フレグ・ルナ②
フレグは学校生活の大半をアジュガと過ごすようになった。
フレグの親となった貴族は、アジュガでいうところのマシな貴族、というもので、フレグに干渉してこなかった。後々わかったことだが、王宮に閉じ込められるよりはいいだろうと、フレグを哀れんで養子縁組を行ったらしい。
フレグは農民の生活では知ることのなかった魔法に苦労したが、天才を先生とすることができたのでどうにかなった。アジュガの教え方はめちゃくちゃだったが、気が合うからなのか、フレグは上手く吸収することができた。
アジュガの方は授業に対して出てもないのに、成績は常に一位だった。魔力が桁違いに多い彼にとって魔法の実技は何てことのないものだったし、授業をサボってそこら中の本を読み漁っていたアジュガに知識量が多いのは当然だった。
「絶対、いかれた王族を倒してやるんだ」
アジュガの意志は強かった。
詳しく話すことはなかったが、過ごす時間が増えるにつれ、アジュガはぽつぽつと自分のことを話していった。北部では生まれた時からドラゴンと関係があると畏れられ、疎まれていたこと、学校では懐柔しようと近づく貴族、逆にアジュガを貶めようとする貴族にうんざりしていること。
そして、家族に憧れていること。
「俺の両親は俺を自分の子どもとして扱わなかった。隠さなければならない危険物で、俺が王宮に連れていかれる時、厄介払いできて安心してた。
もしかしたら、俺には叶わない望みなのかもしれない。こんな見た目だし、もし子どもが俺の色を引きついだら、それが女の子だったら、きっと酷い目に遭う」
二つも下なのに、どこか大人びて見えることもあるアジュガは、たまに迷子の子どものようになることがあった。
「けど、王族の秘密を暴いて、ドラゴンの娘についての悪い印象を消せば、そんなこともなくなる。逆にありがたがられるかも」
「は、そうだな……」
フレグはそれくらいしか言ってやることができなかったが、それでもアジュガはほっとしたような顔をした。
「もし望みが叶わなくても関係ない。そうなったら死んででも、王族を殺してやる」
その激しい憎悪がアジュガの原動力だった。
ドラゴンの娘についての予言がなければ、王族がドラゴンの娘を求めなければ、アジュガはきっとこんな人生を送らなかった。
彼はドラゴンについて調べ上げ、執念の果てに真実を手にすることができた。
テアントルを卒業後、一年を置いて教師になり、王宮の所蔵する書物にまで手を出すことができたからだ。
「フレグ!わかったことがある。
ドラゴンの娘は存在する。もしかしたらまだ目覚めてはいないかも知れないが、確かにこの世にあるはずだ」
フレグは研究員となっていた。
その日、アジュガは興奮した様子でフレグの研究室にやって来た。
「アジュガ、声を抑えて」
「悪い。手伝いが入ったんだったか?」
「ああ。まあ、同じような志を持っているから大丈夫だとは思うけど、こういう話は刺激的過ぎるからね」
アジュガは咳払いすると、声の調子を抑えて、椅子に座ることもなく話を続けた。
「王宮にある魔力の源を見た。赤い石だった」
「赤い石?」
「ああ、魔力の結晶だと思う」
「それがドラゴンと何の関係が?結晶がドラゴンのものであれば、赤くても当然だろう」
「前に、ドラゴンと魔女は敵対してたわけじゃないって仮説ができただろ?」
「そうだね。魔女は古くからこの地にいて、人間が侵入者。それまでにドラゴンと魔女が戦ったとかいった伝承も何もない」
「そうだ。そして、同じく古くからこの地にいる魔女とドラゴンは同じ繁殖方法をとるかもしれない」
「ドラゴンが一体だから、って話だよね?でも古くからいる半獣人は違うじゃないか」
フレグがそう言うと、話の腰を折られたアジュガはむっとした顔をした。
「半獣人はもとは動物、獅子の他にドラゴンの世話をさせるための生き物として海神が国の外から持って来たって話になっただろ」
「そして魔力を持つために精霊の要素を取り込み、人に近い形を取れるようになった。だから魔女と半獣人は別の話かもね。でも、半獣人の方が先にこの地にいる。魔女と狼の半獣人が契約してるんだから同時期より後なはずがない」
「だから、半獣人と魔女では条件が違うって。半獣人は精霊の持つ魔力を持った。魔女はドラゴンの持つ魔力を持った」
「仮定だろう?」
「仮定で進める」
いつもならここでどちらかの納得がいくまで話し合いを続けるのだが、アジュガは無理に話を進めた。
「同じ繁殖方法なら、ドラゴンが魔女を育てることもできるだろう?」
「ドラゴンが魔女の魔力の結晶に魔力を注ぐってこと?」
「そうだ」
フレグは一度考える。
あり得ない話ではなさそうだが、それがどうしてドラゴンの娘につながるのだろうか。
「まあできるとは思うけど」
「よし。そこでだ、魔力の源は最初黒かったという記述がある」
「王族の武勇伝みたいな本だっけ?そうだね、でもドラゴンなら黒でも赤でも……」
