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竜眼の少女  作者: 五十音
北部にて
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イルの日記

 ジルトたちが魔の山で暮らして、三か月が経っていた。家の近くに小さな畑を作ってモーリが中心となり野菜を育て、レオが時々獣を捕まえてくる。ジルトは集められた食材を料理し、家事もこなした。自由な時間はレオが魔法や勉強を教えてくれる。ジルトも少しずつ魔法を使えるようになっていた。


 穏やかな時の中、ふとイルやアンを思い浮かべる時もあった。そんな時ジルトはイルにもらった本を読むことにしている。一冊の本ではあるが、それは歴代の所有者が読んだ本の内容を記録できるらしく、様々な分野の本を読むことができた。目次を見ても内容のわからないものも多く、初めは積極的に開いていなかったが、多すぎる項目の中に、興味を惹かれるタイトルがあった。それはイルの日記であった。

 イルは昔は中央で教師をしていて、王族の住む南部への出入りもしていたらしく、そこで暮らす人たちの生活や、旅に出た先での調査記録が記されていた。南部や中央では安定した暮らしができるのだと思っていたが、実際には魔力のない人間が強制的に農園で働かされたり、珍しい魔法を持つ者が王宮に連れていかれて戻ってこなかったりと、不自由な生活を強いられる者も存在するのだと学んだ。

 また、この魔の山についての記述もあり、遥か昔から存在していた精霊や半獣人の種族が人間に追いやられてこの山に住み、足を踏み入れた人間を攻撃しているのだと書いてあった。

 ふとジルトは考える時がある。自分はこんなところでのうのうと暮らしていていいのかと。そもそもドラゴンの娘とはどういう存在なのか。なぜこうも人に近い形態なのか。中央でモーリが耳にした噂は、何を意味するのか。

 知りたいと思った。自分の存在の意味を。



 いつも通り、レオが捕ってきて捌いてくれた獣の肉と、庭の畑の野菜、山菜を使った昼食をとっていた。温かくなって獣が増えたのはいいが動きも素早くなったとか、もう少ししたら夏野菜の植え付けをするんだとかそういう他愛もない会話が続いていた。


「あのさ、レオ、モーリ」


 意を決して、ジルトが切り出す。


「私たちって、いつまでここにいるのかな?」

「は?」


 レオがスプーンを置く。それを見たモーリも彼に倣った。


「何を言い出すんだ、ジル。今の暮らしに不満があるのか?」

「違う!でも、いいのかなって、思う。ここでずっと暮らして、外では苦しい思いをしている人もいるのに」


 知らなければ何も思わなかったかもしれない。ずっと変わらない日常の中で生きて、死んでいく。それでもジルトはよかっただろう。ただ、ずっと豊かだと平和だと思ってきたこの国の、そうではないところを知ってしまった。顔も見たこともない、その環境で生きる人たちへの後ろめたさが生まれてしまった。


「ジル、お前がドラゴンの娘だからって、何かができるわけじゃないんだ。魔法だってまだ少ししか知らない。お前の存在が争いや悲劇を生むことにもつながるんだぞ」

「そうだよジル、危ないよ」


 それは理解しているつもりだった。イルはドラゴンについても研究していて、占い師がドラゴンの娘についての予言をしてから、各地で魔力量の多い少女や瞳の色が変わった女性が調査されたと日記に書かれていた。その方法が非人道的であったこともあり、自身の家族を守ろうと反抗した者たちが捕まったり、小さな争いがいくつか起きたらしい。

 そこへ本物がのこのこと登場していけば、ジルトを巡った争いが起きてしまう。それが予想できないことはない。ただ。


「もう、悲劇は起きてたとしたら、どうするの?」


 レオの顔色が変わった。不機嫌そうな表情ではない。大きく見開かれた目に焦りが浮かんでいた。


「ジル、お前、山の上に行ったのか」


 レオが立ち上がり、ジルの座っている方にやってくる。

 この家は山の中腹に位置している。ここまでは普通の動物や植物が生息している。ただし、それより上に行けば行くほど、獰猛な動物や、まだよく知られていない植物が生い茂っている。だから特別な事情がない限り上に登ってはならないと、レオに言われていた。


