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竜眼の少女  作者: 五十音
アグノードのドラゴン
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ルエスと魔女②

 洞窟を訪ねる魔女と出会ってから十年近くの時が流れた。外に出られないルエスには流れる月日がわからなかったので、魔女が色々と教えてくれたのだが、彼女はざっくりと「~の月の~の週」「~鳥の時間」というルエスには馴染みのない言葉を使うのでよくわからなかった。何となく一年の感覚は合っているのだと思うが、鳥の鳴き声で時間をはかるのが理解できず、言葉を覚えるのは諦めた。


「それにしても、魔女と人間は言葉が通じるんだな」

「元は魔女も人間だったからね。それでも厳格には違うの。

 魔女はこの島独自の言葉を半獣人たちから教えてもらっているし、人間も魔女が人間だったころとは言葉が変化しているから」

「じゃあお前が俺に合わせてくれてるのか?」

「うふふ、人間の言葉も上手でしょう?」


 得意げに笑う彼女を見て、ルエスは少し驚く。

 最近、こういう風に、彼女の笑顔を見ては驚いてしまう。心臓が少し速くなって、ついその顔に手を伸ばしてしまいそうになる。


「人間の言葉が上手なお前は、俺に名前は教えてくれないのか?」

「また言ってるの?」


 魔女が名乗ったことはない。


「俺の名をお前は知っているのに」

「名前なんて、どうでもいいって言ってたじゃない」


 最初はそうだった。「ルエス」はいわば、「それ」のようなもので、普通なら名前に使うような言葉ではない。

 それでも魔女が呼んでくれる「ルエス」は、ルエスにとって大事なものになった。


「ルエスが魔女の家に来るのなら、教えてあげるって言ってるのに」

「ダメだ。枷を緩くしてもらったのもやり過ぎなくらいだ」


 成長するにつれてルエスを戒める枷はきつくなっていた。魔女は外そうかと言ってくれたが、それは拒否し、痛くないように枷を広げてもらうことだけ頼んだのだ。


「俺は人間だから、ダメだ」

「ルエスは頑なだねぇ。でも、こればっかりは譲れないの。

 魔女の住処にたどり着くには魔女の名前が必要になるの。だから、魔女の住処の外で、魔女は自分の名前を明かせないんだよ」

「なんだそれ」

「決まりは決まり。

 でも、私のあだ名なら教えてあげる」

「あだ名?」


 魔女は誇らしげに胸を張ってから言った。


「ジルニトラ。

 魔女がこの島に来る前から、子どもに聞かせてたおとぎ話があるの。そこに登場する黒い肌に赤い目のドラゴンをジルニトラというのよ」

「へえ、いい名前だな」

「そうでしょう?私とあなたの共通点だもの。私達二人の間の合言葉にする?」

「何に使うんだよ」


 もう立派に成人しているはずの魔女は、時折子どもらしさを覗かせる。それがルエスには愛おしく思えた。


「今度考えましょうよ。あ、それなら明日そのおとぎ話を聞かせてあげる。

 島に来る前に魔女が持っていたものは残ってないんだけど、魔女に伝わる本にはね、書かれたものを覚えてくれる本があるの。島に来る前の魔女の記憶を拾って、その本がおとぎ話を残してくれてるの」

「はいはい、付き合ってやるよ」

「そんな言い方ないでしょう?ルエスが魔女の家に来てくれたら、わざわざ持ってくる必要もないのに」

「そのおとぎ話を聞くのは絶対なのか?」

「そうよ」

「わかったよ。わざわざありがとうな、お嬢さん」

「礼には及ばなくてよ」


 こういう何でもないやり取りが楽しかった。

 長い時間を過ごしたことで、魔女の心配よりも、また会いたいとそう思う気持ちが強くなっていた。

 だから、忘れていたのだ。自身が魔女と人間の間の火種となることを。



*



 雨が降っていた。山の中の洞窟は冷えるが、定期的に魔女が結界を張ってくれるお陰で、寒さに震えることはなくなっていた。

 ルエスが雨を見て思うのは、今日は魔女に会えないな、ということだけだった。毎日できたての料理を持って来てくれるのはありがたかったが、酷い天気の日に外を歩かせたくはないので、保存食を置いてもらっている。