そこでフレグは気づいた。
ドラゴンの色が黒と赤なのだから魔力の結晶がどちらであってもおかしくはない。だが、色変わるというのは変な話だ。魔力の色は、魔力を集めた時にのみ、つまり、結晶に魔力が流れる時にのみ変わる。
「ドラゴンの至宝として表記されてた話は、たしか二つあったって書いてあったよね?」
「そうだ」
アジュガは嬉しそうに笑う。
「その二つが、もとは一つのものだったら?それはただの魔力の結晶じゃない。魔女の卵としての結晶」
「片方にドラゴンが魔力を注げば、もう片方にも魔力が流れる?」
自分で口にしてフレグは奇妙な感覚に陥る。ありえない、仮定の上に成り立っているはずの話なのに、なぜかそうなのではないかと思えてしまう。
「至宝を奪い返そうとした一部の半獣人は、狼の半獣人か?魔女の卵を取り返そうというのは十分な理由になる」
「俺はそう考える。魔女の卵にドラゴンが魔力を注いだ。だから魔力の源の色は変わった。ドラゴンの魔力が注がれた対象がいるなら、それが次のドラゴンになる。つまりは、ドラゴンの娘は存在する。
魔女の子孫なら、娘で確定だろう?」
フレグはぞわりと鳥肌が立った。
「まだ、決まったわけじゃない。もう少し詳しく調べて――」
「時間がない」
アジュガは笑顔を消した。
「本当は他にも知り得たことがある。俺が魔力の源をどこで見たと思う?」
「まさか……禁書保管庫に入ったのか?」
「そのまさか。慎重にやったつもりだったが、古い魔法がかかってたみたいで、俺は追われてる」
「何を呑気に言ってるんだ?」
「ここに来た記録は残っていない。いくら学生時代仲が良かったからって、お前が疑われることはないはずだ」
「そんなことはどうでもいい!」
アジュガは叫んだフレグに驚いてから、笑った。
「大丈夫だ。俺は逃げるが、このまま魔の山に行こうと思う」
「あそこはまだわかっていないことが多い。行くには危険すぎる」
「上手くやるさ。そこでドラゴンの娘を手に入れて、その力で王族を滅ぼしてやる」
アジュガはきっと、全てを知ってしまったのだろう、とフレグは思った。
元から貴族や王族を恨んではいたが、彼の憎悪は今までにないほど強かった。
「フレグ、しばらくしたら連絡する」
それだけ言い残して、アジュガは消えた。
だが、アジュガからの連絡は来なかった。
数年後、ようやく表れたアジュガはすっかり変わってしまっていた。
「フレグ、俺はもう、ドラゴンの娘を使って王族を倒そうとは思っていない」
「何を言っている……?」
随分と穏やかになったアジュガの言葉がフレグには理解できなかった。
「王族を許すのか?」
「そんなわけないだろ。今だって憎んでいるし、根絶やしにしてやりたいと思う」
「ならどうして!」
アジュガはじっとフレグを見つめたが、何も言うことはなかった。
「君が言ったんじゃないか!王族を倒そうと!」
「そうだな」
「それをやめるのか?君が?」
「……少なくとも、今はその気がない」
「ふざけるな!!」
フレグはアジュガの胸倉を掴み上げた。
「今までいったい何のために努力してきたんだ!」
「悪いな。だが決めたことだ」
アジュガはそう言ってフレグの手を放させると、ワープを使って消えた。
フレグはすぐに後を追おうとしたが、それはできなかった。座標をアジュガが消したのか、ワープ先に結界が張られフレグが拒否されているのか。どちらでも変わりはない。
「アジュガ!!」
アジュガは以前、ドラゴンの娘を手に入れると言っていた。
あの後、魔の山に行ってドラゴンの娘を目にしたはずだ。もしそれがはずれなら、ドラゴンの娘はいなかったとフレグに言うはずだ。
「ドラゴンの娘が、アジュガを変えたのか?!」
そこからフレグはドラゴンの娘を恨むようになった。
きっとドラゴンの娘のせいで、アジュガは変わってしまったのだ。
許せなかった。二人で長い間目標に向かって努力してきたというのに、どうして急にアジュガはそこに向かうことをやめてしまったのか。ドラゴンの娘のせいだ。
それから何度もアジュガを追おうとワープを繰り返した。
何度も弾かれ、魔力を消費する魔法はフレグを消耗させた。研究室の部下は必死に止めたが、フレグは止まらなかった。進むべき先を失って、どうすべきかわからなかったのだ。
失ったのは目標だけじゃない。長く心を通わせた友だ。一緒に行けないから一人で進もう、とはどうしても思えなかった。
ある日、ようやくワープに成功した。
(アジュガは座標を消さなかったのか)
彼ならできてしまうだろうに。
それでもきっと、これが最後だろうと思っていた。座標の期限はもう直ぐ切れる。アジュガが更新させてくれるとは思えない。
魔法は完全には成功しなかったため、アジュガの前には行けなかったが近くにはいるはずだ。
そう思って歩き出そうとした時、ぐらりと体が傾いた。
(動けない?)
