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落雷

 閃光がすべてを塗りつぶす。続いて襲ったのは轟音と衝撃。


「危ない!」

「なんっ……!?」


 とっさに動いたカイトがナマリの腕をつかんだことで、二人はそろって吹き飛ばされた。

 硬く踏みしめられた土に転がってから、ようやくナマリは驚きながら状況を理解した。雷だ。雷が目の前に落ちたのだ。


 大気がビリビリと震え肌を粟立たせるなか、ナマリは起き上がる。隣のカイトもややふらついてはいるが無事なようだ。


 一瞬のうちに空が真っ暗になっていた。空を満たすのは暗雲よりもなお悪い、雷鳴を伴う分厚い雲。

 陽光が遮られたせいで、あたりはひどく濃い闇に包まれる。


「落雷……自然現象にしては、僕らへの敵意で溢れているね?」


 険しい表情のカイトが見上げた空では、雲に負けじと真っ黒く染まった天鬼たちが駆け巡り、それに誘発されたかのようにいたるところで紫電が弾ける。

 雲の上で弾けたかと思えば、宙を走り近くの民家の屋根を舐め、さらにはナマリたちのすぐそばで閃く。

 雷はだんだんと近づいているようだった。


「もしかして俺たちを狙ってるのか」


 ナマリが言ったそばから、雷が足元を穿つ。不穏さに、ナマリの胸中に不安が湧き上がる。


「建物のなかに逃げるにしても、下手に動くと家ごと燃やされちゃいそうだね」


 あたりに目をやった快人がつぶやいた。

 運のないことに都の外れはひどく閑散としていて、駆けこめそうな距離にある建物は廃屋めいている。雷の一撃で瓦解しなくとも、よく燃えるだろう。


 せめて、と懐のタクトを握り天妖を呼び出した時、身じろいだナマリを咎めるかのようにひときわ大きな雷がナマリとカイトの間で弾け、二人の視界を真っ白に焼く。

 死んだ、とナマリの脳は錯覚した。

 けれど「うあっ」と響いたカイトの声で、自分たちの命がまだ続いていたことを知った。


「うぅ……」


 強烈な光を受けた目をかばいながらも起き上がったナマリたちの頭上に、影が落ちる。


「何だァ、仕留めたと思ったのに」


 暗い呟きにナマリが顔をあげたとき、ナマリたちの上に覆いかぶさるように広がっていたクラゲが蹴り飛ばされていくところだった。


「おいっ!」

「なァに、あのクラゲあんたのォ?」


 咄嗟に怒気のこもったナマリの声に返ったのは、甘く気だるげな声。

 問いかけというよりも嘲るようなその声は、宙に浮く人影から発せられていた。


 クラゲのきららを蹴り飛ばし、そして恐らく雷を落とした人物なのだろう。

 フードを目深にかぶっているせいで顔は見えないが、細い四肢に雷光がちらついている。


「君はなんなんだ! 雷なんて落として、危ないだろう!」


 カイトの詰問に、フードの影からちらりと見える口元が笑みの形に歪められた。


「ボクはね、選ばれたんだ」


 ふっ、と吐息がこぼれるその背後で雷がほとばしり、フードの人物の影を宙に映し出す。


「選ばれ……?」

「あ! あの獣、あれは天妖じゃないか?」


 何を言っているのだ、とナマリが眉を寄せたとき、カイトが緊迫した声を上げた。


 彼が指さす先にはフードの人物。

 その華奢な肩にゆるりと巻き付く獣がいる。イタチともタヌキともつかない毛におおわれた身体からは、パリリパリリと細かな雷光が発せられていた。


「雷の獣、雷獣か。カイト、あの天妖の主、強いぞ」


 ここ数日の学びのなかでナマリはその獣の名を目にした。

 その昔、雷とともに現れると言われた妖。雷のような鳴き声を発して、人々を害するといわれて恐れられたという。


 講義の時に見た図と比べれば、目の前の雷獣は猫のように小柄でかわいらしい見た目をしている。けれど雷獣はひとの歴史に記されるほど兄妹な力を持つ天妖だと学んでいた。


「たしかに、ずいぶんと手ごわそうだね」


 カイトの言葉に返ってきたのは、空からの嘲笑。


「アハハ!」


 禍禍しい喜色を露わに人影は両腕を広げる。


「そうさ、ボクは選ばれし者。盾にしかならないふにゃけたクラゲしか持たないキミたちとは違うのさ!」


 力を見せつけるかのようにその両腕に雷光がまとわりつき、上向けられた手のひらの上でバチバチと音を鳴らす。


「キミたちが脅威となるなら、力をつける前に潰しておこうと思ったんだけどォ」


 フードの影に隠れた両の目が、ナマリとカイトをねめつけた。

 凶悪な肉食獣に舐め上げられたかのような怖気が背を駆けのぼるなか、人影が手の上の雷をぐしゃりと握りつぶす。


「必要無かったね! そんなちっぽけなクラゲに守られてるようじゃ、ボクがつまずく石ころにもなれやしないものォ!」


 いともたやすく砕かれた雷光の残渣を、雷獣がパクリとほお張った。

 パリリと大気を震わせる獣の背中を人影が撫でると同時、太い閃光の柱が空から地を穿つ。


「っくう!」

「……!」


 地面から突き上げるような衝撃と視界を焼き尽くす白光に、ナマリたちはなすすべもなく倒れ伏した。

 倒れた先で、ナマリは恐怖と痛みに身体を縮こまらせる。

