アジュガの過去③
アジュガは学年が上がっても何も変わらなかった。フレグと共に熱心に研究をし、たまにアセビとアンセモンとお茶をしては、学校の授業をサボる。
変化したことと言えば、願いができた。家族が欲しいと思うようになったのだ。
アジュガは人と仲良くするのは向いていないと思っていた。親から愛された覚えはないし、親の他に家族がいたのかさえ知らない。それでも、優しくしてくれる人と接する時間はアジュガにとって特別で、心地よくて、寮で一人の時間を過ごすのが寂しくも感じる。時折アセビやフレグの話してくれる家族の話が、アジュガにはとても眩しくて温かい。いつか、叶うなら自分も家族が欲しい。
自分の目の色が子どもに引き継がれるなら、とうてい叶わない、叶えてはいけない願いだが、もしその頃にはもう赤い瞳が危険ではなくなったら?
どうして王族がドラゴンの娘を求めるのか。魔力が欲しいだけなら、なぜまわりくどい真似をして生きたまま捕らえようとするのか。そもそも、どうしてドラゴンの娘なのに人間の女を探すのか。誰も答えは知らないし、知ろうともしない。
予言を聞いたのも、それで騒いでいるのも王都の連中ばかりで、他の者は王族が探しているからその存在を知っているだけだ。ドラゴンなんて空想話だと思っている者も多い。
今騒いでいる王族さえ黙らせられれば、赤い目の少女がドラゴンと結びつくこともなければ、忌み嫌われることもない。
自分の不遇の全てが王族につながっているような気さえして、アジュガは大嫌いな王族を倒すことにいっそう熱を上げるようになった。
三年次には隠し部屋を見つけた。おそらくテアントルを建てたものが遊び心で作ったのだろう。誰にも見つからない秘密の場所は学校区を出られないアジュガの研究場所として最適だった。
進む道は教師だと決めていた。アンセモンも教員への道を進んだし、せっかく得た知識を、アジュガは後輩たちに教えたくなった。隠し部屋をそのまま使えるのも都合がよかった。
王宮からは王都や南部で働くように言われはしたが、その頃にはもうアジュガは国の中で一番の力を持っていた。王族たちも男であるアジュガがドラゴンの娘ではないという決断に至ったのか、むしろアジュガの力を借りようと媚を売るようになった。そういう態度もアジュガは気にくわなくて、進む道を曲げなかった。
年齢のせいで教師になるまで一年暇な時間ができたが、ひっきりなしに王都に呼び出され、それはただの建前だと知った。仕方なく呼び出しに応じてやれば、貴族は喜んでアジュガを教員にした。そこでアジュガはもう諦めた。下手に反抗するより、利用した方が早い。
積極的に力を求めるやつらに協力し、警戒を解き、ついには王宮の書庫にさえ出入りできるようになった。いちいちそれなりの労力を払うのも馬鹿らしく、一度入った時にワープの座標をつけて、人のいない時間に本を漁った。
禁書にまで手を出し、少しずつ情報をつなげていくことで、アジュガはようやく、望む答えを手にすることができたのだ。
「ドラゴンは、王族に魔力を与えたんじゃない。王族がドラゴンを怒らせたから、魔力が人間に降り注いだ。感謝ではなく怒りの咆哮だ。
食糧危機は魔女のせいじゃない。人間が後からやってきて、土地を荒らした。魔女は自然と上手くやっていたから、魔女の暮らす北部だけが豊かさを保っていた。それで人間が土地を奪おうと侵略した。
国を守るドラゴンからしてみれば、人間の方が悪だ。魔女が絶えた時期に、ドラゴンの怒りが頂点に達して咆哮した。なぜ人間を攻撃しなかったか、それはわからないが、その後人間がのうのうと暮らしているのもドラゴンが攻撃できる状態になかったからか?
ああ、それで北部の山に進軍したんだな。ドラゴンが攻撃できないと確信できる何かを掴んで、わざわざ南にある王都から北部の山まで行った。その時期に半獣人達が本格的に山に追いやられ、精霊達まで滅ぼされかけてるのもそれが理由か。
ドラゴンの至宝は魔力かなんかか?別ではたしか二つあって、奪われた一つを取り返すために半獣人が人を襲った話があったな。北部への進軍より前の時代だったはずだ。既に王族で一つ持っていて、もう一つも盗ろうとしたんなら、時期的にも魔力だよな。
至宝を奪われたからドラゴンが動けなくて半獣人が代わりに?それならもっと大勢で押しかけてもよさそうなものを、一部の半獣人だけだ。その一部の半獣人にだけ関わるものであれば、ドラゴン関連ではないような気もしてくる」
依然として判然としない部分もあった。あと一つ、何かを見落としているような、拾い損ねているような感覚で研究を進めていた中、アジュガはついに最後の一欠片を見つけた。
いつも通り禁書保管庫に忍び込んで、資料を漁っていた時、何かに呼ばれるような感覚があった。呼ばれた方向に進み、途中で何かしらの結界を破ったことに気づく。
(俺が気づかないとは……古の魔法か?)
