魔女と呪い
中央と南部の中間にある森の洞窟に、魔女狩りと呼ばれる一族は集っていた。
「トーチ、なぜあんな危険な真似をしたんだ?」
「危険な真似って何のこと?」
一人の少女と青年が言い合っているのを、周囲の人間は困惑しながら見つめていた。
「学校に、しかも南部の関係者の多いテアントルに乗り込んだことだ!」
ドラゴンの娘が姿を現した日、テアントルには王宮の関係者が多くいた。何故なら、今言い争っている少女、トーチ・リリーがそこに現れたからだ。
トーチは元々中央で暮らしている普通の少女だったが、その生まれ持った魔力の量に、王宮から目をつけられていた。両親はトーチを手放すことを嫌がったが、無理やりトーチを攫い、王宮に連れ帰ろうとした。その途中で、まだ呪いの痛みが酷くなかったクラムが彼女を助けたのだ。
それなのに自身の顔を晒して貴族ばかりのテアントルに足を踏み入れるなんて。クラムが危険な真似というのは間違っていない。
「だって!ドラゴンの娘が!魔女の生き残りがいるって!その場所を教えてくれるって言われたから!」
洞窟内がざわりとする。
ドラゴンの娘、魔女の生き残り。彼らが消したい存在は、つい最近その姿を現した。すぐに消えたという話だが、やっとその姿を確認できたのだ。魔女狩りの一族にとっては待ち望んでいたことだった。
「実際にわかったじゃない!」
トーチがテアントルに現れ、位置を隠す魔法が解かれたため、王宮からの使者が乗り込んで来た。そしてドラゴンの娘を攫ったという男も、その隙に侵入していたという。
「だから何だ!君は囮にされたんだ!魔法を解くために、ドラゴンの娘を求める者がテアントルに侵入するために使われた!」
「それが何?!クラムが助けてくれたじゃない!」
「俺が間に合わなかったらどうするつもりだったんだ!!」
滅多に大声を出すことのないクラムが怒鳴ったことで、トーチは驚き、言葉に詰まる。
怯えたようなトーチの姿を見て、クラムは自分を落ち着けるために一度深く呼吸した。
「どうして俺に相談しなかった?俺じゃなくても、誰かに話せただろう」
「話せるわけないわ。だって、クラムは魔女については置いておくって言ったじゃない」
「そういう意味じゃない。危険なことをやれと言われて、誰にも何も言わずにそうしてしまったことについて話してるんだ」
トーチも少し落ち着いたのか、クラムの言葉に激しく言い返すことはなかった。
それでも怒った顔でクラムを見る。
「クラムは、本当は知ってたんじゃないの?」
「何?」
トーチの言葉に反応したのは周囲の者だった。クラムは表情を変えずにトーチを見続けている。
「春に、一人女の子を匿ってた」
「そうなのか?」
「ああ。川の近くに少女が倒れていた。研究所から来たと言い、最初は食べ物も受け付けないほど体が弱っていた」
かわいそうに、という声がどこからともなく上がる。
「ここにいないかと誘ったが、帰る場所があるというので、回復するまで家で面倒を見ていた。長い時間は留まらないので、紹介する必要もないかと思った」
「待つ人がいるなら、無理に引き留められないものね」
「ここは最初怖くも感じるから」
クラムの判断に疑問を持つ者はいなかった。
「その子が!ドラゴンの娘だったのよ!!」
トーチは叫んだが、周囲の者は彼女の思うような反応を見せなかった。
「まさか、ドラゴンの娘だぞ?」
「そうよ、魔女の生き残りが……弱っていた?」
ドラゴンの娘はテアントルにいた。そこから連想するのは貴族、強大な魔力。ドラゴンの娘でも魔女の生き残りとも変わらない、圧倒的な強者の姿。
クラムが保護するほど酷い目にあったことがあるなんて、信じられなかった。
「本当よ!どうしてみんな怒らないの?!クラムは魔女の生き残りを匿ったのよ!」
「そこまでにしなよ、トーチ・リリー」
洞窟の中に、一族ではない者の声がする。
ただし、それは以前誰もが聞いたことのある声だった。
「情報屋!」
「どこから現れた!取引はしてないぞ!」
「はいはい、うるさいね」
情報屋――フレグは騒がしい声を相手にせず、トーチの前に出る。
