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竜眼の少女  作者: 五十音
テアントル
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魔女と狼の半獣人

 店から数歩歩いて、人の邪魔にならない場所に来ると、アンセモンは袋には入れられなかった革のチョーカーをジルトに手渡した。


「女性にはもっと華美な方が喜ばれると思うが」

「え?」


 意味が解らずにアンセモンを見ると、彼は先程と同じようにくっと口の端を吊り上げる。


「モンターニュ君に渡すのではないのか?」

「なぜサクラに……って、ああ!そういうのじゃないんです」


 アンセモンから見ると、ジルトは恋慕する女の子に贈り物をしようとする男の子だったのだろう。


「では姫君にか?」

「違います。二人とも友達です」

「では一体誰に?」


 贈り物であると思っているアンセモンを誤魔化すのは難しい。ジルトはぐっと押し黙った。

 シュレイにあげると素直に言えばいいのだが、この話の流れでは言い出しにくい。


「……友達の代わりに買いに来たんです」

「……そうか」


 苦し紛れの言葉にはアンセモンも納得していないようだが、それ以上首を突っ込むことはなかった。


「では本題に」

「本題?」

「ああ。君はA.K.クラブに所属したのだろう?」


 驚いたことに、アンセモンはクラブの担当教員だった。


「君以外にも4人加入したと聞いた。休みが明けて間もない内に体育祭が始まる。祭りの時は限定的とはいえ南部の介入も許される。普段以上に気を使うことが多いと、目が届く範囲が狭くなるからな。デクネ先生の行動を抑えるのも難しい」


 スロニウム・デクネはジルトの性質実技の担任だ。最初の授業で実演と称してジルトを攻撃してきた人である。睨まれたり冷たくされることはあるものの、初回以降無茶ぶりがなかったのはアンセモンが裏で手を回してくれていたかららしい。


