼロシキは組んでいた腕をほどき、今度はテーブルに両肘を突いて丁度鼻の前辺りで両手の指を組み、その向こうに俺を眺めながら続けた。

「気を悪くしないで聞いて欲しい。俺のイメージでは、あの時のシロウはデッドしていた。そうだな、『ボルトバイン』を食らったとき。他にも雷帝戦、その後のフェンサー戦の序盤で見たシロウの動きを見て作り上げた俺の中のシロウのイメージではかわせない…… そう読んだ攻撃が何回かあった」

 ゼロシキのその言葉に触発されて、俺の脳裏にあの時の状況が蘇ってきた。

 そうだ、今思えばあのボルトバインはレベル38のナイトでさえかなりのダメージを食らっていた。スエゾウがかけてくれたプロテクションの効果だと思っていたが、たとえその効果があったとはいえ、レベル24の俺が普通にデッドしてもおかしくない攻撃だった。その後もゼロシキの言う通り確かに自分でもかわせないと思った攻撃があった。なのに、あの時俺は確かにその攻撃をかわし、反撃までしてのけたのだ。俺はゼロシキに言われてみてその事に初めて気付いた。

「その太刀を抜き、そこにいるメーサを救ったとき、それまでの動きとは明らかに違っていた。攻撃力、反応速度、そして瞬発力。とてもトウェンティーキャラ【レベル20代】とは思えない動きだった。何せスピードならピカイチのあのじゃじゃ馬モンクでさえメーサに届かなかったのだからな」

 そう、あの時ナイトとララは竦みで硬直していたメーサに駆け寄ろうとして出来なかった。俺より遙かに上の能力を持った2人ですらメーサに近づく事が出来なかったのだ。それなのに俺は、まさに瞬きする間にメーサの前に躍り出た。ゼロシキが不思議がるのも無理はない。

「前にも言ったがな、その太刀は使う者によって攻撃力が跳ね上がるという…… だが、上がったのは攻撃力だけじゃなかった」

 ゼロシキの言うとおり、単純な攻撃力の上昇じゃない。シロウというキャラのパラメータを無視した戦闘機動。震える刀身、鳴り続く耳鳴り。そして……

「なあシロウ、あの時パラメータ異常の他に何かその…… 変調が無かったか?」

 ゼロシキはあの不可解な意識のことを言っているのだろうか? 

 そう、最も不可解な事。ナイトを『敵』として認識した俺の意識だ。

 あの時、俺は目の前で吠えるフェンサーより明確にナイトを敵として捉えていた。あれだけの危険で強力なセラフを前に、俺の意識にフェンサーは『眼中になかった』のだ。

 そんなことを考えていた俺は、ふとある疑問が浮かんだ。


 何故この男はそれを知っているのだ?


 俺は無言でゼロシキを見つめた。相変わらず頭からすっぽりと被った黒頭巾でその表情をうかがい知ることは出来なかったが、目元を覆う黒い布の隙間から、その双眸だけが微妙な色で光っていた。俺はその瞳の色に促されるように、あの時自分が持った奇妙な意識のことを話した。

「なるほど……」

 ゼロシキはそう言ってまた腕を組み、椅子の背もたれにもたれかかって天井を見つめた。俺は注意深くその表情を探ったが、頭巾を被ったその顔からは、やはり表情をうかがい知ることは出来なかった。

「ゼロシキ、あんた何か知っているのか?」

「さあな。俺が知っていることで確かな事など何もない」

 ゼロシキは天井を見上げながら「ただ……」と呟くように続けた。

「あの戦闘機動は異常だった。人の反応速度じゃない。あれがその太刀が原因で引き起こされたものなら、その太刀はもう使わない方が良いかもな」

「何故だ? あれだけの戦闘能力を秘めた装備だぜ? 使いこなせたらマジ無敵じゃん」

 そう言う俺にゼロシキは目だけを俺に向けて言った。

「言っただろう? 異常だったと。原因のわからない常とは異なる力は往々にして身を滅ぼすものが多い。他にもどんな機能があるかもわからん。そりゃ使いこなせればそれに越したことはないが、そんな得体の知れないもの、使いこなせるなんて保障はない」