「誰に、何を言われた」


 レオはジルトの両肩に手を置いた。力の込められた指先が肩に食い込む。


「レオ、ジルが痛いよ」

「ちょっと黙ってろ、モーリ」


 鋭い目で睨まれては、モーリは何も言えなかった。浮きかけた腰をまた椅子に戻す。


「洗濯物を干してたら、上の方から歌声が聞こえたの。誰か他に人がいるのかと思って、聞こえる方に進んだら小さな妖精がいて――」


 レオに向かって話しながら、ジルトはその時のことを思い出していた。





「さっき歌ってたのはあなた?」


 家から少し登った先に、綺麗な花が群生していた。その花弁と同じ、薄いピンクの精がふわりふわりと漂っていた。

 ジルトの手のひらほどの大きさで、裸の少女の姿をした妖精は、大きく濃いピンクの瞳を大きく見開いた。


「そう、私よ!お姫様!ああ、やっと私の想いが届いたのね!」


 ジルトに向かって飛んできた精はくるくると、ジルトの周りを飛び回った。


「お姫様?」

「だって、ドラゴンのご息女ですもの。ドラゴンは私達精霊や獣の王。だからあなたはお姫様!」

「どうして私がドラゴンの娘だってわかったの?」


 ジルトが両手を差し出して訊ねる。妖精はジルトの手にちょこんと座って、嬉しそうに微笑んだ。


「誰だってわかります!わからないのは愚かな人間くらいなものよ。あったかくて優しい気配。今はまだ封じられているけれど、あなたの魔力はとても気持ちがよいのです」


 ころころとジルトの手のひらで転がった妖精は、はっと身を起こした。


「初めまして、お姫様。ご紹介が遅れました。私はルギフィヤ。ルーとお呼びください」


 ぺこりとお辞儀する姿が愛らしくて、ジルトは思わず微笑んでしまった。


「ルー、初めまして。私はジルト。家族は私をジルって呼ぶわ。お姫様は恥ずかしいから、私のことはジルって呼んで」

「わー!いいの?!ジル!ジル!私あなたにとーっても会いたかったのです!」

「あ、待って、ルー」


 ジルトはまたくるくると回転しながら飛び出したルギフィヤを呼び止めた。可愛らしい妖精は、大人しくジルトの手に戻る。


「さっきもそれらしきことを言っていたけど、どうして私に会いたかったの?」

「それはですね」


 ルギフィヤはジルトの手から降り、ピンクの花に降り立った。ジルトもそれに合わせて、地面に腰を下ろす。


「ジルはご存じですか?かつてこの国のいたるところに存在していた私達精霊や、半獣人の種族は、魔力を手に入れた人間によってこの森に追いやられてしまったのです。王であるドラゴンが長い眠りについた頃のことでした。魔力を手に入れた人間は凶暴で、かつて人の感情を養分としていた私達一族は人間によく知られていたこともあり、次々捕らえられました。仲間たちがどんな目に遭ったかは想像したくもありません。ここに逃げ延びた仲間も、花の養分では栄養が足りず次々倒れていきました」


 ルギフィヤはぽろりぽろりと涙を流す。それを小さな手で懸命に拭う。


「もう私も死んでしまうのかと思った頃でした。ジルが生まれたのです。私たちの希望、新たな王。この山の者はみなジルが大好き。あなたが生まれて、豊かな魔力が満ちていくのを感じました。絶望の淵にいた半獣人も、他の妖精も、あなたが生まれただけで救われたのです。そしてみな、望んでいます」


 ルギフィヤはふわりと浮かんでジルトの顔の前に立った。


「ジル、この国の王になってください。この国は元は人間の国ではないのです、ドラゴンの治める国なのです。人間を倒したいとか、傷つけたいとかは思っていません。また再び、豊かな土地で、それぞれにあった環境で暮らしたい。それだけなのです」

「ルー」


 切なげに訴える妖精を、ジルトは両手で優しく包み込んで胸に寄せる。


「ごめんなさい。私、そんなことできる気がしないわ。それに、私を生かすために力を尽くしてくれた人がいるの。勝手はできない」


 ジルトだって、できれば協力したかった。だが、それで山を下りて誰かに見つかれば、イルやアンの行為を無駄にしてしまうのだ。家を出てすぐ起きた爆発。もしかしたら二人は死んでしまっているのかもしれない。


「ジル、あなたを傷つけることを承知で言います」


 ジルトの手から抜け出したルーが、ぽろぽろ涙をこぼしたまま言う。


「今の人間の王はあなたを探し出す為ならなんでもします。実際に、とある友人が、私達を認識できるある者が、あなたに関する予言を行ってから、王は魔力の高い少女たちに酷いことを行っているのです。口にするのも悍ましいことです。そうでなくても魔力のない人間を奴隷にしたりして、人間でも多くの者が苦しんでいます。このままずっとあの王族の支配が続けば、この国は滅んでしまいます。もし国の王となるのが嫌なのでしたら、交渉だけでも構いません。なぜか今の王は何よりもあなたを、あなたの魔力を欲しています。きっと願いを聞いてくれると思うのです」


 ルギフィヤはジルトの小指をぎゅっと握った。触れているのがわかるくらいの力だったが、それだけでジルトの胸は締め付けられる。


「わがままでごめんなさい。私は酷いやつです。ごめんなさい」

「ルー、顔を上げて」


 ジルトに言われて顔を上げたルギフィヤは、苦しそうに笑う少女を見た。


「酷いのは私のほうよ。私も、最近知ったの。今この国で酷いことが行われてること。でも何もしなかった。力はあるはずなのに、その使い方もわからない。今の生活を取り戻せなくなるのが嫌だった」


 ジルトは涙で濡れてしまった妖精の顔を、優しく指の腹で拭ってやる。


「でも、私、やっとわかった。この力を持っているだけでも誰かの役に立てるなら、そうしたい。どうしてイルさんが日記も入った本を渡したのだろうってずっと悩んでたけど、たぶん、イルさんもそうすることを望んだんだと思う。私がこの国の現状を知って、動くことを望んでいたんだと思う」


 ジルトは自身の額を、ルギフィヤのそれとくっつけた。


「私、やってみるわ。きっとレオは反対するけど、やってみようと思う」


 高く上った太陽に照らされて、小さな妖精はふわりと笑った。

続きます。

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