第11話 天使のお礼
俺はその異様な切れ味を見せる國綱を構えフェンサーに躍りかかった。
フェンサーはぶんっと長い尾を振り回し俺を迎撃する。俺は横合いから唸りを上げて迫る尾に國綱を叩き付けた。
またしても國綱は、奴のその剣による攻撃が効きにくいハズの表皮をいとも簡単に斬り裂き、内部にある骨ごと尾を両断した。おびただしい体液をまき散らしつつ、振り回した勢いのままクルクルと回りながら飛んでいく切れた尾を避けたナイトが驚愕の表情で呟いた。
「鬼丸、國綱……!!」
やはりナイトもこの太刀を知っているようだ。ネストでゼロシキが言っていたように、どうやら本当に激レアな逸品のようだ。
尾を斬られたフェンサーの絶叫が響く中、ナイトは驚いた顔で俺を凝視し、それから後方に飛んでいった尾の切れ端を一瞥した。そして再び俺をまじまじと見つめる。俺はその目をにらみ返し、すぐに目を逸らして舌打ちした。
まただ――――― 何故ナイトが敵だと思うんだ!?
そう心の中で何度も繰り返すのだが、やはり頭の片隅でナイトを意識してしまう。そしてさらに、辺りを動き回る微かな気配を感じて周囲に意識が持って行かれる。鼓膜はさっきから続く耳鳴りのせいで良く聞こえないはずなのに、感覚だけがやたらに鋭くなっているのを自覚する。まるで自分の体全部が鋭敏なセンサーになったような感覚だ。
違うっ、ナイトは敵じゃない! 目の前のセラフに意識を集中しろっ!!
頭の中でそう言い聞かせ、強引にその妙な意識をねじ伏せる。すると手にした國綱がそれに抗うようにブルブルと震えた。ここで初めて俺は気付いた。
俺の手が震えているんじゃない。この國綱が…… 震えている!?
「シロウ前っ!!」
ララの鋭い声に我に返った俺が顔を上げた瞬間、フェンサーの口からブレスが発射された。普段ならまともに食らっていたであろうその必殺のタイミングで放たれた攻撃を、俺は紙一重で避け、瞬きする間に奴の懐に飛び込むと横一閃で國綱を振るい奴の右前足をいとも簡単に切断した。攻撃を予期して避けたのではなく、見て避けたのだ。さらにあまつさえ反撃までしてのけた。尋常じゃない反応速度だ。
迸るフェンサーの咆吼に続いてナイトの炎を纏った自在刃が長い首筋を舐め上げ、ララがゼロシキの放つ魔法弾が炸裂する中を飛び込み数発の蹴りを見舞う。俺の攻撃で右前足を失ったフェンサーがたまらず横倒しになった。
「トドメだー!」
絶妙なタイミングで後方からメーサの声が飛び、俺達前衛は全速力で離脱を図る。そこへ絶叫の様なメーサの声が響き渡った。
「メテオバーストぉぉ―――――――――っ!!」
本日2度目の最強魔法の発動。必死に起きあがろうと藻掻くフェンサーに超高熱の巨大な火球が激突した。
音と熱、そして世界が揺れているかのような衝撃の乱舞。再び襲う高負荷な処理で空間テクスチャーが悲鳴を上げる。緻密に再現された背景が陽炎のように歪む様は、まるで断末魔のフェンサーの怨嗟を表しているようだった。そのうちフェンサーを取り巻いていた超高熱の炎は煙のように消え、その中心にいたフェンサーもまた、消えゆく炎の後を追うように細かなポリゴンの欠片を弾けさせながら霧散していった。
か、狩れた~っ! マジでフェンサー狩れた―――――っ!!
沸々と沸き上がる勝利の実感に國綱を握る手に自然と力が入る。込み上げる感動に口元が緩むのを自覚した。息が上がってるのは疲れだけじゃないだろう。
だって俺とスエ、一昨日までチームのメンバーごっそり引き抜かれてやさぐれていたんだぜ? オマケにギルドも追い出されてもう残る道は傭兵かティーンズと組んでキラーにビクビクしながらしょぼいクエストをシコシコこなしていくしかないって状況だったんだ。それが曲がりなりにも、誰一人デッドすることなく雷帝を半殺しにして、さらに幻のフェンサーまで狩れたんだ、いきなり上級チームの仲間入りじゃん!!
