門前での告発
カトレアに向かっていた根は切り捨てられており、その断面は焦げている。
「バンダ?」
カトレアのつぶやきに、バンダは大きく頷く。
「そうです。あなたの護衛のね。俺の声、聞こえてますか?」
「あ、ああ」
まだ状況が飲み込めていないカトレアがぼんやりと言う。
「しっかりしてくださいよ!
一緒に、この世界を変えるんでしょう。あなたの過去がどうであれ、今、あなたが望むことを見失わないでください」
バンダの言葉に、カトレアは一度ぐっと唇を噛んで、
「ああ」
涙を拭った。
「ジル、私のことが嫌になったかもしれないが、もし、怖くないならこの手を掴んでくれ。
ここはバンダに任せて、逃げるんだ」
差し出された手は震えているようにも見える。
ジルトはゆっくりと、力を込めてカトレアの手を握る。
「カトレア、大丈夫だよ。
私にとってカトレアは大事な友達だから」
「そう言ってくれるの?」
「うん。昔のことはわからないけれど、カトレアは今、そういったことをしないってわかっている。
私がずっと一緒に過ごしてきたカトレアは、とても優しい人だよ」
「……ありがとう、ジル。
このことについては、また話をさせてほしい。今はとにかく逃げよう」
「うん」
カトレアがジルトの手を引いて立ち上がらせる。
男はジルトを視界に入れたまま、視線はバンダに固定していた。
「いいのかい?君は王宮の人間だろう?ドラゴンの娘を捕まえなくて罰されない?」
「もし、あの子がドラゴンの娘なら、もちろん王宮は介入します。
当然、ドラゴンの娘を連れ去ろうとする敵の排除が最優先ですよ」
「そう?じゃあ、排除されないように頑張らないとね!」
男がバンダに向かってくる。手には剣を持っていた。
バンダは剣を抜いてそれを受け止め、目だけをカトレアとジルトに向ける。
「この通り、私はしばらく動けそうにありませんから、お二人で逃げてください!
カトレア様、外は敵味方関係なく入り乱れています。お気をつけて!」
「ああ、バンダも気をつけろ!絶対にまた会うぞ!」
「仰せのままに!」
バンダの声を聞いて、カトレアとジルトは出口に向かった。
*
元のA.K.クラブの教室に戻ると、いつもなら静かなテアントルが音で溢れかえっていた。
何かが爆ぜる音、怒鳴り声、泣き声……教室の扉を挟んでいるためまだはっきりとは聞こえないが、ずっとここにもいられない。すぐに音の中に飛び込んでいくことになるだろう。
「ジル、こうなった以上、ここに留まっていられない。レオ達と合流して逃げよう」
「わかった。シュレイと連絡するね」
「ありがとう」
(シュレイ、どこにいる?)
(ジル!よかった、繋がった!!)
今はシュレイから発信する形では連絡を取れないため、かなり不安だったのだろう。
一度通信が切れる。おそらく近くにいるレオに連絡しているのだろう。
(バンダにさっき会った。隠し部屋は当てにならないって言われたから、俺達は食堂を目指してる。
カトレアじゃなくてジルが連絡してきたってことは、やっぱりあの部屋にはいられなかったんだね。
ジルも、あとカトレアもいるか?食堂まで来れる?
