劇薬とウォートの疑い
ようやく痺れが取れた月曜の朝、ジルトは疲れていた。
「ジルト君、怪我はもういいのかい?ほらこれ、僕のおすすめの薬なんだ」
自分の机に額を押し付けるようにしてぐったりとしていると、朝から何度も聞いた言葉を真似をした声が落ちてくる。
「ウォート、気持ち悪いよ」
「はは、酷いねぇ」
顔を隣に向けると、ウォートは楽しそうに笑っていた。ジルトの上に置かれた小さな丸い容器の一つを手に取る。ぱかりとその蓋を開き、薬特有の臭いに顔をしかめたあと直ぐに閉じてしまう。
「これ調合失敗してるぜ」
他のも一つ一つ臭いをかぎ、時に手に取ったりしてジルトの机の上の薬を並べていった。
「この二つは論外。こっちはそこらで買える。この辺はまぁまぁ。けど、俺の回復魔法には及ばない」
そうして指した薬をどこからか取り出した袋に入れてしまう。
ジルトの机の上には綺麗な装飾の入れ物が三つ残っただけだった。
「この二つは取っておけ、大抵の怪我ならすぐ治るし、塗り続ければ大きな傷も癒すことができる。そんでこれは――」
ウォートは断りもなくジルトの鞄に薬を入れた。
残り一つの薬入れは、綺麗な赤の模様が入った紫の箱だった。美しくも毒々しい色彩のそれを見て、ウォートは嫌そうな顔をする。
「捨てるのもおぞましい毒だ。ほんのわずかでも皮膚に触れると死に至る」
ウォートは先程とは別の袋に丁寧に薬箱を入れた。
「誰からもらったかは覚えてないだろうし、関係ない。このレベルの毒は材料も調合の手順書も王宮ぐらいでしか手に入らない」
血の気の引いてしまったジルトを気遣うように、それでもどこか疑うようにウォートはジルトの目を見つめた。
「歓迎祭のことといい、今回のことといい……ジルト、お前心当たりはないのか?」
金の瞳は強い意志を持って輝いている。
心当たりならある。それも二つ。一つはジルトを殺すと言った男。おそらく国王の直轄軍の騎士。そしてもう一つは――。
(酷いね、ジルニトラ。俺じゃないよ)
随分ときいていなかった、ねっとりと絡みつくような声が脳内に響く。びしりと体を硬直させたジルトに、ウォートが目を眇める。
(どうする?彼に全部話しちゃおうか?彼にはしたんだろう?俺との楽しい時間の話を。俺はそれでも構わないけど、ジルニトラにできるかなぁ?
ね、彼が大切だろう?心配だろう?もしさっき彼があの薬に触れていたら死んでいたかもね。そうだ、最近増えたらしいお友達も。他言すれば殺す、だっけ。俺の話だけを彼に明かせるかい?中々に頭が回るようだけど。うっかりあのヒユ・アマラという男の話もしてしまわないかい?)
(いったいあなたの何を話すというの?あなたの話はもう全部――)
(このことも?)
(え?)
(俺がずっとジルニトラの中にいることは言ってないだろう?)
たらりと冷たい汗が背中を流れた。
(別にこのことを言ってないのは――)
(特別な事情も感情もない?そんな訳ないだろう。君はこのことを話したくない。君の大事な狼と同じことができる人間がいる。それは君にとって、仲間にとって良くないことをした奴で、君と深いところで繋がっている)
痛いところを突かれて、返す言葉がなかった。
ヒユ・アマラには他言するなとの脅しをかけられていたが、この男は特にジルトに制限を課さなかった。
研究所での話をしなかったのは心配をかけたくなかったからで、その話をしてしまったのなら、今でもこの男の声がするのだと打ち明けてもよかった。それでもジルトがそうしなかったのは、この男とジルトがシュレイとの間での交信のようなものをできてしまうのを。知られたくなかったからだ。
ぐらりぐらりと自分の心が揺れるのがわかる。
(ふふ、俺のことを考えてくれるなんて嬉しいな。あのヒユとかいう男には少々妬けたが、やっぱり俺はジルニトラに脅しをかけるなんて真似はしないよ。
さあ、言ってごらん。君の優しい主治医に。自分の中に住む男がいると。もちろん、頭のいい彼が、君を縛るその他の存在に気づかないとは保証してやれないけどね)
言いたいだけ言って、その声は遠ざかっていった。
はっと気がつくと、ウォートが眉根をぎゅっと寄せて、睨むようにジルトを見据えていた。
「今さっき、何をしていた?」
「何、って。何も……」
シュレイと交信していたと誤魔化せればよかったが、あいにくウォートはジルトとシュレイの関係を知らない。魔女の存在をどう思っているかわからないのに、不用意にはシュレイの正体を明かせなかった。
「ジルト」
教室ということもあって、控え目に出された声だが、それでも喉を痛めるほどの叫びにも聞こえた。
ウォートは真剣だ。本気で、ジルトのことを心配して、秘密を明かしてほしいと願っている。
――頭のいい彼が、君を縛るその他の存在に気づかないとは保証してやれないけどね――
できない。
ウォートなら気づいてしまいそうな気がする。いや、むしろ自分が無意識にウォートに話してしまうのではないかと怖いのだ。
ウォートのことは信頼しているし、大事だ。だからこそ、不安を吐き出してしまいそうになる。
彼に死をもたらすくらいなら、黙っていた方がましだ。
「ごめん。まだ、頭痛が、して」
怪我の後遺症ということで誤魔化されてはくれないだろうか。
「……そうか。無理はするなよ」
きっと嘘だということはばれている。それでもジルトを気遣う言葉は優しくて、ジルトはほっとした。
*
「バルディア、ジルトを良く見ていてくれ」
ウォートは元気よく入室してきたバルディアを掴まえて、サクラと話すジルトを横目に話しかける。
「どうした、急に」
突然のことにおろおろとする彼に対処してやるほどの余裕はなかった。腕を掴む手に力を込めて、じっと黄色の瞳をみつめる。
「俺じゃだめだ。お前みたいに鈍い奴じゃないとジルトに怪しまれる」
「おい、馬鹿にしてるのか」
「いいから、頼んだぞ」
何が何やらわからない、といったバルディアだったが、ウォートの真剣さだけは伝わって、大きく頷いた。
続きます。