俺はそんなことを思いながら、喜びを吐き出すかのように深い息を吐き、手にした國綱を鞘に戻した。すると途端に体中の関節が弛緩し、崩れ落ちるようにその場に膝を付いた。先ほどまで続いていた耳鳴りや頭痛もいつの間にか納まっていた。
「あは、あはははっ! なあシロウ! 俺達すげーよ、マジめっちゃすげーよぉ」
と言いながらスエゾウが駆け寄ってきた。予想通り、と言うかお約束通りその目からは大量の汗が噴き出してる。やっぱ泣いてやがったよ。
「それに大活躍じゃん、シロウ! しかもお前全然太刀使えるじゃん!? 何で今まで隠してたんだよコノヤロ~」
と言いって涙を拭きながらバンバンと俺の背中を叩く。あ、ちょ、ちょっと止めてなんか結構痛いからそれ! 今体中がちょっとおかしなことになってるからっ!
「痛ててっ…… い、いや、自分でもちょっと信じられない。明らかにパラメータ以上の機動だ。普通じゃな…… だから痛てぇって言ってるだろーが!」
俺は尚もバンバン叩くスエゾウを國綱の鞘でひっぱたいた。
「何だよ、親友の熱い抱擁を無碍にするのか? ここは感動でむせび泣いておけってっ!」
「泣くかっ!?」
しつこくハグしようとするスエゾウを押し戻していると、スエゾウの後ろからメーサがよってきた。
「ふん、まあまあかなぁ…… でも結局は僕の魔法でフィニッシュだったけどね」
と言って大きくもないの胸を反らすメーサ。
「なに偉そうに貧乳逸らして威張ってんだおめーは! レベル38で竦み上がって動けないなんて聞いたことねぇよっ!」
「しかたないだろ! 僕は元々管理AIなんだからっ! サブパラメータなんて上げよう無いじゃん。でももう大丈夫、このスーパーイヤーがあれば……」
「ああっ!? お前なに言ってんだ? 貸しただけだぞ? 返せよおいコラ!!」
「ダメだよ、もう貰ったんだもん。それにシロウはスキルがあるんだろ? なら良いじゃんくれたって」
「馬鹿言うな、いくらすると思ってんだ!? いいから返せコノ……っ!」
俺が手を伸ばすとメーサはするりと俺の手を逃れ、振り向いて逃げようとする。俺はさらに手を伸ばし辛うじてローブのフードを掴まえて後ろから羽交い締めにすると頭を押さえつけた。
「わ~っ、はなせよ~っ! きゃあ~ 襲われる~っ!!」
「うるせぇ、人聞き悪いこと叫んでないでその手どけろ馬鹿!!」
メーサは両手で耳を塞いでジタバタと暴れていた。「やめろ馬鹿ヘンタイ!」といっちょまえに人間みたいなリアクションをとるメーサを押さえつけていたら何か変な気分になってきた…… はっ、イカンイカン!
「オイオイシロウ~ いくらリアルで女出来ないからってそれはどうかと思うんだが……」
とスエゾウがため息混じりにそう言った。
「なわけないだろっ! 余計なこと言うな!!」
「あら、でもメーサ一応18だし、問題ないんじゃない?」
とララがさらに余計な口を挟む。
「ララっ! あんたもいい加減にしてくれ!!」
「う~ん、今のところ俺はメーサの保護者って感じだし、そうなると親代わりとしては複雑な心境だなぁ」
いつの間にか隣に立つナイトが腕を組みながら真剣な顔をしてふざけたことをのたまう。あんたもかぁぁっ!!
ちょっとマテコラ! 俺はそもそもロリコンじゃねぇえし、AI萌えとか言うニュータイプなヘンタイじゃ無いからマジでさっ!!
