こっちが悪い
俺はどうして澄子を食ったんだろうか?食欲なんてなかった。あの時までは今まで通り普通にレストランで飯も食ったし、あいつに恨みがあるわけもなかった。
家に帰るまでは普通だったのに本番が始まりそうになると鼓動が速くなって自分の体が肥大してるのにも気づかなかった。流れに身を任せれば何となくうまくいくものだと思って、、気がついた時にはあんな惨事になっていた。
また澄子に会いたい。はやくこの街をでていった方がいいのはわかってるのに、でも太田に謝りたいし。やっぱり澄子に会いたくてこんな山奥で一人鹿を食っている。あいつらに会いに行く度胸もないのに、ただあいつらが近くにいる事実だけでここでは自分が人であると言い聞かせ耐え忍んでいる。
寝床を探し歩いているとパァーンと大きな音がする。驚く。
音が聞こえた方向に歩いていくと、鳥が何羽か地面に落っこちている。
血は出ていないが羽を地面にベッタリとつけ、起きあがろうとする様子もない。鳥を観察ていると次第に何か嫌な匂いが漂ってくる。
さらに進むとガスマスクをして左手に銃を持った女性が一人立っていた。関わりたくないと思いその場を去ろうとしたがすでに向こうはこちらに気がついているようだった。
「持井じゃん。ちょっと話しようよ」とガスマスクのせいで目線もはっきりわからないまま話しかけられる
「多分、かにさんでしょ」声と体型から予測して話しかける
「そうだよ。普通に分かんだろ」今まで聞いた事ないような怒気を含んだ声を聞き少し怯む
「ごめん。なんのよう?てかどんな状況?」平静を装って質問する
「あんた澄子食ったってマジ?」彼女の怒りに怯んだのか自分のした事を隠したいのか、俺は「食ってはないよ」と嘘をついた
「でもあんた怪物だろ?」表情が見えないからか怒っているはずのかにさんが無機質に見える
「何でそう思うの?」彼女の感情を読み取りたくて少しでも会話を伸ばそうと試みる
「質問に答えろよ」俺の目論見は外れた
「…そうだよ」観念して小さな声で答える
「嘘つかれなくて良かったよ。ここ立っていられる時点で人ではないけどね」言われ周囲に落ちている鳥をもう一度見る
「これかにさんがやったの?」彼女の狂気に戦慄する。
「この間、宇高にあった?」かにさんはこちらの声は届いていないように話し続ける
「太田と宇高さんに会ったよ」二人の身の危険も頭によぎったが、嘘が全て見抜かれる気がして抵抗する事を諦めた。
「うちもこの間、宇高にあってあんたのこと質問したら知らないって言われちゃった」と悲しそうにかにさんが言う「…」宇高さん、
「何でそんな嘘ついたんだと思う?普通に伝えてくれればいいのにね」潤んだ声はさっきまでの怒りとは違い明確な人間性を感じさせた
「それは…」と言いかけたとこで割り込んでかにさんが話す「あんたが澄子殺したからだろ。あの二人もうちに嘘つきやがった。マジでウゼェ。あたしか一番澄子のこと見てきたのに最後は蚊帳の外ってか。クソつまんないね。澄子は美味かったか。食ってはないんだっけ?じゃあ何で殺したんだ?速く答えろよ」徐々にヒートアップしていき最後は甲高い声で叫んでいる状態だった。
一瞬の隙もなく話続けるかにさんに怯む。勢いに圧倒され、その場に動けずにいると後ろから網が飛んでくる。
「うわ!何これ?」網は俺の腕と足に引っ掛かり、少しもがくと瞬時には解けないくらいに絡まった。
「さっきさ〜学校に早く行ったら変な人が教室に入ってきて、あんたの詳しい情報と道具いろいろくれたんだよね。このガスも銃もくれたんだ。対怪物用だって。ガス全然効かんけどこれ何?説明書入れとけよ。」かにさんが苛立ってに地面に置かれた燻煙剤のような箱を蹴っ飛ばす。