「ドラゴンの娘がか弱い少女であると知って、怒りを募らせるなんて君くらいだよ」
冷たい声に、トーチが一歩下がる。
「だって、君は魔女の生き残りが憎いんじゃない。恋する男に目をかけられていたか弱い少女が、憎いんだ」
洞窟内にはっきりと響いた声に、トーチは顔を赤くする。
普段の彼女の様子から、クラムへの好意を察していた者は同情するような目を向けた。
「何が悪いの?!別に、いいじゃない。その相手は憎い魔女の生き残りだったのよ?!」
「恋は盲目とは、このことだね。
魔女の生き残りだろうが何だろうが、君は傷ついていたことがあると知っている、まだ幼い少女がドラゴンの娘であると知っていて、王宮のやつらに捕らえられるとわかっていて、僕の作戦に乗ったんだ」
魔女狩りの一族の何人かが信じられないような目でトーチを見るが、それでも彼女は変わらなかった。
「魔女は、クラムたち一族に呪いをかけた!悪者なんだから、どうなったっていいじゃない!」
「……こんな奴らばかりだから、外に出したくなかったんだ」
フレグはぼそりと呟いた後、洞窟内を見渡し、告げる。
「魔女が呪いをかけてなかったとしたら?」
「そんなはずはない!この呪いは魔女にかけられたものだ!」
「そうだ!呪いをかけた者が死ねば解けるのに解けないということは、そいつがまだ生きているからだ」
「普通の人間なら死んでいる。魔力を受け継ぐ魔女にしかあり得ない!」
怒りを思い出したのか、数名が声を上げる。
「たしかに、この黒い痣は魔女のものだ。だが、その意味を考えたことはあるのか?
なぜ君たちの先祖は魔女に魔法をかけられたか、考えたことはないのか?」
「魔女を滅ぼすための戦いに我が一族も参加していた。その中でかけられたのだ」
「それはそうだろうね。魔女がまだ生きていて人間と関わったのなんてそれくらいだろうし」
「だったら魔女がかけた呪いで間違いないだろう」
何が言いたいのか、と問うような視線を向けられてフレグは、答えることなくクラムを見た。
「君はさっきから何も言わないね」
クラムはジルトの優しさを知っている。
それに魔女の呪いであるはずなのに、魔女の生き残りであるジルトが傍にいると痛みが落ち着くと知っている。
「君はジルトの正体に気づいていた。そして、彼女を恨めなくなった。
だって、彼女の隣では痛みが和らぐから」
見透かされたような言葉にクラムが固まると、周囲がざわめく。
「まさか、そんなはずは!魔女が呪ったんだぞ!」
「クラム、本当なの?」
フレグはクラムに言いよる者達に向きなおり、乾いた笑みを向ける。
「はっ、ただただ魔女を恨むことしかできない哀れな人間達だな。
呪いを発症した者は五十前後で死ぬ?呪いの発症者以外で、それより早く死ぬやつらの方が多いだろう。呪いの発症者は五十前後まで生きられるって話だよ」
洞窟の中でフレグに言い返す者はいなかった。
一族の者なら知っているからだ。呪いを発症せずとも、病気でなくなる者は多かった。
呪いを恐れて一族は大きくならなかったが、生まれた子どもが大人になるまで育たないのも、一族が発展しない理由だった。
「まあいい。いずれあの子は過去を知る。きっとドラゴンは、お前たちにも見せてくれるさ。過去に、何があったのかを」
フレグはまたトーチに視線を戻した。
「全て知った後で、さっきと同じことが言えるかな?」
飲み込まれそうなほど黒く、そして冷たい瞳に、トーチはいいようのない恐怖を感じた。
フレグは最初こそジルトを恨んでいましたが、アジュガに裏切られたきっかけとなったのが理由で、ドラゴンの娘であることも魔女であることもあまり関係ありません。
また、ジルトに出会ってから異様に執着しており、恨みよりも強い感情を持ってジルト自身を守るために動いていたので、本人にジルトを傷つけた自覚は薄いですし、恨みなんて遠い過去の話です。
上記により、ドラゴンの娘や魔女であることを理由にジルトを傷つけようとする人を嫌悪します。
自分で書いていてどの口が言うんだと思ってしまったので補足です。
続きます。