その後もメーサはジタバタして「ヘンタイ」だの「キチク」だの人聞きの悪い言葉を連呼し、とうとう俺は根負けしてスーパーイヤーを諦めることになった。メーサはニッコリと嬉しそうに笑い勝ち誇った顔を俺に向けていた。
クソガキめ、アレ高かったのによぉ……
「鬼丸國綱…… ちょっと驚いたよ、シロウ」
スエゾウの回復魔法で体力を回復したナイトはそう言ってにこやかに俺の目を見た。確かに笑っているのだが、何だろう…… 何か探るような、そんな瞳の色をしていた。
「あんたも知っているのか? この太刀を」
俺のその質問に、今度はナイトではなくララが答えた。
「そりゃそうよ。知ってるも何も、元々この太刀はナイトが使っていた物なんだもん」
「何だって!?」
俺は思わずそう聞き返しナイトを見た。ナイトは変わらずにこやかな笑顔で俺を見つめていた。
「まあ、実際は俺の『本体』なんだけどね。これはかつての俺、鬼丸がシャドウの太刀であった『細雪兵辺衛』をベースに作った太刀『鬼丸國綱』に間違いない」
ナイトは「ちょっと良いかい?」と言って俺から國綱を取り上げ、ゆっくりと鞘から引き抜いた。鞘から抜かれた紅い刀身が日の光を浴び、濡れたような光沢を放った。
「その昔、北条時政の夢に夜な夜な現れては時政を苦しめていた鬼の首を切り落とした事から『鬼丸』と呼ばれるようになった名工『國綱』の太刀。天下五剣の一刀に数えられる現実世界にある同名の太刀にはそんな伝説があるんだそうだよ……」
その紅い刀身を見つめながら、ナイトはそう解説した。
夢の世界の鬼を狩る妖刀……
プレイヤーの脳内に投影された仮想世界セラフィンゲイン。そんなこの世ならざる世界で毎夜繰り返される勇者達の狩り。この太刀はまるで、この世界を象徴しているように感じた。
「へ~、なるほどねぇ。でもまあここじゃセラフ【天使】を狩るんだけどな」
とナイトの説明にスエゾウがそうツッコミを入れた。ははっ、確かに違いない。ここは鬼よりも天使に溢れてる。
「この太刀が刃を向ける『鬼』は果たしてセラフなのかな……」
ナイトはそう言って國綱を鞘に戻した。カチンと鞘に収まる音が余韻を残し俺の鼓膜に響いた。
「どういう意味よ、それ? この國綱もまさか……」
とララがナイトに質問した。
『國綱も』? 何だ、何の話なんだ? それに「まさか」って何だよ?
「これを創造したのは俺であって俺じゃない。鬼丸がこれに何を施したのか俺には判らないよ。なんでこれが今ここにあるのかもね。ただ……」
ナイトは少し考えてこう続けた。
「安綱と國綱。方や酒呑童子の腕を切り落としたという伝説の『童子切り』。方や時政の夢に現れた鬼の首をはねた『鬼丸』。どちらも『鬼』を狩る力を秘めた妖刀だなって思ってさ」
童子切り? 安綱? 何の話をしているのかさっぱりわからん。さっきの俺の、あのわけのわからん現象と何か関係があるのか?
「なあ、2人とも何の……」
と言いかけた俺を制してナイトが呟いた。
「主を選ぶ太刀…… 果たして選ぶのは主か、それとも狩る相手か?」
そう言うナイトの探るような視線に、俺は自分の質問を飲み込んだ。
狩る相手? そんなのセラフに決まっているだろうに……
そんな疑問に妙な胸騒ぎを憶えつつ、俺達ウロボロスの初陣はこうして幕を閉じたのだった。
☆ ☆ ☆ ☆
僕はこの世界の管理者であり、人を試みる者。
この世界の試練に挑む者達の集団意識をサンプリングし蓄積する。
その膨大な人の行動パターンデータから敵の心理を探り、何億通りの行動パターンを予測し、戦況に適した味方に最も有利な戦術を導き出すのを目的に生み出された学習型統合戦略プログラム。
それが僕の全てであり、僕の存在理由。
そのハズだった……
あの時、彼が僕の名を叫んだときから、僕の中に妙なノイズが生まれた。
なんと表現すればよいのだろう。
今まで確認したことのない、初めての感覚。
これまで蓄積したデータの、そのどれにも一致しない。
上手く言語化できない。
彼が初めて呼んだ僕の名前。
僕の本当の名前ではないそれは、この世界で僕の帰る唯一の場所に戻るために使用する仮の名前にすぎなかった。
だけど、彼が僕をその名で呼んだときから、その名前は僕にとって特別な物になった。
あれ以来彼は僕をそう呼んだことはない。
何故だろう、僕はそれがとても……
何故こんな事を考えるようになったのだろう。
名を呼ばれ、動けない僕を力強く抱き起こした腕の感触。
初めて意識した人の熱。
僕を包み込む優しい熱。
あの日僕は、ヒトにはとても心地良い熱がある事を知った。
僕は判っている。
彼の未来に僕はいない。
その事実を考えると何故かとても苦しくなる。
プログラムのバグだろうか。
