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帝都へ

「いつだったか、父さんが言ったんだ」


 ありったけの感謝を告げ、泣きに泣いた翌朝。

 腫れた目元に濡らした手ぬぐいを乗せたまま、ナマリはつぶやくように話し出した。

 弟妹はまだ健やかな寝息をたてている。

 すぐそばの焚き火で朝食を温めてくれているシキは、聞こえているだろうに返事をしない。

 でも、それで良かった。これはナマリの独白のようなものだから。


「幼い俺は天鬼が見えていて。あそこにいる、今日はいない、なんてことを両親に話していて。そしたら父さんが言ったんだ。見えてるだけなのはもったいないな、って」

 

 見えているだけではもったいない。

 だったらもっとよく見て、違いを見つけよう。

 そう思った幼いナマリは、天鬼を観察した。観察して、気が付いた。天鬼の表情の変化と、そのあとの気象への影響の関連に。


「それで、天気の変化がわかるようになって村の人や両親に『助かるよ』なんて言われて満足していたけど、でも、足りなかった。それじゃ駄目だったんだ。見えるだけじゃ、変化がわかるだけじゃ助けられなかった。誰も、誰ひとり……」

 

 見えて、わかって、でも駄目だった。それだけでは何もできなかった。

 だから。

 ナマリは悔しい気持ちを握りつぶすように、手ぬぐいを握りしめる。

 体を起こせば、すぐそばで静かに聞いていたシキと目があった。


「だから、この力を生かす道があるなら知りたい。この力の使い方を学べるならば、学んでみたい。俺を、俺たちを帝都に連れて行ってくれないか」


 ナマリが言うのを最後まで聞いて、シキはにっこりと笑う。


「もちろんっす!」


 うれしい、と語る表情の彼女のまなじりにほんのりとにじむのは涙だろうか。

 その温かな笑顔に、ナマリは村に来たのが彼女で良かったとぎこちなく微笑みを返した。


 ***


 村人たちの遺体は、ナマリが切り拓いていた畑に埋めることにした。

 ニビとカスミにも相談をして、もう一度流されることの無い場所にということでその場所を選んだ。


 使役札たちが穴を掘り、遺体を丁寧に寝かせていく。

 ひとりひとり丁寧に土をかけ、木切れに名前を刻んで墓を作るのはナマリが引き受けた。

 目を覚ましたニビとカスミも木切れの周りの土を固めたりと、できる限りの手伝いをする。

 何を言われなくとも、大切なことだと感じ取ったのだろう。

 シキに手伝われながらちいさな体で頑張っている。


 ほほえましさに救われながら、ナマリは亡くした人たちの名前をひとりひとり、できる限り丁寧な字で木に刻み込んでいく。

 

 すっかり終わったのは、昼を過ぎたころ。

 一番最後に父と母の墓ができあがるのと前後して、使役札はただの紙に戻ってしまった。

 不意にひらりと姿を縮め、使役札たちは掌大の紙切れとなって地面に舞い落ちる。


「込められた力を使い果たしたんす」

「そうか……ありがとう。ほら、ニビとカスミも」

「ぺらぺら、いっぱいがんばったな!」

「ありがと~」


 紙切れを拾い頭を下げるナマリと兄に続く弟妹を見て、シキが嬉しそうに笑う。


「どうした?」

「いえ、自分も幻獣民として現世での体は紙切れみたいなもんすからね。仲間意識っす。うれしかったんす」


 幻獣民は形を持たない妖しの者。

 人の世で活動するには特別な術を持って用意される現世での器が必要だと、ナマリも話に聞いたことがあった。

 

「じゃあ、あんたもこんな風に紙切れになるのか?」

「いやいや、自分は特別製っすから! ちゃーんとお三方を帝都までお連れするっすよ」


 この温かな笑顔が消えないとわかって、ナマリがほっとしていると。


「というわけで、皆さんの旅立ちに華を添えるっす!」


 言って、シキが懐から取りだしたのはひと束の髪の毛。

 手のひらに乗る長さの、艶のある美しい黒髪が真っ白い紐でたばねられている。

 それをどうするんだとナマリが聞く前に、シキは髪を空に放り投げた。


 留めている紐がはらりとほどけ、髪の毛が宙で散り散りになった瞬間。

 空の高くを漂っていた天鬼が数体、するすると降りてきた。

 同時に引き寄せられた雲が重なりあってはらはらと雨を降らす。


「あ、にじ!」

「きらきら~」


 晴れ空にこぼれた雫が虹を生んでいた。

 ナマリたちの頭上。真新しい墓から天へと、橋をかけるように虹が伸びる。


「みんなこのはし、わたってく?」

「みんなきらきら?」

「そうだな……そうだと、良いな」


 無邪気な弟妹が口にしたように、亡くなったみんなが美しい場所で穏やかに過ごしてほしい。

 ナマリは願いを込めて天の虹を見上げていた。

 ***


 村を出て帝都まで旅をする。

 そう決意したは良いものの、ナマリたちは村を出たことが無い。

 

