フリティア・シュンラ
本と鏡。どちらも心当たりはある。
特に本については、スロニウムにも尋ねられた。
「魔法の本は書かれたものを記憶する本で、魔法の鏡は過去を映す。
落とし物の持ち主は変わりがちだったけど、魔女が持って落ち着いて、その後はドラゴンに渡ったとされていたから、君が持っていて全て知っているのかと。まあ、ほとんどおとぎ話のようなものだから、気にしないで。ドラゴンの娘と知らなかったっていうなら、ドラゴンと会ったこともないだろうし」
本も鏡もあるが、鏡についてはジルト自身の姿を初めて見た時以外に見ていない。その一度きりの時も特に変化はなかった。手元にあるものが海神の落とし物とは限らないので、フリティアに伝えることはしなかった。
「そうか、君は知らなかったのか。でも君に関わることかもしれないから伝えておくね。
魔力の源はドラゴンの至宝なんだ。もともとは二つだったのが一つ奪われた。それを奪い返すために一部の半獣人が人間を襲ったという記述があった。
それに、もう随分昔の話だけど、王がドラゴンの至宝を手に入れるために北部の山に進軍したという資料が残っていた。恐らくそれに関連する資料は消したか別で管理されているんだろうけど、歴代の装具資料の中にそのためだけに作られたというものがあった。他にはそういった公的なものはないけど、それをもとに書かれたであろう物語がいくつかある。どれも時期が同じだから、北部の山への進軍はあったんだろうと思う。
北部の山に行く理由なんてほとんどない。何故ならその時期はそれまで以前より半獣人を山へ追い込むことに力をいれていたから。追いやっているはずの山に向かうなんて変な話だ。半獣人を攻撃しに行った記録もない」
フリティアの口調はジルトに語り掛けるものから、思考を吐き出すようなものに変化していった。
「教科書や公表されている資料に記されている歴史が事実ではないことは明らかだ。
今話すには長すぎるけど、北部の山への進軍に関するものよりももっと多くの資料が、そのことを裏づけている。それに誰も存在していない島に辿り着いたっていう出だしからおかしい。それなら魔女はいつこの島に来た?どうしてその時の記録がないんだ?魔女の記した資料は全て古語で、それ以前の人間が記した資料は残されていないのはどうして?」
「フリティアさん、落ち着いて」
見かねてジルトが声をかけると、彼ははっとして気まずそうにジルトを見る。
「ごめんなさい、話が逸れてしまった。
とにかく、王が持っている魔力の源は元はドラゴンのもので、それは譲渡されたものではない、と僕は考えている」
「そうなんだね。教えてくれてありがとう」
おそらくフリティアの予測は正しいだろうとジルトも思う。
「でも、こうして色々教えてくるのはどうして?私と話をしたいと思ったのは、何か理由があるの?」
フリティアはジルトが教室に来た時点で、ほとんどジルトの正体を確信していた。それでもジルトに接触してくることもなかった。
「僕は、ずっと考えてたんだ。どうするべきなのか。
この国の歴史とされているものが、事実ではないことを知っていて、ドラゴンの娘を前にして、何をすべきなんだろうって。
兄は現状を変えるために新しい王を待つと言うけれど、僕はそれは間に合わないと思うし、成功しないだろうとも思っている。変わり者の王子はきっと王宮に潰される。とても素敵な人だけど、だからこそ王宮が、それに関わる南部の人間が放っておかない」
新しい王が間に合わない、とはジルトも思う。
クラブでは反乱を起こそうという人達の情報が入ってくる。ジルトが王に交渉する時間もあるだろうかといった具合だ。現王は特に病気もなく、どれだけ早く見積もっても代がわりに十年はかかるだろうと言われている。
「僕は……僕は、本当に何もできないやつなんだ」
兄にもずっと言われている。自分が何をすべきなのか、自分で考えることができない。
ただ、何もできない中で、それでもジルトを見続けて思った。彼女は前に向かって真っすぐ歩いているのだと。
最初は蔑まれ、敬遠されてもいたが、今では多くの人が彼女のもとに集まる。
「それでも君を見ていて、勇気をもらった。
今の状況が続けば、この国がどうなるかは明白だ。王、貴族と民の間で諍いが起こり、民は数を減らし、それによって国も痛手を負う。テアントルに一番近い外国は、つい最近新しい兵器を完成させて、こちらに攻め込む機会をうかがっているというのに」
そういった外国の話をジルトは知らなかったし、考えてもいなかった。
――知ってるだろう?最近、よその国ででっかい戦車を開発して、その力であたしらの国を脅してるのさ――
中央に来た時、身を隠しながら聞いた噂を思い出す。
「何かしたいと思ったんだ。そしてできれば、君を助けたいと」
何かしたいと思った。その気持ちはジルトにはよく理解できた。
自分がドラゴンの娘で、苦しんでいる人がいると知って、ジルトも何かしたいと思ったのだ。フリティアと同じで、最初は何をすべきかわからなくてもどかしかった。レオが目標を立ててくれたから、モーリがそれを認めてくれたから、あの魔の山から外へ踏み出すことができたのだ。
「フリティアさん。私も、この国に住む人々のために、何かしたいって思うよ。
どうすべきかは、みんなで考えたらいい。私も一緒に考えるよ」
「ジルトさん……」
フリティアの藍色の瞳に薄い膜が張る。
「ありがとう。こんな僕を受け入れてくれて。
僕だけでは力になれないと思うけど、きっと君は君の意志を貫けると思うよ」
「こちらこそありがとう。
フリティアさんにそう言ってもらえると、もうちょっと自分を信じられそうだわ」
ジルトがフリティアの両手を取ると、彼は驚いてから照れたように笑った。
その時、ぐらりと地面が揺れる。
「うわ」
フリティアとジルトは体勢を崩したものの、床に倒れることはなく、何とか堪えることができた。
「今のは?」
フリティアが不思議そうに扉の外を見る。
「ジル!ジル!この近くにいるんだろう?!」
外からカトレアの焦ったような声が聞こえて、ジルトは防音壁を解いた。
「カトレア!ここだよ!」
扉を開くと、カトレアは中のジルトとフリティアを見て眉根を寄せる。
「フリティア・シュンラ?こんなところで一体何をしている」
「カトレア、彼とは少し話をしていただけで、何もないよ」
良くない誤解をされてそうだったので必死に弁解する。フリティアの方も言葉にはなっていないが、何か言おうと必死に言い訳を考えている様子を見て、カトレアは一度怒気を収めた。
「よくわからないが、ジルトを信じるよ。
今はこんなことを話している場合じゃない。急いでこちらへ」
カトレアがジルトの手首を掴むと、フリティアははっとしてカトレアを見る。
「カトレア様、僕はここに残った方がいいですね?」
急な発言にカトレアは驚いてフリティアを見たが、彼が事態を何となく把握できているのだと感じて頷く。
「ああ、頼む」
わかっていないのはジルトだけで、カトレアに手を引かれるまま走る。
(嫌な予感がする)
この感覚をジルトは知っている。
あの日、ジルトの人生を大きく変えた日。
何もわからないまま、お別れの挨拶だけをして孤児院を出た日。
心臓の音があり得ないくらい大きく聞こえる。自分がきちんと息ができているのかわからない。
(今、何が起きてるの?)
ジルトはカトレアに掴まれている手の感覚だけを頼りに、必死に足を動かし続けた。
続きます。