 明日は晴れるといいな、と洞窟の入り口を見つめてぼうっとしていたところ、人が現れた。


「お前か?」


 まさかこんな日にやってくるとは思わなかった。それでも、黒いみつあみが地面に落ちているのは確かだった。


「ルエス……」


 もぞりと起き上がった魔女は、ルエスに近づく。魔女にもらっておいている灯りが彼女を照らす。


「お前……」


 魔女は泥にまみれていた。そして、だらりと垂れた腕には赤黒い液体が流れている。


「どうした?!何があった?!」


 魔女は答えずにルエスの足元に腰を下ろすと、まだ動く方の手でルエスの足首に触れた。ルエスの足枷は何の抵抗もなく魔所の指先に触れただけで砕け散った。


「何してる、おい」


 ルエスも腰を下ろすと、魔女はゆっくりとルエスの方に倒れ込んだ。

 そこで気づく。魔女の背中には大きな傷があった。服も裂け、下から覗く肌は腕とは比較にならないくらい血で塗れている。


「これは……」

「ルエス、お願いがあるの」


 魔女は雨の中進んで来たからか、身体が震えていた。


「これを、あなたにあげる」


 魔女を抱えたまま動けないルエスに、魔女は黒い石を握らせた。


「石?」

「そう、もう、ただの石……」


 魔女の顔が歪み、雨ではない液体が彼女の頬を濡らす。


「ただの石だけど……大事にして」


 赤い瞳の上に水の膜ができては、彼女の頬を洗っていく。


「わかった、もちろんだ。お前にもらったものは何でも大事にする」

「ありがとう……」

「な、もういいか?早く手当をしないと……」

「ううん、だめ」


 魔女は弱々しくルエスを押す。突き放そうとしたのだろうか。


「これを……」


 魔女は提げていた鞄をルエスに渡す。


「鏡と、本が入ってるの。これを、どこかに埋めてきて欲しい」

「鏡と本」

「そう、魔女に伝わるもの」


 それを持ち出して埋める、そう願うことが何を意味するのか、ルエスは自分の体が急激に冷えていくのがわかった。


「魔女はいったいどうなったんだ?」

「ルエス、お願い。枷を外したのは、その為よ」

「おい!」

「ルエス」


 縋るような目で訴えられては敵わなかった。


「わかった、どこでもいいんだな?」

「うん。そして、ここには戻らないで」

「何を言ってる。お前を置いていけるかよ」

「もう、ここにいる理由はないはずよ。

 ……私は、少し休むから。休んで、回復したらあなたを追うから」

「追うって、どうやって」

「ここを出て山を少し登ったら、ピンクの花が群生してるわ。そこで待ってて」

「本当だな?」

「うん。私はずっと、あなたに会いに来てたでしょ」


 出会ってから、ほぼ毎日のように魔女はルエスを訪ねていた。


「絶対に会いに来てくれよ」


 ここには魔女の結界が張られている。外に出たルエスがもう一度中に入ろうとしてもできないのかもしれない。せめて傷だらけの魔女の願いを叶えて待っていてやろう。それだけしかルエスには出来ない。

 外は酷く冷たかった。かかる雨がどんどん体温を奪っていく。それでも約束したのだ。足を止める訳にはいかない。

 山を登って行けば魔女の言っていたピンクの花があった。群生しているところから少し間をあけ、鞄ごと土に埋めた。雨を含んだ土は柔らかく、簡単に掘ることができた。掘っている間に流れていって少なくなった土を戻して、足りない部分は他から土を取って補った。

 終わった頃には雨も落ち着いていた。水たまりで土を落として、落とさないようにしまっていた石を取り出す。

 黒く綺麗な石は、驚いたことに赤く光っていた。そして呼応するように自身の内側が熱くなる。


(何だ、この感覚は!)


 驚きと共に焦燥が湧き上がる。そして早く洞窟に戻らなければと強く思う。

 ここで待っている約束だが、それを守りたい気持ちを塗りつぶすように焦りが広がる。

 ルエスは走った。

 滑り落ちるようにして山を下ると、洞窟の前に人だかりができていた。


「やったぞ!!これで魔女は全員死んだ!!

 みな、よくやった!!」


 幼い頃に見た気がする、黒や茶色の髪、瞳をした人間たちだ。剣を掲げる者を取り囲んでいた人間達が大きな声を上げる。


「やったぞ!」

「これで魔女は滅んだ!」

「きっと土地も豊かになる!」

「この豊かな北部を、魔女が今まで支配してたんだ!」

「許せない!でももう大丈夫!これだけ食べ物があるのだもの!」


 違う。魔女はただ、土地を守っていただけだ。自然を想って、その法に従って暮らしていただけだ。だから、魔女が()()()()()()北部だけがまだ生きていたのだ。

 都合の良いように記憶を書き換えて、魔女を悪者にして、挙句の果てに殺した。

 ルエスの胸の中は燃え続けている。熱い、久し振りに感じる衝動だ。目の前にいる人間を全員殺したくてたまらない。掲げられた剣に流れる赤い液体が、ルエスには特別美しく感じられ、またその意味を理解して怒りが強くなる。


「おい」


 自分でも聞いたことのないほど低い声が出た。

 雨はもう止みかけている。人だかりがルエスを認識するのに時間はかからなかった。


「いた!贄だ!」

「やはり魔女が匿っていたのだな!」

「あの女、もう死んだとかぬかしやがって、生きてるじゃないか!」

「殺せ!こいつが生きていたから、土地が回復しなかったんだ!」

「贄の役目を果たせ!」


 武装している人間にルエスは敵わない。

 矢は刺さり石は頭を揺らす。それでもルエスは人間に近づいた。

 誰でもいい、一人でもいい。殺してやりたい。


(死ね!こいつら全員死んでしまえ!)


 目に入った人間を殴った。殴り方なんて教わらなかった。この洞窟に閉じ込められるまでは、ただ殴られるだけだった。それでもルエスは殴った。この胸の中の熱を、抑えることはできなかった。


「は、手間かけさせやがって」


 ルエスは誰も殺せなかった。

 多勢に無勢。武装した人間と何も持たない人間。死にかけで地面に倒れ込むのに、それほど時間はかからなかった。


「お、何だ」


 転がっているルエスの近くに剣を掲げていた男がしゃがみ込む。こんなに近づいて、指一本も動かせないのが悔しかった。


「綺麗な石を持っているじゃないか」


 一瞬にして体の熱が引く。男は黒く輝く石を拾い上げた。


「ほう、これは宝石に勝るとも劣らない輝きだ」

「返せ!!」


 かろうじて出した声に、男はルエスを見る。


「お前のか?死にゆく者には不要だろう。そこで静かに息絶えろ」


 ふっと鼻で笑うと、男はルエスを踏みつけて山を下りていった。

ルエスは手当てしないとと言っていますが、彼には何もできません。何も持っていないから。

だからせめて魔女の願いを叶えようとしました。魔女は魔法が使えるから、洞窟を出る時には、死ぬことはないんじゃないかと思っています。

続きます。

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