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竜眼の少女  作者: 五十音
アグノードのドラゴン
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アジュガの過去②

 それからの学園生活は順調だった。学校区の中では自由に動き回れるし、自分を気にかけてくれるアセビやアンセモンがいる。生まれてから今までの中で、アジュガは一番幸せな時間を過ごしていると思っていた。

 最初のテストで結果を示してから、うるさかった連中も黙るようになった。かえって憎悪をつのらせる者もいたが、入学当初の誰からも注目される状況ではなくなったのはアジュガにとってありがたかった。

 それでも悩みがないわけではなかった。


「アセビ、どうしたんだ?」

「ううん、何でもないよ」


 アンセモンとのお茶会で、アセビが時折顔を曇らせることがあった。

 いつも何でもないというので、アジュガはそれ以上きけなかった。


「ねえ、私って、この先どうなるんだろう?」


 いつものようにアジュガを教室に連れ戻しにきたアセビは、ふと呟いた。


「この先?」

「私がアジュガと仲が良かったから、私は今テアントルにいる。

 けど、卒業したら?私は研究者になるのかな?」

「それは……」


 アジュガは、おそらく南部で働くことになるだろう。きっと王宮からの監視からは逃れられないだろうが、今のこの学校での態度が許されているのであれば、ある程度自由に生きていけるだろう。

 だがアセビは別だ。変色者でなくとも魔力を使えるアセビは、ドラゴンの娘とやらが見つかるまで、決して王宮から出られない。魔力が多く変色者となる女性は少なくないが、女性なのに魔力を使える者は滅多にいない。いつか瞳の色が変わるのではないか、と王宮は疑っている。だからテアントルで魔法を学ばせて、確認しているのだ。ドラゴンの娘であるかどうかを。

 今はまだ子どもで魔力量も大きくないからアジュガのお目付け役として外にいるが、卒業してしまえばまた王宮に戻ることになるだろう。研究者としての生活を望んでも、きっと王族は許さない。目の届かない研究施設になど行かせられないだろう。


「無理だよね、わかってるの」


 何も言えないアジュガに、アセビは諦めたように息を吐いた。


「アセビは、研究者になりたいのか?」

「え?いや、そういうわけじゃ……」

「じゃあなんでそんなこと言うんだ?」

「魔法を学ぶテアントルにいるなら、そう考えるのが普通なのかなって」


 自信なさげに言うアセビに、誰かにそう言われたのだとアジュガは気づく。

 そして同時に怒りがわく。


「テアントルにいるのはアセビの意志じゃない。王宮から送られてくるのなんて、そういうやつばっかだろう。俺だってそうだ。

 研究者になるのが普通?そんなわけないだろ。ここにお前がいるのは、何かになるためじゃない。勝手に行き先を決められて今ここにいる。それだけだ。そう考えるのが普通だろ」


 何を当然のように、資格さえ満たせば自らの意志で進む道を選べる貴族と一緒に考えているのだろう。あまつさえ、それを当人に言うだなんて。無神経にもほどがある。


「お前がもし本当に研究者になりたいんなら、この状況を利用して学べばいい。俺は魔法が学びたいからそうやってる。魔法が学びたくてここに来たわけじゃないが、ここに来たから魔法を学んでいる。

 だがもしそうじゃないなら、研究者なんて目指す必要はない。お前には他に――」


 他にやりたいことがあるんだろう。そうは言えなかった。

 やりたいことがあろうがなかろうが、アセビには将来の選択が許されていない。ここでドラゴンの娘でないと判断されても、その先で変色者となる可能性がないことにはならない。


「ありがとう、アジュガ。そうだよね、私はきっとそう願っても叶えることなんてできない」


 アセビはしばらく全身に力を入れていたが、堪え切れなくなった涙が頬を伝って、諦めたように身を崩して泣き始めた。

 アセビだってわかっている。ここには実験として入れられていること。そしてもしここでドラゴンの娘とならなくても、この先も解放されることはないこと。

 他の学生と同じように学んだって、望んだ未来を手に入れることはできないこと。

 わかっていても、自分にも他の学生同様にその可能性があるように見えることが、もしもの未来を連想させて僅かな希望を抱かせる。そしてそれは幻想に過ぎないことを理解して、つらくなる。


「アセビ、大丈夫だなんて俺は言ってやれねえ。だけど、俺は強いから、すごい魔法だってたくさん使えるから、いつかアセビを自由にしてやるよ」


 いつも自分を支えてくれるアセビに、何かしてやりたいと思った。

 中途半端な希望なんてつらくさせるだけだ。それでも今立てるだけの力を与えてやりたい。


「アジュガ……」

「俺はわかってる。お前の立場も将来の困難も。

 だから、叶いもしないことなんて言わない。俺がお前を助けるのは、無理なことじゃない、そうだろう?」


 アジュガならできる、アセビはきっとそう思うだろう。アジュガとしても嘘を言ったつもりはないし、ここまで良くしてくれたアセビに何もしないつもりもない。


「うん、アジュガ。信じてるね」


 アセビはアジュガの言葉をまるでお守りか何かのように両手で包み、胸の中にしまった。


 一年の夏季休暇に入った頃、フレグ・ルナと知り合った。

 寮の入り口で沈んでいたところをアジュガから話しかけた。アジュガやアセビ以外に貴族出身ではない同級生がいるというのは知っていたから、気になってはいたのだ。

 そのフレグは知らぬ間に家族を殺され、貴族と養子縁組がされていたという。幸いにもその養子縁組は最悪の事態を避けるために善良な貴族が結んだものだったが、それがなければ王宮の所有物となっていただろう。相変わらずの王宮のやり方にアジュガは反吐が出そうだった。

