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竜眼の少女  作者: 五十音
テアントル
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アジュガ・キラン

 補講期間も終盤を迎え、夏も盛りになった頃、ジルトはアンセモンの自宅を訪れていた。

 レオとモーリは招かれていないので勝手についていくことはできず、今日はジルト一人だった。とはいっても、流石に南部まで一人で行かせるわけにはいかず、二人は近くの喫茶店で待機している。


「よく来たな、レーネ君」


 アンセモンの家は南部よりでも中央にあり、構えはそれほど目を引くものではなかった。それでも目を凝らせば細部にまで意匠がこらされていることがわかる。

 ジルトは孤児院以外ではシュレイや魔女狩りの一族の住処くらいしか人の家というものを知らなかったので、アンセモンの家はもはや学校や図書館のような施設に思えた。

 しばらく歩いたところで、とある部屋に入る。急に視界が明るくなったと感じたのは、部屋の奥が壁ではなく、ガラス張りになっていたからだった。それもただのガラス窓ではなく、部屋の延長に半円形の空間があり、そこが全て壁ではなくガラスで覆われていたのだ。


「こういった造りを見るのは初めてか?」

「はい。外が見えて綺麗ですね」


 窓の外には元気いっぱいに様々な花が咲いている。色の種類も多いが、華やかではなく落ち着いた雰囲気に見えるのは、そうなるように手入れされているからだろうか。


「今日はここで話すとしよう。少し待っていてくれ」


 ガラスの部屋には木でできた円卓と、同じく木でできた椅子が用意されていた。ジルトはアンセモンに促されて椅子に座る。


「昔は使用人を雇っていたが、十数年前に解雇して、それ以降ずっと一人だ」


 手早くカップや茶菓子を並べていくアンセモンの手つきは慣れていた。


「先生はよくお茶をするんですか?」

「昔はしていた。その名残で今は一人寂しく、必要もないのに形だけ準備する」


 貴族社会に疎いジルトでも、それが珍しいことだとはわかる。お茶をするのは主に女性だ。


(先生もお話をする女性がいたのかもしれない)


 そう思うと、ジルトはちょっとわくわくした。


「どうぞ」


 地を這うような低い響きを持つ声が、今ではもう優しく感じる。

 ジルトは熱いお茶が注がれたカップをそっと口に運んだ。


「美味しいです」

「それは良かった」


 アンセモンは自分も一口飲むと、ゆっくりと息を吐いた。


「レーネ君、今日君を招いたのは、ある人物について話がしたかったからだ」

「ある人物?」

「ああ、以前君に似ていると言った友人だ」


 ここで友人の話を聞けるとは思わなかった。けれど、それ以外にアンセモンがジルトに個人的に話すこともないだろうと、確信にも似た覚悟があって、ジルトは驚く様子も見せずに頷く。


「私は話があまり上手くないから。少し長くなってしまうかも知れないが――」


 二人きりの空間に、低いアンセモンの声が静かに響いていく。


「もう二十年以上前のことだ。私がテアントルの二年生の時、君と同じように北部出身の者がテアントルに入学した。それも、その魔力量を買われてわずか十歳でだ。

 アジュガ・キラン。後にA.K.クラブの元となる人物だ。君も先生方が口にしているのを聞いたことがあるかもしれないな。

 彼は君と同じように黒い髪をしていた。それでも一つ違ったのは、赤い目をしていたことだ」

「赤い目……」


 イルの日記にはドラゴン以外に赤い眼は存在しないと記されていた。だが、カトレアが中央であった商人は赤い眼だったという。


(もしかして、カトレアが中央であったのは、アジュガ・キランって人なのかな)


「そう悩まし気な顔をしなくてもいい。彼は男だった。ドラゴンの娘ではない。

 しかし、占い師の予言は広く知れ渡っていた。娘という予言が嘘で、アジュガがドラゴンの子なのではないかと疑う声も多かった。だからなのだろうな、彼は入学してきた時点で、もう子供とは思えない目つきをしていた。この世の全てを憎むような目だった」


 ずきり、とジルトの胸が痛む。

 ドラゴンの娘という存在が知れたせいで、苦しい思いをした人がいる。イーリスだって、ドラゴンの娘だと思われて迫害を受けていた。王宮だけでなく、中部や北部でもそういった差別はあったのだ。


「彼はとても優秀で、君と同じく一年の最初の期末で三級に合格した。三年生の時には自分で研究活動を行っていた。その時使っていたのが、今のA.K.クラブの教室、およびその先の秘密の部屋だ」

