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竜眼の少女  作者: 五十音
テアントル
51/116

ウォートとバルディア

 来た時以上の視線を受けながら、ジルトは自分の観覧席に戻る。


「変色者でもないのに何であんなに強いんだ?」

「召喚の魔法なんて、地の性質でもない限り一年で使えないぞ」


 学生の席は舞台を取り囲むようにして設置されており、舞台に近い方から学年が下がっていく。一年の席に行くには四年、三年、二年、すべての上級生の間を通らなければならなかった。

 ようやく席に着くと、クラスメイトがわっと集まってくる。


「さすがだよジルト君!上級生に勝っちゃうなんて!」

「また習ってない魔法使ってたよね?僕にも教えてくれない?」

「ばか、落ち着けよ。ジルト君、大丈夫?」


 魔力実技で機器を壊してしまった時とは全く違う様子で出迎えてくれたクラスメイトに、ジルトはちょっと面食らった。実はまた怯えられてしまうのではないかと恐れていたのだ。


「治療室用のテントまで案内しようか?背中に攻撃を受けてただろう?」

「その必要はない」


 親切なクラスメイトの申し出を、ウォートが断った。

 クセのある紫がかった黒い髪が、いつもより乱れており、その体や服には土が付着している。

 また誰かに殴られたのか、とジルトはひやりとしたが、そうではなさそうだ。その隣にいるバルディアも同じような格好をしていた。

 二人とも観覧席に中々来ないと思っていたが、二人で喧嘩でもしていたのだろう。不機嫌そうにしながらも一緒に立っているところをみると、そこまで酷い関係にはなっていなさそうだ。

 一番被害を被っているのは今まで蔑視していたウォートの実力を見て怯えていたり、バルディアのむすっとした表情におろおろするその他のクラスメイトだ。


「ジルトは俺が治す」


 ウォートに睨まれて、親切にしてくれたクラスメイトはこくこくと頷くしかなかった。


「行こう、ジルト」

「待て、僕も行く」


 ウォートの退場に緩みかけたその場の空気が、バルディアの言葉によってピシリと固まる。


「却下だ」

「君が決めることじゃないだろう」

「お前に回復魔法が使えるのか?」

「それは……、関係ないだろう。僕はジルが心配だからついていきたいんだ」

「役に立たない奴が来ても邪魔なだけだ」


 言い合いが始まってしまった。


(どうしよう)