「何を準備したら良いんだ? そもそも、今着ているもの以外はみんな土砂でだめになってしまったんだが……」

「心配ご無用っす!」


 にぱりと笑ったシキが懐をごそごそ。

 平らに見えたそこから、ずるりと引きずりだされたものは大きな背負い袋がひとつ。それから子ども用の着物が二揃いと、小さな背負い袋がふたつ。

 三つ並べて置かれた背負い袋を目の前に、ナマリとニビとカスミは瞬いた。


「いま、どこから出てきたんだ?」

「ねーちゃ、すっごい!」

「すっごいすっごい!」

「むっふーん。そうでしょ、すごいっしょ。自分の身は特別製っすから、ご主人と繋がるんす。お三方の旅支度を整えて欲しいって伝えておいたんすよ!」


 胸を張ったニビが「ささ。一番大きいのはナマリさんの。ちいさいのは、ちいちゃい方たちにおひとつずつっす」と差し出してくる。


「ありがとう。あんたのご主人に礼を言わないと」

 

 懐がどこかと繋がるなんて不可思議だが、シキがそう言うのならそうなのだろうとナマリは納得した。


 遠慮なく受け取りなかを覗いてみれば着物に雨露避けの油紙、飲み水を入れる竹筒などが入っていた。

 弟妹の荷物には、子ども用の外套と色とりどりの星屑を詰めた袋が入っている。

 どれも上等なものだとひと目でわかる品々に、ナマリが返せるのは礼の言葉だけ。


「伝えておくっす。でも、ご主人も喜んでるようですよ。ご本人も奥方様も子どもがお好きっすからね、ちいちゃい方たちの服なんて特に、張り切って見繕ったんじゃないっすか」

「わあー。すっごい、あったかい!」

「かるくてほかほか~」


 外套を身に着けた双子を見て、ナマリは驚いた。

 布が貴重な村ではすぐに成長する子どもの服は大きめに作り、たくし上げたり縫い上げたりして長く使えるようにと工夫されていた。

 それが、服の大きさが幼いふたりの手足にぴたりと合っているのだ。

 シキがご主人と呼ぶ相手は、ずいぶん裕福な人なのだろう。


 そんなことを考えながら、真新しい服にはしゃぎつたない手つきで子ども用の着物に着替えていく双子を眺めていると、シキがそっと隣に立った。


「それに、ご主人には気象指揮官の卵を連れて帰るって伝えてあるっすから」

「え」

「将来有望な若者っす、期待しといてくださいってね!」

「シキ、あんた……」


 にっかり笑うシキに、ナマリは「よくも難易度をあげるようなことを」と言いたかったけれど、飲み込む。

 気象指揮官になると決意したのは自分だ。


 決めたなら、あとは自分にできることを一つずつ積み重ねていく。

 貧しい村で堅実に暮らす両親の背中を見て育ったナマリは、それが一番のやり方だと学んでいた。

 

 ※※※


 泣き尽くし、墓を作って別れを告げて。

 いよいよ村を出発してみれば、旅は案外と楽しいものだった。

 幼い弟妹を連れての旅は困難が多いだろうと覚悟していたナマリだが、困る前にシキが懐からあれこれと取り出しては、助けてくれたことが大きいだろう。


 シキと過ごす日々は思いもよらず心穏やかで、はじめて見る他の村々や景色を楽しむ余裕まで生まれていた。


「あ、見てくださいっす。あの山、すっごいでしょ」


 村を出ておよそ半月。

 通りすがりの帝都へ向かう牛車の荷車で揺られながら、シキが遠方を指差した。

 

「あれは山なのか。まるで剣だな」


 ナマリは左右から寄りかかり寝息を立てる弟妹を抱えたまま顔を上げて、感心する。

 シキが指差す先に、確かにすごい山があった。


 なだらかな平原が続く大地に、突如として突き出た高い高い山脈。

 その中央にある山は、まるで地面に突き立つ剣のような輪郭を持ち、天まで届きそうなほど。

 

「そうっす。通称『神世の剣』あのひときわ高い山のそばでは、いつも天鬼が荒ぶってるんす。神の御心に触れてそうなるんだ、っていう人もいるんすけど、ナマリさんの目にはどう見えますか?」

「俺には……」


 言われて、遥かな山の上空に渦巻く天鬼をじっと見つめた。

 そびえ立つ山の頂を囲うように舞い泳ぐ天鬼たちが確かに見える。

 それに引き寄せられたのだろう。濃い灰色をした雲が山の上にかかり、ときおり雷をチラつかせている。


 荒れている。荒れているが、あれは。


「苦手なものを前にした子どもみたいな顔に見えるな。怖いけど気になるというか」

「子どもっすか」


 きょとんとするシキは、よくわからないと言いたげだ。


「ああ、子どもだ。というか、ニビだな。汁のなかに入っているニガナを前にしたニビだ」

「あー、それならわかるかもっす。なるほどなるほど、そうっすか。天鬼はあの山苦手なんすね~」


 楽しそうに笑うシキと並んで座り、弟妹を抱えて荷車に揺られる。

 陽射しは暖かく、空はうす雲を刷いておだやかだ。

 神代の剣は暗雲をまとわせているけれど、はるか高みの雷は気をもむ対象ではない。


 心地よい時間だ。

 ナマリが幸せを感じていると。 


「あ、見えてきたっす! あれが帝都っすよ」


 荷台で伸びあがったシキが荷車の進む先を指さした。

 視線をやれば、平原のただなかに広がる巨大な街が目に入る。


「あれが……」

「んー、にーちゃ。ついた?」

「ていときたー?」


 シキの声が聞こえたのか。

 もぞもぞと起き出した弟妹が転がり落ちないように支えながら、ナマリは初めて目にする帝都に瞬きを繰り返していた。

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