長い間ろくに食事もとらず魔法を使い続けたせいだった。フレグの身体は自由に動ける状態になかった。
(まさか、こんなところで死ぬのか?)
焦る気持ちと裏腹に意識は消えかかっていく。
(嫌だ!)
「わっ」
子ども特有の高い声にフレグの意識は呼び戻された。
(なんだ?)
ゆっくりと視線を上に移動させると、一人の少女が立っていた。
何か考える前に、身体に衝撃が走る。
(これが、ドラゴンの娘!!)
なぜ農民であるフレグの魔力が多いのか。一度アジュガと話したことがある。
ドラゴンは王族にではなく、人間に魔力を渡したのではないか、と。そしてその時の距離や場所によっては局所的に強い魔力が渡り、そのせいで人間としての姿を保てなくなったものがいる。
フレグもその一人で、母親の祖先がそれに該当し、溜まっていた魔力が世代を経てフレグに押し流される形になったのではないか、と。
フレグは少女を見て確信した。今、目の前にいる少女がドラゴンの娘だとわかるのは、この身に流れるドラゴンの魔力が強く反応しているからだ。
(ドラゴンの娘!アジュガを変えた存在!)
目に力が宿る。ドラゴンの娘は体を震わせ、逃げようと後退ったが、逃がすまいとフレグは彼女の足首を掴む。
(何としても、座標にだけはする。逃がさない!)
「おま、えが……ああ、憎い」
今の自分にこれほどの力が出せたのか。そう思えるほどに強く、少女の足を掴んだ。細い足首は直ぐに折れてしまいそうだった。
「いっ、や、やめて」
(やめるものか。お前さえいなければ!!)
何とか這って近づこうとするが、少女に辿り着くことはなく、フレグは今度こそ意識を失った。
*
次に目が覚めた時、フレグはまだどこかの路地にいた。
自分の唇が濡れていることに気づき、そして近くに飲み物と食べ物を見つける。
置かれていたのは水の入った椀と、小さなサンドウィッチ。その大きさは明らかに子ども用だった。
(これは、彼女が?)
触れると、僅かにドラゴンの娘の魔力を感じる。
「どうして?」
思わず声が零れる。
自分を危険な目に遭わせた人物に、反撃もしないどころか、施しを与えるなど信じられなかった。
あれから時間は立っているが、誰も大人を連れてきてもいない。
(ドラゴンの娘は、彼女の持つ力を除けば、ただの良い子じゃないか)
知ってしまえば、アジュガがどうして突然ドラゴンの娘を使って王族を倒すことから退いたのかわかってしまった。
だがフレグはそれを認めるわけにはいかない。
(僕はあの娘より軽い存在だったのか?あの十年近くの年月はそれだけのものだったのか?
あの善良な子どもを使うのは確かに忍びない。
では王族を倒すのをやめる?そんなわけにはいかない。僕の家族は理不尽に殺されたんだ。
それはずっとアジュガと僕で進めてきた)
――ドラゴンの娘を手に入れて、その力で王族を滅ぼしてやる――
アジュガが姿を消す前、言っていた言葉だ。
本来ならそれがなされるはずだった。アジュガとフレグでそうするはずだった。
(ドラゴンの娘を使って、王族を滅ぼす。だが、ドラゴンの娘は善良な子。利用するのはかわいそうだ。
それなら、ドラゴンの娘からドラゴンの力だけ切り離せばいい)
アジュガから一方的に関係を切られて、フレグはおかしくなっていた。
それが最善で、それ以外に方法などないと信じていた。
(そうすればドラゴンの娘も守れる上に、その力で王も倒せる。
アジュガ!これだよ!僕達がすべきことは!そうすれば、全てうまく行く!)
「アジュガ、僕が俺達の願いを叶えてみせるよ!!」
狂ったような笑い声が人通りのない路地に響き渡った。
続きます。




