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竜眼の少女  作者: 五十音
テアントル
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コリウスのお誘い

 アンセモンとのでの茶会から少し経った後、ジルトはコリウスの家にお邪魔していた。コリウスが貴族だというのはサクラから聞いたことがあったが、あまりの家の大きさにジルトはしばらく入り口で固まってしまった。


「ジル、入らないの?」


 一緒に招待されていたサクラがいなければ、ジルトはキンラン家の使用人をずっと困惑させたままだっただろう。

 アンセモンの家を見た時も驚いたが、キンラン家は規模が違う。南部でも最南部である王都に近い場所にあるキンラン家は、隣の(といっていいかわからないが)家が小さく見えるほど広い敷地を有している。

 ジルトが南部に足を踏み入れたのはじめてだった。

 学校区を抜け、中央区の端まで進んだところで高い壁に辿り着いた。ジルト達はそこでキンラン家の人間と落ち会い、正式な手続きを経て南部に入ったが、そこからは中央までとはまったく景色が違った。

 道は真っすぐに伸び中央の倍以上も幅があり、地面は平らで、往来に人は少ない。人々の着ている服は生地が厚く、よれることなくぴんと伸びている。今日はコリウスが用意してくれた服を着ているので問題ないはずだが、あまりにも慣れない雰囲気にジルトは落ち着かなかった。

 まだイルたちと暮らしていた頃に来た中央で聞いた、おとぎ話でしか存在を知らなかった馬車に案内され、全てに圧倒されている内にコリウスの家に着いていた。


「ジル、そんなに緊張してたら進まないわよ」


 いつもと変わらない様子のサクラは南部に慣れている。

 噂でしか知らないが、サクラは幼い頃に王宮に上げられている。王宮で過ごしていたなら慣れていてもおかしくはないが、ジルトは堂々としたサクラを素直に称賛できないのが悲しかった。


「ようこそお越しくださいました」


 使用人に案内された部屋で、照れ臭そうに笑ってコリウスがジルト達を迎え入れてくれた。

 学校では指定の制服があるのでそれに合わせた服が選ばれることが多く、休日も制服のあるなしくらいしか変化がないため、コリウスの私服を見るのは新鮮だった。

 ふくらみのある水色のワンピースはコリウスの瞳と同じ色で、それを飾るリボンやレースはそれより色の薄い水色になっており、彼女の長く青い艶やかな髪が強調されていた。その髪も、一部は編み込まれており、華やかな印象だ。

 サクラの着ている服はコリウスと同じつくりになっており、生地はサクラの髪より薄い桃色で、装飾は白色である。


「今日はお誘いいただきありがとうございます」


 サクラはそのワンピースの裾をつまみ、片足を後ろに引いて小さく軽く膝を曲げてお辞儀をした。


「まあ、流石ですわね」


 コリウスの後ろで婦人がにこりと微笑んだ。瞳は黒いが、コリウスと同じ髪色をしている。


(コリウスのお母さんかな)


「お初にお目にかかります――」

「あらあら、おやめくださいな」


 婦人に挨拶をしようとしたサクラの言葉を遮って、婦人はいそいそと部屋の外に出る。


「この子の挨拶の練習にお付き合いくださりありがとうございます。

 けれど、本日は友人同士の気軽な会、わたくしはこれにて失礼させていただきます。どうぞ、ごゆるりとお過ごしください」


 サクラの後ろで固まっていたジルトにも優しい笑みを見せてから、婦人は案内してくれた使用人と共に部屋から遠ざかって行った。


「変わった母でしょう?」

「いいえ、とてもお優しい人だわ」

「うん、いいお母さんだね」


 娘が家に人を招待することが嬉しくて、楽しくてその場を覗きに来たといった様子だった。彼女が挨拶をせずに去っていったのは、北部出身というジルトに配慮してのことだろうと思う。


「何だかかしこまっちゃったね。もう大人の人はいないから、いつも通りにしてね」


 コリウスに案内されて、ジルトとサクラは席に着いた。

 学校の食堂のような白で統一されたテーブルと椅子は、食堂のものより大きくて装飾が多い。丸いテーブルの上には既にお茶菓子が用意されており、それぞれの席の前にはカップが準備されていた。


「今日はお友達同士の集まりだから、新しく入った子に給仕をさせてもいい?」


 大人はいない、と言ったが、ジルトと同じくらいの少女が一人、部屋の中にいた。緊張しているのか顔が強張っている。ジルト達を案内してくれた使用人よりは質素なつくりだが、それと似たデザインの服を身につけていた。