「先生はそれでクラブの活動を知っていたんですか?」

「そうだ。優秀だが幼くもある彼が気がかりで、何となく声をかけ続けているうちに、心を開いてくれるようになってね。秘密の部屋を見つけた時は大喜びで、教えてくれたのだ。

 歳は六つも離れていたが、良い友人だった」

「友人……」

「もちろん同学年にも彼の友人はいたよ。それが彼にとっていい影響を与えたんだろう。彼は僅かにだが人に優しくなっていた。

 年が年なので、卒業して一年は研究者として働いていたが、その後は研究を続けながらも教師になり、優秀な学生を輩出して、王宮に呼ばれることも増えた。貴族が好きではない彼は少し嫌がってはいたがね」


 思い出すように紅茶の水面を見つめるアンセモンの口には僅かに笑みが浮かんでいた。本当に仲が良かったのだろうとジルトは思う。


「今、その人はどこにいるんですか?」


 会ってみたいとジルトは思った。黒い髪に赤い眼。ドラゴンの特徴を持つ人物に。そして、アンセモンの友人に。

 アンセモンはジルトの問いを聞いて顔を暗くした。


「それは、私が知りたいくらいなのだ」


 そして、悲しそうにジルトを見る。


「それほど優秀な人物がどうしていまテアントルにいないのか、名前を出すことを避けられているのか、そして、なぜ君が学校の上層部に疎まれているのか。

 それは、アジュガが事件を起こしたからだ」

「事件?」

「王宮内で禁書を読み、その指摘の後逃亡した」


 禁書は読むことを禁じられた書物だ。それでも破棄されることがないのは、そこに重要な事項が書かれているから。


(その人は、何を読んだんだろう)


「その後アジュガについて調べが進み、秘密の部屋までは見つからずとも、彼の研究室からいくつもの危ない魔法の研究結果と、反王政を示すような書物が見つかった。

 それ以降、テアントルでは学生個人での研究は禁止となり、クラブという形で教師の監視をつけることが必須となった」


 ――元はクラブでも何でもない、個人の活動だ。ある事件が起きて今は厳しく規制されているが、昔は学校の活動はもっと自由だったのだ――


(あれは、そういうことだったんだ)


「だから、北部出身で黒い髪、膨大な魔力を持ち、古語にも明るく優秀な君は、アジュガを髣髴させるとして、一部の者に警戒されている」


 ジルトは妙に納得した気持ちになった。


「だから、デクネ先生は私をあんなに嫌うんですね」


 アンセモンはその言葉に表情を硬くする。


「スロニウムは―――失礼、デクネ先生は、そうだな。確かに、アジュガが原因で君を疎んでいるが、あれはただ警戒してのことではない。個人的な感情に基づくものだ」

「個人的な、感情……」


(やっぱり、デクネ先生は他の人達とは違う理由があるんだ)


「すまない。魔力実技の時間に四年生との性質実技を行うなど、本来ありえないことだ。

 担任として、君を護れないことを申し訳なく思う」

「そんな、先生が謝ることじゃないですよ」


 スロニウムは上層部の承認を得ていると言っていた。アンセモンだけで対抗することはできないだろう。


「それに、先生にはエンブレムもくれたし」

「あれはクラブの担当教師として当然のことだ」


 スロニウムの声は硬かった。

 本当ならば、友人に似た不遇の生徒を特別に保護してやりたい。だが、それは教師として正しくはない。できる範囲ではなるべく護ってやりたいのに、それすらもできないのがスロニウムには歯がゆかった。


「先生、このお菓子とても美味しいです」


 目の前の少年は、アンセモンを苦悩から引き離そうと、少し芝居がかった仕種で茶菓子を口にする。

 それでも本当に美味しいのだと輝く瞳が、柔らかい笑みが、アンセモンのこわばりを優しく解いてくれるようだった。


「それはよかった。また、君の友人も含めて招待しよう」

「ありがとうございます!」


 ジルトだけではない。サクラやウォートのように、望まぬ好奇や侮蔑の対象となる学生はいる。ウォートに関しては子どもたちの間で動きがあり、クラス内では待遇が改善されたが、アンセモンはそこで何もできていない。


(私も、そろそろ腹を括らねばならぬかもしれんな。テアントルでできることは多くはない)


 ジルトが美味しいと言った茶菓子を一つ摘まむ。


(アジュガ、君はいったい何をしようとしていた?私自身にできることはなにがあるだろうか?)

続きます。

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