ルエスと魔女①
その島はアグノードとされていた。
落花生のような形をした、小さな島である。
そこに住むのは魔女と呼ばれる種族。人間と同じ形でありながら、決して同じではない。
彼女たちは集団で生活し、季節ごとに生活の拠点を変えていた。だから、人間たちが島の反対側に流れ着いてもいきなり衝突が起きることはなかった。
「おかしい」
そうやって夕食後の話し合いで呟いたのは、魔女の長であった。
小さな講堂の中は蝋燭一本のみの灯りだけが頼りで、彼女の表情ははっきりとは分からないが、かなり深刻な声であった。
「最近、島の一部で緑が消え始めている。次の拠点など以前の半分もない」
「最近この島で暮らしている者たちの所為だわ」
口を挟んだのは、魔女の中ではまだ若い、赤髪の少女であった。
「この前こっそり覗きに行ったの。そしたら酷いのよ。生活に必要な分以上に木々を伐採して、にやにや笑ってやがった。あれはきっと金絡みね」
「やめなさい、言葉が汚いわ」
「汚いのは金とやらにご執心の人間どもよ」
長の制止も聞き入れず、苛立った様子で続ける彼女を宥める者も多かったが、気持ちはわからなくもないといった様子の者が目立った。
「この子の言うこともわかるわ。今まで私たちが大切に守ってきた島だもの」
「そうね、一度接触してみましょうかしら」
長の一言で、その話は終いとなった。
翌日、赤髪の少女は仏頂面で自室のベッドになだれ込んだ。
勿論原因は人間である。
「何が干渉するなよ!勝手にこの島にやってきたのはあいつらの方なのに!!」
何事も早い方がいいと、今朝方、魔女十人程で人間の住む場所を訪ねたのだ。
魔女の暮らす土地とは違い、荒れ果てたそこは彼女にとって自然の力を感じない、恐ろしい場所だった。
魔女の訪問に驚いた人間たちはみな武器を持って襲い掛かってきた。
出てきたのはかたそうな人間達ばかりで、男の性が存在しない魔女の集落で暮らしてきた魔女たちは少なからず動揺した。
それに慌てず応じたのは、長だった。
「何の報せもなく急に来て申し訳ありません」
人間を見渡すと、力を使って人間達から武器を奪い、遠い場所に置いた。
さっと顔の色を変えた人間達の様子から、彼らに魔法の適性はないのだろうと判断した長は、ゆっくりと説明を始めた。
この島に元から魔女という部族が住んでいること、魔女が守ってきたこの島の生態が崩れてきていることを話し、こちらの要求を述べた。
「この島に暮らせど、この島が私たちの所有物でないことは確かです。ただ、この島に住む以上は、ここでの生活を守っていくために協力していただきたいのです。例えこの島の植物が高い魔力を持ち、外部で高値で売れたとしても、そう簡単に採取しないで頂きたい」
長が真剣に頼むも、人間達の反応は良くなかった。
初めて見る力に怯え、しかしながら悪意がないとわかると、強気に出てくる。
「あんたの話はわかったが、この島があんたらの物でない以上、従う気はねえ。さっさと帰ってくれ。俺らに干渉するな。俺らもあんたらには干渉しねえ」
「そうですか……。今日のところは失礼します」
「二度と来るんじゃねえ!!」
汚い人間の言葉を背で受けながら、拠点に帰ってきたのである。
「何をそう怒っているの?」
急な声にベッドから起き上がると、入り口に長が立っていた。
「だって!!」
湧き上がる怒りをどう説明すればいいかわからず、口ごもっていると、長い三つ編みを揺らしながら、長が部屋に入ってきた。
「確かに、人間達の行動は許せるものではないけれど――。隣に座っても?」
「もちろんです」
少女は、長と横並びになるようにベッドに座りなおした。
長が少女の肩を優しく抱き、自身に引き寄せた。
魔女はその繁殖の性質から、年長の者にそうされると、安心感に包まれ、いやでも気分が落ち着いてしまう。
「何で、攻撃しなかったの?あの人間達の中に魔法の適性を持つ者はいなかった」
「ふふ、だからこちらから仕掛ければ勝てると思ったの?」
長は優しく少女の頭を撫で、額にキスを落とした。
「いい?よく聞きなさい。あの場で戦えば私たちが勝ったでしょう。けど、人間達はあれだけではないのよ?表立って攻撃してきた者たちを傷つけることは致し方ないとして、何の力も持たず、怯えるだけの存在を、あなたは傷つけることができる?」
「それは……」
「できないでしょう?例えば、襲い掛かってきた者だけを倒したとして、人間の繁殖速度は速いから、あと十数年もすれば残った者たちが仕返しに来るわ。それにね、どんなに力があっても数には勝てないのよ。今日行った場所以外にも人間はいる。団結して襲われたら、いくら私達でも核がなくなるまで破壊されてしまうでしょうね」
その場面を想像して少女は青ざめた。
勝手に震えだした肩を、長が優しく撫でてくれる。
「大丈夫、そうならないように話し合うのです」