「コリウス様、その、本当によろしいのですか?私のような者が……」

「サラ、そういうことをお客様の前で言っちゃだめだよ」


 コリウスはゆっくりと首を振ると、ジルトとサクラに向かって悲し気な笑みを見せる。


「この子は、前は王宮にいたの。魔法が使えたから。

 一年くらい前にドラゴンの娘が見つかったでしょう?それで王宮から出られることになったんだけど、この子の家族はもういなくて、そのままだと王宮で奴隷として生きていくしかなかったの」


――本物のドラゴンの娘が見つかった。それまで候補として集められていた少女達は解放されることになった。が、それが文字通りの解放だったわけじゃない。――

――魔力の多い少女や女性は王族や貴族の嫁とされたり、魔法の使える者は奴隷として城で働かされることになったり――


 ウォートが言っていたことを思い出す。

 テーブルの下で、サクラがそっと手を重ねてくれた。コリウスはジルトの正体を知らない。悲しい顔をすることはできても、動揺を見せる訳にはいかない。


「私も魔法が使えるけれど、貴族という立場でお父様が守ってくれたからこそこうして暮らせている。それでも私を王宮に差し出すべきだと言う人もいたの。

 お父様は王宮に集められた子に私を重ねていたから、自分が助けられる範囲ならとサラのような子たちを使用人として雇うことにしたの」

「ご主人様には本当に感謝しています」


 ふるり、とコリウスはまた首を振った。


「魔力が多いから、魔法が使えるからといって、勝手に人生を取り上げるのが間違ってるの」


 優しくおしとやかなコリウスにしては珍しく、声に力が入っていた。


「ごめんなさい、沈んだ空気になっちゃった。ね、サラ、美味しいお茶を淹れて欲しいわ」

「はい、コリウス様」


 サラは今度はしっかりと返事をして、緊張を残しつつも、ジルト達のカップに丁寧にお茶を注いでくれた。


「今日二人を招待したのはね――」


 三人がそれぞれ紅茶を味わったところで、コリウスが言う。

 カップに添えられている両手は少し力が入っているように見えた。


「お礼が、言いたかったの」

「お礼?」


 ジルトは心当たりがなく首を傾げる。一方で、サクラはコリウスが何を言いたいのか察しているようで、静かにコリウスを見つめていた。


「ジルト君は、私に流水盾りゅうすいじゅんを教えてくれたでしょう?」


 体育祭前の授業で、ジルトが流水盾を作り、それをコリウスが吸収しそのまま放出することで感覚を伝えた。


「あれは、サクラの提案で、私は特になにもしてないよ」

「もちろんサクラにも感謝してるけど、私の急なお願いでジルト君に危ないことをさせてしまった。

 デクネ先生に見つかってしまったこともそうだけど、普通は自分の性質以外の魔法を使うことはできないし、使えたとしても急に使うのってとても危険なことなの。私もその時は知らなかったんだけど、お父様にそう教えていただいて……」


 ジルトも知らなかった。

 おそらく、ジルトに対して過保護なところがあるレオでも、ジルトに違う性質の魔法を使うことを危ないとは言わなかっただろう。それはジルトがドラゴンの娘であるという特殊な事情を知っているからだ。


「気にしないで。教えてくれてありがとう。私も火の性質以外の魔法を使う時には気をつけるよ」

「まあ、そう簡単に自分の性質以外の魔法を使える人はいないけどね」


 後悔と申し訳なさが顔に出ているコリウスを気遣ってか、サクラが冗談を言った。


「ふふ、そうかも」


  コリウスの表情が和らいだ。


「でも、私に流水盾を教えてくれて本当にありがとう。

 実はね、あの時、学校になんて通っていないで、早く誰かの庇護化下に入るべきだって言われていたの。

 テアントルに入学するまではお父様が守っていてくれたけど、寮に入ってお父様と離れた私に、そういった手紙を送ってくる人がいたの。手紙だけじゃなくて、同学年や上級生の男の子からもそう言われて、すごく嫌だった。

 お父様にも、テアントルで女の子が学ぶのは危ないとか、私が悲しい思いをしているって手紙が届いていて、私の様子がわからないお父様は不安になったみたい。歓迎祭で久し振りに会った時はやっぱりテアントルはやめて、貴族の女性向けの学校に行かないかって言われたの」


コリウスの視線が落ち、不安定な紅茶の液面を瞳に映す。


「私は魔法を使えるけれど、カトレア様のようにはできないし、男の子が簡単にできることができない。確かに、授業を通して悔しく感じることはあった。それでも魔法を使えるのに、魔法を学ぶことを諦めたくはなかった」


 ジルトは胸が苦しくなる。

 実技授業が同じ班なだけあって、コリウスの授業での様子はよく知っているし、資格さえ取れればよいので座学が疎かになりがちな他の学生に比べ、成績も良い。張り出しの順位に入るほどではないが、総合的な成績は上部に入っている。


