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お披露目

 不真面目に過ごせと言われても、ナマリは今日まで真面目に暮らすことしかしてこなかった。

 それに加えて自身の欲が訴えている。


「いや、もう寝ます。眠いので」

「え」


 真面目に早寝早起きを常としてきたナマリだ。

 いざ夜更かしに誘われても、すでに眠気が他の欲を飲み込もうというところ。


「おやすみなさい」


 きっちり頭を下げてナマリは退室した。

 与えられた部屋へ向かいながら、あくびをかみ殺す。


「……さみし」


 ひとりきり、部屋に残されたアベは立ち尽くしていた。

 しばらく待ってみたけれど最愛のひと、ムギも幼いふたごに夢中なのだろう。誰もやって来る様子はない。

 

「……良いです、良いです。ひとり、月見酒と洒落込みますよ。今宵は美しい朧月夜ですし」


 誰に向けての言葉なのか。

 ぼやいたアベは暗がりから酒盃の乗った盆を引き寄せる。

 ひとりきりの晩酌。

 盃のなかに映る月に暗雲が迫るのに、ふてくされたアベは気づかなかった。

 

 ※※※


 翌日の朝。

 のぼる陽は重たい雲の向こう。それでも明るくなればカイトやルネがアベの家へと登校してくるわけで。


「ううう……ねむたい……」


 部屋で寝こけていたアベは、眠たい目をこすりこすり。正座して並ぶ生徒たちに「おふぁようございますぅ……」と頭を下げた。


「おはようございます!」

「おはようございます」

「おはよーございまあす」


 三者三様、元気にあいさつする若人たちの前でアベは頭を下げたまま沈黙。


「先生?」

「……ぐぅ」


 寝ていた。朝のあいさつをしたそのまま、寝落ちたアベにナマリたちは顔を見合わせた。


「先生、おつかれなんだね」

「だからってカイトくんを放って寝るのは許せないわ」

「今日の予定だけでも聞き出せないものかな」


 ムギはニビとカスミに朝食をとらせ、そのままふたりを連れて庭の散策に出ている。

 兄であるナマリが学業に専念できるようにという計らいだろう。

 シキは飲み明かしたアベが散らかした部屋を片付けるのに忙しいらしい。

 朝食を共にしたあとから姿がない。


 頼れる相手がどちらもいない今、いちばんアベと過ごした時間の長い自分が動くべきだろうとナマリは腰をあげた。


 アベのそばへ行き膝をつく。

 目を閉じたままの横顔をのぞきこんでそっと肩をたたき、ナマリは声をかけた。


「先生。アベ先生。俺たちは何をしたら良いですか」

「ふぁっ」 


 妙な声とともにアベの目が開く。半開きだが、とろりとした視線がうろついてナマリに向いた。


「あ~……今日は、街に出て君たちのお披露目をしますぅ……」

「先生、寝ないでください。お披露目とは?」

「……んん? お披露目……そう、学校を作るにあたって帝都のお偉いさんに有用性をわかってもらわなくちゃで……ぐぅ……」

「先生? 先生?」


 とんとんと肩を叩くけれど、返ってくるのはすやすやと健やかな寝息ばかり。


「寝ちゃったの?」

「ああ」

「ええー? どうするの、あ! あの、じゃあカイトくん、ふたりでお出かけなんて……」


 困ったな、と眉を寄せるふたりの横でルネがもじもじそわそわ。お誘いをかけようとしたちょうどその時。


 とたたたた、軽やかな足音が近づいてくるのが聞こえて、ナマリは縁側へと顔を出した。


「シキ」

「おや、ナマリさん」


 やってきたのは思った通り。

 着物のすそをはためかせ、獣の耳をぴんと伸ばしたシキだった。その腕には何やらたくさんの冊子を抱えている。


「忙しそうだ、手伝おうか?」

「いえいえ。それには及ばないっすよ。ナマリさんたち、お勉強のお時間でしょ」

「それが……」


 目を伏せたナマリに首をかしげ、室内をのぞいたシキは「あー……」となんとも言えない声を出す。

 顔だけを突っ込んでいた室内にそそそと入ると、カイトとルネに頭を下げた。


