魔女狩りの呪い
ジルトはクラムから離れて、シュレイと交信した。
戻るのが遅くなっていたことに対する謝罪と、あと少しだけ待って欲しいということを伝えると、シュレイは何か言いた気だったが、わかったと答えてくれた。
ジルトはクラムの近くに座ると訊ねる。
「クラムさん、どうして学校区に来たの?」
「この時期は、王宮から中央の学校に子どもが送られてくる。それに収穫祭が重なっているから、俺達自身も学校区に入りやすくなるんだ」
歓迎祭や体育祭、収穫祭など、中央もしくは学校が中心の祭りがある時、学校区にかけられている魔法が解かれる。
それは本来は政治に関わる人物を学校に介入させないためのものだが、その魔法によって中央に住む人々も、学校の場所がわからなくなる。
学校の場所――つまり、新入生の居場所も突き止められ、子どもが寮に馴染む前のこの時期が、魔女狩りにとって好機なのだ。
「王宮から出られる者は少ないが、それでも可能性があるのならと毎年調査には来ている。
そこで、君を見かけて、思わず声をかけてしまった」
「クラムさんは、私がドラゴンの娘だってこと、知ってるんでしょう?
それに、魔女の子どもであることも」
クラムは目に見えて動揺したが、じっと自分を見つめるとジルトに、息を吐き出して向き合う。
「ああ、知っている。
そして君も、俺が――魔女狩りであると知っているんだな」
「うん」
魔女狩り。
魔女を根絶やしにすることを目的とする一族。魔力を使える少女や女性をを悪しき魔女の末裔として捕らえる。と言われているが、ジルトが実際にそこで見た者は大きく違っていた。
王宮に連れていかれた少女や、そうなりそうな人達を匿い、育てていた。少しだけ話をしたトーチ・リリーもクラムと親しそうにしていた。
それでも、魔女を絶やすという目的は変わらないだろう。
「クラムさんは、私を殺すの?」
クラムは身を固くした。
自分で言って、ジルトも少し怖くなる。
ただ、ジルトはクラムがそうするとは、ジルトのことを殺したいと思っているとは思えなかった。
ジルトを恨む人は、最初に目を抉ろうとして来た元奴隷やヒユのように、激しい殺意をジルトに向けた。
クラムはジルトに優しくしてくれた。クラムと出会った時はお互いの正体を知らなかったけど、こうして声をかけられるのは不思議だった。こうして再び会う時には、ヒユのような殺意を向けられるのかもしれないと思っていたから。
「俺は、君を殺したいとは思わない」
ジルトの肩に手を置いて、目線を合わせて、クラムははっきりと言った。
「ジルト、君に今日で会えたのは偶然だが、ずっと考えていた。俺と一緒に来ないか?
一族で君のことを知っているのは俺だけだ。俺が話さなければ、君がドラゴンの娘であることも魔女であることも隠すことができる。
俺は、君も保護されるべき子だと思っているんだ」
クラムはジルトと出会ったあの日から、彼女を保護したいと思っている。
共に暮らした日々の中で、同じ年頃の少女たちに申し訳なさを感じていたジルトを、その少女達が守られていることに安堵し感謝をしながら、自らをその対象に入れなかった彼女を守りたいと。
「クラムさんはどうなるの?魔女狩りって、魔女を滅ぼすんじゃないの?」
「わからなくなったんだ。君が来て、呪いがましになった。一族のいうことは本当なんだろうか?