しかし今の僕にはそのバグを消去することは叶わない。
コアを離れ、サブプログラムのみの不完全な僕はには。
バックアップがないこのままの状態では、遠からず限界が来る事は予測できる。
いや、そもそもこれだけ派手に動いているのだ
管理側も馬鹿ではない。見つかって消去される方が早いかもしれない。
しかし不思議なことに、それでも良いと考える自分があった。
彼を見ていよう。
彼がこの世界にいる時間は少ない。
本来の彼は別の世界の存在なのだから。
だから彼がこの世界に滞在するわずかな時間は、彼を見続けていたい。
次の瞬間、僕の存在が消え去ってしまってもいいように。
彼と共にある今が、今の僕の全てであるように。
しかし……
僕の存在が消えると同時に今の僕のメモリーが消去されるのは必然。
仕方がないこと。
今の僕は初めから存在しなかった事になるのだから。
この世界で消えていった『未帰還者』達の意識のように……
ならば僕は残したい。
彼の記憶に。
たとえデータの永遠が有限であろうと。
彼のメモリーの、ほんの数キロバイトの領域でかまわない。
彼の側に、僕がいたという証を。
彼と僕が出会った奇跡の印を。
ただ、残したい。
そして願わくは彼にもう一度、僕の――――
☆ ☆ ☆ ☆
「何だよ、さっきから妙な目して睨みやがって」
俺は目の前で膝を抱えてしゃがみ込み、じっとこっちを見るメーサに言った。
今日はララとスエゾウが用事があるとかで遅れてアクセスしてくるので、俺は一足先にアクセスして罠の材料を買い込み、ここターミナルの噴水広場エレメンタルガーデンの外れに腰を下ろして罠で使用する仕掛けを作っていたのだ。
そこに俺のアクセス表示に気付いたナイトとメーサから連絡が入り、2人でやってきた。ララとスエゾウが遅れることを伝えるとナイトは「知人に会ってくる」と言ってメーサを置いて出かけてしまった。で、俺とメーサは2人してここに座ってアクセスしてくるララとスエゾウ、それに出かけたナイトを待っている訳だ。因みにさっきゼロシキのコードを検索してみたのだが、アクセス表示は無いから彼もまだアクセスしてないようだ。
「別に睨んでなんかいないよ。ただ見てるだけじゃんか」
そう言ってメーサは視線を逸らした。
俺達ウロボロスは初陣から数回のクエストをこなし、もうすぐ1週間が過ぎようとしていたが、最近メーサとこういったやり取りが増えている。何故か妙に視線を感じると思うと、メーサが俺のことをじっと見ているのだ。俺がそれに気づき「何だよ」と聞くと「別に~」と誤魔化し視線を逸らす。今みたいな感じだ。たいていの場合その後は口げんかに発展するのだが、今日はちょっと違っていた。
「何やってるのさ?」
メーサはそう言って立ち上がると尻を叩いて近づいてきた。そして俺の手元を覗き込む。「罠の仕込みだよ。昨日の『ドンペリ』狩りで『雷縛線』使い切っちまったからな……」
俺はそう言って手もとの仕掛けをメーサに見せた。
「ふ~ん」
メーサは興味なさそうにそう言った。
「でもさぁ、昨日のそれ…… あんま役に立ってなかったよね」
「ば、ばかやろう、あれはスエが『チビカン』にびびって余計な魔法掛けるからで……」
そうなのだ。接近する強面セラフにびびったスエゾウが『クロノスダウン』つー時間魔法を掛け、敵のスピードを上げてしまったせいで完全に発動タイミングがズレ、俺のこさえた雷爆線の八方陣が全て空振りに終わってしまったのだ。
幸いナイトが解除魔法である『リディン』を習得していたおかげで敵のスピードが元に戻り事なきを得たのだが、結構ダメージを食らったおかげで『ドンペリ』狩りの醍醐味である『チビカンの増殖稼ぎ』が出来なくなってしまったのだ。それに怒ったララが、本日リアルでスエゾウを連れて『特訓』と称してどっかに出かけてるみたいなんだが…… 特訓ってなんだ?
因みに『ドンペリ』とはレベル6セラフである『レオンガルン』の渾名。でもって『チビカン』ってのはレオンガルンの子供で正式には『ガルン』という。
レオンガルンは戦闘中にこのガルンの卵を産み、それが孵ってガルンが増殖したところを連続で狩るのが『チビカンの増殖稼ぎ』という狩り技だ。
その姿はでかいペンギンのようなのだが、怒りモードに入ると嘴がめくれ上がり、骨むき出しの悪魔さながらな面相になるのが特徴だ。勿論レベル6セラフなので攻撃力と凶暴さは折り紙付きだが、雛であるチビカンを効率よく潰して上手く立ち回ればかなりの経験値を稼ぐことが出来ることから、リアルの高価なシャンパンの銘柄になぞらえてドン【首領】のペリカン『ドンペリ』と呼ばれている。
「でもスエゾウ言ってたよ? シロウの罠はあまり役に立たないって」
あ、あの野郎……っ!!