「申し訳ないっす。登校初日にこんなことになるなんて。さぞお困りだったことと思います」

「そんな、シキさんが悪いわけじゃないよ」

「そうそう。うちのお父様だって、お酒を飲み過ぎてよくこんな風に潰れてるもん。ほんと、男の方ってだらしがないのよね」


 カイトとルネがかばうように言うけれど、シキの頭の上の獣耳はへしょんと倒れたまま。

 悲し気な様子を見ていられなくて、ナマリは口を挟む。


「シキ、アベ先生は街でお披露目、と言いかけて眠ってしまったんだが。何か聞いているだろうか?」


 ぴこん、とシキの耳が跳ね起きた。

 続けてぴるると耳の先が忙しく動く。なんだかわからないが、悲し気な動きではない。


「お披露目っすね! だったら聞いてるっす。気象指揮官たりうる方が見つかったら、帝都の街なかにある候補生用の学び舎の前の通りで能力を見せつければいいでしょ~って言ってたっす!」


 ***


 ナマリとカイト、そしてルネ。

 三人はそろって学び舎の校門よろしく据えられた鳥居の前に立つ。

 学び舎のなかには今日も多くの気象指揮官候補生がいるのだろう。けれど学び舎の敷地内は不思議な静けさに満ちていた。

 ちょうど、神社仏閣がたたえるような静けさだ。


 なんとなく背筋の伸びる雰囲気に姿勢を正した三人の衣を、すこし湿り気を帯びた涼やかな風が翻す。

 三人がまとっているのはそろいの着物だ。黒く染められた布にところどころ織り込まれた金糸は夜空のよう。

 気象指揮官たりうる者が幾人かは見つかると想定して、用意されていた制服であった。


 しかしまるっきりそろいというわけではない。

 シキが言うには「特性ごとに色分けされてるんすよ~おしゃれっすよね!」ということで、着物自体は三人ともに同じものだが、裏地や帯はそれぞれ色が違っている。


「カイトくん、空色がきれいね」

「ルネちゃんはやさしい水色だ。きらきらしていておしゃれだね」 


 晴れ男であるカイトは目の覚めるような空色に太陽を模したのだろうか、金の飾りが所々で光っている。

 対する雨女のルネは淡い水色が繊細な濃淡を作るうえに、きらめく透明な宝石がちりばめられていた。光を受けて跳ね返すさまは、雨粒のようで美しい。


 どちらも黒衣でありながらキラキラとまばゆいほどの二人である。

 あまりのきらきらしさに、ナマリは思わず二人から半歩離れてしまった。


「ナマリくん、どうしたんだい。君もよく似合っているよ」

「いや……気を遣ってもらわなくて大丈夫だ」


 笑顔で振り向くカイトにそう言ってしまったのは、ナマリ自身自分の恰好をどうかと思っていたからだ。

 今一つ特性のはっきりしないナマリのまとう着物は、黒地に灰色である。


 晴れでもなく雨でもない、曇天を連想させる色であるためだろう。それ自体は構わなかった。

 むしろカイトやルネのようなキラキラとした衣服のほうが落ち着かない。

 だからシキから渡された着物を目にしたとき、こっそりと安堵の息をもらしたのだけれど。


「ふわふわでかわいーよね~」

「ああ。なんの毛皮かな、やわらかそうで、ナマリくんの人格を表しているようだ」

「……はは、ありがとう」 


 そう、ナマリの着物にはきらきらしさが無い代わりに、なにやらもこもことした毛皮があちらこちらに付随されていたのだ。

 こんなふわふわは、これまでほぼ自給自足の暮らしをしてきたナマリの人生に存在しなかった。


 変に目立つんじゃないだろうか――そう思いはするが、せっせと着せつけてくれたシキの「できたっす!」という輝かしい笑顔を思い出せば、勝手に外すこともためらわれる。


「それじゃ、行こうか」

「うん!」

「ああ……」


 カイトとルネは意気揚々、ナマリはしぶしぶ。

 そろって鳥居をくぐる。

 途端に、街のにぎわいが彼らを包んだ。


 同時に待ちゆく人の好奇の視線も。


「こんにちは! 僕らは新しくできた気象指揮官の学び舎、アマツチ学園に通う学生です」

 

 カイトの口上に集まる視線が増えた。

 

