解呪
五人での行動は久し振りで、ジルトは懐かしさを感じた。最初は三人で家を出た。ジルトがセダムを助けたのが原因で、今では彼は教師になっている。
魔の山でしばらく穏やかな生活を送り、その上部にて妖精のルギフィアと出会った。イルの残してくれた本だけではわからなかった、現実の悲しい話を聞き、ジルトはこの国で王族に苦しめられている人を助けたいと思った。
孤児院を出て中央に行ったと思っていたセキは、ドラゴンのせいで歪められてしまった人食い鬼の末裔だった。彼との別れはつらかった。ジルトがドラゴンの娘であることで、歪められてしまった人から恨みを買っていることも聞いた。
ジルトが山を出れば危険なことも、彼女の望みを叶えることが難しいこともわかっていた。それでもレオはジルトと一緒に来てくれた。
山を越える段階で半獣人であるシュレイと出会った。そして山を下りた先で、北部に逃げてきたカトレアとバンダと出会い、一度攫われ酷い目に遭ったものの、皆で助けに来てくれた。
山を越えた北部でイーリスと出会い、その悪戯で研究所に攫われた。そこでは思い返したくもないほど酷い目にあったが、何とか逃れることができた。その逃げた先はどうやら魔女狩りの一族の住む場所だった。クラムにお世話になり、ジルトが中央へ向かうその日にドラゴンの娘であることがばれてしまった。どうやら彼らはドラゴンの娘が魔女の一族の血を引くと知っていたようだが、魔女狩りの住む森で追われることはなかった。
中央の図書館ではジルトが一度中央で暮らしていたころに出会ったファレンと再会した。ジルトに首飾りをくれた人であり、彼女が魔法を使ったところを見たことがあるという。
みんなと合流した時にはイーリスはいなかったものの、彼女もテアントルで過ごしているらしい。
(こうして振り返ってみると、テアントルに入学するまでに色んな事があったんだなぁ)
テアントルに来てからも大変だったが、ここではみんなとジルトで組が違う。何となく距離が遠くなっていたような気がしていたのだ。
それでも以前の仲間で集まってみれば、何の気遣いもなく楽しめた。
美味しいご飯を食べて、珍しい店を見て回る。シュレイが飽きたと言えばもうちょっとがんばれとレオが無理やり引きずったり、モーリが飛び出したらレオが引き留めたり、カトレアと綺麗な装飾品を見て回ったり。
時間が過ぎるのはあっという間で、すぐに帰る時間になった。
「ジル、また明日ね」
「うん、カトレア」
女子寮にカトレアを送ってから、四人で男子寮に戻る。モーリを先に送って、シュレイとレオがジルトを部屋まで送ってくれた。
「ジル、前期の間、よく頑張ったな」
ドアの前で、レオがジルトを抱きしめた。シュレイは不服そうな顔をしたが、ジルトが驚きつつも嬉しそうに笑うので、何も言うことはしなかった。
レオに抱きしめられるのは、ずいぶん久し振りだった。ジルトはレオの背中に手を回した。
「うん、ありがとう」
期末試験が終われば補講期間を挟んで長期休暇に入る。学校での生活に一区切りがついたのだ。レオがこうしてくれたのは、自分の寂しさを感じ取ってくれていたからではないかとジルトは思った。
「おい、行くぞ」
人がやってくる気配を察知して、シュレイがレオを引っ張った。レオとジルトは体を離した。
「ジル、また明日」
「うん。二人とも、またね」
二人に手を振って、ジルトは部屋の中に入った。既にウォートは帰っていて、静かに本を読んでいた。
「ただいま」
「お帰り」
ウォートは顔を上げると、ジルトに手紙を差し出した。
「これは?」
差し出されたのは二通。一つはアンセモン・クリソス、もう一つはコリウスからだった。
「二人ともお前の連絡先を知らなかったらしくて、俺が渡すように頼まれた」
ウォートはそれだけ言ってまた本に視線を戻した。
「ジルト、今から言うことは聞かなかったことにしてもいい」
「え?」
ジルトが自分の机に手紙を置いて椅子に座ったところで、本から目を離さずにウォートが言った。
「ただの雑談だ」
ジルトがウォートの方を向いても、彼は視線を返さなかった。ジルトも諦めて、真っすぐ前を見る。
「うん」
「シュレイ・カンパニュラ。彼の色は中々に珍しい」
シュレイのフルネームを聞いたのは初めてでジルトは少しどきりとした。いや、それだけが原因ではない。
(どうして今シュレイの色の話を?)
