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竜眼の少女  作者: 五十音
テアントル
63/116

スロニウム①

 スロニウム・デクネは貴族の息子だった。父親は王都で文官を務めており、母親は騎士の娘だった。当然保有する魔力量も多く、祖父の勧めもあり、騎士になることが彼の将来の夢であった。

 そんな彼がどうしてテアントルで教師をすることになったかのか。それは彼の学生時代まで遡る。



*



「なあ、聞いたか?今年はデクネ家の一人息子が入学したんだって」

「知ってる。既に魔法もある程度使えて、身体だって大きいんだってな」

「まだ十二だって聞いたぞ?」


 スロニウムは周囲の噂を何とも思わなかった。南部で暮らしていた時から、そういった話をされるのは珍しくなかったからだ。


「あれ?最年少は別だったよな?」

「ああ、十歳だって」


 だが、その話を聞くのは初めてだった。


「そんなに幼くて?でも聞いたことないぞ」

「それもそうさ。そいつは平民らしいからな。しかも北部の」

「北部の平民?!なんでそんな奴がテアントルに?」

「知ってるだろ?噂」

「噂?」

「十何年前に王宮の占い師が言ってた噂」

「馬鹿、占い師が言ったのは予言だろ」

「細かいなぁ。まあその予言を受けて、ドラゴンの子どもじゃないかって噂されてた奴だよ」

「そいつが?じゃあ女の子か?」

「女の子だったらそのまま王宮行きだろ。男だよ」

「じゃあ何でドラゴンの子どもだって?」

「目が、赤いんだって。それに魔力も桁違い」


 入学早々、上級生の噂を聞いた時は、そんな奴がいるのかと、ただそう思っただけだった。

 だが、クラス分けに従って一組の教室に入った時、その存在を認識して不快になった。


「君、何て名前なの?」

「うるせえ、喋りかけんな」


 訊ねたクラスメイトの表情が強張っていく。

 貴族が平民にわざわざ優しく話しかけてやったというのに、何という態度だろう。

 他のクラスメイト達も顔を顰めてざわざわとし始めると、その平民は、苛立たし気に立ち上がり、周囲を睨みつける。

 噂通り、真っ赤なその瞳がスロニウムは気に入らないと思った。


 アジュガ・キランという平民は、ろくに授業も受けず、たびたび教室を抜け出しては先生を困らせていた。それでも教師が彼を無下にできないのは、彼が王宮から送り込まれた子どもだったからだ。

 アジュガは北部で八歳まで育ったらしい。彼の家族は何としても赤い目を持つ子どもを隠したかったようだが、予言を受けて捜査範囲を広げていた王の派遣部隊により見つかった。女ではないのでドラゴンの娘ではないが、魔力量が多いということもあり、王宮が彼を引き取ったのだという。


「ピエリス君、アジュガを連れてきてください」

「はい、先生」


 アジュガの世話係となっていたのがアセビ・ピエリスだった。

 彼女は下級貴族の末子だった。変色者ではないが、女性なのに魔力を使えるということで王宮に引き取られており、その賢さを認められて将来は王宮付きの研究員として働くためにテアントルで学んでいる。

 スロニウムと同じ十二歳で、この時期に入学したのはアジュガの面倒を見させるためだろうとも言われていた。


「アセビさん、僕も行こうか」

「大丈夫よ。スロニウム君は授業を受けないと」

「だが、君も研究者になるんだろう?」


 スロニウムの言葉に、アセビは目を丸くしてから、優しく微笑んだ。


「私は、いいの」


 その笑顔は儚くもあり、また美しくも感じた。

 授業に出てこないアジュガは意識にも入りづらく、どちらかといえばその世話を任されているアセビのことが気になって、スロニウムのアジュガに対する印象は薄れていった。

 最初のテストまでは。


「は?」


 昇降口に貼り出されたテストの順位に、スロニウムは思わず声が漏れた。

 座学・実技において、アジュガが全て一位を取っていたのだ。


「うわ、あいつ成績はいいのかよ」

「まあ例の赤目だもんな」

「態度も性格も最悪だけどな」


 普段の行動からアジュガを認めるような声は上がらなかった。それでも、自分が一番優秀であると信じて疑わなかったスロニウムにとっては屈辱であった。

 それからはよりいっそう真面目に勉学に励むようになった。


「スロニウム君、最近がんばり過ぎじゃない?」


 他の学生より年下であるスロニウムに友達と呼べる存在はおらず、アセビだけが彼を心配してくれた。


「アセビさん、大丈夫だよ」

「そうは言っても、酷い顔色だし、休んだ方がいいと思うよ」


 アセビの心配は嬉しかったが、スロニウムは休むことをしなかった。それが原因で熱を出してしまい、アセビがその世話を任されることになったので、スロニウムは看病されながら申し訳なさを感じていた。