「君は優秀だ。だがそれが原因で悪目立ちしている。何も起こらないに越したことはないが、有事の際に使えるように護りを渡して置く」


 ジルトの手に載せられたのは五つのエンブレムだった。講堂にあったドラゴンの彫刻が大きくデザインされており、その余白に黄色と白の小さな菊が刺繍されている。


「ありがとうございます」

「ああ。君の加入はクラブにとってもいいことだ。何せ古語が読めるからな」


 表向きはA.K.という落書きの謎を解き明かすクラブになっているはずなのに、いきなり古語の話が出てきてジルトは驚いた。


「せ、先生はクラブの活動を知っているのですか?」

「もちろんだ。びっくりしただろう。実際には秘密の部屋の魔法書を読み漁っているんだからな」


 どうやら打倒王政については知らないらしい。ジルトは気づかれないようにゆっくりと息を吐きだした。


「俺が担当に就任した際に謎は解けてしまったからな。それでクラブを解体させるのは申し訳なかったから、以前の活動理由をそのまま使用している。

 それに元はクラブでも何でもない、個人の活動だ。ある事件が起きて今は厳しく規制されているが、昔は学校の活動はもっと自由だったのだ」

「先生はA.K.クラブの元になった人を知ってるんですか?」

「よく、知っている」


 アンセモンは昔を懐かしむように目を伏せた。僅かに覗いている黄色い瞳が、揺れているように見えた。


「先生……」

「言い忘れていたが、クラブで知り得た魔法は学校で習うものと広く知られているもの以外は使ってはならない。いいな?」


 感情を隠すように授業の時のように厳めしい顔に戻って、アンセモンが忠告する。


「はい、わかりました」


 ジルトは言いかけた言葉を飲み込んで素直に頷いた。

 アンセモンと別れてサクラとカトレアの元に戻ると、いきなり質問攻めにあった。


「ジル、何の話をしてたの?」

「あの男はジルの敵ではないんだな?」


 サクラは楽しそうに、カトレアは真剣そうに訊ねてくる。


「クラブについて話してたの。怖く見えるけど、先生は優しくしてくれるよ」


 歓迎祭で一緒に回った時の様子や、スロニウムを抑えてくれていたこと、今日も服を買ってくれたことを伝えると、サクラが不思議そうに首を傾げる。


「どうして先生はジルを特別気にかけるのかしら?」


 それはジルトも疑問に思っていることだった。


「私が先生の友人に似ていると言ったことはあったけど」

「それだけで?それともよほど大事な人だったのかな?」


 サクラとジルトが二人で首を傾げていると、カトレアが考えても仕方ないと首を横に振った。


「ジルに危害を加えず守ってくれるならそれでいいだろう」


 そしてデクネは覚悟しておけ、とぼそりとカトレアがこぼした言葉に、二人は苦い笑みを浮かべるしかできなかった。



 *



 もう寮に帰ったとレオから通信機で連絡が来ていたので、女子寮まで二人を送ってからジルトは自分の男子寮に戻った。

 入り口には交信して呼び出したシュレイが立っていた。部屋に届けに行くとレオがうるさいと思ったのだ。


「シュレイ、わざわざごめんね」

「いいよ」


 ぶんぶんとシュレイが首を振る。

 ジルトは鞄に入れておいたチョーカーを取り出して、シュレイに渡す。


「ジル、もしかして、これ」


 金色の綺麗な瞳が大きく開かれ、驚きと喜びが入り混じったような声がシュレイの口から漏れた。

 小さく頷いてから、ジルトは手を合わせてその中の空間につよく魔力を流し込む。炎になってしまわないように、固めていくイメージで力をこめ続けると、手の中にころりとした感触がある。

 ゆっくりと手を開くと、楕円型の深い赤の石が転がっていた。


(良かった。上手くいった)


 二組の歓迎祭の出し物で使われた、魔力の結晶である。

 シュレイが持ったままだったチョーカーの中央にある銀の円にそれを押し当てると、結晶はぴったりとその台座に収まった。


「シュレイ、つけて」


 ジルトの言葉に従って、震える手でシュレイはチョーカーを首に着けた。

 彼は自分の首にはまったそれを手で触れて確かめて、ほろりと涙をこぼす。


「ジルは、知ってたの?」

「ううん。ちょっと気になって、狼の半獣人について調べてみたの」


 シュレイがジルトに頼みごとをするのは珍しい。半獣人の文化はジルトにもわからないので、イルの本で調べてみたのだ。見事にその中に狼の半獣人についての記述があった。

 狼の半獣人は魔女と契約を交わしてパートナーとなることが多かった。始まりは魔女が狼の半獣人の一族を救ったことだった。義理堅い一族は魔女に仕えることにした。しかし魔女はそれを拒み、一人ずつ契約を交わすことにしたのだ。いつ奉公が終わってもいいように。

 基本的には狼の半獣人の望み通り、彼らが魔女の護衛の役目を果たし、特に深く心から信頼し合った者たちの間では首輪が贈られた。契約の時の魔力の糸を可視化したようなもので、その首輪に魔女の魔力の結晶をつけることによってより強く魔女の存在を感じられる。

 ジルト自身、シュレイとの契約に驚きはしたものの、あまりにも自然に体が動いたので違和感など微塵も抱いていなかったのだが、シュレイとの関係がはっきりしてすとんと納得がいった。クラムの家から中央に向かう時に、魔女狩りという言葉が出たこともあった。


「私のお母さんは魔女なんだね」

「ああ、そうだ。偉大なるドラゴンと誇り高き魔女がジルの両親だ」


 教科書に出てくる魔女は悪者で、ドラゴンにとっては宿敵ともいえる存在として描かれたいた。ジルトはセダムの言葉を思い出した。


 ――歴史はこの国について学ぶ。この教科に関しては南部の政治思想も入っているから、注意して聞いてほしい――


「私、知らないことばっかりだね」

「それは俺も一緒だよ。これから知ればいい」


 慰めるように、シュレイがジルトの手を握る。


「ドラゴンが長い眠りから覚めたら、話を聞きに行こう」

「そうだね」


 ジルトはシュレイの手を握り返して微笑んだ。

続きます。

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