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修行

 一夜明け、ナマリたち三人はアベの屋敷に呼び集められた。

 寝起きの眼前に人の形に切られた紙がひらり、張り付いてきた時には驚いたものである。

 紙には『緊急招集、気をつけて来てね』と書かれてあったが、同じ屋敷内でわざわざ術を使う意味はナマリにはわからない。


 にこにこ笑いながら現れたアベは、三人を見渡した。


「というわけで、今日も元気いっぱいがんばりましょう~」


 何がというわけなのか。全くわからない。

 わからないといえば、ナマリたちが今いる場所はどこなのか、それもわからなかった。


「それで先生。ここはどこです」


 ナマリの質問は生徒三人の総意だろう。


 空が高く、視界は広い。

 朝が早いせいか雲ひとつなく、気持ちよく晴れ渡った空のはるか高みに、泳ぐように通りすぎていく天鬼の姿がある。

 淡く、透き通って消えてしまいそうな天鬼に悪意は見えず、天候の良さが約束されたような清々しい空だ。


 タクトを手にしたことでカイトとルネが気象に与えていた影響はずいぶんと抑えられているらしい。


 視線を地上に戻すと、開けた高地を強い風が吹き抜けていく。

 けれどさらりとした風に不快感はなく、さわやかに山肌を撫でていく。

 はるか遠い山のふもとに広がる町はうす青い静けさに包まれて、夜の気配を残している。


 温泉か、あるいは火山でもあるのか。

 山のいたるところで白い煙がゆるりと立ち上っているのが見えた。


 どこまでも続くかのように思える丘陵は未だ枯草色に覆われて冬の様相ではあるけれど、そのことを加味してもひどく牧歌的な光景だ。


 周囲に人はおらず、間違いなくここは田舎である。 

 けれどナマリの暮らしていた高い山に囲まれた田舎とは明らかに違う。吹き抜ける空気の爽やかさが違っていた。


 空が白むころに起こされたナマリたちは、寝ぼけ眼のままアベの屋敷に集まり、導かれるままに鳥居をくぐって気づいた時にはここに立っていたのだ。


「ここは神域に近い山の一角ですよ。秋には一面のススキが銀の波のようで、それはそれは美しいところなんです~」

「神域……神代の剣と呼ばれるあの山か」


 さらりと告げるアベに、ナマリは気がついた。

 肯定も否定もせず、アベはにこにこ笑っている。


 ナマリがその山を目にしたのは帝都へ向かう道中ここと。

 神代の山は天をつくほど高いため帝都からもその姿を見ることはできたが、かなり遠い。

 アベの屋敷からほんの数歩で着くはずがない。

 

「明らかに空間がねじ曲がってるよな」

「あはは、まあ便利だからいいんじゃないかな」

「ルネもそう思うよ、カイトくん!」


 級友たちは気にしないらしい。

 振り向けば、緑の草に半ば埋もれるようにして、膝丈の小ぶりな鳥居がある。

 自分たちは恐らくここから出てきたのだろうなと思いはするものの、ナマリは状況を理解することを諦めた。


「神代の剣ってあの遠くに見える山だよね。僕たちいつの間に平野を越えたのだろう」

「うーん、わからなかったね。ほんのちょっと歩いただけのつもりだったけど、あたしたちそんなにたくさん歩いちゃったのかな、好きな人と過ごす時間はあっと言う間だって言うもんね!」


 カイトは「不思議だね!」のひと言ですべてを受け止め、ルネはカイトと二人の世界を作りたくてたまらないのだろう。

 彼らに任せていては話のひとつも進まないと、ナマリは疲労感を覚えながら問いかけた。


「……で、俺たちは何をしに来たんですか」

「修行ですよ、修行~。雷の子がいつまた来ないとも限りませんからね、自分の身は自分で守れるよう修行です。それに習うより慣れろって言うじゃないですか。なので、まずはそれぞれの天妖を呼びだしてください」


 言わるままに、それぞれがタクトを手にして天妖を呼び出す。

 天妖は術者が意識を失えば霧散するが、一度、名を刻んでしまえば次からは術者の意思ひとつで現れる。

 