「俺のこと殺すんだよね」当然の報いだと諦める。
「被害者面すんなよ!キメェ」とかにさんが叫ぶ。かにさんが銃を俺の頭に突きつけたところで「何をしてんの?」と宇高さんの声が聞こえる
「宇高さんこの人かにさん」ゆっくりと落ち着いて俺が説明する
「え?かにさん?この状況は?」状況が飲み込めない宇高さんはかにさんと俺を交互に見る
「早く帰った方がいいよ」首だけを何とか曲げて宇高さんの方を見ると太田がおんぶされていた
「太田!」と焦って叫ぶが、また次第に鼓動は落ち着いていく
「大丈夫だよ足怪我してて。なんか眠いって。それより銃声が気になるから連れてって言われたから家からこの状態」宇高さんが落ち着いて説明してくれる
「宇高。あんた何で立ってられんだ?お前も人じゃなかったのか。そっか」と肩を振るわせながらいう
「え?」宇高さんが困惑したようにかにさんのガスカスクをじっと見る
「ここなんかやばいガス撒いてあるみたい。鳥落っこちてるでしょ」丁寧に説明する。太田の危機に気がついた宇高さんは急いでその場を離れようとする。
「背中向けたら太田打つから」かにさんが俺に向けていた銃を宇高さん向けて警告する
「翔太くんだけ遠くにおいてきちゃダメ?」と宇高さんは慎重に話す
「ダメに決まってるでしょ。全員殺すから。」かにさんは血迷っている様子はなく至極冷静に言い放った。
「そういや聞いてなかった。なんで澄子殺したの?」かにさんがガスマスクのつけた顔だけこちら向ける。
「好きな人と大きな変化をするときはさ、理性が飛ぶんだよ。これは別に性的に興奮してるとかそういうのだけじゃなくてさ、何か大きな失敗しないかな?とか1秒前までにしたことの後悔とかが一気に押し寄せてきてさ、パニックになっちゃうんだよ。そしたら冷静な判断なんてできなくなって、その後に残るのは本能と自己防衛するための思考だけ。その自己防衛って名目の現実逃避で澄子を食べるのをやめたんだ。本能で殺した後にね」長々とゆっくり話す。
「何言ってんだ?じゃあ何となくで澄子食なかったのか?じゃあその女もそのうち人食うのか?」再度かにさんは宇高さんの方に顔を向ける
「違うよ。俺は中途半端な覚悟で人に近づいて準備出来てないまま焦って話を進めて、本能に澄子が染み付く前に自分を見せすぎた。もっと何年もかけてやるべきことだったんだと思う」俺はもっとゆっくり話す
「あんたのせっかちのせいで澄子は死んだんだ」かにさんは嫌味を言うように吐き捨てる
「違う。俺が殺した。俺の全てが澄子を殺した」俺はきっとこっちを見ているであろうかにさんの目をまっすぐ見る。
「…はぁ」とかにさんはため息をつき銃をこちらに向ける
「んん」宇高さんにおぶられている太田がポケットから封筒を落とし、また動かなくなる。
俺は身をよじって網からの脱出を試みる
「あんたが食わなきゃこんなことになってないのにね」かにさんが銃をこちらに向ける。
かにさんが引き金を引くのと同時に網から抜け出す。
かにさんが打った銃弾は俺の下腹部に命中する。続けてもう一度俺の左足に目掛けて銃を打つと「早く死ねよ」俺を強く蹴り、宇高さんの方に銃口を向ける。
不思議と痛みはない。残っている足と腕を使い、かにさんに飛び掛かる。「ごめんねほんと」
薄れていく意識の中には「死ね どけ くせぇ 邪魔だ 逃げんな 殺すぞ」かにさんの罵詈雑言と乱射される銃の音だけが響いていた。




