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竜眼の少女  作者: 五十音
テアントル
80/116

フレグ・ルナ①

 フレグが炎を付与した剣をジルトに振りかざしたその時、フレグの前に緑色の光が現れた。

 その光から一人の少年が姿を現し、フレグの剣を払いのける。


「お前!!」


 フレグの剣を払ったのは金色に青い瞳でありながら、王族ではない少年、レオだった。

 ジルトの元に召喚され、その先にフレグの剣を見つけ、レオは怒っていた。


「ジルを殺す気か?!」


 フレグを睨みつける瞳は、荒々しい語気とは反対に背筋が凍るほど冷たい。


「殺すなんて、とんでもない。魔力が暴走しかけてたから、大人しくしてもらうと思っただけさ」

「大人しく?今のは殺す気だっただろ」

「そうでもしないと、抑え込めないというだけの話さ」


 レオに気圧されながらも、それを気取られないようにフレグは言葉を紡ぐ。

 そして、レオの登場に安心したようなジルトを見て、溜息を吐く。


「俺こそ、君には訊きたいね」

「何をだ」

「君はどうして、彼女を危険な目に遭わせるんだ?」

「は?」


 レオはフレグの言葉に眉根を寄せる。それは怒っているというよりは、フレグの言った意味がわからないというように見えた。

 その後ろで不思議そうに首を傾げるジルトにも、憐れみと、そして苛立ちを感じる。


「ドラゴンの娘は強大な魔力を持つ。

 だが、生まれたての彼女は力の使い方もわからない。覚醒だって、今になってようやくだ。

 それなのに、どうして山を下りたんだ?」

「山を下りたって言うことは、俺達が山にいたのを知ってるんだな。シュレイが言った山への侵入者もお前だな」

「そうだよ、あの日迎えに行ったのは俺だ」

「だったら、下りて正解だ。ジルは攫われるところだったんだから」


 レオに睨まれてもフレグは怯まなかった。


「それは結果の話だろ。俺が言いたいのはそこじゃない。

 俺が行こうが行くまいが、ドラゴンの娘はあそこに身を隠しているのが正解だった。

 あの山、特に中央は特別な者しか入れないし、南部の連中はドラゴンを恐れて近づくのを避ける。

 それなのに君は、一緒にずっと育ってきた君は、山を下りる判断をした」

「そうしたいと願ったのはジルだ」

「それでも君がだめだと強く言えば、彼女も諦めたはずだ。他人を思いやる優しい子だからね」


 それはそうだろうとレオは思う。

 ジルトは基本的には押しに弱い。自身で決断したことに関しては譲らない強さもあるが、そのことで他人が傷つくのであれば、押し通しはしない。あの時はレオが最終的に折れたからジルトの意見が通ったが、どうしてもだめだと言われ、そうしたいならレオを殺せと言われたら、ジルトはきっと山に留まったはずだ。


「なぜ山を下りることを許した?

 君は彼女を危険な目に遭わせたいのか?」


 今まさにジルトを危険な目に遭わせている張本人に言われて、レオは混乱しそうになった。

 それでも、レオの意志は変わらない。


「危険な目に遭ってほしいわけがないだろ!

 それでもジルにはジルの意志がある。俺はそれを尊重するだけだ」


 何物にも傷つけられずに生きて欲しい。レオはそう願っている。

 山を下りて危険な目に遭わせてしまった。二度連れ去られ、一度は魔力のない男に傷つけられ、二度目は目の前の男におぞましいことをされた。学園でもジルトの魔力に嫉妬した者達がジルトを貶めようとする。ジルトからまだ聞いてはいないが、誰かに脅されてもいるはずだ。

 何度気が狂いそうになったかわからない。やはりジルトを無理やりにでも山に閉じ込めておかったと思わずにはいられなかった。

 それでも、山を下りて様々な出会いを経て、ジルトは傷つきながらも成長していた。それは傍で見守ってきたレオもわかっている。

 結局、山にいてほしいというのは、ジルトが傷ついてほしくないという自分の願望なのだ。いくら危ない目に遭っても、ジルトは選択を後悔していない。それをジルトのためだといって、山にいるべきだったなど、レオはもう言えなかった。


「お前こそ、なぜジルトを傷つけようとする?