 何か言わなければと思うのだが、何を言っても二人の内どちらかには反対されそうなことしか思い浮かばない。

 ジルトが困っていると、席を立った時よりは幾分か顔色が良くなったサクラが安心させるようににっこりと微笑んだ。


「二人とも、喧嘩がし足りないなら他でどうぞ。私がジルをテントまで連れて行くわ」


 二人が言葉を詰まらせた。


「ウォート君もバルも、けが人の負担になるようなことをする人にジルは任せられない。私のせいで怪我をすることになったんだから、私がそうするのに異論はないでしょう?」

「サクラ、それは違うよ」


 ジルトが慌てて否定すると、サクラはゆっくりと首を横に振った。


「私にとっては、そうなの。本当は私が回復魔法を使えたらよかったんだけど」


 サクラは魔力を使うことはできない。無理な望みに、ジルトはうつむいた。


「わかった。こいつの同伴は許す。ちゃんと治すから、二人ともそんな顔するな」

「ぼ、僕も、少しは貢献できるはずだから」


 喧嘩は収まったようで、ジルトはほっと溜息をついた。

 三人が去った後、クラスメイト達も安心して席に戻り、何人かはサクラに感謝を述べに行っていた。



 *



 ウォートが向かったのは寮だった。


「おじゃまします」


 礼儀正しくバルディアが言って、ジルトとウォートの共同部屋に入る。


「ふん、文句つけてきた割にはあっさりと入るんだな」

「な!君と二人きりにするよりはマシだからだろう。監視だ!」


 バルディアの言葉を無視して、ウォートはジルトの机にしまわれていた椅子を運んできた。


「後ろを向いて座ってくれ」


 ジルトが手に持っていた制服をウォートの椅子の背にかけ、ジルトを促す。


「あの、二人はどうして喧嘩してたの?」


 ウォートの指示通り、背もたれに向いて座ると、後ろの二人がぐっと黙ったのがわかった。


「俺の決闘を見てこいつがつっかかってきたんだ」

「つっかかったわけじゃない。今までどうして力を隠してきたのか聞いただけだ」

「今までろくに話したこともないくせに、急にそういうことを言ったんだ。どう見てもつっかかってる」


 二人の長々とした言い合いを聞いたところ、ウォートの決闘後、バルディアがウォートに話しかけ、それに機嫌を悪くしたウォートが適当な返事を返し、そのことに怒ったバルディアと言い合いが始まったらしい。流れで双方ジルトがドラゴンの娘であるということを知っていることも判明したらしい。


「だいたい、お前は危ねぇんだよ。ジルトの正体がばれたらどうするつもりだったんだ」

「それは君が!……破廉恥なことを言ったからだろう!」

「お前はジルトのこと知らないと思ってたんだよ。男同士背中を流すくらい普通だろ」

「同性でもそんなことはしない」

「お貴族様には馴染みのない文化かもな」


 ウォートがはっと鼻で笑う。


「だいたい、そんな基準で親密度を表すなんてどうかしてる!ジルに変な噂が立ったらどうするんだ!」

「だとしても動揺し過ぎだ。お前の反応の方がよっぽどだ」


 ウォートがジルトとかなり親しいことを、背中を流した仲だと表現し、バルディアはジルトに無体を働いているのと勘違いしてウォートに手を出してしまった。そこから殴り合いが始まったのだという。それがジルトが決闘に呼び出される放送を聞くまで続いたらしい。


(北部にいる時は一緒にお風呂に入ることも多かったけど、貴族はそうでもないんだ)


「ジル!君も君だよ!事情は確かにあるけれど、こんな男と二人きりで過ごしているなんて!」


 ぼんやり昔を思い出していたジルトに流れ弾が飛んできた。


「ええ?でも部屋を変えるのも不自然だし、今ではウォートは事情を知ってるから」


 寮の部屋は言えば変えてくれるが、公平を期すために新しい相手はランダムで決まる。元々は不干渉で、今ではジルトの正体を知っているウォートはいい同居人なのだ。


「は、お前みたいにうるさいだけの奴と一緒の方がかわいそうだ。ちょっと黙ってろ。そろそろジルトの治療を始める。口じゃなくて手を動かせ。ほとんど役に立たない回復魔法もないよりマシだろ」


 そう言われてしまえば何も言い返せず、バルディアは悔しそうに言葉を飲み込んでジルトの肩に手をかざす。少なくとも肩と腰、二か所には怪我を負ったはずだ。


「少し皮膚が抉れてるな。優秀な騎士様の炎舞えんぶを食らったにしては浅い傷だが、ジルトの炎鎧えんがいなら完全に防ぐこともできたはずだ。何ならサクラにしたように、盾を浮かべておくこともな。他人を思いやるのはお前のいいところだけど、それで自分自身を疎かにするなよ」


 サクラに意識を取られて自分の身を護ることがすっかり抜けてしまっていたのは、ウォートにはお見通しだったらしい。それに関しては道中にシュレイを通してレオにもお説教された。

 そこはバルディアも同じなのか、神妙な面持ちで頷いている。


「サクラはああ言ったが、お前を学校のテントに連れてくつもりはなかった。容態を見るために服を脱がされでもしたら、ドラゴンの娘だとはわからずとも女だとはわかる。

 今、お前は色んな奴の興味関心をひいている。いい意味でも、悪い意味でも。もしかしたら治療をだしに、お前に取り入ろうとする奴も出てくるかもしれない。それを防ぐために完全に傷を治す」


