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竜眼の少女  作者: 五十音
テアントル
72/116

もしもの話

 新学期の朝。

 昨日までのお祭りの盛り上がりはすっかり収まり、少し肌寒いくらいの空気が漂っている。その中をジルトは進んでいた。

 夏季休暇前にはベストだった制服をブレザーに戻している。

 まだ目覚めない街の中を歩いていくと一つの建物に辿り着く。おしゃれなデザインの建物が多い学校区だが、そこは少し古めかしく感じる。機能性に特化した堅牢なつくりがそう感じさせる。だが、実際には建物は綺麗に保たれているのである。

 もしかすると閉まっているのではないかと思っていたが、その扉は軋みさえ立てず滑らかに開いた。

 紙の匂いに誘われるように受付を見るが、そこには誰もいなかった。


「ジルト」


 今度は声の聞こえた方を向く。

 二回へと続く階段の途中に、灰色に青の瞳をした青年が立っている。


「ファレン」

「上に行こう」


 ファレンはそれだけ言って階段を上っていく。ジルトは慌てて彼の背を追った。


 立ち入り禁止の看板を越えて五階に進むと、ソファと小さなテーブルがある。

 ソファにはファレンが座っていて、彼は目で隣に座るように促した。ジルトはそれに従って彼の横に腰を下ろす。


「会えるとは、思わなかった」

「僕は君に会いたいから、いつでも会えるよ。

 なんて。何となく、君が来るんじゃないかと思ってたんだ」


 ジルトを見て微笑んだファレンは、視線を前に向ける。


「どうして、ジルトは僕に会いに来てくれたの?」


 ファレンとは視線が合わない。

 ファレンが王宮関係者かもしれないとなって、ジルトはファレンがわからなくなった。いや、今までファレンの身分など考えたこともなかったので、不安になったのだ。

 だがファレンがどういう身分なのか、王宮の関係者なのか、そういったことを知りたいとは思わなかった。


「ファレンと、話したくなったから」


 ただ、会って話したかった。

 話して、何かを知りたいわけじゃない。もしそうだとしても、ジルト自身が何をしりたいのかを自分で理解できていない。

 話すことで何かを得るのではなく、話をすることを目的としてジルトはやって来たのだ。

 ファレンは驚いたようにジルトを見て、力の入っていた肩を下ろした。


「そっか。僕と話したかったのか」


 ジルトが顔を上げると、自分を見るファレンと視線が合う。ファレンは柔らかく笑った。


「僕も、ジルトと話しがしたいよ。僕から君に訊ねてもいい?」

「うん」


 ジルトは頷いた。


「ジルトは、この国をどうしたいって思う?」

「この国を?」


 突然の大きな議題にジルトは戸惑ったが、ファレンはそれを理解した上で話を続ける。


「ジルトがもし大きな力を持っていたら、この国をどうしたい?」


 ジルトは大きな力を持っている。ドラゴンの娘だと言われた時には自覚がなかったが、テアントルで周りと比べて自分が膨大な量の魔力を所有していることはわかっている。


(ファレンは私がドラゴンの娘だって知っているの?)


 ファレンはジルトが中央にいたころ、首飾りをくれた。元はジルトの魔力だったもの。ジルトが魔法を使えるのを知っていることは確かだが、ファレンが特に何も言わないので聞いたことがなかった。


「もしも、の話でいいんだよ」


 ファレンはにこりと笑う。

 今回も彼はドラゴンの娘について話を出さない。言葉からして、ジルトに探りを入れているわけでもなさそうだ。


「私に、大きな力があったら――」


 ジルトは自分の手のひらを見つめた。

 何も知らなかったころのジルトではない。自分の中には大きな力があって、今はそれを使えるようになってきている。

 それでもドラゴンのとしての覚醒ができていない。一体それが具体的に何を指すのかもわからないけれど、おそらく自分の中の魔力を完全に掌握できていない状態なのだろうということはわかる。


(もし、完全に力を手にしたのなら――)


「酷い目に遭う人をなくしたい」


 ジルトは魔の山でルギフィヤに会って、ドラゴンの娘なのではないかという憶測だけで魔力の大きな少女が酷い目に遭っていることを知った。

 それだけではない。最初にジルトが攫われた時、ジルトを傷つけようとした男は魔力がないことで奴隷に身を落として酷い目に遭っていたようだったし、最初にジルトに現状を教えてくれたルギフィア自身、そして半獣人も魔の山に追い込まれている。


