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本当の学び舎

 アベについて立ち入った学び舎は、長い廊下が続いていた。

 廊下の両側に同じ広さの部屋がいくつも並んでいる。

 それぞれの部屋では白い貫頭衣をまとった者たちが椅子に座って、同じ方向を向いていた。


 廊下とを隔てるのは木枠だけ。

 けれど、室内にいる人々からは廊下を通る一行の姿が見えないのか、誰も視線を向けてこない。

 不思議に思うナマリに、アベが指さしたのは木枠の上だ。

 そこにあるのは、一枚の紙片。見開いた目のような絵が描かれている。


「こちらからは何もないように見えますけど、内側からは壁に見えてるんですよ~。使役札の応用で、可視不可視の札です。裏面は目を閉じてるんですね~」


 楽しそうに説明するアベに、シキが指を一本立てて「しぃ~っす」と声をひそめる。


「見えないだけで、声は届いちゃうからご注意っす。ここでは授業してるんすよ。彼らは適性がないわけじゃないけど、天妖と契約できるほどの素質が無かった方たちっすから」

「これこれシキ。素質が無いのではなくて、足りないだけですよ。足りない素養を知識で補えればタクトに認められる可能性があるので、彼らは気象指揮官候補生として学んでいるんです~」


 シキの説明に、先頭を歩きながらアベが付け足す。「ちなみに彼らは衣食住の保証はありませ~ん。国にそこまでの予算がないからですね~。代わりに完全自由授業なので、同じ授業を何度受けても構いませんし、ひとつも受けなくとも構いません。」

 

「この学び舎は、身分も何も関係なく入れるようだが、それにしてはずいぶんと年齢に片寄りがあるな? 年齢制限は設けていないのだったか」


 廊下から見える学生の姿は、皆若い。

 ナマリと同じくらいの十代半ばに見える者が大多数。そのほかにはやや年上と思われる者がぽつりぽつりといる程度。


「ほんとだ。小さい子も大人もいないみたいだね」

「やだ、同じ年ごろの女の子ばっかりってことは、カイトくんが狙われちゃう!?」


 カイトも不思議そうに首をかしげ、ルネはハッとしたように周囲を警戒し始める。


「ああ~、それねえ。まあ、ご飯食べながらお話しましょ~」


 言って、アベが手を伸ばしたのは廊下の行き止まり。

 土壁になっているそこには、一枚の掛け軸がかかっている。


「先生、それ絵でしょ。触っちゃダメなんじゃないの?」

「ふふふ。絵ですけどね~、何の絵に見えます? カイトくん」

「鳥居、じゃないんですか?」


 確かにそれは絵だった。

 学び舎を描いたのだろう。墨だけで描かれた白黒の景色を切り取るのは、鳥居だ。


「ナマリくんならわかるかな」


 急に振られたナマリは、となりでシキがにこにこ笑うのを見て気がついた。


「もしかして、その鳥居でも境界をつなげる?」

「はい、せいか~い」


 明るく言ったアベが鳥居の掛け軸に手を触れる。

 触れる、はずだった。


「え! 手が絵に沈んでる?」

「なにそれ、なにそれ。やだ、こわーいっ」


 絵のなかへずぷりと沈んだアベの手を見て、カイトは驚きルネはカイトにしがみつく。

 ルネは口では「こわい」と言いながらも顔はにんまりと笑っているものだから、カイトにくっつくための口実であるのが丸わかりだ。


 そうこう言っている間に、アベは「お先に~」と掛け軸のなかへするりと消えた。


「えええ、消えちゃったよ!」

「ええっ? ほんとにやばいやつなの?」


 カイトとルネがざわつき後ずさるのを見て、ナマリはふたりの横をすり抜けて掛け軸の前へ。


「大丈夫なはず、たぶん」


 伸ばした右手を掛け軸の鳥居に向けて踏み出せば、右手の指先がするりと向こうへ抜ける感覚がある。

 今朝、アベの屋敷から学び舎へ通り抜けたときと同じ感覚だ。

 帝都についた日、アベの屋敷にたどりついた時のような意識がぼやけるものとは違う。

 