「い、良いんだよ! 罠嵌めて狩った方が安全だろ? それが俺のスタイルなの!」
そんな俺の答えにメーサはまたしても「ふ~ん」と興味なさそうに言った。てかお前が聞いてきたんだろ? 興味ないなら聞くなっての!
それからしばらく黙ったまま俺は仕掛けを作り、メーサがそれをつまらなそうに見ている時間が続いた。すると不意にメーサが声を掛けてきた。
「あのさぁ、シロウ……」
俺は仕掛けの仕上げに入っており、メーサを見ずに「あ? なに?」と答えた。
「初めての戦闘でさ、シロウが僕を…… 助けてくれたじゃん? あのあとしばらくしてナイトに言われたんだ」
メーサはそう続けた。
「ああ、お前が竦み上がったときだろ? で、ナイトが何だって?」
おっと、ここの鋼線をコッチのリングに引っかけるの忘れてた…… 今忙しいんだよ、ナイトが何だってんだ。
「助けて貰ったらお礼をするんだって。それが人間のルールなんだって。『メーサはオマケにスーパーイヤーまで貰ったんだからちゃんとお礼しなきゃダメだよ』って」
「やってねえし! 借りパクされたんだしっ!! つーかお前返す気さらさらねぇだろマジで!!」
「だから…… 僕はシロウに何かお礼をしようと思って」
聞いてねえし…… まあもういいけどさぁ……
「いらねぇよ、だいいちチームのメンバー助けるのにイチイチ見返り期待してやる奴はいねぇよ」
「でも人間同士のルールなんだろ? そりゃあ僕は違うけど、今は人間のフリしないとダメだし…… だから色々調べたんだ」
何をだよ…… でもまあコイツがこんな事言い出すとは思わなかった。普段はムカツクガキんちょだが、コイツのこういう姿は珍しいな。若干気味が悪いが……
「ふ~ん、で、調べてどうだったんだよ?」
「それで、シロウが喜ぶ事をしてあげようって思ったの」
俺が喜ぶ事…… 何じゃそりゃ?
「ほ~う、じゃあそうだな…… レベルを一気に30まで上げてくれよ。ちょちょいってさ」
「それは無理。前にも言ったじゃん、今の僕は……」
「知ってる。冗談だよジョ~ダン」
俺は手元の仕掛けをいじりながらメーサにそう答えた。よし、あとはここの針に火薬筒を引っかけてと……
「それで…… これにしてみた。はいっ!!」
と言ってメーサはその場で固まった。俺は最後の仕上げを行いながらメーサに聞いた。
「―――よし、出来た。で、俺に何をくれる…… !?」
今度は俺が固まる番だった。
What? なに? 何してるのお前!?
誰かこの状況が判るヤツ、誰でも良い、此処に来て俺に説明してくれっ!!
悪いが俺には全く断じてわからねぇっ!?
「な、な、なな……っ!?」
言葉が出ねぇ。だから電波で感じ取ってくれ!
何やってんだお前はっ!!!!
目をつむり、俺に向けて顎を突き出すメーサがそこにいた。
誰をモデルにしたか判らないが、リアルで竹下通り歩いたらスカウトマンが最低でも5人はたかるだろうその整った愛くるしい顔。高校生、いや中学生と言ってもいい若干幼さが残るが、その幼さに見え隠れする女性の仕草。黄色いローブの肩口に流れる豊かな黒髪のロングヘアー。長いまつげに飾られたその閉じた目の上に形良く引かれた眉と、その上にさらりと風に揺れる前髪。
そう、そうなんですよ! コイツははっきり言ってマジにとびきり可愛いんだよ! ロリ顔全開バリバリの美少女なんだよっ!! そんなビジュアル数値テラバイトクラスの美少女が鼻先数センチの距離でチューのおねだりポーズ決めて見ろ!?
頭飛ぶだろ普通マジでさぁぁぁぁ――――――っ!!
頭の中で理性ノーサンキューなブラック俺が『やっちまえワッショイ!』とけしかける。しかしもう一人のチワワの様な目をしたホワイト俺が『早まるな!犯罪だ!』となだめる。
いやいやいや、犯罪以前にヒトじゃねぇしっ! つーか生物ですらねぇって!