「ごめん、君は忠告してくれたのに」

「忠告なんて、そんなのじゃないわ」

「君はアジュガ・キランの世話も任されてるのに……」


 スロニウムの言葉にアセビは一度手を止めた。


「最近は、そんなこともないのよ」

「そうなのか?」

「ええ。入学当初からアジュガを気にかけてくれてた二年生の先輩がいて、最近はその人のおかげでアジュガも少し落ち着いたの」

「そんな人がいたのか」

「そうよ。それに二組の中央出身の子とも最近仲良くなったらしくて、少し明るくなったわ」


 嬉しそうに話すアセビにスロニウムは複雑な思いになる。


「君自身は、どうなんだ?アジュガからの迷惑が減ったなら、前よりは学びやすくなっているのか?」


 アセビは驚いた表情になってから微笑む。あの、儚げな笑みだ。


「私は、いいの。

 それにやっぱりアジュガのことは心配だわ」


 アセビは止めていた手をまた動かし始め、スロニウムの額に新しい冷たい布を置いてくれる。


「スロニウム君はゆっくり休んで」


 アセビのおかげで熱ははやく引き、その後はスロニウムも自身の体調管理を第一に勉学に勤しんだ。

 それでもアジュガは先を行く。最初の期末試験で、いきなり三級試験に合格したのだ。

 史上初のその功績に、さすがに評価を変える者も多かった。あまりにも優秀な学生に、スロニウムの噂は出なくなった。レベルが違い過ぎて、スロニウムとアジュガを比べる者も、スロニウムを哀れむ者もいなかった。アジュガは異質、みなと同じ土俵にはない。

 それでも、スロニウムだけはアジュガを認められなかった。高貴な家に生まれ、才能も充分にある自分がたかが平民、それも周りに迷惑をかける年下の子どもに負けているとは思いたくなかった。

 評価する者もいれば、アジュガを目障りに思う者もいて、スロニウムは逆に孤立しなくなった。同じく上級貴族の同級生や先輩が露骨にアジュガを避け始めたからだ。


「たかが平民のくせに」

「調子に乗りやがって」

「スロニウムもそう思うよな?」


 そういった声が近くなったのもあって、スロニウムは更にアジュガが苦手になった。

 そうだ、平民のくせに。目は赤いが、髪は黒で、変色者とも言い切れない。


「平民のくせに生意気だと思う」


 ついそう愚痴をこぼしてしまったが、そうすると少し気が楽になった。

 他の者のようにアジュガに害を加えようとは思わなかったが、追いつかないどころかますます開いているように感じる力の差に苛立ちを覚えるようになった。


「アンセモンさんは、どうしてアジュガによくしてやるんです?」


 ある日、スロニウムはアジュガを気にかけていたという二年生の先輩を見つけて訊ねた。

 アンセモンは驚いた顔をしていたが、どうやらスロニウムのことは知っているようで、少し話そうと中庭に案内された。


「君はスロニウム・デクネだな」

「はい」

「私がアジュガによくしてやっている、というが、私は大したことはしていない。

 ただ、入学当初の彼が心配だっただけだ」

「心配ですか?あれほどの力を持って、好き勝手に振舞っていたのに?」


 スロニウムは子どもっぽい言い方を咎められるかと思ったが、アンセモンは笑うだけだった。


「まあ好き勝手ではあったが。

 君もそうだが、アジュガは幼い。力があっても経験がない。心配にもなるさ」

「そういうものですか?」

「そうだ。例え、平民であったとしてもね」


 アンセモンの声が少し低くなる。普段の声でもかなり低いので、スロニウムは驚いて肩が上がりそうになった。恐らくそれは声だけのせいではなく、自分の心の内を見透かされたと思ったからだ。

 スロニウムはそっとアンセモンを見上げたが、アンセモンの顔はそれほど険しくはなかった。


「私は、話すのが得意ではないから、君に納得してもらうことはできないと思うが、人は人だ。

 幼い者には助けが必要だと思うから、アジュガに声をかけただけだ。

 もちろん、君が困っているのであれば、私は君を助ける」


 そう言われてもスロニウムには理解できなかった。

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