中に入っていく人数は落ち着いたけど、外に逃げる人が増えてる。門では落ち合えそうにない)
「カトレア、食堂に向かってるって」
「食堂か。
ここからなら教室側を通ることもない、安全に進めそうだ」
(シュレイ、カトレアと一緒に食堂まで行くよ)
(ありがとう。
合流したら食堂で騒ぎが落ち着くのを待つ。もし何か起きたらテアントルを出て、魔の山に向かう。
カトレアにも伝えて)
(わかった)
(じゃあジル、気をつけて。途中で何かあったらすぐに俺に連絡して)
(うん。シュレイも気をつけてね)
「食堂で落ち着くまで待つって言ってた。もし何か起きたら魔の山に向かうって」
「何も起きなければいいが、もしもの時のための集合場所か。
ありがとう、ジル。ひとまず食堂に向かおうか」
「うん」
*
一方、カトレアとジルトが去った隠し部屋ではバンダと白いローブの男が向き合っていた。
「いつまで剣で戦うつもりで?魔力は多いが、戦闘向きじゃないでしょう」
バンダが言うと、男は面白そうに笑う。
「おや、そういうのがわかるのかな?」
「まあね、フレグ・ルナ」
軽い調子で告げられた名前に、男の笑みは一瞬にして消える。
「俺の正体を知っているのか」
バンダは何でもないことのように頷く。
「ワープを使える時点で、人は限られてくる。
ジルちゃんが攫われたのは研究施設。シュレイ君の探知ができないような立派な施設なら、正式なものだろう?その辺から調べればすぐわかる」
「へえ?王宮の兵士にも、少しはマシなのがいるんだね。
だがこんなに距離を取ってていいの?俺がワープで逃げるかもしれないよ?」
男――フレグはそう言うが、バンダはそれでも距離を保っていた。
「俺が今、あなたに近づけば、暗器かなんかでやられて終わりですよ。
それに、ワープは無理でしょう?基本的に座標がなきゃ移動できない。学校の性質上、座標となる人間が今この近辺にいてもそれが外部の人間であれば役割は果たせないし、座標にも期限がある。今は研究室がメインかな?
研究室に逃げ帰る分には構わないさ」
「どうだろう?俺は一度ジルニトラを連れ去ったよ?彼女が座標になるかも」
「ジルニトラ?ジルちゃんのことか?悪趣味な。
彼女に印をつけてたかも知れないが、呪いは解かれた。今は彼女を座標に出来ない」
「よく知っているね」
「――待て、そっちか。彼女を攫ったのもあなたでしたね」
ジルトが攫われたのは二回。
最初は元奴隷の男に酷い目に遭わされたが、ワープを使ったのは別の人物――フレグだろう。二度目は研究室に連れ去る時。
連れ去る際は予め座標を指定しておいたということで納得ができる。二度目の時は中央の近くにいて、人が集まる場所でもあったからそこにフレグがいても、おかしいと言い切ることはできない。
だが、最初にジルトが攫われた時、バンダも含めて魔の山の麓にいた。使われていない家が一つあるだけで、人なんかいないはずの場所だ。もし魔の山にジルトがいるとわかっていても、街ほど範囲が狭くなく、木々で視界が遮られる山で、ジルトの前に現れることができるなんておかしい。
「もしかして、座標にするためではなく、座標の期限が切れかけていたから彼女を攫ったのか?」
(だが、いつだ?それより前に二人に接点があったとは思えない)
バンダはジルトがそれよりも前に、中央でフレグと接触していることを知らない。
「はは、頭が回るみたいだね。
だが知らないことは、君も考えに入れられないだろう」
フレグは黒い石を取り出すと、口元に持って行く。
「ご機嫌いかがかな?かわいい子が外に出たよ、早く教えてあげて」
バンダは一度思考を停止する。
「今、誰に通信した?」
学校で支給される魔力消費型の通信機ではない。それでも、今目の前の男が誰かに指示をしたことがわかる。話し方からして、相手はそこまで関係の深い人間ではないことも。
「君は気になるだろうね。
――今の僕の座標だよ」
「相手はこの学校の――」
バンダが言い終わらない内に、フレグは隠し部屋から姿を消した。
*
シュレイ達はジルトに連絡を取ってしばらくして、食堂に辿り着いていた。
外に向かえず避難する形で集まっている者もいるが、それでも外に比べれば人も少なく、不安もそこまで大きくない。
「ジル、無事に来れるか……」
「今のところ何の連絡もないから、大丈夫だろう」