 ウォートにしては珍しく、言葉数が多い。ジルトは思わず唾をのんだ。この先に続く言葉は決していいものではない。


「回復魔法は複雑だ。呪文を唱える魔法はよく効くし体への負担もないに等しいが、俺はまだ自信を持って使えない。幸いジルトの傷はほぼ魔力を流すだけの回復魔法で治せるが……おそらく、痛い」

「いたい」

「耐えられるか?」


 痛いのは好きではない。好きではないが、この半年の間に並ではない痛みを耐え抜いてきた。山の麓で捕まって、体を拘束され、ナイフで目を抉られそうになった時も、研究所に連れていかれて非人道的な拷問にも等しい実験をされた時も。


「大丈夫、今回は怖くないから」


 それに比べれば、信頼する人に治すために与えられる痛みは、恐怖がないぶんずっと楽だ。

 にこりと顔だけ振り返って微笑んだジルトに、二人はこれまでのジルトの話を思い出して顔を歪めたが、すぐに前を向いたジルトはそれに気づかない。


「じゃあ、いくぞ」

「うん。……ぐっ、」


 ウォートが魔力を流し込んでいるのがよくわかる。びりびりとした痛みがじわりとジルトを傷口から侵食していく。ジルトは食いしばった歯の隙間から呻き声を漏らしながらも、治療が終わるまで目を瞑ってじっと耐えた。


「よし、いいぞ。しばらく痺れるような感覚が残るかもしれないが、傷による痛みはないはずだ」

「たしかに、まだちょっとびりびりするね。でも、ありがとうウォート。バルも」


 ジルトは椅子の上で向きを変え、二人に礼を述べた。


「気にするな。それより着替えてこい。服は直らないからな」

「うん、そうするね」


 椅子から立ち上がったジルトは、一度よろめいたものの、それ以降は何も問題がないように新しい服を持って脱衣所に入っていった。


「ウォート・ハピティカ」

「……なんだ」


 ウォートがジルトの椅子を戻して、バルディアを振り返る。


「今まで済まなかった」

「何だよ急に。お前みたいな奴が俺に謝るなんて、裏があるとしか思えねえ」

「……本当に、今までの君への態度は悪いと思っている。だからと言って君に反発を抱かないわけではない。こうして謝罪することに対して屈辱がないわけではない」


 普通に考えれば、騎士の家系で貴族であるバルディアが、王族に支援されているとはいえ親という後ろ盾のないウォートに頭を下げることはないのだ。


「……ジルトのためか」


 ああ、と小さくバルディアは答える。


「彼女は今まで多く傷ついてきた。それこそ痛みに慣れてしまうほど」


 ジルトが先ほど受けた治療は、大人でも我慢するのが厳しいほどの激痛があったはずだ。


「きっと彼女はこの先も無傷ではいられない。今の王族はドラゴンの娘を得るためには手段は選ばないからな。

 でも、僕には君のような回復魔法は使えない。僕が彼女にできることは、今よりもっと強くなることだけだ。圧倒的な強さを誇る彼女に、僕はそれほど必要ではないと思う」

「だからって、俺に謝って何になる?俺はお前に頼まれずともジルトを助ける」

「そうだろうな。だが、僕は扱いの難しい回復魔法を使える君を尊敬してもいるし、君と完全にわかりあえないこともないんだと思うんだ」


 バルディアとウォートは、先ほど怖くないから痛みに耐えられると笑顔で言ったジルトを見た、お互いの表情を思い出した。


「まぁ、そうだろうな」


 ウォートは渋々ながら肯定する。そして体ごとバルディアと向かい合った。


「仲良くする気はない。けど、お前と敵対しようとも思わない。謝罪は受け取っておく」


 ぶっきらぼうに言って、ウォートはバルディアに自分の椅子に座るように言った。


「ついでだ。お前の傷も治してやるよ」


 それがウォートなりの謝罪だということに気づいて、バルディアは大人しく椅子に腰かけた。

 着替えを終えて出てきたジルトは、二人の間の微妙な変化に気づいてそっと微笑んだ。

続きます。

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