アジュガの過去①
魔力に適性があったとはいえ、今まで自身で魔力を扱ったことのないルエスには、ドラゴンの力は強大すぎた。大きな力が暴走する中で、心にあった悲しみや怒りも増長し、我を失った。
ドラゴンの姿になり放った咆哮はアグノード中に響き渡り、ともにわき出た魔力が人間に降り注いだ。
レーネを殺した人間達はまだ近くにいたため、大きな魔力をその身に受けた。魔力の影響で髪の色は金、瞳は青くなった。レーネを殺した人間は、突然我が身に降りかかった事態を理解できなかったが、ルエスから奪った石が熱を持つのを見て、これはルエスがやったことなのだと考えた。
ドラゴンの咆哮を浴びた人間は魔力を持った。受けた場所によっては魔力が歪み、その性質を変えられてしまった人間もいた。
そして魔力を得た人間はこの島の妖精たちを認識できるようになり、交流を持ち始めた。逆に今まで恐れていた半獣人に対しては、力を持ったことで攻撃をするようになった。
最初はルエスの報復を恐れていた男は、いくら待っても襲ってこないのをいいことに、一つの噂を流し始めた。この力は、悪い魔女を倒した褒美に、ドラゴンが人間に与えたのだと。
そして、共にレーネとルエスを倒した仲間に契約の魔法を結ばせた。あそこで目にしたことは決して口外しない。自分たちは魔女を倒した英雄として、王となる。ルエスの報復を警戒するために子孫にも記憶はつないでいくが、真実が漏れ出ないように契約の魔法もかけ続けていく。もし、この王族という仲間内で裏切り者が出た場合は、その秘密を記憶から消し、追放する。
王族はドラゴンの報復を恐れて、北部とは遠く離れた南部に王都を築いた。
五十年ほど過ぎたところで、魔力のない者が生まれ始めた。
ドラゴンが咆哮した時、離れた場所にいたものは受けた魔力が少なく、次代には繋げなかったのだ。生まれた時にもらった魔力はある程度消費しても回復するが、魔力は母親から継承するので、母親となる人間が元から持っていた魔力以上にはならず、受け継ぐ際に母親にも魔力は残るので、次代に流れる魔力は少なくなっていく。
ただもらったものを消費しただけだというのに、魔力がなくなるのを、人間は妖精や半獣人のせいにした。そうして迫害された半獣人や妖精は、人間が近づけない魔の山に退避するようになった。
それからまた五十年が経った頃、ルエスは眠った。
ドラゴンとなってから人間を殺してやろうと思ったが、それ以上にレーネを失った悲しみが大きく、動く気力がなかったのだ。人間を殺したところで、レーネはいない。その世界を生きていく気になれず、わき出る魔力は涙と共に山に垂れ流す形となり、ルエス自身の魔力は回復せず底をつきかける。
魔力がなくなってはドラゴンも生きていけない。生命維持のための本能からルエスは眠った。
この頃までは、まだ山に逃げずに人間と上手くやっている妖精もいた。だが、その妖精がドラゴンの眠りを伝えてしまい、それを知った王族は好機と捉えた。
魔力を生み出す妖精を捕らえ、半獣人を徹底的に山に追いやった。
そこからは妖精や半獣人にとっては暗黒の時代だった。人間がこの国の頂点になったのだ。
だがルエスがドラゴンとなって三百年近くたったころ、魔力が少し回復したルエスは目を開けて、大きくなっている赤い石を見つける。
それは、レーネの体にあった核と近い形をしていた。ルエスはそこで、レーネが託したものの正体を知ったのだ。
魔女が滅べば、次代の魔女は育たない。自分の卵は魔力を受けられず孵ることはない。せめて好きな人のもとにあってほしいとレーネは願ったが、ルエスが魔力を得たことで、卵は魔力を得られるようになった。
確かに芽生えた命を、妖精は敏感に感じ取った。また、失ったはずの魔女の魔力を感じて、狼の半獣人は歓喜した。
魔の山に活気が戻る。
悲しみに暮れていたドラゴンに生きる気力が戻り、ドラゴンからあふれる魔力に生命の力が増した。
同時に人間の世界では、占い師による予言がなされ、王族は忘れかけていた脅威を思い出した。ドラゴンの娘がいるということは、ドラゴンは生きていたのだ。王族を恨んでいるはずの。
だが報復に来ないのであればやはり弱っている。その娘さえ警戒すればよい。そこで予言を信じて、ドラゴンの娘を探し始めたのである。
*
そんな時期にアジュガ・キランは誕生した。予言がなされて数年が経った頃であり、アジュガは誕生と共に忌み嫌われる存在となった。
両親は必死でアジュガを隠した。厄介払いしたいのが本音だろうが、彼らもまた予言に影響され、アジュガを直接手にかけることはなかった。だからアジュガはぎりぎり生きているだけの生活を送っていた。
しかしながら出産は一人で行えるものではない。アジュガの存在自体は薄っすらと村全体に知られていた。王族の捜査団が村を訪れた際、誰かが密告した。
「違うんです!私はこの通り、黒い髪に黒い目です!」
最後に見た母は、アジュガには目もくれず、ひたすら自身を擁護していた。
アジュガは女ではなかったが、魔力が桁違いに多いと判明し、王宮に連れていかれることになった。常に何かに怯えていた父の、あんなに安堵した表情は初め見た。
王宮で一年を過ごした。村の時より生活はよかったが、結局は閉じ込められたままだった。
アジュガ以外に王宮に集められていたのは女だったので相変わらず一人で過ごしていた。そんな中で唯一目をかけてくれたのがアセビだった。
アジュガをもののように引き取った貴族は気に入らなかったが、アセビだけは別だった。そっけないアジュガにも根気よく向き合って、優しくしてくれた。
