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竜眼の少女  作者: 五十音
テアントル
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喪失

 やけにゆっくりと薄桃色の髪が目の前に迫ってくる。

 静かな世界で、ただそれだけを見ていた。

 視界全部が柔らかな色に染まった後、衝撃ととも音が戻り、おしりの下の冷たい感覚で自分が地面に座っているのだとわかる。

 誰かが叫んだが、ジルトにはそれが言葉として聞こえなかった。

 自分の足の上が重い、と目を向けると、先ほどまで視界を支配していた薄桃色が見える。

 そこから連なる部分を追っていくと、布の、ある一点だけ色が濃くなっている。その中心には赤い液体のついた鋭利な塊がありる。塊から布までは棒で繋がっており、その棒は炎を纏っている。


(これは、火が付与された矢だ)


 ジルトが見ていた布は制服であるブレザーで、その下には何度も見たことのあるワンピース。そしてそれを着ているのは――。


「サクラ!!」


 思い至ったと同時に叫んでいた。

 声と共に、自分の中の何かが飛び出して行くのもわかった。


「な、なんだこの炎は!」

「目が、目の辺りが赤く光っているぞ!!」

「やっぱりドラゴンの娘だ!」

「この場から離れるんだ!」


 周囲が騒がしくなり、ジルトは自分が魔力を暴走させていることに気づく。

 眼帯がどこか焼かれて切れかけたのか、右目にあたる革の感覚が薄くなっている。


「ジル!魔力を抑えろ!」


 レオの声は届いているが、ジルトは自分の力を抑えることができなかった。


「サクラ、サクラ!!」


 傷を負っている体に触れることもできず、ジルトがただ叫んでいると、サクラの頭がゆっくりと動く。


「うっ……」

「サクラ!聞こえる?!」


 わずかに聞こえた声に顔を近づけると、サクラは下を向いていた顔を少し動かしてジルトを見た。


「ジル……ああ、よかった、怪我は、ないのね」


 か細くもサクラの声が聞こえて嬉しいはずなのに、焦るような気持ちがずっと消えない。


「サクラ、矢が、火が……」

「ふふ、火は、もう、消えてる、でしょ」


 確かに、矢を包んでいた火は消えていた。サクラは魔力を吸収することができる。


「矢を、抜かなきゃ……」


 ジルトが矢に手を伸ばすと、


「触らないで!!」


 サクラが叫んだ。

 大きくな声ではないが、ジルトが手を止めるのには十分だった。


「たぶん、毒が、あるから」


 無理をして声を出したのか、サクラがケホ、と咳をする。

 同時に、赤いものが彼女の口から出る。


「サクラ……?」


 焦りが、大きくなる。いつもは聞こえない心臓の音が、耳元で響く気がする。


「やっぱり、ね」

「サクラ!!」

「ジル、落ち着いて」


 サクラはジルトの足の上に投げ出されていた右手を無理やり持ち上げて、ジルトの頬に触れた。


「私は、大丈夫だから」


 聞き覚えのある言葉に驚いている内に、身体がすっと軽くなる。

 歓迎祭で魔力を暴走させた時、サクラはそう言ってジルトを包み込んで、魔力を全て吸収してしまった。


「うん、いい調子ね」


 子どもでもあやす様な優しい声だが、サクラの口元も、胸の辺りも、どんどん赤色に侵食されていく。

 焦るジルトを前にしたサクラは、穏やかな心持ちでただただ祈っていた。


(ジル、怒らないで、悲しまないで)


 ジルトの暴走が収まるように、その気持ちを込めてジルトの頬を撫でる。


「私、あなたの、笑顔が好きよ」


 サクラの指が眼帯に当たり、切れかけていた紐が完全に切れ、ジルトの目を覆っていた眼帯が滑り落ちていく。


(綺麗な、赤)


 初めて見たドラゴンの瞳に、サクラは純粋に感動した。

 そして友人の素顔を今、初めて見られたことにも気づく。


「ね、ジル……笑って」


(きっと、とても素敵な笑顔なはずだから)


 だが、サクラはジルトの笑顔を見ることはできなかった。

 ジルトの頬に添えられた手は、するりと滑り落ち、若紫の瞳が姿を消す。


「……サクラ?」


 焦りの裏側にあった、そこまで迫って来ていた不安や恐怖が、ジルトを一気に包み込んだ。


 ――初めまして。私、サクラ・モンターニュ。よろしくね――

 ――出して。止められないのなら、全部出してしまいましょう。私が、受け止めるから。私は大丈夫――


 一瞬で懐かしい、優しい友人との過去を思い出す。

 そして、ぴくりとも動かなくなったその友人を見つめて、あまりの差に頭がぐらぐらする。


 ――大丈夫って言ったでしょう?――


 そう言って笑う彼女の顔を、再び見ることはできなかった。

 目の前が真っ赤になる。苦しい、全て吐き出してしまいたい。悲しみや怒りに身を任せてしまいたい。

 それでもジルトはそうしたくなかった。


 ――私、あなたの、笑顔が好きよ――

 ――笑って――


 彼女がそう言ったから。

 

(抑えなきゃ、止まって!!)


 目をつぶって魔力を抑えようとしたジルトは、まぶたの裏にサクラの笑顔を見て、意識を失った。


 食堂を焼き落とそうとするほど勢いのあった炎は、一気にぶわりと広がったと思うと一瞬にして消え、レオの視界にようやくジルトが映った。


「ジル!」


 糸が切れた人形のように、ジルトは下を俯いて動かない。

 そのジルトの向こうに、見慣れない人がいることに気づく。


(あれは、誰だ?)


「王子!王子がいらっしゃった!」

「王子様!その女がドラゴンの娘です!私たちを殺そうとしたのです!」

「早く捕まえてください!」


 炎に囲まれて逃げそこなった人々の叫ぶ声で、レオは自分が見ている人物が王子であると理解した。


(あれが、王子?髪が金色ではないが)


 王族の特徴を持たないことに驚いたが、ここで止まっている時間はない。

 目の前にいるのが王族であれば、ジルトを連れて逃げるしかない。

 レオが一歩踏み出しかけた時、


「モーリ!」


 シュレイの焦った声がした。

 シュレイがぎりぎり支えてはいるが、モーリは酷く苦しそうに胸を押さえ、今にも地面に倒れ込んでしまいそうだ。


(こんな時に!)


 ここから逃げるにはシュレイが変身して、それに乗るしかない。ジルトを連れて戻るより、レオ達がジルトの元に向かった方がはやかった。

 シュレイと一緒にモーリを支えようとレオは体の向きを変えた。



「どっちも守ろうなんて、無理な話だよ」



 レオの耳にささやきが聞こえた。

 すぐ横を何かが通り過ぎるように風が吹き、つられてその方に目をやると、ジルトの横に白いローブの男が立っていた。


「ジル!!」


 咄嗟に伸ばした手は届かない。

 氷の柱が飛んでいったのが見えたが、間に合わないだろう。


「じゃあね」


 ジルトの肩に触れたローブの男は、ジルトと共に姿を消した。

続きます。

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