「今日は、あたしたちの力を皆さんに披露しまーっす!」


 ルネが言えば、なんだなんだと人が集まってくる。

 ふたりとも目を惹く美男美女。なおかつ今は立派で、あまり見かけない衣服をまとっている。

 このふたりが学友で良かった。ナマリが思っている間にも人は増えていき、もうじゅうぶんだろうと思われた。


 お披露目のために人は集めた。

 ならば次はーー空を見上げたナマリは、頭上に広がる曇天を見てカイトに声をかける。


「カイト、君から行くと良いと思う」

「そうかい? じゃあ」


 爽やかに答えてカイトがタクトを取り出した。

 一振りして「ヤタ、おいで」呼べば光と共に現れたのは白いカラス。

 驚く群衆の前でカイトはタクトをもうひと振り。


「ヤタ、晴れ空を見せて!」

「カアッ」


 応えた八咫烏は空をめがけて飛び上がる。人々の視線が追った先、ヤタの翼が重たい雲を蹴散らした。

 さっと差し込む陽光のまぶしさに誰もが目をすがめ、地上に視線を戻す。


 するとそこには曇天の下、ただひとりだけ明るい日差しを浴びて輝かんばかりに麗しい少年が微笑んでいるのだ。


「僕は晴れをもたらす気象指揮官、カイト。こちらは相棒の天妖ヤタ。よろしく」


 観衆が、目の当たりにした奇跡に歓声をあげる。

 カイトはうまいこと人々の心をつかんでくれた。このすきに、とナマリはルネのそばでささやく。


「次は君だ。カイトの隣に並んで。ヤタと入れ替わる形でリュウに雨を願って」

「わ、わかったわ!」


 カイトに見惚れていたルネが寄り添うように立ち、タクトを降る。


「来て、リュウちゃん。あなたの力、見せてちょうだい!」


 空から降りてくる白いカラスと入れ違いに、青龍が舞い上がる。

 伝承でしか聞かない龍の姿に目を奪われ、空を見上げた人々のうえに大粒の雨が降ってきた。


「わ、雨だ!」


 頭を抱えて物陰に逃げようとする人々のうえ、ぽわんと傘を広げたのはクラゲのきらら。

 ナマリは驚く人々に自身のタクトが見えるよう大きく腕を広げて、声を上げる。


「よく見てください。雨はクラゲの上にしか降っていないでしょう?」


 突然の雨に駆け出しかけていた人々の足が止まった。

 ナマリの言葉どおり、青龍がもたらした雨はクラゲの上だけに落ちてくる。

 正確には青龍の呼び寄せた天鬼の動きを見ていたナマリが、雨雲の生じる箇所を見てとってキララに指示を出したのだが。


 見えない民衆にはそんなことはわからない。


「ほんとうだ……雨がこんな一箇所だけに降るなんて」

「すごいな! まるで神のみわざだ」

「アマツチ学園? すごいところなのね」


 ざわつく民衆は誰もが目を輝かせて、すごいすごいとカイトとルネを囲んでいる。

 

 これでアベ先生が予定していたお披露目の目的は果たせただろうかーーにぎわいにナマリがほっとしたとき、とことこと人混みを外れてきた子どもがナマリを見上げる。


「ねえねえ、お兄ちゃんはどんなすごいことができるの?」


 無垢なひとみが痛かった。

 期待に満ちたまなざしが居心地悪くて、ナマリは空に目をやった。


 ふわんと広がる大きなクラゲ。

 このクラゲは何ができるのだろう。

 俺は天鬼を見る以外に何ができるのだろう。


 考えてもわからない。

 シキは学べば良いと言ったけれど、ナマリはまだ何もわからないまま。


「何ができるんだろうな……傘の代わりになって、雨粒を受け止めるだけなんだろうか」

「えー? だったら傘でいいじゃん」


 子どもは「なーんだ」と興味を無くしカイトたちのほうへ駆けていく。

 その背にかける言葉を持たないナマリは、ひとり残される。


「……そうだよな、だったら俺なんて居なくて良いよな」


 つぶやくナマリは、気づかなかった。

 人に囲まれにぎわうカイトたちの姿を眺めるナマリのさらに後方。街を行き交う人のなかに紛れて、若き気象指揮官たちを見つめる暗い視線があった。


「ふふふ、良い研究材料があんなにも」


 妖しく笑ったその人は、誰に気づかれることもなく曇天の暗がりへ姿を消した。

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