 事実、三人がタクトを持ってそれぞれの天妖につけた名を呼べば、瞬きの後には八咫烏、青龍、クラゲがそこに浮かんでいた。

 八咫烏はカイトの肩にとまってあたりをキョロキョロと見回している。

 青龍はルネのそばから離れないものの、そわそわと落ち着きなく宙で身をくねらせている。

 クラゲはふわわんとナマリの頭のうえに着地した。


「うんうん、ここまでは三人とも優秀ですね。やはり強力な道具は素質のある者が持ってこそですね。では、始めましょうか~」


 どうぞ、と言わんばかりに手のひらを広げて見せられて、生徒三人は顔を見合わせる。

 説明も何もなく「始めましょうか」と言われて動ける生徒がどれだけいるだろう。

 この先生、先生に向いてないなーー呆れながらも、ナマリは「はい」と手をあげた。


「修行というのは天妖を操るということですか。こういうことは知識を学んだり、先生の側から修行の内容を伝えられるものでは?いきなり始めましょう、って言われてもちょっと……」

「あー、いけませんねえ、いけませんよ。そういう頭の固いことばかり言っていては疲れてしまいます。君たちはもっと遊び心を持ちましょう!」


 ナマリは言いたかった。

 先生は遊び心をすこし抑えたほうが良いのではーーそう思いはしても、言いはしない。

 すごく言いたかったが、恐らく何十倍にもなって返ってくるであろう面倒を思って我慢する。

 

 黙り込んだナマリたちを納得したと思ったのだろう。アベがにっこり笑う。


「ここは神域に近いので他の人は入り込まないでしょう。結界も張っておきますから不審な者も入れません。というわけで、好きにやっちゃってください。後ほど迎えに来ますので~」


 あまりにも漠然とした指示をしたアベは満足したのだろう。ひらりと袖をひるがえして鳥居へと消えてしまった。


 それきり、あたりには風の音だけが満ちる。


「…………本気で放置したぞ、あのひと」


 途方に暮れたナマリがつぶやくと、カイトは難しい顔で頷いた。


「これって天妖たちを呼び出せるだけじゃだめなんだよね。晴れさせられても、雷を呼べる相手じゃ意味無いだろうし……」


 真面目なカイトの横顔を見つめて「やだ、真剣な表情たまんない……!」とつぶやいたルネは張り切っているらしい。


「でもできることからやるしかない、か。ルネちゃん、雨を降らせてもらえるかな。思い切り」

「か、カイトくんがあたしを頼って……! もちろん、任せて!」


 拳を握りしめた彼女は、首に巻きつく青い龍に視線をやる。


「リュウちゃん、いくよ!」

「ギュアッ」


 ルネの呼びかけに答える青龍の声は勇ましい。


「雨を降らせて!」

「ギュアーーーー!」


 威勢よく飛び出していった青龍が晴れた空を背にぐるぐると回りはじめた。

 さざめく鱗が風を呼び、たなびくたてがみが雲を引き寄せる。

 みるみるうちに青空のただなかに雲が集まり、不穏な風が吹き始め、引き寄せられるかのように天鬼が姿を見せる。


 空模様の怪しさは加速度的に増していき、瞬く間に暗雲が空に渦を巻いた。

 かと思えば、ぼたぼたと大粒の雨が降ってくる。


「ヤタ!」

「カァッ」


 カイトの呼び声に応えて白い八咫烏が飛び出し、空へと舞い上がる。

 

「ルネちゃん、どちらが天候を支配できるか勝負だ!」

「うんっ。これがあたしとカイトくんのはじめての勝負になるんだねっ」


 張り切る二人をよそに、ナマリは歩きだした。頭に乗ったクラゲがふよんも広がって傘の役目を果たしているため、雨に濡れることはない。


「どこに行くの、ナマリくん」


 目ざとく気づいたカイトがタクトを構えたまま声をかける。


「俺はあたりを散策しながら何ができるか考えてみる。ここにいると濡れるだろうし」


 それらしく言ってみたものの、実際はふたりの激しい天候争いについていけないと判断したから。

 雲を動かし、クラゲが伸び縮みするだけのナマリではここにいるだけ邪魔になる。


 そうやって言い訳して逃げ出すんだーー口にはしないけれど、ナマリの胸はじわりと重くなった。


「えっ! それって二人きりってこと……!」


 ルネが頬に手を当て喜んでいるのが、せめてもの救いだ。

 どぎまぎするルネに弱く笑ってナマリはひらりと手を振った。


「先生がくるまでには戻るから。じゃあ、またあとで」


 カイトは何か言いたげにナマリを見つめていたが、声をかける前に歩き出してしまえば引き止めることはしなかった。

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