「そうか。教えてくれてありがとう。

 じゃあジルトは、酷い目に遭う人がいなくなったら、どうしたい?」

「どう?」


 ジルトは不幸な境遇にある人を助けるようにと、王に交渉するつもりだった。ジルトの、ドラゴンの娘の魔力はそれほど魅力的なものだと、交渉材料としては十分だと考えられている。その価値を十分に高めるために、有利に交渉ができるようにジルトはテアントルで学んでいる。

 カトレアやドラゴンを崇拝するものはドラゴンの娘を王にしたいようだが、ジルトは王になることを望んではいない。酷い目に遭っている人を助けられたら、それだけでいい。その後のことは考えてなかった。


「そうだね、そしたら家族と暮らしたいなぁ」


 イルとアンとはあの日別れたきりで、生死さえもわからない状況だけれど、僅かな希望をまだ持ち続けている。イルとアン、そしてレオとモーリとまた一緒に過ごすことができたら……。それがジルトにとっての幸せだった。


「家族と暮らす、か」


 ファレンの目は少し遠くを見ていて、眩しいものでも見ているかのように細められていた。

 淡い表情に反してその瞳のなかの光は強く、何か重大な決心をしたようにも見える。


「もちろん、今仲良くしてくれている人とも、会えたらいいなって思うよ」


 その言葉に、ファレンはジルトを見た。


「さっき、酷い目に遭う人をなくしたいって言ったけど、そのことでまた誰かが酷い目に遭うのは嫌なの。

 大きな力を持って、もし望みを叶えられても、その後の世界でつらい立場になる人がいるのなら――どうすればいいんだろうって、思うよ」


 ――カトレア様を次期国王に押し上げようという動きもある。――

 ――カトレア様を王にと騒ぐものが出てくれば、ドラゴンを王としようとした時、彼女は王政の象徴としてその身を脅かされる可能性があるんだ。――


 ビジウムの言った言葉がふとした時に響いてくる。

 カトレアがそれを承知で動いているのか、ジルトを王とした後カトレアはどうするつもりなのか、彼女には確認できないままになっている。


「それでも、方法がまだわからなくても、私はそうしたいの」

「とても素敵なことだと思うよ。

 でも、ジルトに大きな力があったとしても、ジルトには今酷い目に遭っている人達に対する責任はないよね?

 もし、他の責任を果たすべき人が、君の望みを叶えてくれるなら、君自身がする必要はないんじゃないかな?君には家族と共に暮らすという幸せの形があるのだから、力があったとして危険を冒す必要はないんじゃない?」


 ファレンの言い方は突き放すようなものではなく、ジルトを気遣うような声だった。

 ファレンはジルトがドラゴンの娘であることを知らないのだろうか?知っていても、それを前提とせずにもしもの話を始めたのであれば、ジルトの答えは決まっている。


「必要は、ないのかも知れない。私には心配してくれる家族も、仲間もいるから。

 だとしても、大きな力を持っていて、叶えたい望みがあるのに何もしないなんてできないよ」


 ジルトがドラゴンの娘で、ドラゴンの娘という存在のせいで酷い目に遭った人がいる。だから助けたい。その気持ちもとても大きいけれど、もしドラゴンの娘じゃなかったとしても、大きな力があるのなら人々を助けたいと思う。


「それだと、大きな力を持っているだけでジルトが犠牲にならないといけないみたいだ」


 ファレンの声は悲しそうだった。


「犠牲とは思わないよ。

 だってそれは誰かにやれって言われたことじゃなくて、自分でやりたいって思ったことだから」


 大きな力を持っていたら、この国をどうしたいか。ファレンはそう問うていたはずだ。

 ジルトがじっとファレンを見つめ返すと、彼ははっとしたように瞠目してから照れくさそうに笑う。


「ジルトには学ぶことが多いね」

「学ぶこと?」

「誰かのために何かをするっていうのはとても素敵なことだけれど、自分で行動を起こす以上は、自分がどうしたいかということを考えなければだめだってこと」


 ファレンはどこか吹っ切れたようだった。

 太陽が位置を変え、窓から温かな光が差し込み、図書館の壁の向こうから、起き出した人々の声や音がうっすらと聞こえてくる。


「少し話しこんでしまったね。出口まで送っていくよ、ジルト」


 ジルトはファレンと一緒に階段をおりた。


「僕はここで失礼するね」


 扉の外にジルトが出ると、ファレンはにこりと笑った。


「また、いつでも会おう」

「うん。またね、ファレン」


 ファレンは頷くと、風と共に姿を消してしまった。

 それを見て、ジルトも扉を閉めて街に足を踏み出す。足取りは軽やかだ。

 ただたとえ話をしただけなのに、最後のファレンの表情を見て、ジルト心にあった小さな恐怖や不安は晴れていったようだった。

続きます。

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