「白に近い灰色の髪に、金色の目。人であればかなり珍しい色だ」
ウォートの声は淡々としている。
「だが、その色を特徴とする半獣人はいる」
ウォートは恐らく、自分である答えに辿りついたのだろう。ジルトは視線を前に置いたまま、ウォートの話に集中する。
「狼の半獣人だ。
最近、シュレイはチョーカーを着けるようになったな。裏返してはいるが、台座に石の収まったものだ。半獣人は差別されがちで研究する者も少ないが、調べればわかることも多くある。半獣人の古い言い伝えに、魔女との契約があった。そして特に信頼の深い者の間では、目に見える首輪を送ると」
魔女の話まで持ち出したとするなら、ウォートはきっと、ジルトが魔女の子孫であると確信しているだろう。
「俺は半獣人や魔女への嫌悪はない。俺が憎いのは、許せないのは、今の王、ただそれだけだ」
ウォートの声が柔らかくなった。ジルトが横を見ると、ウォートが肩をすくめて呆れたような笑みを浮かべていた。
「雑談は終わり。ジルト、さっきの話は本当に流してくれてもいい。俺の勝手な推測だからな」
「ううん。ウォートの言う通りだよ。ごめんね、言えなくて」
「いいさ。その話はドラゴン以上に繊細だ。ドラゴンは英雄だが、魔女は悪者扱いで半獣人も差別対象。ためらうのもわかる。
さて、ここからが本題だ。ジルト、もう傷は完治したな?」
傷というのは、ジルトが研究所に攫われた時に出来たもので、完全には治っておらず、度々再発していたもののことだ。強制的に参加させられた決闘で負った傷により、予定より長引いてしまったが、今日の試験であれだけの魔法を使っても問題なかったのだから、完治したはずだとジルトは頷いた。
「よし、そうしたら、少しズボンをずらして左足の付け根を見せてくれ」
ジルトは不安そうに眉を下げた。ただの傷だと思ってウォートが触れた時、呪いが発動した場所のことだ。
「不安はわかる。本当ならレオ達が一緒の時にしてやるべきだったんだろうが、人が増えるとどんな影響が出るかわからない。
後でばれて殺されないように、ちゃんとレオには伝えてある」
さっきレオが抱きしめてくれたのは、このことを知っていたからでもあるのだろう。そうでなければ人に見られるかも知れない場所で、レオが抱きしめてくることなどないだろう。
「今日、お前の呪いを解く」
「解き方がわかったの?!」
「ああ、恐らく。だが、成功するかはわからない。その途中、お前はつらい思いをするかもしれない」
ジルトはウォートの厳しい言葉にうなずいた。
「大丈夫。私はウォートを信じる。もし解けなくても、何か手がかりが掴めるかもしれないし」
気丈に振舞うジルトに、ウォートは下唇を噛む。
(俺にもっと知識があれば、安心させてやれるのに)
それでも嘘を言ってジルトを安心させるようなことはできなかった。起こり得る可能性について、話をしないわけにはいかない。
「それなら、いいな?」
「うん」
ジルトはズボンを少しずらして、肌にかかるシャツを持ち上げる。そこには以前のような赤い線はなかったが、ウォートがそこに触れた途端、二人に激痛が走る。
『触るな!!』
ウォートの脳に、例の声が響く。それでもウォートは手を離さなかった。
ジルトの方は脳内に響く声に意識を揺さぶられ、まるで体の主導権を握られたかのように息ができなくなる。虚空を見つめて体を痙攣させていた。
(ジルニトラ、だめだよ。それは許さない)
「くそ野郎が!いかれた呪いをかけやがって!
