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竜眼の少女  作者: 五十音
テアントル
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王宮書庫

 スロニウムは馬車に乗って来ていたようで、コリウス家を出たジルトはスロニウムに続いてその馬車に乗った。

 王都まではそう遠くないようだが、スロニウムと向き合って座っているジルトはまだ着かないのかとじれったく感じていた。スロニウムは窓の外に視線をやっており、無言の時間が続いていた。


「君は、魔法の本を知っているか?」


 スロニウムはジルトに視線を寄こさないまま言った。


「魔法についての本ではない。あらゆる”書かれた物”を記憶する本だ。目次以外は白紙で、記憶するものが増えたとしてもページ数は増えない。ただ、所有者が読みたいと思ったものを写し、見せてくれる魔法の本」


 ジルトには思い当たる節があった。

 孤児院から出た日に、イルから鏡と一緒にもらった本だ。イルの日記や、シュレイに贈り物をする時に狼の半獣人についての記載を読んだ。今は寮の鍵のかかった引出にしまわれている。

 顔の向きは変えず、スロニウムは目だけをジルトに向ける。


「知ってはいるようだな」


 そして今までの静寂が嘘のように素早い動きで、ジルトの顎を片手で掴み、顔を上に向けさせた。間近に迫った彼の顔には表情がない。


「勉強熱心だから知っているのか?それとも――


 ――お前なのか?アジュガ」


 スロニウムの橙色の瞳が、炎のように揺らめく。瞬き一つさえ見逃さないような強い視線にジルトは思わず身をすくめた。

 そんなジルトの様子を見て、スロニウムはジルトを解放し、また窓の外を見る。


「まさか、そんなことあるはずもなかったか。魔力が多い者に姿を変える魔法は効かない」

「先生にとって、その人はどんな人なんですか?」


 スロニウムの言葉は独り言のように聞こえた。返事は返って来ないかと思っていたが、


「心底憎い奴だ」


 視線は変えず、彼は怒りのこもった声でそう言った。

 それからはまた無言の時が続き、馬車を降りてからもスロニウムと言葉は交わさなかった。

 スロニウムは王宮で必要な手続きを行い、ジルトを書庫に案内した。


「帰る時は渡した手紙を門番に見せなさい、中央まで馬車を出すように手配してある。次の鐘がなったらここからは退出するように。更にその次の鐘がなった時にまだ王宮内にいたら、捕らえられても文句は言えない。

 せいぜい騒ぎを起こさぬように」


 そう言ったスロニウムの目は厳しいもので、もしかするとまだジルトをアジュガだと疑っているのかも知れなかった。

 王宮に用事があるのは本当だったらしく、スロニウムはジルトを置いて別の場所に向かってしまった。


(クリソス先生が言ってたように、デクネ先生が私を嫌うのは、やっぱり個人的な理由だったんだ)


 そうとわかったところでできることは何もない。せめてこれ以上スロニウムに嫌われないように、時間までには絶対に王宮を出ようとジルトは誓った。



*



 ここには急に来ることになったので、目当ての本などなかったが、学校区の図書館にはない荘厳さを持つ王宮の書庫はただ見て回るだけでも面白かった。

 A.K.クラブで人に古語を教えるようになったこともあって、ジルトにはもうどれが古語で書かれたものなのかを意識せずとも見分けられるようになっていた。


(コリウスさんのお父さんが言っていたように、本当に古語の本が多いなぁ)


 古語で書かれた本は基本的に魔法の書となるが、創作話や土地にまつわる逸話なども多く所蔵されていた。


(あれは何だろう?)


 誰もいない書庫の本棚の端に、傷のようなものが見える。それに見覚えがある気がして近づくと、そこには「A.K.」の文字が書かれていた。


(A.K.はアジュガ・キランのマーク。彼はここにも出入りしてたんだ)


「おい、坊ちゃん」

「うわぁ!」


 誰もいないと思っていたのに声をかけられてジルトは飛び上がった。

 王宮で働く人なのだろう、立派な服を着た若い男が立っていた。


「こんなとこで何してる?」

「ええと……」


 明らかに不審者を見る目で見られたので、ジルトは焦りながらスロニウムからもらった手紙を差し出す。


「怪しい者じゃないみたいだが、今から偉い人が来る。悪いが出て行ってもらう。

 子どもに図書館も面白くないだろう。その証書なら一階は見て回れるはずだ。保護者の用が終わるまで調度品でも見ていなさい」


 ジルトは返された手紙をしまい、男に案内されて書庫を出た。

 ジルトは保護者と一緒に帰る予定はないので、そのまま王宮を出てしまってもよかったが、王宮に入れる機会など滅多にない。時間の許す限りは内部を見て回ることにした。

 来た時はスロニウムと一緒だったこともあって緊張しており、周りを見る余裕もなかった。

 王宮内は王族の証である髪と瞳の色に関係があるのか、金と青のものが多かった。

 歩く時に音のしない分厚いカーペットも、光を大きく取り入れる窓も、それを覆うカーテンも、ところどころに現れる壺などの調度品も、たいした知識のないジルトでも高価なものだとわかる。