「しかし、現に俺はここにいるメーサを助ける事が出来た。ララやナイトですら手の届かなかったあの状況でだ。俺は……」

「自分の仲間を敵だと認識してしまう意識に捕らわれたまま…… な」

 ゼロシキは間髪入れずにそう切り返した。俺は黙らざるを得なかった。

「前回は理性が効いた。だが次も押さえこめるとは限らない。あの攻撃力を味方に振るうかもしれない。俺なら好んでバーサーカー【狂戦士】になろうとは思わん」

「バーサーカー……」

 俺はオウム返しにそう呟いた。その言葉のイメージに少し背中が冷えるのを感じた。

「まあもっとも決めるのは俺じゃない。シロウ自身が決めることだ。それに俺は傭兵、チームのことや、ましてやプレイヤー個人の考えなどに興味もない」

 ゼロシキはそこで一端言葉を切り、ふぅっと一息吐いて続けた。

「だがなシロウ、これだけは言っておく……」

 ゼロシキは組んでいた腕をほどいて手元にある撃滅砲を引き寄せ、砲身に手を添えながらガチンとレバーを引いた。

「今後もしお前がその意識に抗えなくなってその刃を俺に向けたなら、その時俺は迷わずお前を撃つ」

 ゼロシキはそう言ってしばらく無言で俺を見つめた。ゼロシキから滲み出る殺気に当てられ肌がヒリつくのを感じつつ、俺はごくりと唾を飲み込んだ。

 レベル自体は俺とさほど変わらないはずのゼロシキから、何故かララやナイトと変わらないプレッシャーを感じた。よく映画や漫画などで、数え切れない修羅場をくぐり抜けて来た兵士は無意識に威圧感みたいなものを纏うと聞くが、それはこんな感じなのかもしれない。だが、そんなゼロシキの威圧的な殺気にビビリながらも、もう一方でザワザワと俺の中の何かが葉音を立てていた。俺はそんな心の動きを自覚しつつ、無意識に國綱を握りながら頭巾の隙間から覗く、敵になるだろう男の瞳を凝視した。

 ゼロシキはそんな俺の視線を余裕で受け止めながら「忘れないことだ」と小さく呟き、あっさりとその視線を外した。

 その瞬間俺ははっと我に返り、國綱を握っていた手を緩めた。少し頭がぼぅとする。まるで蛇に睨まれた蛙の心境だ。

 仮初めとはいえ限りなく現実に近い命のやり取り。腕の立つ傭兵は報酬も高いがそれだけに危険度も高い仕事をこなす。今までくぐり抜けてきた修羅場の数も一般プレイヤーとは桁違いだろう。傭兵は単純にレベル数値だけでは測れない職業なのかもしれないな。

 とそこにメーサがビネオワを飲み終わってズズゥ~とストローをすする音を立てる。全くコイツは場の空気をぶちこわす天才だ。

「あ~おいしかった。まあ、反則技にはそれなりにリスクがあるって事だよ」

 そう言ってメーサは懐から出したハンカチで口元を拭った。

「なんだよその反則技ってよ! れっきとした装備なんだから別に反則ってわけじゃねぇだろっ!」

「あ、何? じゃあ問題は人の方? なるほど、それは確かに頷けるなぁ~」

「んだとてめぇ、叩き斬られたいかコラっ!!」

「わぁ~ゼロシキぃ~ バーサーカーがいるよぉ~ ズドンと打っちゃってよ~!」

 と席を立ちゼロシキの後ろに回って舌を出すメーサ。

 くっ、相変わらずかわいげのないガキんちょだ。さっきの態度は何だったんだよクソガキっ!!