「な、なな、なにやっとんじゃお前は――――っ!?」
俺の手から作ったばかりの仕掛けが落っこちるが、そんなことは構わず俺は座ったまま1mほど飛び退いた。おかげでせっかく作った仕掛けを踏みつぶしたが知ったことか!
しかし良かった。間一髪理性がビクトリー…… 想定外の破壊力に狼狽えまくりだ。
するとメーサが閉じた目を開けて俺を見た。
「どうだった?」
「は? な、な、何が?」
我ながら間の抜けた情けない声だ。でもいっぱいいっぱいなんだぜ!
「だから、喜んだ? 嬉しかったか?」
メーサは尚も俺にそう聞いた。ゴメン、コイツが何を言ってるのか全然判らないっす。
「ビ、ビ、ビックリするわっ! 俺をロストさせる気かっ!?」
未だに爆発寸前の心臓を根性と理性でねじ伏せ、俺はメーサにそう怒鳴った。するとメーサは「おかしいな……」やら「聞いてたのと違う」だの言いながら首を傾げる。
「シロウに顔近づけて目をつぶって10秒数えろ、そしたら飛び上がって喜ぶって言ってたんだけどなぁ……」
「だ、だ、誰がそんなことを……」
するとメーサはきょとんとした顔で答えた。
「え? そりゃあ勿論スエゾウだよ。だってシロウと子供の頃から一緒なんだろ? 『シロウのことなら何でも知ってる、俺はシロウマスターなんだ』って言ってたよ」
あ、あのスカポンタンがぁぁぁぁっ!!
「でもあんま嬉しそうじゃないね…… あーあ、もう一つの方にすれば良かったなぁ、どっちか迷ったんだよなぁ」
とメーサが残念そうに呟いた。な、なんだその『もう一つの方』って……
「ち、因みに…… もう一つの方ってのはどんな方法なんだ?」
ほ、ほら、今のがこんなだったし、もう一つの方も聞いておきたい今日この頃……
「後ろからこっそり近づいて『ボルトス』を連続でかけるの。『電撃浴びてビリビリするのが好きなんだよアイツ』って教えてくれたんだ。えっと何だっけ……」
とメーサは少し考えて「あ、そうそう」と何かを思いだした。俺はコイツがそっちを選ばなかった幸運を心底神に感謝した。
「属性だ、痛いこと大好きな『エム』って言うんだろ? シロウみたいなの」
「違うわっ! 良いか、今後一切そういう事はスエに聞くんじゃねぇ、アイツの言うことは9割がデタラメだ、判ったか?」
俺の言葉にメーサは不思議そうな顔をして「な~んだ、そうなんだ」と答えた。
「痛いの好きって確かに変だよなぁって思ったんだよ。だからアッチにしたんだ」
あいつ…… 来たら殺す!
俺はバラバラになった罠の仕掛けを握りしめそう心に誓った。
「でもさぁ、そしたら目をつむって顔近づけるのはどんな意味があるんだろ?」
「知らんでいいっ! お前は知らんで良いからマジで!!」
いや、さっきはほんと危なかったんだよ。
はぁ…… クエスト前になんでこんなに疲れてるんだ、俺……
初めて読んでくださった方、ありがとうございます。
毎度読んでくださる方々、心から感謝しております。
第11話更新いたしました。
ツンデレキャラって初めて書いたけど結構面白いなって思う。意外にも私はツンデレ属性なのかもしれないなぁ…… と言ってもそんなにツンデレしてる訳じゃないですけどねw
前作も結局なんやかんやでトータル900枚を越えてしまったが、今回は短めなお話にするつもりなんですが、この調子じゃどうなるかわかりません(オイ)
物語はだんだんとメーサが変わりつつあるってところ。これから彼女がどう変わっていくのか? そしてシロウのみせた変化が何を意味するのか? 何故メーサは帰れないかなどの謎に向かって進んでいきます。
鋏屋でした。
次回予告
初陣から早1週間、数回のクエストをこなしたシロウ達ウロボロスはレベル6クエストをこなしつつ、聖櫃制覇のため着々と力を付けていた。そんなある日、シロウ達はクエスト中に他のチームから攻撃を受けた。ウロボロス初のチーム戦だが、サーティーオーバーが3人も在籍するだけに楽勝モード…… のハズだったのだが?
次回 セラフィンゲインAct2 エンジェル・デザイア第12話 『冒険者達』 こうご期待!