夏期休暇
ウォートは解呪が成功したあと、ジルトの様子を見ながら自分の席に戻り、ジルトの机の上に視線をやった。
「それ」
ウォートが見ているのは、ジルトが帰って来た時に彼が渡してくれた手紙だった。
「受け取る時に内容を聞いた。二通とも誘いの手紙だ」
「誘い?」
「まあ、読んでみろ」
促されるままに手紙を開くと、アンセモンは補講期間、コリウスは夏期休暇中にお茶をしないかという誘いの文言が書かれていた。
「コリウスはわかるが、クリソス先生がお前を個人的に招待するのはなぜだ?」
アンセモンがジルトと接触しているのを知っているのは、サクラとカトレアだけだが、ウォートの疑問にはジルトにも答えられない。ジルトもその答えを知らないからだ。
「わからない。先生の友人に似ていると言われたことはあるけど、それが理由なのかも知らないし」
「友人と似ている?それがなんだって言うんだ?」
「さあ……。でも、心配してくれてるのはわかるよ」
「まあお前はデクネにも目をつけられているからな」
「うん……」
ジルトは期末試験でのスロニウムの形相を思い出して気が重くなる。
アンセモンが良くしてくれる理由もわからないが、それ以上に、スロニウムがなぜここまでジルトを嫌悪するのか不思議だった。
変色者ではないのにテアントルに入り、膨大な魔力を有していることを認めることができないと言っていた。それは、ジルトに決闘で負けた四年生にも言えることであったが、スロニウムのジルトに向ける感情は、それだけではない気がしている。
「嫌な奴のことなんて考えても仕方ねえ。悪かったな」
ジルトの表情が暗いことに気づいたウォートがそう言った。
「大丈夫。うん、そうだね、楽しいことを考えよう。もうすぐ休暇に入るしね」
*
期末試験の後は補講期間が一月ほど設けられている。
試験で成績の悪かった者や、自主的に学ぶ者が学校区に残るが、たいていの者はもう休暇に入ってしまう。
静かになった学校で、唯一変わらない場所がある。それがA.K.クラブだった。
「みんな、気合が入っているな」
ジルトが古語の文献を読んでいた隣に、クラブ長のガイラルが座る。
それまで後輩の相手をしていたが、それほど汗はかいていない。
「クラブ長も以前よりも更に生き生きして見える」
「そうか。それはこの前の試験で博士の試験に合格できたからだろうな」
ジルトは一度で三級試験まで受かったが、学校を卒業するまでに博士の資格を取れるものもそう多くはない。
「おめでとう」
「ああ、ありがとう。ジルトも、三級に受かったんだろう。すごいじゃないか」
ガイラルは自分のことのように嬉しそうにジルトの頭を撫でた。
「君が来てから、このクラブはより活力に満ちた。古語の資料の解読もあっという間に進んで、皆が力をつけることができた。
おかげで、私も王宮からの招待が届いた」
「王宮からの?!」
「そうだ。体育祭で観覧に来ていた方の目に留まってな。王の直轄軍ではないが、王宮で働く騎士にならないかとお誘いがあった。博士の試験に受かれば正式に採用とのことで、将来が先日確定したわけだ」
四年生は卒業までの半年でいわゆる就職活動を行う。夏期休暇に入る前に決定しているのはよほど素晴らしい成績をおさめて、目に留まったものだけだ。
「私は、王宮でこの国を変えるために精一杯頑張るよ」
ガイラルの笑顔は信念を貫くものだけ持つ力強さがあり、ジルトはガイラルをとても誇らしく思った。
補講期間中は毎日クラブ活動をすることができるが、制限時間はある。あっという間に期限となり、みんながばらばらと解散していく。
「ジルト、終わったか?」
また複数人を相手に訓練をしていたであるレオが、金の髪をかき上げて言う。ジルトの近くまで来ると、その隣に腰を下ろした。
「レオ、お疲れ様。
もう終わったから、戻れるよ」
「そうか。じゃあモーリと合流して帰るぞ」
「うん」
補講期間に入ってから、カトレアはクラブに顔を出さなくなった。正確には出せなくなった。本来なら夏期休暇から王都に帰るはずだったが、色々あるから、と早めに戻ってしまったのだ。
