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竜眼の少女  作者: 五十音
アグノードのドラゴン
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アジュガの過去⑤

 その日は突然訪れた。


「生まれた!」


 ドラゴンの歪ゆえか、アジュガにははっきりとドラゴンの娘の誕生を感じられた。

 すぐに家を飛び出して、魔の山へ向かう。今はどこドラゴンの娘がいるのか、はっきりとわかる。

 もう年も終わる頃で、肌を刺す冷気は痛いが、懐炉を持っていれば平気だった。


「ルエス?ルエスだわ!」

「ルエスはもう人ではないだろう」

「じゃあ止める?大事なあの子の元へ行くんじゃない?」

「いや、だがルエスの気配もする……」

「もう!どっちなのよ!」


 姿は見えないが、声がする。


(ルエス……?古語よりは新しいが、古い言葉で”それ(イル)”を意味する言葉だ。話し声は精霊だろうが、なぜその時代の言葉を?)


 アジュガは疑問を抱いたが、今はそんなことに構っている暇はなかった。

 ドラゴンの娘の気配は、直ぐ近くの洞窟の中にあった。


「見つけた!」


 薄暗い洞窟の中に、赤く光る点が三つ。


「誰だ?」


 頭の中に直接響くような声がする。赤い二つの光が、ルエスを見る。


(ドラゴンの瞳!)


「俺は、アジュガ・キラン」

「そうか、何をしにここへ?」

「力を貸してほしい、王族を倒すために」


 ドラゴンの娘でなくとも構わない。むしろ既に力を持った状態のドラゴンが力になってくれるのであれば、とても心強い。

 アジュガのことを知らなくても、ドラゴンは魔女を滅ぼした王族を恨んでいるはずだ。


「王族?」


 ドラゴンの声は軽く、特に心当たりがないようだった。


「ああ、魔女を滅ぼしただろ?」


 突如、強大な力がアジュガを襲う。上から抑えつけられるようなそれに抗えず、アジュガは地面に伏せた。


「ぐ!」

「魔女を滅ぼしたのは人間だ。王族だか何だか知らないが、それが人間であれば殺す。人間はみな殺す」


 激しい怒りを感じさせる声に、アジュガの肌はびりびりと震える。


「怒りに身を任せ、生きる気力もなかったが、もうすぐ子が生まれる。どうでもいいと人間を放っておくことはできない。

 力を蓄えたら、俺は人間を殺す」


 ドラゴンにとっては王族などというくくりは関係ない。人間全てが敵なのだ。

 アジュガは殺されると思ったが、ドラゴンはアジュガをちらりと見て抑えつけるような力を解いた。


「今は見逃してやる。子が大事だ。お前のような者に構っている暇はない」

「俺が、他の人間を連れて倒しに来るとは思わないのか?」

「もしそうなら、ここで殺してやろう。だが、お前には俺の力が必要なのだろう?」


 ドラゴンはもうアジュガを見ていなかった。


「……ドラゴンの咆哮で、歪められた者もいる」

「ああ、そこの子どものような者だな」


 ちらりと洞窟の奥を見たドラゴンの視線を辿ると、そこにはまだ生まれて一年も経っていないだろう子どもと、あと数年で入学年齢になるだろう少年少女がいた。

 アジュガの視線から子どもを守るように、少女が前に出て手を広げる。


「二人は他者の血を啜らなければ生きていけないが、血を飲んでも短命で終わる。

 他の一人は十六で食人衝動に飲まれる。

 放っておいてもよかったが、精霊が面倒を見るのでここで育てさせているのだ」

「……その子どもたちの家族は?」

「吸血の方は捨てられた。突然変異だったからな。食人衝動が出る方は人食い鬼の一族と呼ばれ、その子ども以外殺された」


 ドラゴンはどこまでも他人事のように話す。


「何も思わないのか?」

「何がだ?」

「その子どもたちも、他の者も、少なからずドラゴンの影響を受けている」

「だから何だ?