 アセビやアンセモンが良くしてくれるので、アジュガにも他人に親切にしてみる、という選択肢が生まれていた。アンセモンがしてくれたように気にかかる存在に話しかけてみたわけだが、フレグは頭が回る方で、相性も良く、アジュガにとって良き理解者となった。


 フレグと一緒にいることが増えてから、アセビと一緒にいる時間は減ったが、彼女はそのことを喜んでいるようだった。明るくなったアジュガが見られてよかったと言うけれど、アジュガとしては自覚がない。ただ、フレグといるのが楽しいのは本当だった。

 それでもアセビのことは心配だった。また顔を曇らせることが増えてきたからだ。今度はアセビは話してくれなかった。気にしないで、とそういうだけで。

 アセビがどうしてそんな顔をするのか、アジュガはそう待たずに知る機会がきた。


「アンセモンさんは、どうしてアジュガによくしてやるんです?」


 聞こえた声は同じクラスの鼻持ちならない貴族のものだった。

 アジュガに直接何かはしてこないが、最初の期末試験以降、やたらと視線を感じる。言いたいことがあるならはっきり言えよ、と思う。

 アンセモンとその学生は場所を変えた。アジュガも後をつけたが、中庭に移動されたので声の聞こえる距離には隠れられなかった。


「お前、さっきアンセモンと何話してたんだ?」


 アンセモンと離れたところで問い質しに行くと、少年は驚いたようだったが直ぐに真顔に戻る。


「君には関係ないだろう」

「は、関係ないねえ。俺のこと目の敵にしてるくせに?」


 そう言ってやると、表情は変えなかったが言葉に詰まったようだった。


「他の馬鹿な奴等みたいに直接手出しはしないからって、わからないとでも思ったのか?

 ここの奴らはほとんど同じ目をしてる。俺を下だって思ってる」


 どれだけ成績が良かろうと、その意識があるからそれを認められない。

 少年はまた何も言わなかった。それでも頭に来ているのだろうということだけは雰囲気でわかる。


「ここで乗って来ないだけまだマシか。

 お前がどう思ってようがどうでもいいが、余計なことをアンセモンやアセビに言うなよ」


 フレグは常に一緒にいるが、二人とは離れている時間の方が多い。アジュガにどうこうしてくるのも言ってくるのもどうでもいいし構わないが、自分のことで二人に何かされるのは嫌だった。


「アセビさんに迷惑ばかりかけてる君には言われたくないな」


 今まで黙っていたのに、表情を歪めて言い放った少年に、アジュガは理解した。


(こいつだ。こいつが、アセビに研究者になるとかどうとか言いやがったんだ)


 まさか本当に余計なことを言っているとは思わなかった。

 だが同時に、目の前の少年が何の悪意もなく言ったのだということも理解できた。

 アセビの名を口にした少年は、アジュガの時とは違った声だった。嫌悪ではなく、むしろ――。

 アジュガは呆れると同時に、ほんの少しだけ目の前の少年が憐れになった。


「お前は、何にもわかっちゃいないんだな」

「どういう意味だ?」

「所詮は貴族の物差ししか持ってないってことだよ。

 アセビが此処にいるのは、俺が此処にいる理由とはまた違う。入学が今年になったのは俺が入学することになったからだが、別に俺の世話を頼まれているわけじゃない。

 アセビが俺を気にかけるのは心配だからじゃない。それも嘘ではないが、お前にはわからないものが、俺にはわかるからだ」


 アセビがアジュガに声をかけてくれたのは、彼女自身の優しさからではあるが、その後も気にかけてくれるのはアジュガが同じ境遇にあるからだ。全く一緒ではなくとも、お互いの苦しみを理解できる。

 アジュガがフレグに声をかけてから仲良くしているのもまた、似た境遇を理解できたからだ。


(こいつには一生理解できない)


 貴族として生きているからといって、何もわからないわけではないだろう。むしろ王都に近い貴族であれば、何がされているのか知っているはずだ。

 目の前のこいつはそれが理解できていない。知っていても目の前の少女と結びつかない、結びつける発想がない。

 それは、あるいは、アセビを自身と同等に扱っていることにもなるかも知れないが、その背景を思いやれないのでは随分と一方的な思いやりだ。

 それでもアセビが関係を続けて、いちいち言葉を気にするのは、彼女自身が少年に優しさを感じていたからだろう。この貴族だらけの学校で、貴族としては地位も低く、王宮に引き取られた少女に対して、見下すこともなく声をかけてくれる者は少ない。魔力が多ければ、自分のものにしようとする輩も出てくるが、アセビは魔力が使える特異な存在だ。

 だがあと一歩届かない。絶望的にその一歩が遠い。善意であっても、アセビの境遇を考慮しなければ、吐いた言葉は剣となる。目の前の少年にはそれが理解できていない。


「じゃあな、せいぜい頑張れよ、万年二位」


 こいつと分かり合うのは一生無理だ。

 アジュガはせめて、叶わない努力をあざ笑ってやることにした。

 アセビが好意を抱いているのであれば、それをわざわざ邪魔するつもりはない。だがきっと、お互い好意を抱いていても、この二人が上手くいくことはないだろう。

続きます。

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