シュレイは一度山に帰る必要があるらしく、次の学期まで戻って来ない。ジルトについて行くことは認められていたが、まさか古の儀式を行うとは彼の一族も思っていなかったらしい。狼の半獣人の間では、そういった儀式のために本来しなければならないことがあり、そのために呼び戻されたという。
久し振りに共に孤児院で育った三人で過ごすのはなんだか懐かしい気がした。
「なあジル、もう呪いは大丈夫なのか?」
レオの部屋に着くと、彼はすぐに心配そうにジルトに訊ねた。
呪いが解けたこと、それまでにあったことについては皆に打ち明けた。シュレイは魔女と狼の半獣人の契約が悪用されたことに酷くショックを受けていたし、レオは顔が真っ青になっていた。
「もう、変な声はしない?」
モーリも心配そうに、ベッドに腰かけているジルトの側に寄る。
「うん、大丈夫」
心配なことはまだまだある。
クラスの副長、及びその兄に正体を知られていること、そこで聞いたカトレアの行く末の可能性、未だに恐ろしい王直轄軍のヒユ・アマラ。
「本当に、大丈夫か?呪いのことじゃなくてもいい、何か不安なことはないか?」
レオの青い瞳と、丸く大きなモーリの茶色い瞳が、真っすぐにジルトを見ている。
「怖く、なることはあるの」
ずっと一緒の二人に隠し事はもうできない。全ては話せないけれど、胸の内にある感情を秘めることはできない。
「本当に私に何かできるのかって。初めは、私のせいで苦しんでいる人達がいるのが悲しくて、王に訴えようと思ってた。でも、それって何かに繋がるのかな。
レオは説得は難しいだろうって、最初に言ってた。前は何となくしかわからなかったけど、ここに来て、実際に酷い目にあっているサクラやウォートの話を聞いて、その意味がわかるようになってきた。
同時に、どうしてもこの状況を変えたいとも思った。ウォートには約束もしたの。だから、絶対に私は王と話をするし、このままの状況を受け入れることはしない」
ぐっと固く握った手に、モーリがそっと手を重ねてくれる。
「ただ、思うの。私が目指す道はこれでいいのかなって。王に会っても王の考えは変わらないかもしれない。それでもその道を諦めることはないけど、その後ってどうなるんだろう。
私の行動で何も変わらないんだったら、私はもっと別のことをするべきなのかな?ドラゴンの娘なのに、私は何もできない――」
怖い、とジルトは思う。
今目指す道が間違っているとは思わない。でも、何かに絶対に繋がるとは思えない。
本当にこれでいいのか。こうしている間にも苦しんでいる人はいるのに、自分にはもっと何かできることがあるんじゃないか。王に会って話をして、何も変わらなかったら何をすべきか。
もしうまく行っても王族であるカトレアはどうなるのか、考えもしなかった。自分のことを憎み恨む人もいる。そんな人達に今後どうしていくべきなのか。
「ジル、おいで」
一際優しい声で、レオがジルトを呼ぶ。
ジルトは、隣で両手を広げるレオに倒れ込むようにして抱きついた。
背中にはモーリの小さな手が触れる。
二人の体温が、ジルトの心をほぐしていく。
「ジル、この半年よく頑張ったな。
お前がドラゴンの娘であることは確かだが、俺達にとってはお前は家族のジルトだよ」
「うん。ジル、無理はしないでね。頑張り過ぎはよくないよ」
「レオ、モーリ……」
レオは優しくジルトの頭を撫でながら、顔を歪めていた。
ジルトは強くなった。魔法も上手く使えるようになっているし、色んな経験をして心も強くなった。それでも、真っすぐで素直なジルトが、自分の不安や恐怖といった感情を外に出さずにいられるほど強くなってしまったことには複雑な想いだった。
きっと、今も全てをレオ達には話していない。まだこうやって感情だけでもさらけ出してくれるようにはなったが、またレオ達を想って自分だけで抱えてしまうかもしれない。
(俺も強くならないと。何のために生きているかわからない)
未だに小さく震えるジルトを強く抱きしめて、レオは誓う。
(ジルもモーリも、俺が絶対に守る。守ってみせる)
続きます。