古の約束は破られた!不当なつながりを切り、鎖を焼き払え!」
ウォートが唱えると、ジルトの中で響いていた声が小さくなっていく。
(まさかこれほど早く見破られるとはね)
『やるじゃないか』
(ジルニトラ、寂しいが、少しのお別れだ)
声が完全に消え去った頃、ジルトは呼吸を取り戻した。
「はぁ、はぁ、解けた、の?」
「いや?恐らく……」
ウォートがもう一度同じ場所に触れると、彼の手にばしりと衝撃が走り、ジルトも痛そうに顔をしかめた。
「やはりな。一つしか解けなかった」
それでもウォートもジルトも、頭に声が響くことはなく、ジルトはそれによって意識や感覚を奪われることはなかった。
「すごいよ!ウォート!どうやったの?!」
「落ち着け。まだ体に負担がかかってるだろ」
ウォートはジルトの服を直してやり、自分の椅子に座った。
「まず、体育祭の後、薬と称して毒をもらったことがあっただろ?そのことを問い詰めたら、お前はしばらく黙った。それだけじゃなく、何も喋っていないはずなのに、何故か表情を強張らせていった。不自然なくらい間があった。ずっとそれをおかしいと思ってたんだ。その後、お前は俺を警戒していたな?」
ジルトは輝かせていた目を一度逸らして、恥ずかしそうに笑った。ウォートなら、真相に辿り着いてしまいそうな気がしていたのだ。シュレイと交信できるように、あの男がジルトに話しかけているのだということに。そして、そこから自分がぼろを出して、ヒユ・アマラのことを口に出してしまいそうな気もしていた。
(たぶんウォートは、あの兵士のことまでは気づいていないだろうけど)
「それでバルディアに観察させたんだ。あいつは馬鹿だから、お前のことをじっと見ててもおかしくない。案の定、お前はあいつを警戒しなかった。バルディアは不思議そうにしてたぜ。『ジルは時々、誰かと話しているみたいに表情を変えたり、小さく笑ったりすることがある』って」
バルディアはジルトの思い出し笑いだと思ったようだが、ウォートの中では何かがつながった。あの時固まっていたのは、誰かと脳内で話していたからではないか。バルディアの話だと、その相手は呪いをかけた奴とはまた別だろうが。そういえば、A.K.クラブでもジルトとシュレイが見つめ合って、その後にレオが咎めるようなことをしていたのを見たことがある。
「呪いが発動した時、俺の頭にも言葉が聞こえたから、お前と相手をつなげるような呪いなんじゃないかと思った。呪いに関しては謎が多いから、まずはジルトとシュレイのことについて考えることにしたんだ。そこでシュレイの色が珍しいことに気づいて、狼の半獣人に辿り着いた。そして魔女との契約についても知った。魔女と狼の半獣人は、契約の魔法を交わしてつながることができる。遠く離れていても場所がわかったり、お互いの感覚を共有したりできる。
研究所でお前に呪いをかけたやつは、お前がドラゴンの娘であることを知っていた。そして、恐らく――魔女の子孫であることにも気づいていた」
ウォートは知らないが、ジルトが研究所に攫われた時、シュレイがすぐに気づかないように対策できたのも、彼が半獣人であると、それも狼の半獣人で魔女であるジルトとつながっていると例の男が知っていたからである。
「だから狼の半獣人と魔女の契約の魔法を強制的なものにして、呪いとしてお前に魔法をかけたと思ったんだ。契約の強制化は呪いの魔法で最もよく使われる方法だからな。元の魔法がわからなければ解除の方法がわからないからだ」
呪いの魔法をかけるのであれば、その効果からすぐに種類を特定して解除することができる。だが、強制化による魔法を呪いに変える方法は、まず何の魔法が強制化されたのかから探らなければならない。
「もう一つはわからないが、これで一つ解けたな」
ウォートは優しく微笑んだ。ジルトは彼に隠し事をしていたのに、解除に痛い思いもさせたのに、そこには何一つ言及せず、心から呪いの解除を喜んでくれている。
「ウォート、」
「俺は礼しか受け付けない。あいつらへの説明をどうするかはジルトに任せる。
ただ、お前はよく知っているだろう?あいつらは、お前以上にジルト・レーネをよく理解しているよ」
ウォートには何もかもお見通しのようだった。
シュレイと同じことができる、それも害をなすような人物がいることを知られるのが嫌だったこと。
――ジルは最近、全部を話してくれないね?――
――いいよ、ジル。ジルに言えないことがあるってわかった。それだけでいい。僕たちに言えないことがあってもね、それがあるってこと、それでジルが苦しいってことは言えると思うんだ。ジルは言いたくないかも知れないけど――
――うん、わかってるよ、ジル。無理は、しないでね――
モーリがそう言ってくれたように、みんなもきっと、この気持ちをわかってくれるだろうということ。
「でもやっぱり怒られちゃうかなぁ」
「さぁな。俺はあいつらの味方をする」
からかうようにウォートがにやりと笑った。それでも、呪いが一つ解けたのだ。ジルトの不安を煽るように語り掛けてくるあの声を聞かなくていいと思うだけで、ジルトの心は軽くなった。
*
「ふ、あは、あはははは。まさか完璧にかかった方を解かれるとはね」
男は金の髪を揺らしながら体を大きく震わせて笑った。
「あーあ、俺のジルニトラとのつながりが切れてしまった。ゆっくり交渉してあげようと思っていたけど、無理になってしまったならしょうがないね」
男の瞳はどこまでも冷たく、それでも楽しそうに細められていた。
「ジルニトラ、俺は手段を選べなくなってしまったよ?」
別サイトで公開していた部分はこのあたりまでとなります。
更新は遅くなるかと思いますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。
続きます。