「南部や王宮で働くには資格が要る。私はお父様のように文官として、この国を変えていきたいの。魔力が多いから、使えるからといって女の子が自分の人生を歩めないなんて嫌だから。

 せっかく貴族に生まれたのだもの、私がやらなくて誰がやるの」


 最後は己を奮い立たせているようだった。俯いていた顔を上げ、ジルトとサクラを真っ直ぐに見る。

 ドラゴンの娘であるジルトとはまた立場が違う。ジルトは自分の存在によって今の少女達の不幸を作り出している。それでも、自分の役目を問うて、何をすべきなのかと考えるコリウスはジルトの憧れであり、同志であった。


「流水盾は自分を守る盾となる。その魔法を使えるっていう事実が、お父様を安心させたし、私に守られるべきだなんて手紙を送ってくる人を減らしたの。

 私は、テアントルで学び続けることができる。本当にありがとう」


 それがジルトとサクラに対する彼女の気持ちだった。


「それと、サクラはずっと一緒にいてくれてありがとう。

 私と一緒にいることが苦しいんじゃなかなと思うこともあったの。私は貴族という立場に守られているから」


 サクラが首を横に振る。

 本来であれば、コリウスも親から離されて王宮に行かされていた。だが、高貴な家の出であることで、今の自由が許されている。


「でもやっぱり、ありがとうって言いたいの。

 サクラは優しくて、でも折れない強さがあって、私にとってとても尊敬できる人だから」

「それは私もだよ。一緒にいてくれてありがとう、コリウス」


 じっとコリウスの話を聞いていたサラが、目を潤ませながらまたお茶を注いでくれる。


「サクラ、ジルト君、これからもよろしくね」

「うん」

「一緒に頑張りましょうね」


 サラも大きく頷いて、それからは学校の話や、とりとめのない話題に変化していく。お喋りは楽しく、お茶がなくなるころには、みんな口が回りにくくなっていた。


 そろそろお暇しようとしたところに、コリウスの父親が帰って来た。


「ああ、サクラさんにジルト君。娘から話は聞いているよ、いつもありがとう」


 コリウスと同じ髪と瞳の色をした男性は、コリウスによく似た顔で笑った。


「ジルト君は魔法の才能だけでなく、古語にも明るいんだってね」

「お父様」


 コリウスが咎めるように言い、ジルトにごめんね、と目で謝る。

 ジルトとしては特に問題ないのだが、コリウスからすれば、自分が友達の話を父親にしていることを知られるのが恥ずかしかったのだろう。


「王宮の書庫には未解読の古語が多くある。もし時間があれば、今度連れて行ってあげようか」

「お父様が内容を知りたいだけでしょう?」

「ははは、すまない」


「では、私がお連れしましょうか?」


 穏やかな親子の会話に、別の声が混じる。

 至って普通の声色が、ジルトには恐ろしく感じる。


「デクネ先生……」


 ジルト達三人は顔を青くしたが、コリウスの父は気づかない。


「ああ、デクネ君。書類を届けにきてくれたんだね、ありがとう」

「本来なら父がお伺いするところ――」

「いやいや、お父上であれば私が取りに行かねば」


 どうやらコリウスの父に用事があり、タイミング悪く鉢合わせてしまったようだ。


「ついでといってはなんですが、レーネ君を王宮まで案内しましょう」

「それは悪いよ。急な話でもあるし、また日を改めてでも」

「急ではあるかも知れませんが、丁度よい機会ではないかと思います。

 本日はご息女の計らいで王宮に出入りしてもおかしくない格好をしております」


 そこでコリウスの父はジルトが平民であることを思い出したようだった。

 サクラとコリウスのように華美なドレスではないが(男の子となっているので)、ジルトは貴族の男子が着るような意匠の凝らされた服を身に纏っている。


「丁度この後王宮に用事がありますので」


 その一言が決め手になったようで、コリウスの父は「よろしく頼むよ」、と言った。

 サクラが私も、と言いかけたのをジルトは止めた。

 サクラも、そしてコリウスも、王宮に対していい思いはないはずだ。そこに二人を連れていくなんて考えられない。


「ではレーネ君、行こうか」


 ジルトはコリウスの父に挨拶をし、サクラとコリウスに大丈夫という意味を込めて微笑んでからスロニウムの後に続いた。

進むべき学校は決められていますが、授業内容についてこられるかによってランク分けされているようなものなので、下位の学校に進む分には問題ありません(上位に行くには推薦必須です)。

テアントルは魔法を学ぶという意味では最高位ですが、基本的に男の子が入るところになるので、貴族の女性が学ぶような科目はありません。家での教育があるので学校で学ぶ必要はないですが、貴族同士の結婚どうこうになると、どこの学校に通っていたのか、通えていたのかという部分も関係しなくはないです。


続きます。

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