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竜眼の少女  作者: 五十音
テアントル
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四年生との危険な授業

 体育祭が終われば、次は期末に向けての勉強が始まる。期末試験は中間試験とは大きく違う点がある。それは資格試験が追加されることだ。

 庶民の学校であれば関係ないが、貴族系の通常の学校であれば、卒業までに学士試験を合格している必要がある。これは、南部で働くために必要な最低限の資格であり、その上に修士、博士の資格がある。上位の資格であるほど、選択できる職種は多く、また出世にも有利である。


 そんな訳で、少しでも実技の精度を上げようと、ジルトの周りにはよく人が集まるようになってきた。

 ずっとレオ達と食べていた昼食にもクラスメイトはついてきて、他クラスの子まで連れてくる始末。レオは迷惑そうにしていたが、結局面倒見がいいので、食堂の一角はジルトやレオ達を囲むようにして大きな輪ができるようになっていた。

 二組のクラスメイトはもう怖いものなどないかのように、レオ達にも臆することなく積極的に関わっていっていたし、他クラスの子どもも、そんな彼らの様子を見て少しずつ打ち解けていった。

 その他クラスという中に、レオ達を除けば1組の生徒はほぼいない。1組のクラス長はバルディアと旧知らしくちょくちょく顔を覗かせにくるが、1組のほとんどが貴族界での上層部の出身で、プライドが高く、変色者でもなく平民のジルトをよく思っていない。

 レオとウォートに一人で行動するなと釘を刺されているため、実害は大きくないが、なくもない。クラスメイトと歩いている時に悪戯のように魔力をぶつけられたり、魔法で攻撃されたりすることがあったが、エンブレムに付与されたアンセモンの護りによってそれらがジルトを傷つけることはなかったからだ。


 僅かな緊張を保ちながらも、大きなことはなく日々が過ぎていた、ある日のことだった。


「クリソス先生、レーネ君をお借りしても?」


 二回目以降、アンセモンと一対一で行っている魔力実技の授業にスロニウム・デクネが乱入してきたのだ。


「デクネ先生、あなたも授業中では?」

「ええ、だからこうして来たのです」


 デクネはにこりと人のよさそうな笑顔で答えてから、ちらりと視線を隣の部屋へ続く扉へやった。


「レーネ君一人のために、あちらにいる生徒たちへの対応が疎かになっていませんか?」


 ジルトの魔力が計測器に誤作動を起こさせる可能性があるため、ジルトとアンセモンはクラスメイト達がいる部屋の隣の実戦場を使用していた。

 魔力実技の担当教員は一人のため、クラスメイト達を監督する先生はいない。だが、いつでも状況を把握できるように、アンセモンは部屋同士をつなぐ扉を全開にし、定期的に見回りにも行っていた。


「私は十分だと判断するが」

「偏りはありますよね?」


 これに対してアンセモンは返答しなかった。それをいいことに、デクネは言葉を続ける。


「そこで、私がレーネ君を預かろうと思いまして」

「何?」


 アンセモンの低い声が更に低くなり、扉付近の隣部屋の生徒たちがびっくりしたようにこちらを見た。


「彼はもうかなりのレベルに達しています。それこそ同学年では対応できないほどの。そこで私の持つ四年の生徒たちと一緒に実技を行ってはどうかと思ったのです。

 既に上の許可は取ってありますし、決闘で見事四年生に勝ったレーネ君なら問題ないと思いますけど」


 勝ち誇ったように口角を上げるデクネに、アンセモンは眉間にしわを寄せることしかできなかった。

 デクネの言うことには一理あるし、上の連中にもジルトを快く思わない者はいる。逃げ道がないのだ。


「大丈夫です、私が責任を持って指導いたしますから」



 デクネの言う責任とは何だったのか。

 連れてこられた四年の1組の性質実技が実施されている実践場で、ジルトは複数人の上級生を相手にしながら思った。

 多対一というだけでも恐ろしいのに、その相手は自分より四つも上の男だ。体が大きく、力も強く、いくらジルトが魔法を使えても、相手をするのはつらかった。

 それでも授業という名目上、過度な攻撃はなく、嫌な視線を投げられる割には攻撃は甘かった。

 だがそれも、授業の間だけであった。


「レーネ君、ちょっと残ってくれないか?」


 授業が終わり、昼食を取るために食堂へ向かおうとしたジルトの腕を、深緑の髪の男子生徒が掴んだ。

 ジルトが見上げた先には、黄色の目がぐにゃりと歪んでいた。


(この人、決闘の対戦相手だ)


「何か用ですか?」

「この後は昼休みだろ。僕たちの補習に付き合って欲しいんだ」


 ジルトの腕を掴む四年生の後ろに、数名の姿が見える。授業同様、多対一をさせられるのは目に見えていた。今度は加減なしの。


「すみませんが、友達と約束をしているので」


 そう言って手を振りほどこうとしたが、かえって掴む力が強まった。


「いたっ」

「レーネ君、僕に逆らえばどうなるか、わかっているのかな?」

「知りません、離してくださいっ!」


 逃れようと暴れるジルトをものともせず、乱暴に腕を引き寄せて、男は囁いた。


「ウォート・ハピティカとか言ったっけ?彼、同級の一組に酷いことされてたんだろう?体育祭で勝ったとはいえ、いや、だからこそかな。余計恨みを買っているよね?貴族同士では多少の遠慮もあるけど、あんな下民相手に手加減なんて必要ない。僕が一組を()()()()することもできるけど……どうする?」

