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竜眼の少女  作者: 五十音
テアントル
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スロニウム②

 「お前、さっきアンセモンと何話してたんだ?」


 教室に戻る途中、アジュガに会った。

 彼を見かけることはあるが、よく見ることも、こうして話すことも初めてだった。

 スロニウムを睨みつける赤い瞳は相変わらず気に入らない。


「君には関係ないだろう」

「は、関係ないねえ。俺のこと目の敵にしてるくせに?」


 アジュガがまさか自分を認識しているとは思わず、スロニウムは言葉に詰まった。


「他の馬鹿な奴等みたいに直接手出しはしないからって、わからないとでも思ったのか?

 ここの奴らはほとんど同じ目をしてる。俺を()()って思ってる」


 当然だ、と言いかけてぐっと堪えた。


「ここで乗って来ないだけまだマシか。

 お前がどう思ってようがどうでもいいが、余計なことをアンセモンやアセビに言うなよ」

「アセビさんに迷惑ばかりかけてる君には言われたくないな」


 アセビの名前が出ると、自制が上手くいかなかった。

 ムキになって言い返した自覚はある。アジュガはこれ幸いとスロニウムを馬鹿にすると思っていたのに、彼は意外にも静かなままだった。じっとスロニウムを見て、嘲笑ではなく、憐れみの表情を浮かべた。


「お前は、何にもわかっちゃいないんだな」

「どういう意味だ?」

「所詮は貴族の物差ししか持ってないってことだよ。

 アセビが此処にいるのは、俺が此処にいる理由とはまた違う。入学が今年になったのは俺が入学することになったからだが、別に俺の世話を頼まれているわけじゃない。

 アセビが俺を気にかけるのは心配だからじゃない。それも嘘ではないが、お前にはわからないものが、俺にはわかるからだ」


 アジュガの声は静かで、抑揚がなく、破天荒な彼の性格と結びつかない。


「じゃあな、せいぜい頑張れよ、万年二位」


 急に元の調子に戻ったアジュガは、鼻で笑ってから、教室とは逆方向に歩いて行った。

 スロニウムはやはりアジュガを好きになれないと思った。


 学年が上がってもアジュガに対する印象は変わらなかった。

 スロニウムは早い段階で騎士として働かないかと王宮から声がかかっていた。祖父が騎士だったからではない、スロニウム自身がそれほど優秀だったからだ。

 だが、それより優秀な者、決してスロニウムが追いつけなかったアジュガは騎士の誘いだけでなく、文官や研究員としての誘いが数多くかかっていた。本来ならあり得ないことだ。貴族でもないのに、王都で働くだなんて。

 しかし、なんとアジュガはその有難い誘いを全て断った。そして、教師になるなどと言いだしたのである。

 教師も立派な仕事ではあるが、教育機関は中央にしかない。王都や南部で働くことに比べれば、貴族界での地位は低い。そうわかっていたが、スロニウムは自身も教師になることを決意した。

 学生時代に一度も勝てなかったアジュガに、どうしても勝ちたかったのだ。


「誰かに何かを教えるって素晴らしいことだと思うわ」


 アセビはそう言ってくれた。

 相変わらずアジュガの世話を焼いてはいたが、以前言っていた通り、アジュガは二組の学生ととても仲が良いらしく、スロニウムが彼女と話せる時間は増えていた。


――お前は、何にもわかっちゃいないんだな――


 何度かアジュガの言葉が過ることはあったが、スロニウムにはどうしても、自分がわからない何かをアセビが持っているとは思えなかった。

 それがわかったのは、教師となって三年が経った頃だった。


「アジュガ・キランが禁を犯し逃亡した!

 やつの使っていた部屋を調べろ!」


 王都から騎士がテアントルに乗り込んできた。

 正直なところ、スロニウムは何とも思わなかった。学生時代とは違い、大人しい人間のように教師として振る舞っていたが、あの不快な目はかわらなかった。いつか何かやらかすのではないかと思っていた。

 だが、


「一緒に逃亡したアセビ・ピエリスについても手がかりを探せ!」


 まさか彼女がアジュガとともに罪を犯すなど、思ってもみなかった。


(彼女が?嘘だろう?)


――お前は、何にもわかっちゃいないんだな――


 頭の中で響いたアジュガの声に、スロニウムは目の前が真っ暗になった。



*



 自分の人生を変えた男、そして淡い想いを寄せていた女性を連れ去った男。自分の視界から消えて十五年も経ったが、未だに、いや年を経るに連れ恨めしい気持ちが募っていく男。

 そんな男が、今、目の前にいる。


「アジュガ・キラン」


 檻の奥で壁に背中を預けて眠っていた男が目を開く。

 あの、嫌な赤い二つの目が、真っすぐにスロニウムを見た。


「誰だ?」


 かすれた声は記憶より低い。


「覚えていないか。スロニウム・デクネだ」

「ああ、そういや」


 アジュガは座ったまま体を起こし、壁から背を離す。

 

「王宮に出入りしているのか?」

「まさか。学生を書庫に案内したついでだ」

「ついでに学生を書庫に案内した、だろ?」


 相変わらず見透かしたような、馬鹿にしたような話し方だった。


「で、僕に何の用?」

「用などない」

「そう。アセビのことは知らないよ」


 さらりと一番気になっていることを言われ、スロニウムは思わず檻を掴んでアジュガに詰め寄ってしまった。


「ま、君には知らされないだろうね」

「なぜ彼女を巻き込んだ?!」

「巻き込んだ?ああ、まだそういう頭なんだ」


 アジュガの目が細められる。


「お前は結局、変わることはなかったんだな」

「何を知ったように!お前は相変わらず最悪だ!」

「おや?少しは自分の感情に素直になったのか?」

「黙れ!」

「僕の方はかなり変わったよ。中々に人間らしくなっただろう?」


 檻の中でアジュガは誇らしげに笑って見せる。


「お前のようなやつが人間らしく?

 本当かどうか知らないが、無駄な成長だったな。お前はすぐに死ぬことになる」

「そうかもね。お前は僕のことは、どうでもいいだろ?

 せいぜいアセビが処刑されない内に見つけてあげるんだな」

「他人事のように!お前が巻き込んだんだろう!?」

「違う。彼女の意志だ」


 アジュガは冷たく落ち着いた声で言った。


「信じたくないなら、ずっとそうしておけばいい。

 お前にはわからない、いや、お前がわかろうとはしないことだからな」



――お前は、何にもわかっちゃいないんだな――



 アジュガの言葉は、いつだってスロニウムの頭の中に呪いのように響く。

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