「なぁに、またあんた達じゃれてるの? 仲が良いわね~」

 と俺の後ろから声が掛かった。振り向くとララとその後ろからスエゾウがやってくるところだった。

「あれ? ナイトは?」

「何でも知り合いに会うとかで別行動だ。あっ、そうだスエっ! てめぇ何メーサにデタラメ教えて…… あれ、どしたのお前?」

 俺はさっきのメーサとの一件の恨みを晴らそうと立ち上がり、怒りを込めた目でスエゾウを睨みつつそう怒鳴りかけたのだが…… なんかスエゾウの様子がおかしい。それに心なしか窶れているようにも見えるが、いったいどうしたんだスエのヤツ?

「あ…… シロウか。はは…… お前は…… 生きてるシロウだよな……」

 ぼんやりとした目で俺を見つつ、スエゾウは薄く乾いた笑いを残しながら崩れるように席に着いた。そんな姿のスエゾウに俺は完全に怒りをひっくりがえされ、文句を言うタイミングを外してしまった。

 な、なな、何だ、何があったんだよオイ!? そういやスエ、今日はリアルでララと『特訓』とかって言ってたけど、それが原因なのか?

「な、なあララ、どうしたんだよスエゾウのヤツ?」

 俺はテーブルの上で突っ伏してるスエゾウを眺めながらララにそう聞いた。

「リアルの特訓でね、ちょ~と疲れちゃったみたいよ?」

 やはりそれか…… でも一体どんな特訓なんだ?

「特訓っていったい何をやったんだ?」

 するとララは「えっとね~」と天井に視線を投げながら思い出して言った。

「まずお化け屋敷とホラーハウスのハシゴでしょ? それからほら、最近ロードショーしてるあの超恐いって話題の映画! あれ観て…… 観終わったら外がいい具合に暗くなったからその足で都内の心霊スポットを数件回って彼1人で歩かせたの。結構ハードなスケジュールだったけど、どうにかなったわね」

 も、文字通り恐怖の特訓だな…… コイツ行く前に「マリアさんとデートだぜぃ」とかはしゃいでたけど、まさかそんな地獄巡りデートだとは思ってなかっただろうな。ちょっと同情する。

 するとスエゾウはむくっと起きて俺に薄く笑いかけた。

「へへっ カモンてなもんか…… とっつぁんよぅ……」

 と往年の矢吹ジョーを思わせる台詞を吐く。うっすら窶れた顔によく似合う台詞だけに悲壮感すら漂っていてギャグになってない始末だ。そして何を思ったのか、すぐ横の誰も居ないナイトの席に向かって呟く。

「あれ~ なぁんだ、あんたもプレイヤーだったのぉ~? 何か時代劇みたいな鎧装備してるね。あ、でもゴメンね~ ここは同じチームじゃないと座れないんだよぉ~」

 俺はそんなことを言ってるスエゾウを見ながら背中に冷たい物を感じてララを見た。ララも妙な目でスエゾウを見る。

 あ、あのさスエゾウ? お、お、お前誰と喋ってんの?

 すると相手と話が付いたのか、スエゾウは『スエゾウにしか見えないキャラ』に向かって「じゃあね~」と手を振っていた。

「泣きギレチキン治す特訓だったけど、どうやら『見えない物』まで見える新しいスキルまで身に付いたみたいね」

 イヤ違うからそれ! そんなスキルねぇってマジでっ! そんな落ち着き払った真顔で何言ってんだよあんたっ!?

 それに『見えない物』じゃなくて『見えちゃダメな物』だと思うよ絶対――――っっ!!