 強大な自然の力を前に、人の身ができることなどなにもなかった。


「アッハハハハハハ!」


 容赦のない笑い声を浴びせかけ、フードの人物は天鬼たちのくねる黒雲へと消えていく。


「せいぜい足掻きなよ。どうせすぐにあの方の実験材料にされちゃうんだろうけどさァ!」


 雷鳴とともに遠ざかっていく笑い声は、やがて途切れて聞こえなくなった。


「消えた……」


 暗雲の去った空は、青く澄み渡りはじめている。

 いまだ曇り空の下だが、あたりには静けさが戻っていた。

 けれどすべてが無かったことになるわけではなく、地面を見つめてカイトは唇を噛む。


「まずいね」


 独り言のようにつぶやいた彼の足元は、焼け焦げ抉れていた。

 フードの人物が最後に落としていった雷の痕はいまだくすぶり、焦げ臭い煙が不安をあおっている。

 ざり、と煙臭い土を踏みつぶしたカイトが、地に落ちて伸びているクラゲをすくいあげた。


 気絶しているのか、身じろぎもしないクラゲについた土を払った彼は、うつむき加減にこぼす。


「たぶん今の子も天鬼に干渉できるんだよね。どうして悪意を持って天鬼を操ってるかわからないけれど、あれだけの力を持つ相手が敵対するとなると――」


 彼の手からクラゲを受け取り、胸に抱いたナマリは空を見上げた。

 くったりと動かないクラゲを手に、じわじわと湧いてきた怒りや悔しさが、雷への恐怖を塗り変えていく。


 空はいつの間にか晴れていた。

 頭上に広がる晴れ空は、晴れ男であるカイトのもたらしたものだろう。

 けれどすこし目を遠くへやれば、黒雲は未だ空と山の際までを覆い、天鬼の姿が不吉にゆらめいている。


「荒れそうだな……」


 ナマリのつぶやきを肯定するように強く吹いた風は、湿った匂いとともに不穏な気配を運んでくるようだった。


 ※※※


 夜の闇のなか、提灯の明かりでぼんやりと浮かび上がるのは、古びた屋敷。

 板張りの部屋のなか、蝋燭の明かりを灯して囲炉裏を囲む一団があった。


「困ったことになったねえ」


 頬杖をついて言うアベは、駆けこんできたナマリとカイトの話を聞くなりお偉いさんの元へ向かい、日が暮れてからようやく戻ってきた。

 「大人はいろいろしがらみが多いんですよ。これだから人間は面倒くさいんです」などと、人外めいたことをつぶやいていたのをナマリは聞かないふりをした。


 アベは口では困ったと言いながらも、飄々とした雰囲気とのほほんとした表情のせいで真剣みは感じられない。

 けれどアベは気にした風もなく続ける。


「君たちを襲った子は、恐らくこちらで目をつけていた気象指揮官候補生でしょうね。家族がとある団体に入団させたと、連絡がありましたから」

「とある団体というのは?」

「これっす」


 ナマリの問いに、シキが手元にあった巻物を広げて皆に見せた。


「『環善会。佳深井蔵を開祖とする環境団体。神の領域に人が踏み入ってはならないと説く。昨今、気象指揮官を保護し育成する学校設立にあたって神の領域を犯す者は滅ぶべきだと叫んでおり……』?」


 一番近場に座っていたナマリは書かれた文章を読み上げていたが、その不可解さに声を途切れてしまう。

 天候に変化をもたらしているのは神ではなく天鬼である。それを見聞きして知っているナマリたちには、環善会の理念は不可解なものでしかない。

 そのうえ、そんな理念を掲げながら雷を操る者を引き入れているとは。


 ナマリの戸惑いを察したのか、アベがなんとも言えない笑顔を浮かべて遠い目をする。


「その手のひとはですねぇ、えてして主張のために犠牲になる部分に自分たちを数えないものなんですよ。つまり、そこに書いてある滅ぶべき人類っていうのは環善会に入ってない人類、という意味ですね」

「そんな馬鹿な話があるものか! そんな主張のために人に雷を落とすだなんて」


 カイトの憤りはもっともだが、当人たちのいない学内で叫んだところで意味はない。

 若者の素直な感情の発露を羨ましげに眺めながら、アベはため息をひとつ。

 シキもまた狐耳をしょんぼりとへしょげさせ、ナマリは重苦しい空気のなかで息を潜めていた。

 

「……力が、ほしい」


 ナマリはハッとした。

 無意識のうちに思いがもれたのかと思ったのだ。


 雷に襲われ、言いたい放題に言われ、笑われながらナマリには何もできなかった。

 特別な力があると言われ、誰かを助けられるだろうかと抱いた希望は簡単に打ち砕かれた。


 それゆえ、悔しい思いがこぼれてしまったのかと思ったナマリであったけれど、つぶやきはカイトの口から出たものだった。

 ぐ、と顔を上げた彼は、アベの顔を見つめながら噛み締めるように言う。

「力が欲しい。僕は今日、ナマリくんのクラゲに守られるだけだった。僕たちを襲う雷にも、雷を浴びせて笑う相手にもなにひとつ、言い返すことさえできずに震えるだけだった。だから!」


 感情を抑えきれず声を荒らげる若人を前に、安倍はやわらかく微笑んで口を開く。


「修行、しましょうか」

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