半獣人
アグノードの住民たちが夢から覚めた少し後、洞窟内にいたジルト達も不思議な体験を終える。
「今のは、イルさん……アジュガの記憶?」
赤子だったジルト達を引き取った人物はアジュガ・キラン、ジルト達のいうイルで間違いないだろう。
「そうだ。俺が見たアジュガの記憶と、俺自身の記憶をつなげた。
他の者達は俺の過去、ドラゴンの咆哮と呼ばれるものまでに、何が起こったかしか見せていない」
「俺にも見せてよかったのか?」
「ああ。お前はジルトの狼だからな」
シュレイが訊ねると、ドラゴンは頭をゆっくりと上下させた。
「ドラゴン!大変です!」
急にルギフィアとは別の妖精が洞窟に飛び込んで来た。
「何だ?」
「王族が姫様を探すのに必死になって、民の家まで燃やし始めました。今まで不満の溜まっていた人々は無謀にも王宮の騎士や兵士などに襲い掛かり、そこかしこで戦闘が行われています。
また、それをドラゴンのせいだと恨む者もいます。民同士でもそういったことで争いが起きています」
「愚かなものだ。同族同士で殺し合いなど。
ジルトに危害が及ぶか?」
「いえ、まだ姫様の容姿は民間人に割れていませんので。姫様にとってはそれより――」
妖精は一度ちらりとジルトを見る。小さな妖精の顔は遠くてよくは見えないが、悲しそうな顔をしていることはわかった。
「アジュガが、七日経たぬうちに処刑されるとのことです」
「え?」
ジルトは急すぎる話に目の前が真っ暗になる。
「イルさんが、処刑……?」
別れた後、生死すらわからなかった。生きていることを喜びたいが、すぐに処刑されるだなんて信じられない。
(王族に掴まっていたの?)
ジルト達を逃がした後、何があったのだろうか。
「それは確かか?」
「はい。フルーが種を風で飛ばして教えてくれました。人間に知覚されにくい他の妖精からも同じ情報が届いています」
「そうか……」
ドラゴンは深刻そうな顔になる。
「助けに、行かなきゃ」
「ジル!」
飛び出そうとしたジルトは、足に力が入らず地面に倒れ込みそうになる。それをレオが支えて阻止した。
「ジル、落ち着け。お前は今日、だいぶ疲労がたまっているはずだ」
「でも、イルさんが!」
「姫様、大地の王の言うことが正しいですよ」
妖精の後から、三角の耳が頭に着いた男が入ってくる。ちらりと見えている尻尾からしても半獣人だろう。
「お見苦しい姿ですみません。私達半獣人は人の姿を長くは保っていられないのです。姫様の誕生とともに生まれたシュレイは、特別なのです。
姫様はかなりお疲れのようですから、本日はお休みください。明日、出発いたしましょう。我ら半獣人が姫様の足となりますから、南部まで直ぐに辿りつけますよ。ご安心を」
「どうして、協力してくれるの?」
目の前の半獣人は狼の半獣人ではない。魔女にも関係はしない。イルのくれた家を出て中央に向かう際に、妖精の姿はたくさん見たが、半獣人は姿を現さなかった。
「もちろん、この山に追いやった人間を恨む気持ちもありますが、姫様のお役に立ちたいと思うのは、我らが過去、何もできなかったからです。
狼の半獣人は、姫様の目を取り戻しに南部に向かいました。その時、我らも人間など恐れずに立ち向かっていれば……。姫様がこのようなお姿でお生まれにはならなかった。それに、完全な覚醒だってきっと!」
半獣人はジルトの瞳を見つめて言った。
――王族の持つ魔力の源は、本来この子の左目となるはずだった――
――彼女の左目が普通の色なのはそこにあるべきものがないからだ。かわいそうに、本来の状態の目が揃わないことで、人の形を取っていてもドラゴンの目が適応していない――
フレグの言っていたことを思い出す。
そしてもう一つ、
――封じられていた魔力は解放されたけど、君はまだ完全には覚醒していない――
こうも言っていたはずだ。
「完全な覚醒って?」
「ドラゴンの姿を取ることだ」
ドラゴンが言う。
「だが、お前も気にするな。どちらにせよ、俺が回復する必要があった」
ドラゴンは半獣人を見ていった。
「いいえ、本来であれば、こうやって姫様の前に顔を出すことさえ許されぬ身なのです。
魔女と狼の半獣人のような特別な関係はございません。そうとはいえ、この国で生きる者として、ドラゴンのお支えをしなかったのです」
「なら、俺が許そう。元は俺が奪われてしまったのだから。
ジルトのために、働いてくれるのだろう?」
「当然です。我ら半獣人は全て、姫様のために働きます」
「よろしく頼む。ジルトも、それでいいか?」
ジルトは頷いた。
「うん。無理はしないでほしいけど、手伝ってくれるのはとても嬉しいよ」
「それなら、今日はもう休めるな?俺はずっと、お前に無理してほしくないと思ってるんだ」
「そうだよ。ジル、顔が青くなってる」
「俺が乗せて山を下りるから、すぐに休むんだ」
「わかった」
レオとモーリ、シュレイに言われては、ジルトは大人しく従うしかない。
「ジルト、すまないな。あともう少し待ってくれ。そうすれば父は、お前の力になりにいく」
「ありがとう、お父さん。お父さんも、無理はしないでね」
「ああ」
ドラゴンは赤い瞳をゆっくりと細めた。
「じゃあ行くぞ。明日、日が昇ったら山を下りてきてくれ」
「わかった」
シュレイは三角耳の半獣人と言葉を交わす
「ジル、私達も力になります。一緒に頑張りましょう」
「うん、ありがとう、ルー」
「あ、ずるい!ルーばっかり姫様と!」
「へへん!私と姫様はお友達なのです!」
妖精たちは追いかけっこしながら洞窟から出ていった。
「じゃあ、ジル、行くぞ」
ジルトは差し出されたレオの手を取って、歩き出した。
続きます。




