薬の贈り主
収穫祭から寮に戻ったジルトを待っていたのは、機嫌の悪いルームメイトだった。
「ジルト、今何時だと思ってるんだ?」
紫がかった黒髪はまだところどころ跳ねている。
「そうだよ!一回交信したっきり、何の連絡もないし!」
シュレイもいた。
ウォートがジルトの呪いの元となった魔法に辿り着いた時点で、ジルトが魔女の子どもであること、シュレイが狼の半獣人であることがウォートにはわかっていると判断され、その情報もウォートとは正式に共有された。
そのおかげで、ウォートの前でシュレイは堂々と交信の話をすることができる。
「ごめんね、シュレイ」
「今は俺からは発信できないんだ。心配になる」
シュレイは夏期休暇の間に一族に怒られたらしく、今はジルトとの交信に制限をかけている状態だ。
本来なら、狼の半獣人が魔女の心を勝手に覗く、心に入り込むなどしてはならないのだそうだ。
「今までがおかしかったんだろう」
呆れたように言うのはウォートだ。
彼自身が自分で狼の半獣人と魔女の関係に辿り着いたからか、その辺の知識は常識よりである。ジルトもイルの本で調べてはいるが、シュレイとの直接のやり取りの方が先だったため、感覚はシュレイよりだ。
「レオも絶対そう言ったな」
シュレイは恨めしそうにウォートを睨む。
「当たり前だろう」
「レオはモーリのところ?」
「ああ。モーリのルームメイトは親戚が新入生で、今日は中央を案内する用事があるらしい」
「そうなんだね」
「レオもジルを心配してたよ。俺はジルが戻ったことをレオに伝えに行く。
ジルも落ち着いたらモーリの部屋に来て」
「わかった」
シュレイは持って来ていた鞄を持って、部屋から出て行った。
「ジルト、薬は買えたのか?」
ウォートは自分がついていけなかったので、ちゃんとジルトが目的の薬を買えたのか気になっていた。
「それが、色々あって……ウォートが教えてくれた薬は買えなかった」
「俺が教えた薬は?別のを買ったのか?」
ウォートはジルトが薬の効能を間違えていないか心配しているようだったので、ジルトはファレンにもらった薬入れを取り出す。
「買ったというか、もらったんだけど、痛み止めって言ってたから大丈夫だと思う」
ウォートは薬の容器を手に取り、蓋をあけると匂いをかいだり、色々な角度から中身を見たりしてから、蓋を閉め、驚いた表情で薬の容器を机に置く。
「ジルト、これを一体誰からもらったんだ?」
ウォートの声は震えているが、怒っている様子はない。
「薬じゃ、ないの?」
ファレンのことはそれほど知らないが、それでも悪意を感じたことは一度もない。
ジルトが戸惑って訊ねると、ウォートはふるりと首を横に振る。
「いや、薬だ。痛み止めで、モーリも楽になるだろう。だが――」
ウォートは何かを言いかけて、やめた。
ゆっくりと息を吸って吐き、薬を見る。
「これは、俺が開発した薬だ」
「え?」
「ただ、使っている素材が違う。配合は、恐らく同じだろう。だけど、俺の記した素材が全て上位のものに変換されている」
素材が上位のものであれば、改良されたのだろうかとジルトは思ったが、別のことにすぐに思い至る。
「……ウォートが開発したなら、それは王宮でしか作れない?」
「ああ。その反応を見るに、ジルトはこれをくれた奴がそういった関係のやつには見えなかったみたいだが。
そうなるとまた別の誰かからもらったのか?」
「薬をくれた人は、自分で調合したと言ってたよ」
ジルトは信じられない気持ちのまま、ウォートに伝える。
――これは僕が調合したものだから、ジルトが求めていた薬ほどの効果があるかはわからないけど、痛み止めとしては十分に効くと思うよ――
(ファレンはそう言っていた。それが本当なら、ファレンは王宮で働いているの?)
そう考えると、ファレンがジルトの周り――薬の調合をよくするというルームメイト、つまりは王宮から学校に入学したウォートがどう過ごしているのか気にしたり、会う機会がないから自分のことを秘密にしてほしいと言ったりしたことにも納得がいく。
「そうか……」
ウォートはしばらく薬に目を向けたまま黙っていたが、再び薬の容器を手にする。
「薬は、薬だ」
手の中の容器をぐっと握り締めた。
「これは感覚を鈍らせるような痛み止めじゃない。痛みの概念をなくすような薬だ。魔法のような効果がある。
問題点があるとするなら、それによって外的な痛みも無効化され、怪我に気づけないとかそういったことだが、普通の痛み止めも範囲を絞るのが難しいものなら同じだし、これは改良されているから――いや、そういうことじゃないな」
ウォートは薬をジルトに手渡す。
「良い薬だ。きっとモーリもよくなる。注意する点があれば、俺が言う」
「うん、ありがとう」
ジルトはウォートに渡された薬を優しく両手で包んだ。
*
ウォートとモーリの部屋に向かうと、モーリは少し険しい顔でベッドに横たわっていた。
ジルトがファレンにもらった薬を塗布すると、表情は和らぎ、笑みを見せてくれた。
「ありがとう、ジル。全然痛くなくなったよ」
少し掠れた声は以前より低い。
「モーリ、これはどうだ?」
「う!……痛いよウォート」
「悪いな。
よし、他の部分に影響はなさそうだ」
「何したの?」
「確かめただけだ。問題ない」
ウォートが気にしていたような注意点はなさそうで、ジルトはほっとする。
ここのところずっと調子が悪そうだったモーリが元気になったは嬉しいのだが、別のことがジルトの心を重くしている。
(ファレンが王宮の関係者)
だからといって何かが変わるわけではない。
ファレンはジルトに優しくしてくれたし、話した様子からも、王族によって人生を狂わされた人達がいる現状を憂いている様子だった。
だがジルトはファレンを良くは知らない。どんなことに喜び、何をどう考えるのか、そういったことは雑談の中でわかっているが、どんな立場なのか、王政についてどう考えているのかを聞いたことはない。
本来なら知らなくてもいいことだとも思う。それでも、もしかするとファレンは今後ジルトが立ち向かう側に立っているのかもしれない。その可能性がジルトには恐ろしかった。
続きます。