本当に魔女が一族を呪ったのなら、君が近くにいて呪いが強くなるはずなのに、逆に弱まるだなんて」
「呪い?」
「ああ。このことは特に知られてはいないだろう」
クラムは自身の顔にかかる髪を持ち上げる。白い髪の下から現れたのは、真っ黒な痣だった。
「俺達の一族には呪いがかかっている。常に一人、呪いを受けた者が誕生するんだ。
呪いの印はこの痣。そして痣は成長と共に広がり、それに伴い痛みも増加する」
「クラムさんは、今痛いの?」
「いや、問題ない。痛みは時と共に増しているが、君が傍にいると痛みが和らぐんだ」
呪いがましになった、というクラムの言葉をジルトは理解した。
(そうしたら、確かに変だ。魔女が呪ったのに、魔女が近づくと痛みが治まるなんて)
「呪った者が死ねば、呪いは解ける。今もこの呪いが解けないのは、かけた者が死んでいないからだ」
「じゃあその魔女がまだ生きているの?」
「いや、恐らく死んでいるだろう。魔女は滅ぼされた、はずなのだから。
魔女とて不死ではない。呪いがかかったのはまだ魔女が生きていた頃だ」
「呪いをかけたのは魔女なの?」
「それは確かだ。最初に呪いをかけられた者が魔女にかけられたと言っている。
それに、かけた当事者が死んでいるだろう今になっても呪いが続いているというのが、何より呪いの主が魔女であることを証明している」
「どういうこと?」
「魔女は不死だが、不朽とされている。
詳しくはわからないが、魔女の魔法、その源となる魔力は次世代に引き継がれる」
ジルトはつい最近、魔女の繁殖方法について聞いたばかりだ。
――魔力の結晶は人間も作れるだろう?魔女はそれを卵として後継を作っていく。結晶を作った者、つまりは母以外の魔女も卵に魔力を注ぐことでその結晶から魔女が生まれるんだ。
「その魔力が引き継がれる限り、つまり魔女という一族が続いている限り、呪いが解かれることはない」
それが、クラムの一族が魔女狩りとなった理由なのだろう。
「ジルト、俺と一緒に来てくれないか。
君がドラゴンの娘であると知れたら、王族だけでなく俺達一族も君を狙うことになるだろう。
だが一族に身を隠せば、君の素性が露見することはない。呪いによる痛みが楽になったことを一族が認識するほどの時間が経てば、君が魔女だと知られても、殺されはしない、いや、俺がさせない。
そうなれば、俺達の一族が君にとって安心できる場所になる」
クラムは必死だった。あの少しの間の穏やかな日々を、再び手に入れたいと望んでしまった。
ジルトはゆっくりと首を振る。
「私はクラムさんと一緒にはいけないよ。
今、クラムさん達が保護しているのは、私の存在によって大変な目に遭った人たちだよ。私は、その人達と一緒にはいられない。もし、その人達が許してくれたとしても」
ドラゴンの娘を手に入れるために王族が人生を狂わせた人達を、ジルトは実際に見てしまった。魔の山にいた時よりも、どこかで安全に暮らすなんて考えられない。
「それに、私にはやらなきゃいけないことが、やりたいことがあるの」
ドラゴンの力を使いこなして、王族に交渉できるまでにならないといけない。まだ覚醒も済んでいないジルトはやることが山積みだ。
「クラムさん、私を守ろうとしてくれてありがとう。
私が一緒にいることでクラムさんが楽になるなら、一緒にいたいと思うけど、そうはできないの」
気がかりなことといえば、自分と一緒にいると痛みが和らぐというクラムの傍にいないことで、彼の痛みが増してしまうことだ。
「ごめんなさい。でも、魔女がかけた呪いなら、魔女が解けるかもしれない。その方法を探してみるよ」
クラムは腰を上げたジルトの手を掴んだが、ジルトの顔を見て、ゆっくりと手を離す。
「すまない、ジルト。俺の都合を君に押し付けた」
「ううん、いいの。私も、自分の都合でクラムさんの提案を断ってる」
ジルトの言葉に、クラムは「敵わないな」と寂しそうに笑う。
「ジルト、俺と話をしてくれてありがとう。
俺達一族に、そして王族にその正体がばれないように祈っている」
「ありがとう。クラムさんも、身体を大事にしてね」
「ああ。ここで少し休むとする。
ジルト、行ってくれ」
「うん」
ジルトは最後までクラムを心配そうな顔で見ながら、その場を離れた。
お互いまたねの言葉は言わなかった。会わないことが、互いのためになる。
それでも、穏やかな時間をまた共有できることを、二人とも心の中で祈った。
続きます。