侵入が知られたかもしれないということはどうでもよかった。
次に顔を上げた時、真っ赤な石が目の前に現れたからだ。
「ドラゴンの至宝……」
直ぐにわかった。ここまで魔力を蓄える赤い石など見たことがない。
そしてこれが王族の王族たる証である。赤い石は何重にも張られた結界の中、台座に置かれていた。
台座自体は知っている。魔力の源はそれがどういうものかは明らかにされていないが、その保管のための台座はごく一部の人間が対象とはいえ公開されている。さらにそのまたごく一部は実際に目にすることができる。
ドラゴンの至宝は魔力の源、王族の証。特に不思議な話ではない。ドラゴンの至宝自体が知られていないだけで、もしその存在を大勢が知っていても、それがドラゴンに認められた証であるとするなら、むしろ納得するだろう。
だがアジュガは、ドラゴンの至宝は王族が盗んだのではないかと推測している。そして事実、それは目の前にある王族の証だ。
(でもなぜ、黒色じゃない?)
推測が間違っていたのか?魔力の結晶とは別にドラゴンの至宝があるのか?
そう考えるのが普通だ。ただ、アジュガにはどうしてもそれができなかった。これがドラゴンの宝だと何故かわかる。そして、あるはずのなにもう一つのもとに帰してやりたい気持ちになるのだ。
(ドラゴンによる歪か……)
アジュガの予想では、ドラゴンの咆哮によって人間は魔力を受けた。基本的にはドラゴンの近く、北部の山にいただろう現王族が最も影響を受け、ドラゴンから離れていた人間ほど魔力の量は少なくなっていく。
魔力は基本的には母親から引き継がれ、その量が増えることはほぼない。魔力に適性のあった魔女が女性だからなのか、ごくまれに魔力に適性のある女性がその量を増やすことはあるが、それ以外は世代を経るにつれて魔力量は減っていく。それでもフレグのような、平民の母親から魔力の多い子どもが生まれたりするのは、咆哮による魔力にもむらがあり、距離が遠くても強い影響を受ける場合や、深度のようなものがあり、魔力の影響が出るタイミングがずれるからではないか、というのがアジュガ達の見立てだった。
フレグのような場合は問題ないが、その距離や深度によるむらに強く影響を受けた者は、人間の理から外れてしまう。魔女が魔力を得てそのつくりを変化させたように、魔力によって人は形を変える、変えられてしまう。そういった元人間達はドラゴンの咆哮以降に出現し、今ではもうほとんど退治されてしまったが、記録には異常事態として残っている。だからドラゴンによる歪だと呼ぶことにした。
アジュガも平均より下くらいの魔力しか持たない親から産まれて、強大な魔力を保持している。自身も歪の対象ではあると思っていたが、ドラゴンの魔力にここまで影響を受けるとは思っていなかった。
(待て、この石、光っているのか?)
ドラゴンの至宝が魔力の結晶であれば、輝きを放つのは魔力が流れている時。
(この石に誰かが魔力を流している?)
もしそうであれば、発見当初から色が変わっても不思議ではない。黒も赤もドラゴンの象徴の色だ。
(ドラゴンの至宝は二つ。一つはまだ北部にあって、それに誰かが魔力を流している。いや、至宝が二つだからって何なんだ?問題は、どうして二つの至宝が連動してるかだ)
『ああ、やっとだ!』
『長かった、二十年は待っただろうか?』
『生まれる!新たな私達の王!』
突如頭に声が響く。軽やかな少女のような声。喜んでいる。待ち望んだ瞬間がもうすぐやってくることを。
(生まれる?何がだ?ドラゴンによる歪ならドラゴン関連だが、王たるドラゴンは死んでいたのか?
そもそもドラゴンがどうやって誕生するかなんて――)
一部の半獣人が取り返そうとしたドラゴンの至宝。その一つは今目の前にあり魔力が流れている。
半獣人、狼の半獣人、魔女、誕生、魔力を流す――。
「これは、魔女の卵?」
魔女の卵に魔力が流れれば、次代の魔女が生まれる。目の前にある石にはたしかにドラゴンの魔力に満ちている。
「ドラゴンが魔女の卵に魔力を注いで、ドラゴンが生まれるなら、ドラゴンも魔力を引き継ぐ形で繁殖するのか?
待て、ドラゴンがどうして魔女の卵を……ああ、そういうことか!」
未だ確信ではない。だが、魔女が滅ぼされたタイミングでドラゴンが怒りのあまり咆哮したことに納得がいく。
「ドラゴンは魔女を大事に想っていたんだ!」
急に全てのことが頭の中で繋がっていく。
早くそれを検証したいのに、そうはいかなかった。
「おい!ここで何をしている!」
結界を破ったからだろう、王宮の兵が集まってきた。
「ああ、これからだってのに!!」
ドラゴンの次代が魔女の子であれば、それはもう娘で確定だろう。
(ドラゴンの娘は存在する!)
「お前らに構ってる暇はないんだ」
アジュガは保管庫から飛び出て、ワープで書庫から姿を消した。