「うん、大丈夫だ。どうする、怖いようなら俺だけ鳥居越しに行って、ふたりは別の道から来るとアベ先生に伝えてくるけど」


 鳥居がつながる先がどこかわからないが、シキが案内してくれるだろう。

 そう思って視線を向ければ、シキは心得たという様子で頷く。


「ご案内なら任せてほしいっす!」


 胸を叩いたシキに、けれどカイトは「いや!」と首を横に振った。

 そしてナマリの左手をぎゅっと握る。


「僕もナマリくんといっしょにいくよ! その、すこし怖いから、手をつないでおいてもらいたいんだけど」


 はじめは覚悟を決めたように勢いよく。後半は照れ臭そうにすこし小さな声で。

 告げたカイトを追うように、ルネもカイトの手の上からナマリの手を握る。


「あ、あたしも! カイトくんが行くならあたしもいっしょよ!」


 ルネの勢いに押されてナマリは驚く。

 そんなナマリの右手にふわりと熱が乗った。


「それじゃあ、みんなで行くっすよ!」

「シキ」


 ナマリの右手に重ねられたのは、シキの左手だ。

 ふたりぶんの手は鳥居の向こうに沈んで見えないが、確かな熱がそこにあった。


 ナマリの左手にカイトがつかまり、シキの右手にルネがつかまる。

 カイトとルネは余った手を繋ぎ合って、頷いた。


「それじゃあ、「行こう」「行くっすよ」「行くよ」「行っちゃえ!」」


 ***


 全員で手を取り合って、鳥居をくぐる。

 一瞬、いやそれよりも短い浮遊感のあと、ナマリたちが立っていたのは静かな屋敷の庭先だった。


「わあ、建物が消えた!」

「どうなってるの? どういうことなの? 意味わかんなーい!」


 振り返り、いままでいたはずの廊下や教室、それどころか学び舎自体が消えていることにカイトとルネが驚きの声をあげている。

 そんなふたりの反応を背中で聞きながら、ナマリは目の前の屋敷を見て首を傾げた。


「うん? ここは……」


 見覚えがあるぞ。

 ナマリがそう口にするよりも前に。


「ああっ、かえってきたあ!」

「どこいってたの!」


 屋敷の縁側に現れた幼い子どもたちが、口々に叫んで庭に飛び降りてきた。

 裸足であるのも忘れたのか、そのまま草で覆われた庭を駆けてくる。


「おかえり!」

「おかえり!」


 ひし、ひしと左右の足にしがみついた幼児たちを抱き上げてナマリは笑う。


「ああ、ただいま。ニビ、カスミ。いい子にしてたか?」

「うん! ちゃんとムギさんのいうこときいた!」

「おきものぐしゃぐしゃにならないよう、あそんでた!」


 にっこにこの笑顔で報告して、双子ははたと動きを止める。

 ナマリの腕のなか、抱えられたお互いの姿を見て「あ」と声をあげた。かと思えば、そろってじわじわと目を潤ませる。


「やっちゃったあ……」

「ふく、ぐしゃぐしゃ……」


 急に泣きそうになった幼児たちに驚いたのか、クラゲのきららがナマリの頭から離れておろおろと浮遊する。


 双子は今朝、ナマリを見送ったときより一層華やかな着物を身につけていた。

 村では見たこともない、上等なお祝いごと用だろう着物。

 きっとムギが用意して、きっちりと着付けてくれたのだろう。

 

 それが今や帯はずれてしまい、裾はぐしゃりと乱れてちぐはぐになっていた。

 縁側から飛び降りて、駆けてきたせいだろう。

 

 着崩さないと、ムギと約束していたのかもしれない。

 泣き出す寸前の双子のひたいに頭をつけて、ナマリは「ごめん」とあやまった。


「ごめんな、俺が抱えたせいだ。ムギさんには俺が謝るから、泣かなくて大丈夫。な?」

「ほんと?」

「ムギさん、しょんぼりしない?」

「だいじょぶっすよ~。ちょっと着崩れたくらい、このシキがちょちょいと直してさしあげるっす! ささ、ナマリさん。おふたりを縁台に立たせてあげてくださいっす~」


 シキに言われるままふたりの足の裏を手ぬぐいでふき、縁台に下ろす。

 いっしょにふよんと降りてきたきららに、双子は「わあ、なんだこれ。ふわふわ!」「おつきさまがあそびにきたの?」と興味を引かれたらしい。

 涙も引っ込んで、楽しそうにきららを手に乗せて遊びだす。

 その隙に、とばかりにてきぱきと帯を締め直してくれるシキを眺めていると、カイトとルネが近寄ってきた。


「ナマリくんの兄妹かな?」

「や~ん、ちっちゃーい、ほっぺたぷくぷくでかわいい~!」

「ああ。ニビとカスミだ。ほら、ニビ、カスミ。この二人は兄ちゃんと同じ学校に行く人たちだ」

「ニビだよ!」

「カスミだよ」


 元気に名乗る双子は、機嫌が直ったようだ。

 視線はカイトとルネの肩に乗る龍と八咫烏に釘付けだけれど。


「こんにちは、僕はハレワタリ=カイトだよ」

「フリシキ=ルネ。ルネお姉ちゃんて呼んでね!」

「「こんにちは!」」

「ねえねえ、それりゅう!?」

「しろいとりさん! きれいね~」

「わあ、元気がいいなあ」

「かわいい~」


 ほめられたとわかるのだろう。青龍と八咫烏が得意げにそりかえる。

 カイトとルネもうれしそうに笑っているのを見るに、どうやら幼児が苦手ではないらしい。

 にこにこと対応してくれる姿にナマリがほっとしていると。


「おやおや。もう仲良くなりましたか~。それは重畳、重畳」


 アベが屋敷の縁側を歩いてきた。

 その隣にはムギもいる。

 幼児たちを探していたのだろうか、ニビとカスミの姿を見つけた九尾は、あからさまにほっとした顔をした。

 双子もムギを見つけて駆け寄っていく。


 八咫烏と青龍は体を震わせて、それぞれの契約主にぴったりと張り付いた。

 きららもふよんとナマリの元へ。

 天妖たちは九尾の狐の怖さがわかっているのだろうか。


 そんな姿をおかしく思いながら、ナマリはムギにあれこれ話しかけている双子を見て目を細める。


 ニビとカスミはすっかりムギになついたようだ。

 ナマリのいない間にずいぶんとよくしてもらったのだろう。

 

 この屋敷についた時から、ムギはなにくれとなく双子の面倒を見てくれている。

 それだけでなく、あれやこれやと気にかけて手をかけてくれていた。

 

 そのおかげだろうか。

 村から帝都までの旅の道中は両親や村を恋しがってしばしば泣いていた双子が、このところよく笑顔を見せてくれていた。

 ありがたいことだ――ナマリはしみじみと感謝する。


「重畳? 良いことって意味ですよね。僕らとナマリくんの兄妹が仲良くなるとどんな良いことがあるんですか?」

「そりゃもう。なんたって、ナマリくんとそのご兄妹が暮らす我が家が、気象指揮官の学び舎なんですから~」

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