 どうやらスエのヤツは、システム内のプログラムにさえ入り込む実体の無い奇妙な友人が出来たようだ。不思議な友好関係範囲を確立しつつあるようだが、頼むからその友人を俺の家まで招待しないようにと心の底から願う限りだ。

 一方ララは「う~ん、今度サンちゃんにお払いでも頼むかなぁ……」と呟いている。どうやら知人にそっち系がいるみたいだが、一日も早く処理して貰った方良さそうだ。後で念を押しておこう。

「いやぁみんな揃ってたのか。ゴメンね、すっかり話し込んでしまってさ……」

 とナイトが相変わらずの笑顔でやってきた。どうやら本当に知人と会ってきたようだが、ロストプレイヤーの知人ってどんな人なんだろうか?

「あれ? 何かスエゾウ雰囲気違うね。どうしたんだ?」

 ナイトは真っ当な質問をしたので俺は事の経緯をナイトに説明した。

「はははっ、ララも凄い事やるなぁ~ 普通考えてもやらないよな、ララらしいけどさ」

 俺の説明を聞いてそう言いながら爽やかに笑うナイト。やっぱりあんたもちょっとずれてるよ。

「ところでナイト、あんた知り合いなんてあたし達以外にいるの?」

「まあね、昔俺と組んでいた仲間はもうみんな引退してるか…… ロストしてるから」

 そう言うナイトの表情が少しだけ曇った様に感じた。

 そうか、恐らく過去に自分だけじゃなく、チームの仲間にも未帰還者が出たんだな。長い間こんな殺戮そのものの世界に居続けるといろいろあるのだろう。普段は常に笑顔を絶やさないナイトだが、過去の記憶の中には思い出したくない物の一つや二つあっても不思議じゃない。俺はこの時初めて、この肉体を失ったナイトと言うキャラに人間らしさを感じた。もうヒトとして定義付け出来ない存在なのだけれど……

「ララも知ってるだろ? 傭兵ガンナーのオウル。彼は俺の古い友人なんだ」

「え? あのオウル!?」

 ララがビックリしてそう聞いた。

「ああ、まあ友人と言うより『同志』と言った方が良いかな。何せこの世界のコアシステムであるインナーブレインシステムは彼と共に作り上げたのだから」

 な、何だって!?

「って事はつまりオウルは……」

「そう、彼も『使徒』の一人…… 6年前、当時体の不自由だった俺に変わって直接開発プロジェクトの指揮を執ってくれた人物だ」

 あ、あのオウルが、あの『耳屋』の親父が『使徒』っ!?

「ちょ、ちょっと待ってくれ、そのオウルと一緒に作ったって、あ、あんたまさか……!?」

 すると横にいたララが俺のその疑問に答えた。

「そ、このナイトがインナーブレインシステムの生みの親であり、世界で最初のプレイヤーってわけ。あれ? 最初に会ったとき言わなかったっけかぁ?」

 いやいやいや、聞いてませんからそんな重大告白っ! 使徒が実在し、しかもその中心人物が目の前にいて、さらにあのオウルが使徒っ!? ヤベェ、驚きすぎで思考が追いつかない。さっきまで『魂ドッカイッテル?』なスエゾウもこの時ばかりは驚きを隠せない様子で、開いた口を塞げずにナイトを凝視していた。

 そりゃあそうだろう、だって使徒だぜ? 

 このセラフィンゲイン最大の謎の1つとされる開発者達の噂は、プレイヤーなら誰でも1度は耳にしているはずだ。だがその噂のどれもが信憑性に欠ける物ばかりではっきりしたことは何一つ明らかになっていない伝説の人物達だ。噂では『13人いた』と言われることから『使徒』と呼ばれる様になったと聞くが、まさかそのうちもう2人に会っていたなんて…… マジで未だに信じられない。

「オウルは昔、世界的にも有名な脳医学者だったんだ」

 ナイトはそう言ってテーブルに肘を突き、顔の前で両手を組んだ。

「あのオウルが脳医学者…… ゴメン、ぜっんぜん想像沸かないわ~」

 ララが呆れたように言い放った。俺もその意見に同意。ヲタ達の隠れたオアシス、ゲームショップ『耳屋』の角野卓造似の店長で、迷彩柄の揃いのTシャツ着てガールズファイトクラブのララに熱い声援を送るヲタ中年親父。ゲーム内では生き字引とまで言われる『セラフィンゲインの主』の様な古参の傭兵プレイヤー。

 そんな男が世界的にも有名な医学者!? そんなの信じられるわけない無いって!

