ドラゴン
フレグに魔の山に転送されたレオとジルトは、そこでシュレイ、モーリと合流した。
だが、ジルトは会ってすぐにモーリをそうだと認識することはできなかった。
三つ下で小さかったはずのモーリは、ジルトよりも身長が高くなっていた。
「モーリ、だよね?」
「うん、そうだよ」
声も低くなり、話し方も幼さが抜けている。
「どうして急に?」
戸惑うジルトにレオが申し訳なさそうな顔になる。
「それは――」
「いいから、まずは中に入って」
レオが話しかけたところをシュレイが遮った。
もう秋も終わりに近い。北部は中央よりも冬がやってくるのが早い。三人はシュレイに従ってログハウスに入った。
家の中はシュレイが掃除したのか綺麗な状態で、ジルトは暖炉の近くにあるソファに座った。
「懐かしいね」
「ああ」
ここは初めてカトレアとバンダと出会った場所である。
シュレイの背に乗って山を下り、その翌朝、ジルトはフレグに攫われた。レオにとっては苦々しい思い出でもあった。
「人の家でそんな顔するなよ」
「悪い」
シュレイの家であったことを思い出したレオが謝ると、シュレイは別に、と言った。
「何にせよ、今、ジルトはここにいる。そうだろ?」
「ああ」
「お前のおかげだよ、レオ」
シュレイが言うと、レオははっとしたように顔を上げた。
「お前は、色々背負い過ぎだ」
「そんなことはない。俺がジルトを守れなかったのが悪いんだから」
「背負い過ぎだと、僕も思うよ」
そう言ったのはモーリだった。
「モーリ、お前は知らないから、」
「知ってるよ、レオ。
僕はジルトの魔法が解けて、身体も成長したし、記憶も戻った」
「それなら、わかるだろ」
「何の話をしているの?」
二人の話に割って入ったのはジルトだった。黒と赤の瞳が不安げに揺れている。
「ジルトが記憶を失った日の話だよ」
モーリはジルトにその日のことを話した。
三人で森に入って、そこで魔物と遭遇したこと。その時にモーリは怪我を追い、ジルトは魔物を倒すために魔力を使い、力を暴走させてしまったこと。
「ジルの暴走した魔力は僕を守るためにも働いた。怪我を治し、守るために僕を水球の中に閉じ込めたんだ」
「イルがジルの魔力を封じた。その時にジルは記憶も失い、モーリはジルの魔力が封じられたために魔法が解けなくなった。イルでもそこから出すのに三年かかったんだ」
魔法から出たモーリも記憶を失っていた。その日のことを覚えていたのはレオだけだった。ジルトの魔力が解放され、正式にジルトの魔法が解けたモーリが、失った記憶を取り戻すまでは。
「じゃあ私、ずっとモーリに魔法をかけてたの?」
ジルトはリアンに言われた言葉を思い出す。
――ジルト、君は強大な魔法を誰かにかけているね。それも長い間。もう呪いにも近い――
それはきっと、このことを指していたのだと確信する。
「守るための魔法だよ。ジル、そんな顔しないで」
「そうだ。悪いのは、全部俺なんだから」
レオは危険だと知っていながら二人を連れて森に入った。当時幼かったことは言い訳にならない。
「レオも、そんな言い方しないで」
ついこの間まで小さく幼かったとは思えないほどモーリはしっかりとしていた。ジルトは少し驚いているが、レオにとっては懐かしくも感じられる。昔、レオは年相応に奔放で、モーリは歳に似合わず落ち着いていた。
「今まで、全部を承知で僕たちを守ってくれたのはレオなんだから」
「全部を?」
「そう。レオはイルから聞いてるはずだ。僕たちがどういう存在なのか。この国に何があったのか。そうでしょう?」
モーリの言う通りだった。
レオは二人が記憶を失った日に、全てを聞いた。そして二人を守るためだけに生きてきた。
「ああ」
「なら、そんな罪人みたいな顔はやめてね。レオが僕たちを大切に思うように、僕たちもレオが大切なんだから」
モーリにちらりと目配せされて、ジルトは迷うことなく頷いた。
「そうだな、ありがとう」
レオの性格からすれば、きっと、今後も責任を感じたまま生きていくのだろう。それでも、自分たちの気持ちを伝えることが、レオの心を軽くするとジルトは信じている。
「よし、じゃあドラゴンに会いに行こう」
「今からか?」
シュレイの言葉にレオは驚いていた。
「疲れてるかもしれないが、ドラゴンが目を覚ましたんだ。