他人に優しくされたことなどなかったアジュガにとって、アセビは初めて心を開ける相手となった。
王族はアジュガに何かを期待していたようだが、アジュガに何の変化もないのを見て、学校に送り込むことにした。アジュガは、そこで初めて魔法を目にする。
授業なんて他人の進度には合わせていられず、教科書を読み切って、その後は中央の図書館を渡り歩いた。王宮で文字を学べたのは大きかった。アジュガには尽きぬ魔力と、圧倒的な魔法のセンスがあった。アジュガは魔法にのめり込んだ。
「アジュガ・キランといったか?今は座学の時間では?」
「誰だよアンタ」
入学して一月が経った頃、黒い髪に黄色の目が特徴的な、大柄な青年がアジュガに構うようになった。
「私はアンセモン・クリソス。二年生だ」
「何の用?」
「特に用はない。授業中のはずの一年生が教室外にいたら気になるだろう?」
「気にする必要はねえよ。俺と関わってもなんもいいことなんてないぜ」
アジュガの言葉にアンセモンは怒りを見せなかった。
テアントルにいるのは貴族ばかりで、平民であるアジュガがこういった言葉遣いをするだけで怒鳴ってくる。
「君と関わって利を得たいとは思っていない」
「はあ?」
「私は君が気になる。だから、君と関わりを持ちたい」
よくわからない男だった。言っている意味も理解できないし、表情は全く変わらない。アジュガはどう対処していいかわからなかった。
「……パーティーでもして、お茶や菓子を出してくれるのか?」
実のところ、アジュガは貴族というものを知らなかった。高圧的で鼻持ちならない存在だとは思っているが、貴族の生活なんて興味も持たなかった。知っていることといえば、貴族であるアセビがお茶会とやらに憧れているということだけだった。
「ほう、男にしては珍しいが、そういうことが好きならばぜひ我が家に招待しよう。
先日、中央で生活するための屋敷を祖父から譲り受けたのだ。庭を眺めながらお茶をするには丁度いい」
「……気が向いたらな」
アンセモンは掴みにくい男だった。
適当に言った挑発を真面目に受け取って返してくる。自分に敵意を向けない存在に、アジュガも調子が狂ってしまった。
「あはは、それでお誘いを受けたの?」
「笑うなよ」
アセビに相談すると、彼女は面白そうに笑った。
「だって、お茶会は女の子がするものよ。アジュガ、それを自分から申し出るなんて」
「知らなかったんだ!」
「そうよね、でも、ちゃんとお誘いするアンセモンさんも面白いわ」
「俺にあいつは理解できねえ」
そっぽを向いたアジュガに優しく微笑んで、アセビは頭を撫でる。
「そう、でも嫌じゃなかったでしょ?」
「わからねえ」
「そうかもね。だけど、私はアンセモンさんの気持ちがわかるかもしれない。
アジュガは、こうやって悪態をついているけれど、ちゃんと話してみたら素直でいい子だし、まだ幼いから心配になるのよね」
「それを本人に言うか?」
「言わないとわからないでしょ」
ぽん、とアセビはアジュガの頭を軽くたたいてから、撫でていた手を離した。
「あなたは今まで良くない環境にいた。もしかしたら今後もそうなのかも……。でも、あなたを真っ直ぐ見てくれる人に出会えたのなら、あなた自身があなたの本質を見直せるいい機会だわ。
そして、魔力が多くてすごい魔法も使えるけど、あなたはまだ幼い。魔法以外にも学ぶべきことがたくさんあるのよ」
たいして歳は変わらないはずなのに、アジュガにはアセビがたまに大人に見える時があった。それがアセビのいう魔法以外の学ぶべきことを彼女が学んでいるからなのか、それとも彼女自身の持つ何かによるのかはわからないが、そういうアセビにはアジュガは素直に従いたくなる。
「わかった。あいつがどういうやつか、確認する」
「そうね、それがいいと思うわ」
アンセモンは本当に茶会の準備をしていたらしく、丁寧に招待状ももらったので、アジュガはアセビと共に参加することになった。
「来てくれて嬉しいよ、アジュガ、アセビさん」
招かれた彼の屋敷は広かった。それでも嫌な感じがしなかったのは、上品ながらも落ち着いたデザインだったからかもしれない。
「うわあ、素敵なお部屋!」
案内された部屋には、庭を眺められるテーブルがあり、そこにお茶やお菓子が用意されていた。
「ああ!ずっと売り切れで買えない、中央のお店の新作お菓子がある!」
「アセビさんはこういうものも好きなんじゃないかと思ってね」
アンセモンは寂しそうな顔をしてから、アセビの笑顔を見て柔らかく笑う。
「ほら、アジュガもこちらに」
アンセモンの隣に座って、落ち着きなく目を輝かせているアセビを見る。
王宮にいる時から諦めたような大人の顔しか見たことのなかった彼女の、子どもらしく明るい笑顔に、アジュガはここに来てよかったと思った。
「アジュガ、食器の使い方はわかるか?」
アジュガはナイフとフォークの使い方もあまりわかっていなかった。それでも他人を見ていればなんとなくの使い方はわかる。
「あんまわかってねえ。アンセモン、教えてくれるのか?」
それでも、教えてくれるというなら、教えて欲しいと思った。アンセモンはアジュガに知らないことがあるのをわかっている。それが当然だと思っている。きっと知っていると意地を張って下手をうっても、怒りもからかいもせず教えてくれるだろう。そういう人間なのだ、と思えた。
「もちろんだ」
それから、長期の休みがあるたびに、アジュガとアセビはアンセモンの屋敷を訪ねるようになった。
続きます。