 この島はドラゴンの国だ。ドラゴンの魔力を得てその性質を変えたのであれば、それは自然なことだ。

 それに人間は殺す。俺の影響を受けていようが受けてなかろうが関係ない。

 お前が憐れに思うのであれば、救ってやればいい」


 ドラゴンはそれ以上話すことはないと言わんばかりにそっぽを向いた。

 イルはひとまず、その子どもたちを連れ帰ることにした。そうする必要はなかったが、あの世の中全てを恨んでいるような瞳はかつての自分を想起させる。

 アセビは驚いたものの、反対することなく子どもたちを受け入れた。警戒心の強かった少年少女も、アセビにはそれほど経たない内に懐いた。イルはどう接すればいいかわからなかったが、精霊に育てられた子どもは今の言葉を話せないので、その通訳を通して少しずつ慣れていった。


 その次の歳の冬、アジュガは再びドラゴンの娘の存在を感じた。

 ドラゴンには以前、人間を殺すと言われていた。本当であればその後の計画を立てたかったのだが、急遽増えた子どもに対応する内に時間が過ぎてしまっていた。何の策もないままドラゴンに会いに行くのは危険だとわかっていたが、自分を呼ぶ何かがその危機感を上回ってしまう。


「今は何の月の何の週だ?」


 ドラゴンは、アジュガを見ても感情を昂らせることなくそう訊いた。


「俺にはその暦はわからない。今は十二月二十五日だ」

「そうか、十二月二十五日、この子の誕生の日だ」


 ドラゴンの腕の中に、小さな赤子がいる。以前は存在を感じるだけで実体を目にしてはいなかった。


「ドラゴンの、娘」

「ああ、俺の子だ。

 アジュガと言ったな。前に連れ帰った子どもたちはどうしている」

「育てている」

「どうせ死ぬのにか?」

「ああ。それでも育てると、決めた」

「そうか」


 ドラゴンはアジュガの倍ほどの体を動かし、アジュガの方を向く。


「お前が俺の子を育てろ」

「は?」

「精霊でもあれらを育てるのは難しかったのだ。ただの人間が育てられるのなら、それだけ手を尽くしたということだ。

 俺はしばらく休む。死なせるようなら殺してやる」

「待て、何を言っている?」

「ああ、海神からその子どもと、次代の獅子を預かっている。この子の母は魔女だからな。人の形をしているが、成長すればそれぞれの姿を取る。その二人も一緒に育てろ」

「海神?獅子?その子どもだと?わけがわからない」


 困惑するアジュガの前に、精霊達によって海神の子と次代の獅子が運ばれる。そう言われなければ、ただの人間の赤子のように見える。


「子どもを育てろというなら、そうするが、俺は武器にするぞ。俺が最初に言ったことを忘れたのか?」


 ずっと探し求めていたドラゴンの娘、力だ。手に入れられるのであれば好都合だが、こうも簡単に渡されると不安になる。後で――王族を倒した後ならばいいが――殺されてはかなわない。


「したいならすればいい。生きてさえいれば、それでな」


 ドラゴンは愛おしそうに、腕の中の赤子に鼻を寄せる。


「お前の言う王族とやらも人間であれば、どうせ俺が殺すのだ。この子がそうしたいと思うのなら、そうすればいい」

「俺がそのように育てると言っているんだ」

「同じことだ。お前がそう育てて、望み通り育ったのなら、それがその子の意志になる」


 ドラゴンの理屈はよくわからない。というよりは、おそらくアジュガの考えを考慮に入れる気がないのだろう。とにかく、アジュガに育てさせることが目的のようだった。


「……わかった。引き受ける。

 だが、過去に何があったのか教えてくれないか?」

「なぜ知る必要がある?」

「俺は王族を倒したい。それには理由がある。それを俺は知っているから、そのために動くことができる。

 ドラゴンが人間を殺したい理由は、何となく予想はついているが、俺はドラゴンについてよく知らない」

「知る必要があるか?」

「少なくともドラゴンの子を育てるのであれば」


 母親が魔女だということは予想と合っていたが、そんなこと古い資料を探らなければわからなかったことだ。他にも普通では知り得ないドラゴンの常識のようなものやその背景を知らなければ、アジュガとしても今後どういった対応をすべきかわからない。できれば人間を殺すのはやめてもらいたいという思いもある。


「まあいい。今から言う場所に行って、そこを掘り返せ」


 ドラゴンの言う通りにしたアジュガは、手に鏡を持って戻った。


「これは、海神の落とし物?」

「さあな。魔女に伝わる鏡だと聞いている」


 最後の持ち主は魔女だったはずだ。アジュガはどうしてドラゴンがこれを持ってこさせたのか理解できた。

 ドラゴンが呪文を唱えると、アジュガの目の前に過去の記憶が広がる。ドラゴンの記憶だけでなく、魔女の記憶まであるのは驚きだった。そして何より驚いたのは、ドラゴンが元は人間だったということだ。


(王族はそれを知っていた。だから、人間の少女を探していたのか!)


