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竜眼の少女  作者: 五十音
テアントル
48/116

全性質

 一週間休みが明け、火曜からまた授業が再開された。

 生徒たちの制服は長袖のブレザーから袖なしのベストに変わり、その下に着ている服も生地が薄くなったり、袖や丈の長さが短くなっている。そのほとんどはそわそわと落ち着きがなく、授業中に注意される人数も多くなっていた。


「何たって金曜が体育祭だからな」


 四五限の性質実技のために実戦場に向かう途中、ジルトが足早に駆けていくクラスメイトを不思議そうに見ていると、ウォートが鼻で笑うようにして教えてくれた。


「お貴族様にとっちゃ、人生かかってるんだろうな」


 ウォートは他人事のように言う。

 彼にとっての人生は幼い頃に王族に決められてしまっているものなのだろう。


「ウォート」

「大丈夫だ。俺だって体育祭は楽しみにしてるよ。合法的に反撃できるからな」


 にやりと笑ったウォートにジルトがひっと息を飲む。


「ウォート君、ジルが怯えてるじゃない」

「そ、そうだよ。悪いこと考えちゃだめだよ」


 サクラとコリウスに咎められるとウォートはすっともとの表情に戻ったが、その意思は固そうだ。


「でも、ちょっと。見てみたいね」


 コリウスがぼそりと呟いて、それを聞き取ったサクラがくすりと笑う。

 ウォートの実力を知っているのは魔力実技や性質実技で同じ班である彼女たちだけなのだ。ウォートが目立つことを嫌い、人の目を盗んで授業をこなしていくので気づくことができない。

 クラスで馴染み始めたジルトには休み時間によく人が集まってくるのだが、魔力実技はジルトだけ別室であるし、性質実技はウォート達と班で授業を受けるので、彼を避けて人が来ることはない。バルディアでさえウォートが隣の席に座るタイミングでジルトの元から去って行くのである。ジルトはそれが悲しいのだが、本人が気にしてないのでジルトが勝手に行動を起こすわけにはいかない。


(もしウォートの実力を見れば、こういうこともなくなるのかな)



 *



「みんな、金曜は体育祭だからな。頑張って行こう!」


 にこにこと笑うスロニウムは気持ちのいい声を張り上げて生徒たちを鼓舞した。ジルトは自分が嫌われていることを除けば、彼はとてもいい教師だと思っている。

 ほとんど全員が特性にあった三つの魔法を使えるようになっていて、今では自分の苦手な魔法の強化に入っているところだ。

 ジルトはもう炎刀えんとうも問題なく使えるようになっていた。付与、変形のどちらも覚えてしまって、今は一年では授業のない六限の時間にこっそりセダムを訪ねて召喚魔法を教えてもらっている。しかしそれを授業の時間にする勇気はないので、ほとんどをウォートの実践相手をして時間を潰していた。それもウォートが本気ではないのでただの暇つぶしである。


「ねえジルト君。流水盾りゅうすいじゅん、教えてもらってもいいかな?」


 ウォートが休憩に入ったので、ジルトもすることがなく変形の魔法で炎刀を出したり消したりしていると、コリウスが申し訳なさそうに話しかけてきた。


「流水盾?私は火の性質なんだけど……」

「もちろん、知ってるよ。あの、でもね。偶に魔力の強い人は全性質を持っているってこの前本で読んでね、ジルト君ならもしかしたらって思って」

「ちょっと待ってね」


 スロニウムが遠くにいるのを確認して、ジルトは呪文を唱える。


「流れに変えよ、流水盾」

「わ」


 ジルトの手に、激しく流れる水で作られた盾が現れた。その大きさは見つからないように、ジルトの胴体が収まる範囲である


「すごい」

「信じられねぇ」


 サクラが嬉しそうに笑い、ウォートに至っては半ば呆れた表情であった。


「できたけど、どうしよう」


 ジルトは一度魔法を解く。


「うーん、一度コリウスにジルの魔力をそのまま流してみたらどうかな?コリウスはそれをそのまま放出して、感覚を覚えるの」

「そんなことできるの?」

「わからない。けど、可能性はあるかな」


 サクラが眉を下げて笑う。

 女性は魔力を吸収することができる。通常はそれだけで終わりだが、コリウスは体内の魔力を使うことができる。不可能とは言い切れなかった。


「じゃあやってみる」

「おい、気をつけろ。コリウスはサクラほど魔力の容量はない。コリウスが出せるくらいの大きさでしないと、危ないぞ」

「うん、わかった」


 ウォートの忠告に従い、ジルトはもう一度呪文を唱え、手のひらほどの盾を作り出した。コリウスがおそるおそるそれに触れると、ジルトの盾はコリウスに吸収されていく。そして、彼女の反対の手から同じ大きさの盾が出現した。


「わ、すごい」


 コリウスは一度嬉しそうに微笑んだ後、きゅっと口を結んで感覚を体に刻み付けようと集中した。一定の微量の魔力を流し続けるのは難しかったが、ジルトにとっては繊細なコントロールのいい練習となった。


「ありがとう。やってみるね」


 しばらくしてからコリウスがジルトの手を離す。


「流れに変えよ、流水盾」


 コリウスの手に、手のひらサイズの水の盾が現れた。先程よりは水の流れが遅いが、ジルトの知る限り、コリウスが盾の形を作り出し、かつ水に流れを起こさせたのは初めてだった。


「や、やった!」

「すごいね、コリウス!」

「おお、すごいな」


 わっとコリウスが目を潤ませて喜び、サクラも感動したようにコリウスの肩に手を置く。ウォートも柔らかく微笑んでいた。



「ふうん、レーネ君は水の性質も使えるのだな」



 明るい雰囲気を破ったのは、冷たい声だった。

 はっと後ろを振り返ると、オレンジの瞳がジルトを見下ろしていた。


「せん、せい……」


 ジルトを蔑むようなその視線に、彼女はひゅっと息が詰まった。


「君は体育祭の演武には出場しないと聞いているが、出た方が今後のためになるのではないか?」


 言っていることは正しいが、声が酷く冷たい。ジルトは声も出せず、ふるふると首を横に振って拒否を示すことしかできなかった。


「そう、残念だな」


 にこりと笑う先生の意図がわからず、ジルトはふいと目を逸らした。


「ああ、キンラン君。君はとてもよく頑張ったね。この調子で使える魔法を増やしていこう」


 急に声が明るくなった。笑顔でコリウスを褒めて励ましているが、ずっと会話を聞いていたコリウスは戸惑いながらありがとうございます、と固い声で返していた。

 スロニウムが別の班に向かって行くのを見て、ジルトはようやく呼吸を思い出した。

 全身から力が抜け、その場に座り込む。


「悪い。俺だけでも周りの様子を見るべきだった」

「ううん。誰も悪くないよ」


 ジルトは差し出された手を握って立ち上がった。


「それに、コリウスさんが魔法を使えるようになったことは、いいことだから」


 ジルトが微笑むと、真っ青だったコリウスは安心したように目を細くした。


「ありがとう、ジルト君。どうしても流水盾を使えるようになりたかったの」

「何かあったのか?」

「うん、ちょっとね」


 コリウスはウォートの質問に答えを濁した。

 深く聞かれたくないことなのだろうというのは三人ともわかって、誰もそれ以上は言わなかった。


「さ、一回だけじゃ心もとないから。もう一回やってみましょう」


 サクラがそう言ってくれたことで、ぎこちなかった空気がゆっくりとほどけていった。

続きます。

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