 言っていることがめちゃくちゃだ」


 レオの言葉に、フレグは顔を歪める。


「僕がこの子を傷つけるだって?」


 明らかに今までとは違う雰囲気に、レオは庇うようにジルトの前に腕を出した。


「いや、そうだ、確かにはじめはそうだった」


 遥か遠くに追いやったはずの記憶が、フレグの脳裏に蘇る。



*



 フレグは貴族ではなく、ただの中央の農家の子どもだった。庶民の学校に行き、卒業後は家を継ぐはずだった。それが変わったのは、学校区から通う学校の通達が届いた時だった。


「フレグが、テアントル?」


 父親は不思議そうに届いた手紙を見ていた。

 入学の一年前、庶民については、住んでいる地域ごとに入学先が貼り出される。その日はフレグの姉の入学先を見に行った日だった。予想通り、学校区の端にある庶民の学校が記載されており、家族で一年後を寂しく思っていた時、手紙が届いたのだ。

 まだ十一だったフレグの入学先についてだった。それも二年制の庶民の学校ではなく、四年生の貴族の学校、それも魔法については最高峰のテアントルに入学するようにとのことだった。


「何かの間違いじゃない?この子の入学先が決まるのは三年後のはずよ。それに、確かに家族の中じゃ一番魔法を上手く使えるし、髪の色だって変わっているけど、テアントルは……」


 父の横から覗き込んだ母も釈然としない様子だった。


「貴族ばっかの学校に行って、どんな目で見られるかなんて、わかりきった話じゃないか」


 母は怒ったように言った。

 貴族は下位の学校に入学先を変更することもできるが、ただの農民に通達に逆らう力はない。結局、フレグは姉と同じ時期に、テアントルに入学することになった。


 入学後、フレグは他の生徒から距離を置かれたが、それでも想像よりも酷くなかったのは、自分よりも目を引く人物がいたからだった。

 黒い髪に赤い目の、自分より二つ年下の男の子。出身は北部。それだけでも貴族からは嫌な目で見られそうなのに、その子は自分から喧嘩を売っていくような性格で、口も悪く、それなのに成績がとてもよかった。

 二組になったフレグは接点もないし、変に目立つのは嫌で関わり合うつもりもなかった。初めての夏期休暇までは。

 最初の長めの休暇、一週間休みは家に帰れなかったのでフレグは夏期休暇を楽しみにしていた。だがそれは叶わなかった。自分の知らぬ間に養子縁組の話が進み、自分の帰る家がなくなっていたからだ。


「どうして?」


 思わず零れた声は誰にも届かず自室で消えた。パートナーは農民のフレグと極力接しないようにしているし、彼はもうとっくに家に帰っていた。

 寮の入り口で受け取った手紙には何の前置きもなく、養子縁組の話から始まり、新しい両親の名前まで書いてあった。さらに続きには、フレグの家族が不慮の事故で亡くなった、と書かれていた。


「お父さん、お母さん、姉さん……」


 入学前に励ましてくれた家族はもういない。長期休暇にたくさん話を聞いてもらおうと、寂しかったと伝えて意地も張らず甘えようと思っていたのに。

 いてもたってもいられなくなって学校区の外に飛び出したけれど、周囲は休暇に喜ぶ家族ばかりで、居場所はなく結局またテアントルに戻っていた。


「どうかしたのか?」


 寮の入り口で座り込んで泣いているところで声をかけられた。

 もうみんな家に帰っているはずなのに、聞こえたのは子どもの声だった。


「ああ、そういうこと。相変わらずで反吐が出る」


 フレグの握っていた手紙を開いて、読んだ後そう言ったのは、問題児のアジュガ・キランだった。


「養子縁組の話だけ書いとけばいいのに、わざわざ家族を殺したってかくあたり、クソだよな。逆らえば殺すってことだろ」

「こ、殺す?」


 顔を上げたところで真っ赤な瞳と目が合う。


「そうだ。事故、なんて都合よすぎだろうがよ」

「そんな、ひどい……!」


 家族は何もしていないのに、あまりに理不尽だ。


「ひどい、ね。俺も酷いと思うぜ」


 アジュガの声は抑揚がなく、それでも深い重みがあった。

 傍若無人で破天荒な彼のイメージとはまるで違う声に、フレグは驚いて涙が止まった。


「貴族は俺達を何とも思っちゃいない。そのくせ、魔力があるとなれば、自分のものにしようとする」

「十分な魔力を持ってるのに、なんでなんだろう」


 フレグのつぶやきに、アジュガはじっとフレグの瞳を見た。


「そう、思うか?」

「ああ、いや。中央でも魔力がない人や、南部に近い土地が荒れてるとか聞くから、魔力の減少自体は問題かもしれないけど」


 アジュガは無言のままフレグを見続ける。


「それなら、魔力を持っている貴族がどうにかできるはずだよ。だって、魔力量が多いんだから」

「そうだよな」


 アジュガは興味深そうな顔になって、笑った。


「貴族には、王族には、何かある。こうやって回りくどい手段を取る理由だ。

 ドラゴンの娘だって、この国を壊すって言われてるなら、捕らえずに殺してしまえばいい。どうせドラゴンなんて信仰してないんだからな」

「そう、だね。物騒だけど、国のことを考えるならそうだ」

「そうしたいが無理だってことだ。その理由は、弱点でもあるはずだ」


 アジュガは膝を曲げて、フレグと目線を合わせた。


「なあ、俺らでその弱点を探して、王族をぶっ倒そうぜ」


 フレグは間近に迫った真っ赤な瞳に吸い込まれるように、伸ばされた手を取った。

続きます。

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