 そして同時に、母親のことは知らないだろう。

 ドラゴンが人間であったことは、咆哮までに起きたこと、魔力の源の反応などから王族の祖先が推察したことであり、どうしてドラゴンとなったかも、その子どもがどのようにして生まれるのか、あるいは母親がいることなどは知らないだろう。また、概念としてドラゴンと名づけただけであり、その人間が本当にドラゴンになっているとは思っていないのかもしれない。

 王族側としては、予言者がドラゴンの娘、と言ったから人間の少女を探しているのだろう。


「俺もお前の記憶を見たが、今ありもしない予言が流行しているのか?」


 どうやらドラゴンもアジュガの過去を見ていたようだ。特に知られても問題のある過去なんてないが、予言がドラゴンに知られたのはまずい。


「流行ってはいない。王族くらいしか信じちゃいない。他の者は半信半疑だ」

「それでもお前は影響を受けているように思うが?」

「それは……」


 否定できない。そのせいで、アジュガやあるいは王宮に差し出される少女がいるのだ。それがなければ、アジュガは今こんなところにいないだろう。


「まあいい、予言とやらが本物であっても何も問題ない。元より俺が壊す世界だ。予言を待たずして滅ぼしてやる」

「待て!それができないから、あんたは今までここに留まっていたんじゃないのか?」

「そうだ。だが、こんな世界にこの子を送り出すなんてできない。あと十数年、回復に専念して眠れば、それくらいの力は戻る」

「それまでその子はどうするつもりだ?」

「世話を拒むのか?」

「そうじゃない。俺が育てるにしても数年だと思っていたんだ。あんたが次目覚めるまで、そんなに長い時間がかかるとは思わなかった。ドラゴンの力なしに、ドラゴンの娘を求める王族を躱しながら十数年もドラゴンの娘を育てる自信はない。

 もし俺が世話をしても、完全に危険を排除しようと思えば、他の者と関わらずに過ごすしかないし、行ける場所だって制限される」


 いざとなればドラゴンの力を借りられるのであれば何十年でも育てる自信はある。ドラゴンの力を盾に、アジュガは育児に専念すればいい。

 だが、自身も追われる身で、自分がどういう存在かを知らない子どもを複数人も隠しながら育てるなんて、難易度が高すぎる。

 外部との関りを一切断てば、少しは確率が上がるが、ドラゴン関係ではないかと疑われ、隠されて育ち、その後も監視されてきた身としては、そういった生活を憐れに思う。ドラゴンの娘なんてどうでもいいと思っていたが、アセビも言っていた通り、その子は人の形をしていた、しかも元は人間の子どもだったのだ。

 ドラゴンとしても、自分の生い立ちから思うことがあったのか、荒々しかった気配が収まる。


「お前の記憶から知ったことについて考えるのは時間が必要だ。だが俺は一刻も早く眠る必要がある」


 きっと本当なら大事な我が子を武器にするなどという人間に渡したくないはずだ。それでも先を急いだのは、ドラゴンとしてももう限界が近いからなのだろう。


「ひとまずお前に任せよう。どちらにせよ、俺は今から眠るしかない。

 お前は、俺の遠い親戚でもあるから、それも含めて考える時間が欲しい」

「親戚?」

「その色は、世代を経て現れる。俺の咆哮の影響もあるが、お前のその色は、魔力に適性があるからだ。鏡を使った時にわかった。鏡が海神の落とし物なのであれば、海神が干渉したのだろう」


 ドラゴンとアジュガが遠い親戚であるとするならば、アジュガとドラゴンの娘もまた、遠い親戚だ。


(この赤ん坊が、俺とつながりがあるのか……)


 家族の欲しかったアジュガにとって、その事実は妙な感情を湧き上がらせる。


「アジュガ、俺の子と、その子を守る者達を頼む。俺が次目覚める時まで死なせるな」


 ドラゴンは腕の中にあった赤子をゆっくりと口に挟んで持ち上げると、アジュガの腕に抱かせる。

 アジュガの返事も待たずに体を丸め始めたドラゴンに、アジュガは焦って声をかける。


「子どもの、名前は?」

「海神の子どもはモーリ・エスピ、獅子はレオ・ネドロ。

 俺の子はジルト。ジルト・レーネだ」


 とても大切なものを呼ぶような、優しい声で言ったドラゴンは、ゆっくりとその赤い目を閉じた。

モーリとレオの名前は海神が決めていて、ドラゴンに引き渡す際に伝えています。

ドラゴンとしては数年眠る間の世話をアジュガに任せて、ある程度育ったら精霊に育てさせようと考えていました(精霊が赤ん坊を育てるのは難しいので)。

人間を殺すにしても、一度ジルトを引き取るために数年で一度目を開けるつもりでしたが、諸事情あって結局は十数年眠ることになりました。

続きます。

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