珍しく弱気なレオに、シュレイは自分にも言い聞かせるように言う。
「モーリも、体調が悪いのに無理させたな」
「大丈夫だよ、レオ」
収穫祭の後、モーリはまた体調を崩していた。休むほどではないとはいえ、混乱の中を抜けて移動するのは体力を消耗する。
レオは気丈に笑って見せたモーリの頭を撫でた。
「それにしても、変だな」
「何がだ?」
「さっきよりも門の近くに人が増えている」
「逃げて来たやつらだろ?」
「それもあるが、逃げてきた人数が増えたというより、門の近くに人が集まっているように見える」
食堂は門から近い場所にあるので、窓から門の様子がうかがえる。
シュレイもレオに倣って窓の外を見る。
「確かにそうだな。ん?」
何かに気づいたのか、シュレイが窓に一歩近づく。
「何かあったか?」
「あれ、門の前にいるやつ、イーリスじゃないか?」
「何?!」
シュレイは人間よりも目がいい。レオは気づかなかったことだ。
「真っ先に逃げそうなやつが門の前にいる?嫌な予感しかしない」
レオの予感が的中していたことは直ぐにわかった。
「聞いて!私は元王族、イーリス・シャガ」
門の前では金の髪に金の瞳のイーリスが耳目を集めていた。
「大事なことを教えてあげる。
この学園の学生、
――ジルト・レーネがドラゴンの娘なのよ!!」
何かしらの道具を使っているのか、門前にいるイーリスの声は食堂にも、そしてテアントル中にも大きく響いた。
*
「あの女!」
もう直ぐで食堂に着くというところで、イーリスの声がカトレアとジルトにも届いた。
「ジル、急ごう!」
「うん!」
(シュレイ!もう着くわ!さっきの、イーリスさんの声も聞こえた)
(ジル!わかった、近くならとにかく集まろう!)
通信が終わると同時に、ジルトとカトレアが食堂に入る。
食堂の中にいるのはほとんどが学生で、ジルトのこともカトレアのこともよく知っている。一気に注目が集まった。
「ジル!」
入り口の近くに移動していたレオ達とは直ぐに集まることができた。
「レオ!」
「カトレア、怪我してる……」
「大丈夫だよ、モーリ」
喜ぶ暇も心配する暇もない。
「あれだ!ジルト・レーネ!」
「ドラゴンの娘?たしかに、魔力は桁違いだが」
食堂内がざわざわとし始める。
「ジル、研究室から逃げた時のように、魔の山に行きたいと強く願ってくれ」
「え?」
レオはジルトの目に手を当てて視界を防ぐ。
「何も気にしなくていい。ドラゴンの娘は捕まえろ、という命令だ。カトレアもこっちにいる以上、殺されることはない。
集中しろ」
「ジル、最悪俺がみんなを運ぶから、怖がらないで」
シュレイがカトレアを支えながら言う。
急なことでまだ混乱しているが、それでもジルトはレオの言う通りに、意識を集めて祈り始める。
「イーリス!よくやった、わが家の光だ!」
「あれだ、あそこにドラゴンの娘がいる!」
周囲の声を聞かないように、必死に願い続けると、研究施設では感じなかったが、自分の中の魔力が動くのを感じられた。
(できるかもしれない!)
ジルトは目を隠しているレオの手に自分の手を重ねた。
その時――。
「何をやっている!ドラゴンの娘が逃げようとしているぞ!
逃げるのなら――殺してしまえ!」
物騒な声が食堂内に響いた。
「やめろ!ドラゴンの娘を殺すな!」
「殺せ!この国を壊すぞ!」
人が集まってきているのか、互いに主張し合う声が増えていく。
「うっ!」
ジルトの目の前から呻き声がする。
ぱっと、ジルトの視界が明るくなった。
「レオ?!」
攻撃を受けたのか、地面に倒れたレオは肩から血を流している。
「俺は大丈夫だ。盾を展開するから――避けろ!!」
レオの叫び声にジルトが振り返ると、火を纏った矢が目前に迫っていた。
(盾を――間に合わない?)
そして、ジルトが身体を動かす前に、もう一つ声がする。
「ジル!!」
いつも穏やかな優しい声は、上ずって震えていた。
「え?」
ここに、彼女がいるはずがない。
そう思うのに、ジルトの瞳には綺麗な薄桃色の髪が確かに映っていた。
ワープの範囲によっては魔法が巻き込まれてワープ中に事故になる危険があるので、魔法での防御は行えませんでした。
貴族はドラゴンの娘を利用したいので殺されることはなく、距離が遠い段階では捕まえる手段もないというのがレオの想定でした(近づかれた場合は、シュレイが変身して逃げる手はずでした)。
続きます。