「東北大学生命科学研究科、屋敷土脳情報処理伝達研究室、通称『屋敷土塾』の教授…… そのまま続けていれば日本脳医学会最年少で理事の椅子に座ることを約束されていた人物だった」

「人は見かけによらないって言うけどホントだな。でもさ、黙っててもその理事とかになれたんだろ? 何でオウルは今あんななんだろ? 何か下手こいたのか?」

 スエゾウが首を傾げながらナイトにそう聞いた。確かにスエゾウの言うとおりだ。そこまで地位が約束された人物が何故あんなゲームフィギアショップを経営し、こんなゲームの傭兵をやってるのかが判らない。

「下手…… まあそうだな。彼はかつて脳内にある新因子を発見した。しかしそのせいで彼は学会を追放されてしまった。それさえなければ彼は今でも日本脳医学界の権威として学会にその名を連ねていただろう……」

 ナイトは静かにそう語った。

「12年前、俺に出会わなければ、彼は人生を狂わすことは無かったんだよ……」

 ナイトは遠くを見るような目をしてそう言った。その目は、昔を懐かしむと言うよりも何故かとても哀しい色をしていた。

「彼が見付けた脳内の新因子は『アザゼル』と名付けられた」

「アザゼル?」

 俺はオウム返しにそう聞いた。

「エチオピア正教の外典、旧約聖書エノク書に出てくる天使の名前さ。神より人を監視する命を受けながら、人の女性を愛し交わってしまい神の審判にっよって堕天したと伝えられている」

 ナイトは俺の問いにその博識の一部を開陳してそう説明した。

「俺は脳とか言われてもさっぱりわからないが、そのアザゼルとか言う因子は、何かとてつもなくヤバかったのか? 学会を追放されるぐら……」

「シロウ」

 ナイトは俺の言葉を制して俺の名前を呼んだ。ナイトの目がまっすぐに俺の瞳を刺していた。

「知るべき物は、知るべき人と知るべき時を知っているものだ。それがシロウにとって知るべき物ならば、いずれ知るときが来る……」

 ナイトはそう言って俺に笑いかけた。ナイトのいつもの、あのたまらない笑顔だったのだが、俺には何故か先ほどのゼロシキから感じたものと同質の感覚を味わった。


初めて読んでくださった方、ありがとうございます。

毎度読んでくださる方々、心から感謝しております。

第12話更新いたしました。

11話から比べるとずいぶんと空気が違います。ここから物語は若干スピードが出てきます(くるかなぁ)マテコラ!

前作を読んでいる方ならアザゼルがなんなのかわかるかもしれませんが、それを発見したのはオウルです。その昔、まだ少年だった頃の朋夜に出会ったことで、彼の人生は大きく変わってしまいました。脳医学者だった頃の彼のお話も別の物語として考えておりますが、まだどうなるかわかりません。企画倒れになる可能性大ですね(オイ)

ともあれ、シロウに訪れた変化の兆しが現れて今後のお話がまた難しくなりそうですが、呆れずおつき合い下さると嬉しく思います。

鋏屋でした。


次回予告

ゼロシキとナイトに妙なプレッシャーを掛けられつつ、シロウは次のクエストを受注する。幻龍種と呼ばれるつがいのレベル6ボスセラフ『マンティギアレス』を狩るクエストに意気揚々と挑むシロウ達ウロボロス。だが、そのクエスト中に他のチームが乱入してきた。彼らの目的とは? そしてさらに、そのフィールド自体にも異変が……!?


次回 セラフィンゲインAct2 エンジェル・デザイア第13話 『クローズドグラウンド』 こうご期待!

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