 ジルトにとって王宮は、少女達に酷いことを行っているというイメージが強く、勝手に荒れ果てた暗い所だと思っていたが、実際にはおとぎ話のお城のように美しい。


(それに、何かあたたかいものを感じる)


 王宮内でジルトを呼んでいるものがあるように感じられた。その存在ははっきりと捉えられず、かといって手当たり次第に探しては騒ぎになってしまう。辺りを見ながらふらつくことしかできない。


「ちょっと!あなた大丈夫?!」


 急に女性の焦った声が聞こえた。

 ジルトはハッとして声のした方向を見たが、そこには誰もいない。ただの壁しかなかった。


(聞き間違いかな)


 とはいえ、はっきりと聞こえたその声を幻聴としてしまうことはできなかった。

 壁に近寄り、耳をあてようと体を近づけると、スゥっと扉が現れた。


(一階なら、見ても大丈夫なんだよね?)


 この扉の先はだめなような気もしたが、聞こえて来た声はかなり焦っていた。何か起きているのかもしれない。それに、廊下を守備する兵は壁に耳を当てているジルトに何も注意はしてこない。

 ジルトは先に進むことにした。


 扉の先にはすぐに部屋があるわけではなかった。細い一本の廊下が現れ、少し進んだところで曲がり角に当たる。そこを曲がった先が部屋になっているようだった。廊下は薄暗いが、その部屋からの灯りが廊下に漏れている。


「ああ、そんなに何を強く握り締めていたの」


 先程の女性の声がした。先ほどよりは落ち着いているようだ。

 ジルトは部屋に入ることはせず、廊下の曲がり角の手前で立ち止まった。


「お兄ちゃんにもらったんです。赤い石。ドラゴンの瞳の色だから、お守りとして。

 こうして手の中に入れて、お祈りをすると守ってくれるって」

「ドラゴンの何がいいの?!こんなことになってるのは、そのドラゴンのせいなのに!」


 幼い二人の少女の声は対照的だった。


「やめなさい。人の信仰に口を出してはいけないわ」

「でも!」

「私達がここに閉じ込められているのは、ドラゴンのせいじゃない。王様がそうしたの」

「ドラゴンの娘とやらが、この国を壊すからでしょう?!」

「それは占い師が予言しただけ。本当にそうしたわけでもないのに、私達を連れ去ったのは王族なのに、どうして王族の味方をするの?」

「王族の味方なんてしてない!!」

「やめなさい、二人とも」


 部屋の中には今話している三人以外にも人がいるのだろう、ざわざわと音が増える。


「だって!!ドラゴンは助けに来てくれないじゃない!!

 どうしてなの?!私は何か悪いことをしたの?!だからこんなところで酷いことをされても、助けてくれないの?!私はただお家に帰りたいだけなの!!

 私、何も悪いことしてないわ!私のせいじゃない!ドラゴンのせいよ!」


 怒っていた少女はとうとう泣き出してしまった。慰めるような大人の女性の声が小さく聞こえる。

 ジルトは飛び出したい思いを堪えて、じっとその場に踏みとどまる。今ジルトが出て行ったからといって何もできることはない。ジルトはここから連れ出すことができたとして、その後の生活を保障する術を持たない。

 ただ、自分の目で見る必要があると思った。王宮に閉じ込められてしまった少女達。ジルトが助けたいと、助けるべきだと思う存在を。

 壁に身を隠しながら、曲がり角の先の部屋をそっと見る。廊下とその部屋には仕切りがないので、思い切ってのぞくことはできない。片目だけを壁から出すと、廊下の先に少女の姿を見つけた。両手を握りしめて祈っているように見える少女が、先ほどの内の一人なのだろう。

 ジルトはその少女を見て驚いた。彼女は、紫がかった黒髪をしていた。見慣れたものとは違い、真っすぐに伸びた綺麗な髪には見覚えがある。



「こんなところで何をしている?」



 衝撃的な光景に、ジルトは後ろに人がいることにも気づかなかった。

 耳元でする声は容易くジルトの体の制御を奪った。


(ヒユ・アマラ!)


 恐怖に声も出ないジルトを彼はいとも容易く拘束した。

 ジルトの両手を後ろに回し、片手でそれを一掴みにし、もう片方の手でジルトの口を塞ぐ。


「要件はあとで聞こう。しばらく眠ってろ」


 どうやら口を塞いだのではなく、ジルトに薬を飲ませたらしい。

 ジルトは視界がぼやけ始めて数秒も経たない内に意識を手放した。

続きます。

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