ジルが問題なければ向かいたい」
「ドラゴンが起きたのか!」
「ああ。精霊たちが騒いでる。それに、わかるだろう?」
シュレイはジルトに向き直る。
「ドラゴンが、呼んでいる」
シュレイの耳を借りなくてもわかる。
魔の山の上の方から、自分を呼ぶ者がある。あたたかい気配。
「うん。わかる。行かなくちゃ」
レオとモーリにはシュレイやジルトの感覚がわからない。それでもジルトが行くというのであれば、それだけで理由としては十分だった。
*
ジルトのワープはまだ不安定なので、変身したシュレイの背に乗って山を登った。
進むに連れて精霊たちが現れ、進む先を明るく照らしてくれる。木々の間から視線を感じるのは半獣人たちだろうか。
ほどなくしてとある洞窟に辿り着く。奥が深いのか入り口からは何も見えない。
ここまで道を照らしてくれていた精霊たちはそこを守るように洞窟の近くに寄り添った。その精霊の中に見覚えのある精霊を見つける。
「ルー」
薄いピンクの身体を持つルギフィアだった。ジルトが山を下りて王に訴えようと決意するきっかけにもなった妖精だ。
「ああ、ジル!完全に力に目覚めたのですね!」
「うん」
「シュレイと契約を交わしていたのには驚きましたが」
「シュレイを知っているの?」
精霊と半獣人は同じく山に追いやられた存在ではあるが、それほど交流はないと思っていた。
だがシュレイの方もルギフィアを見て驚いているので、二人は知り合いなのだろう。
「はい。シュレイは私の友人の家によく遊びに来ていたので」
「俺の家はその人間にもらったんだ」
さっきまでジルト達がいたログハウスだ。考えてみれば、半獣人で仲間もいる子どものシュレイが一人であの家に住んでいるのは変だ。ジルト達に初めて会った時も、彼は山にいた。
「まさかルギフィアがジルトと知り合いだとは思わなかった」
「私もですよ、シュレイ。
さあ、中に入ってください。ドラゴンがお待ちです」
ルギフィアが洞窟の中に入る。ジルト達もその後に続いた。
最初は人の背丈ほどしか高さのなかった洞窟だが、進むにつれてその高さも幅も広がっていく。最後に辿り着いたところはテアントルの教室ほどの大きさだった。
その中に黒いドラゴンが横たわっている。
「ドラゴン、ジルトをお連れしました」
ルギフィアが言うと、大きな体がもぞもぞと動き、閉じられていたまぶたが開く。その目はジルトと同じ、赤だった。
(これがドラゴン。そして私のお父さん……)
ジルトにはまだ実感が薄いが、それでもなつかしさのようなものが込み上げてくる。
「ああ、ジルト。俺の娘」
低い声が洞窟に響く。
「人間の言葉を話せるの?」
モーリが不思議に言った。
ドラゴンはぎょろりと目玉を動かしてモーリを見る。
「海神の子か。そうだ、俺は元々は人間だったのだから」
「人間だった?」
レオが言うと、ドラゴンはゆっくりと瞬きをした。
「アジュガもそこまでは話さなかったか。
ドラゴンは、他の生き物のように子孫を残すわけではない。魔女と似たような形だ。魔力を受け渡していく。海神も同じようなものだな。
ジルトがドラゴンであるのは、魔女とドラゴンの次世代への繋ぎがほとんど同じようなものだったからだ」
ドラゴンの在り方にも驚いたが、ジルトにとっては聞き逃せないことがあった。
「アジュガって、アジュガ・キランのことなの?」
何度も出てきた謎の男、アジュガ。
A.K.クラブが生まれるきっかけとなった人。赤い目をしていたという男。
「そうだ。ジルトが今、こうして育てているのもアジュガが俺の代わりに世話をしてくれたからだ」
「私達を育ててくれたのは、イルさんだよ」
イルがアジュガ・キランだったのか。だが彼は黒い髪に黒い目をしていた。この国の人間なら特にこれといった特徴もない上に、魔力の高い人間に姿を変える魔法は使えない。
それに、イル自身の日記に書いてあったのだ。赤い瞳はドラゴン以外存在しない。
(でも、もし、それが書いた本人、イルさん以外にっていう意味だったとしたら……)
カトレアの持っていた瞳の色を隠す道具を売ったのは赤い目の商人だった。それを商人も使っていたとしたら?そしてカトレアがその道具を手に入れたのが、ジルト達が中央にいた時期だったとしたら?