その彼女の努力は実らなかった。
数十年を経て数を増やした人間はひとつにまとまり、魔女を攻撃しだしたのだ。資源を独占する悪しき者として。
*
「どう?わかった?」
かわいらしい声に、ルエスははっと意識を取り戻す。
「魔女に伝わる鏡は過去を見せてくれる。だから若い魔女は鏡で記憶をつないできた魔女と一緒に鏡を見るのよ。
今のは、七代目の魔女長の記憶かな?」
明るくルエスに話しかけているのは、同じ年くらいの女の子だった。
真っ黒な髪は鏡の中で見た魔女と同じように三つ編みだ。
「どうして俺に構う?」
「かわいそうだから」
あっさりと 言った少女はルエスを見て顔を歪める。
ルエスの足は鎖で繋がれている。
他の者とは違い赤い瞳を持ったルエスは、幼い頃から酷い扱いを受けていた。そして十三になる頃にこの場所に繋がれた。
険しい山の中の洞窟は、ルエスの住んでいた場所からあまりに遠く、きっと足の鎖がなくてもルエスは戻ることができない。
「それに同じ色だから!」
明るく笑う少女の目は、ルエスと同じ、澄んだ赤色だった。
「私の目の色は魔女の中でも珍しいの。それなのに人間のルエスが一緒の色だなんて、面白いわ」
子どもらしい話し方なのに大人びた口調が混じるのは、大人の真似をしているのだろうか。
「面白くもないだろ。
鏡が見せたのが本当なら、お前の一族は何もしていないのに人間に襲われてるんだぞ」
「でもルエスは襲わない」
「そうだな。
俺は、ここに生贄として置いていかれたから」
この洞窟に連れてこられた時、大人がそう言ったのだ。
山に生贄を捧げれば、この国の神様かなんだかが土地を豊かにしてくれるとか言っていた。
彼女がルエスを見つけてくれなければ、ルエスは本当に死んでいた。どうして生贄にされたのか、わからないまま。
「理由はわかった?」
「ああ。好き勝手してきたつけを払っているだけなのに、魔女を悪者にして、俺を生贄にしてどうにかしようと考えるなんて、理解はできないけどな」
少女はこてんと首を傾げてから、悲しそうに笑った。
「私にはよくわからないけれど、人間は本当に酷いことをするのね」
「俺だって人間だ。もしかしたら、お前を殺すかもしれないぞ」
「さっきも言ったでしょ。ルエスはそんなことしないわ」
どうしてこうも甘いのか。ルエスには少女が理解できなかった。
「わからないだろ」
「わかるわよ。人間にも色々いるのは、魔女だってわかってるわ。
まあ、今のところ人間に関わったのは魔女だけだから、半獣人や妖精たちがどう判断するかはわからないけれど」
「他にもこの島で暮らす種族がいるのか?」
「うん。魔女より先にいて、この島を守ってきたの。
あ、もしかしたら魔女と関りのある半獣人は、今の事態を知ったら怒っちゃうかも……」
「何の心配をしてるんだ?今は、人間である俺に魔女であるお前が会いに来るのは危険だって話だろ。
……怒られてるだろ、俺に構って」
「別に、怒られてはいないわ。危ないって心配はされるけど」
「同感だな」
「けれど、お母様たちもルエスをどうにかしようとはしてないわ。私がご飯を持って行っているのも気づいているけれど、むしろ量を増やしてくれているもの」
それはルエスにもわかっていた。魔女も甘いのだ。
鏡の中で、人間に敵わないと言っていたが、量は増えても食糧不足で栄養のない今の人間なら、魔女の力で根絶やしにできるだろう。ただ彼女たちは人間を一緒くたにしない。力のない者、危害を加える意志のない者を攻撃できない。
「もしかしたら、一緒に暮らせるかも知れないわよ」
「いや、それはない」
魔女側にその考えはあるだろう。ルエスがどういう人間か、魔女たちは今目の前の少女を通して判断している途中だ。それでもルエスはそれを断る。人間が魔女にしたことを考えれば当然だし、ルエスの存在が火種になる可能性もあるのだ。
「え~、そうかなぁ?」
今の生活で十分だ。
洞窟の中から動けはしないが、こうして食べ物を運んでくれて、話し相手になってくれる人がいて、生きてきた中で一番いい扱いを受けている。これ以上を望んだらきっと罰が当たる。
(いつかは終わる関係だ。人間と魔女が上手くいくはずがない。
それでも、もう少しだけ、この穏やかな生活を続けたい)
ルエスの望み通り、二人の関係はしばらく続いた。
それでもやはり、ルエスの予想通り、その関係はずっとは続かなかったのだった。
魔女も元は人間でした。それこそ「魔女」と差別され、住んでいた場所を追い出されましたが、海を流れていたところ島を見つけました。
魔力に適応できた魔女は徐々にその性質を変え、やがて人間ではなく「魔女」という種族になりました。女性だけでは後継を残せない彼女達を、海神が哀れんだのではないかと、妖精たちの中で噂されています。
続きます。