「な、なんてことを――」


 あまりの言葉にジルトは言葉を失った。

 この上級生はウォートが受けていた仕打ちを知っていた。それだけでなく、ジルトが逆らえばそれを助長するという。

 今はウォートが体育祭で実力を示したことで大人しくなっている面々だが、上級生の支援を受ければ、それをいいことにまたウォートへの嫌がらせを再開するだろう。それも以前より過激に。


「ふざけないでください!どうしてウォートのことを知ってるの?!それを黙認してたんですか?!」

「元気がいいな。どうしてもこうしても、僕が教えてやったからに決まってるだろ。平民のくせに、王宮から支援を受けてるやつがいるって」

「なんでっ」

「なんで?」


 上級生は下卑た笑みを消し、ジルトの腕を勢いよく突き放した。

 バランスを崩したジルトは、そのまま後ろに尻もちをついた。


「平民のくせに生意気なんだよ。大した地位も品格も持ち合わせていないやつが、どうして此処テアントルにいる?ここはお前たちの居場所じゃないんだ。汚物が入ってくるなんて耐えられない」


 ジルトが見上げた先には、恐ろしい程無表情な顔があった。無表情だが、その目には憎悪と嫌悪、侮蔑がこれでもかというほど浮かんでいる。


「特に君だ。ウォート・ハピティカでさえ変色者だ。君はそれほどの力を持っていながら、その辺にいる平民代表のような色をしている。ああ、実際君も平民だったな。平民にお伺いを立てるなんて、僕もどうかしていたよ――おい、」


 上級生はちらりと後ろを振り向いた。待機していた他の上級生が頷いて、ジルトに近づく。逃げる間もなく、ジルトは両腕をそれぞれ上級生に抱えられ、拘束された。


「なにを、するの」

「あはは、可哀想に、怯えちゃってさあ。どうして僕はこんなチビに負けたんだろう。ま、いいや――炎刀」


 上級生は炎の刀を作り出し、その切っ先をジルトの目先につきつけた。


「君、その眼帯の下、どうなってるんだい?醜い火傷でもあるのか?だめだろう、隠しちゃ。君の存在そのものが醜いんだから、その証は晒してないと」


 ちらりちらりと遊ぶように揺れる剣先が、ジルトの中の不安を大きくしていく。


(だめだ、ここでそんなことされたら)


 隠している右目は、ドラゴンの象徴を表している。


(どうしよう。シュレイに交信……だめ、間に合わない)


 混乱の中、ひたすら身を捩るが、体格差のある相手には全く効果がなかった。

 胸の中で小さな炎が燻っているのがわかる。怒りゆえではなく、恐怖ゆえに溢れようとする力を、ジルトは必死に抑え込む。


「いい顔だ。いつもそういう顔をしてたら、僕も多少許してやれるのになあ」

「やめておけ」


 今にもジルトの眼帯を焼き切ろうとしていた炎刀が、ぱきりと折れた。

 先程まで揺らめいていた炎は、氷によって固められ、そのままひび割れのように亀裂が走り、ぼろぼろと溶けていく。


「なっ!ビジウム!」


 上級生が振り返った先に、綺麗な藍色の髪と瞳を持つ学生が立っていた。ジルトは初めてみる顔だが、誰かに似ている気もした。


「君には地位はあるが、品位はかけらもないな。一年生を寄ってたかっていじめるとは、騎士の風上にも置けぬ奴だ。さっさと去れ。そうすれば私からこのことについて先生に掛け合うのはやめてやろう」


 すたすたと近づいてきたビジウムは、力を緩めた両脇の上級生からジルトを解放し、冷たく言い放った。


「はっ、元から平民相手に本気でやるわけないだろう!」


 悔しそうに言い残して、上級生たちは去って行った。


「なんとも説得力に欠ける台詞だな」


 ぼそりと呟いて、彼は少し屈んでジルトに目線を合わせる。男性にしては珍しく、後ろで高く縛っている長い髪が、さらりと揺れた。


「早めに来てやれずすまない。まさか本当にここまでするとは思わなかったが、一応戻ってきてよかった」

「あ、いえ、ありがとうございます。助かりました」

「礼を言われるようなことではない」


 薄っすらと笑んだビジウムは、優しくジルトの頭を撫でた。


「ところで、この後は予定があるのだろうか?」

「予定?……あ!早く食堂に行かないと!」

「そうか。では、レーネ君。今日の放課後、時間を頂いてもいいか?」

「放課後ですか?」


 今日は水曜ではないので、クラブの活動はない。


「はい、大丈夫です」

「よかった。では、放課後」


 本当はどうしてか訊ねたかったが、急がなければ食堂の席が埋まってしまう。それに、危ない場面を助けてくれた彼に、敵意は感じなかった。

 ジルトは頷いて返事をしてから、食堂を目指した。

続きます。

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