その商人はアジュガ――イルなのかもしれない。
「イルさんが、アジュガだったんだ……」
何でも知っていて、最北端で暮らせるほど魔力も多いイル。テアントルで飛びぬけて優秀だったアジュガ。同一人物でもおかしくはない。
「そういえばアジュガは一緒ではないのか?ジルトの魔力が育った状態で、こうして会えるのであれば、アジュガは私の子を大事に育ててくれたように思うが……考えが変わったわけではないのか?」
不思議そうに言うドラゴンにジルト達は事情を説明した。
イルとはジルトの存在が露見した時点で別れることになったこと。今ここに来るまでにジルト達に何がったのか。
「どこまでいっても腐った連中だな!!」
ドラゴンは怒りに声を震わせたが、それでも起き上がることはしなかった。できないようだった。
「なぜここに来たかはわかった。アジュガはジルトに教育できる十分な時間がなかったのだということも。
レオ、己を責める必要はない。早いうちに知っておくほうが良いことでもあるが、本来ならば今の歳くらいで学んでもおかしくない。俺が怒っているのは、その機会を奪った王族に対してだ」
俯きかけていたレオは驚いてドラゴンを見てから頷いた。
「鏡は持っているか?」
鏡、とはイルにもらったものだろう。海神の落とし物とフリティアが言っていた魔法の鏡。
「どうしよう、置いてきちゃった」
失くさないように、基本的にはテアントルの寮の鍵のかかった引出にしまっていたのだ。
「それなら持って来ている」
レオが鞄の中から鏡を取り出した。
「緊急事態だったからな。先に寮に戻っていたウォートに、鍵を壊して持って来てもらったんだ。間に合うかは賭けだったが」
「ありがとう、レオ」
(ウォートにもありがとうって伝えたいな)
しばらくは会えないという事実をジルトは寂しく思った。
「その鏡は過去を映す。だが、その過去を持つ者が必要になる。
今は俺がいる。俺の記憶を辿れば、過去に何があったか全てわかるだろう」
レオはその鏡をドラゴンの近くに置いた。
「そして、それを見るのはこの国の全員だ」
「そんなことができるの?」
「ああ。人間の持つ魔力は俺のものだった。それにこの国はドラゴンの国だ。全ての土地にドラゴンの魔力が巡っている。それを通じて、この鏡の中を覗いてもらう」
ドラゴンがじっとジルトを見た。
「そうすれば、ジルトを狙う敵を少しでも減らせるだろう。
俺はここから動けない。自分の娘にしてやれることは少ないんだ。
すまない、ジルト」
温かな赤い瞳はとても安心する。
ジルトはドラゴンに近づいて、自分の体ほど大きいその顔に手を当てた。
「謝らないで、お父さん」
伝わってくる愛情が、ジルトにはとても心地よい。
ジルトはそのままドラゴンに寄り添うように座った。
「ありがとう、ジルト」
ドラゴンは自分の娘を愛おしそうに見てから、近くに置かれた鏡をのぞく。
「海神よ、古い記憶を蘇らせたまえ」
ドラゴンが古語で呪文を唱えると、鏡が輝き出し、洞窟内に光が満ちた。
続きます。




