戦いに向けて①
残念ながら、ジルト達は翌日出発することはできなかった。何故なら、ジルトが三日間目を覚まさなかったからだ。ドラゴンとして覚醒した反動なのか、精神的、肉体的疲労が溜まっていたのか、どんなに話しかけても反応しなかった。
あと一日待っても目覚めなければ、ひとまず、アジュガの救出に向かおうと決まったが、四日目の朝、ジルトは目を覚ました。
「そんな、三日間も寝てたなんて……」
「それだけ疲れてたんだ。大丈夫、半獣人の力を借りれば、半日と経たずに王都まで乗り込める」
「そうですよう、ジル」
レオとルギフィヤが慰めるように言う。
「どっちにしろ、すぐ飛び出してくのは無理な話だ。ジルが寝ている間に、作戦を立てたから、飯でも食いながら聞いてくれ」
「はい、できたてのスープだよ」
ベッドで横たわっていたジルトの元に、モーリが食事を運んできてくれた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
モーリはそのまま、近くにあった椅子に腰かける。
「ルー、まずはこの三日に起きたこと、わかったことを伝えてくれる?」
「かしこまりました」
ぴしりと姿勢を正した妖精は、ベッドで上半身を起こしたジルトの膝の上に乗る。
「まずは、悲しい方のお知らせです。
王宮は、一年ほど前に解放したはずの少女達を連れ戻しました。ジルを捕らえるため、というよりかは、ジルと戦う時の盾にするつもりでしょう。連れ戻されたのは、魔力を使える少女ではなく、魔力量の多い少女と聞いています。先日の騒動では、ジルの魔力を吸収した子がいるときいています」
ドクン、と鼓動がやけに大きく聞こえる。
(サクラ!!)
若紫の光が消えていく、あの光景が目の前に蘇る。
「ジル」
耳元で優しい声がして、ジルトははっと現実に戻る。
「大丈夫だ」
ベッドの傍で立って話を聞いていたレオが、ベッドに腰を下ろしてジルトの手を握ってくれる。
「うん、ごめんね。続けて、ルー」
「ジル、おつらくなったら言ってくださいね。
王宮は逆に魔力が少ない者も連行しています。今までは魔力のない人間を奴隷としていましたが、数が足りなくなったのでしょうね。奴隷は基本的に王宮の持つ農園で働かされます。そこではアグノードでしか育たない魔法の植物を育てていて、それを外国に売っているのです。魔力を持つものは植物の効能に影響を与える可能性があるのですが、それを気にしていられないほど量が必要になったのでしょう。
人を連れ去られた地方、特に家を焼き払われた者も多い北部よりも人間は王都に乗り込もうとしましたが、南部に入る前に倒れました」
三日間でどんどん状況が悪くなっている。
「ですが、良いご報告もありますよ。
ジルのご友人、サクラ・モンターニュが意識を取り戻しました」
「本当?!」
「ウォート・ハピティカが力を尽くしたと聞いています」
「ウォート……」
何から何まで助けてくれる友人だ。今度はジルトが助けて、彼との誓いを果たさなければならない。
「そして、先ほどお話した北部の一件以降、王宮に乗り込むような者は現れていません」
ルギフィヤはレオのところまで飛んでいくと、そのポケットから黒い石のようなものを取り出した。そしてそれをジルトの手に乗せる。
「A.K.クラブの通信機……」
「ジルのポケットから見つけて、ガイラルと連絡を取った。声を聞きたがってたから、話してやるといい。ジルが目覚めた時点で、あちら側が通信可能な状態であることは確認できてる」
ジルトは通信機に魔力を込めた。
「こんにちは、ジルト・レーネです。聞こえますか?」
すぐには何も聞こえなかった。しかし、もう一度話しかけようとしたところで、わあ!と割れんばかりの歓声が聞こえてくる。
「ほんとにジルトだ!」
「ねえ、大丈夫?怪我してない?」
「ドラゴンの娘なんだよね?!ね!」
聞き覚えのある声がいくつもして、ジルトはほっとした。
「こら、静かに。いくら防音の壁を張っていても、そんなに大声を出したら危ないだろう。
やあ、ジルト。聞こえるかい?」
「クラブ長!うん、聞こえる!」
ジルトが答えると、また通信機の先が騒がしくなる。
「こうして連絡をもらえて嬉しいよ。
状況についてはレオと確認している。君が王宮へ向かうというなら、我らA.K.クラブも力となろう」
「本当に?でも危険だから――」
「大丈夫。在学中のものはほとんど行かない。向かうのは卒業生たちがほとんどだ。彼らも彼らでずっと力を溜めて来た。全てはこの時のために。
ぜひ、協力させてほしい」
A.K.クラブは在学生だけでなく、テアントル以外の卒業生も含めて構成されている。
「魔力の結晶を、君の左目を取り返そう」
「ドラゴンの目を取り返せ!」
「取り返せ!」
元気な声が飛び交うと、ガイラルの苦笑いが聞こえる。
「すまない。みんな、君がドラゴンの娘だと知ってから興奮冷めやらぬ状態でね。
動きについてはレオと話せているから、また、後で会おう」
その言葉を最後に通信が途切れた。
「ガイラルが、この通信機を使って、各地の反王政派を説得してくれた。ドラゴンの娘はきっと動くから、もうしばらく騒ぎを起こさないでいて欲しいと。
A.K.クラブの長で、しかも所属していたというドラゴンの娘と面識がある。話を聞いてくれたんだろう、北部の一件以来は反乱が起きていない」
いくら人数が多くても、王宮の人間には敵わない。ジルトとしては安心したし、寝込んでいた自分を不甲斐なくも思う。
「ルギフィヤ、王宮側の状況も伝えてくれるか?」
「はい。王宮側も実は二つに分かれています。一つは、今まで通り王族側についてジルを狙う者。そしてもう一つは、ドラゴンを信仰し、王宮を離脱するものです。
騎士の家系はドラゴンを信仰する者が多いのもあって、王宮側の戦力としてはだいぶ落ちています。それでも彼らが王宮側に盾突かないのは、ドラゴンの記憶によって、人間とドラゴンの歴史を知ったからでしょう。王宮としても離れるだけで立ち向かってこない者については割く力がないのか、彼らは宙ぶらりんの状態です」
「ジルが声をかければ、きっと力にはなるだろう」
「そうですね。
あとお伝えしていないのは、王族についてですね。次期王と言われていた王子は、ジル達を逃がそうとしたとして、囚われています」
「実際に、俺達を逃がしてくれた。この魔の山までワープの魔法で飛ばしてくれたのは、その王子とやらだろう」
「はい。近くで見ていた妖精がそう言っています。人間は、ジルを攫った人間が使った魔法だと認識しているようですが」
「そう見えていても捕まったってことは、王族にとって都合の悪い存在なんだろう」
ジルトは見ていないが、ジルトが気を失った後、誰かがレオ達を助けてくれたということだ。そしてそれが、王子。
「あの、ジル。驚くかと思うのですが……」
ルギフィヤが恐る恐るジルトを見上げる。
「王子の名前をお伝えしてもいいですか?」
レオは先に聞かされていたが、どうしてルギフィヤがジルトに遠慮しているかわからなかった。
「なぜジルに訊く?」
「きっとジルも知らないはずです。それでもびっくりすると思うのです」
「わかったわ、ルー。教えて」
もじもじとする妖精を指の腹で優しく撫でる。
ルギフィヤは覚悟を決めたように、はっきりとジルトの目を見て言った」
「王子の名前は……ファレン・オーキー」
続きます。




