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竜眼の少女  作者: 五十音
テアントル
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シュレイのお願い

 一週間休みの間、ジルト達は毎日クラブを訪れた。古語が読めるジルトに呪文を教えて欲しいと願う仲間が多かったからだ。古語は読解も難しいが、それ以上に発音が難しい。勝手に翻訳されてしまうジルトには理解しがたかったが、意識して自分の口から出る音を聞くとなんとなくわかった。喉や口の使い方を意識して、それを教えてあげると少しずつ話せるようになっていく者が多かった。講堂内の半分を利用して、実際に魔法を使いながら実技を行ったりもした。


「ジルト、毎日来てくれて嬉しいが無理はしていないか?」


 椅子に座って水を飲みながら休憩していたジルトに、ガイラルが声を掛けてきた。


「無理してないよ。みんなが体育祭に向けて頑張ってるから、私もできるだけ応援したいんだ」


 体育祭での実技演習を模した丸い円の中で必死に魔法を使う仲間を見ながら、ジルトは答えた。

 テアントルのような貴族向けの学校に来る子は、将来武の道を目指す子が多い。

 体育祭は歓迎祭とは違い学校単位で行われるが、どこの学校も同じ時期に開催する。そして視察のために中央に来ることを許された南部の大人たちが期間内に色々な学校を見て回る。そこで目に留まった学生には後で推薦書ともなる手紙が届く。それは将来への大きな足掛かりとなるのだ。


「南部は王政の影響が最も強いが、古くからの騎士達はドラゴンを信ずる者が多いからな。自分も騎士となって南部から状況を変えたいと願うものも少なくない。必死にもなるさ」

「そうだね。私も、できる限りの力でこの世界を変えたい。だからここに来て魔法を学ぶのは、私にとってもいいことで、無理はしてないよ」

「ふ、そうか。君はまだ一年なのに志が立派だな。もう少し君の自由を優先してもいいんだぞ」


 ジルトは曖昧に笑って返答を避けた。

 ジルトは一年、本当はそれよりさらに一つ下の歳ではあるが、多くの人の運命を握るドラゴンの娘であることを自覚している。志としては立派でも何でもなく、当然のことだと思っていた。

 そしてジルトの自由を優先して、今、この場にいるのだ。

 自身を思いやってくれるレオの気持ちを押しやって、少しでも自分のせいで苦しむ人のないように。妖精や半獣人が苦しまなくて済むように。


「ジルト、ちょっといいか」


 そんなジルトの内心を知ってか知らずか、ウォートがジルトを呼んだ。彼女はガイラルに断って、そちらに向かう。


「何?」

「何じゃない。無理するなって言ってるだろ」


 顎先を掴まれて、横を向かされると、ジルトの首筋がウォートの前に曝け出される。そこには赤い線が浮かび上がっていた。


「まだ完治しないのか……痛くないか?」


 ウォートが回復魔法を使って、ジルトの首の傷に触れるとそれはじんわりと消えていった。


「最近ではもう痛みもない。本当に無理はしてないから」

「痛くないのが無理じゃないってことじゃないんだぞ」

「でも、」

「でもじゃない。毎日回復魔法を使ってるんだ。本来ならこんな傷、出てこなくていいくらいには治ってる。お前が体力や魔力を使ってるから出てくるんだ。俺はお前に傷が出てるとこなんて見たくない」


 ウォートはずっとドラゴンの娘を信じ続けていたと言っていた。カトレアのいう光と同義だとすれば、それが傷ついているとことなど見たくないと思うのは普通のことだろう。ジルトだって、大切な人が傷ついているところは見たくない。


「ごめんね。気をつける」

「わかってくれて嬉しいよ。俺以外にも心配してる奴がいるから」


 ウォートに促されて、レオの元へと向かう。

 数人の相手を終えても息も上がっていないレオの表情は厳しかった。眉根がぐっと寄せられ、青い綺麗な瞳に怒りの色が滲んでいる。


「ジル、今日はここまでだ」

「わかった」


 ウォートに呼ばれるときはたいていジルトの傷が出現していると知っているので、レオにはもうその行動だけでジルトの状況を把握されてしまう。


「全く。モーリが泣きそうになるから、あまり無茶はするな」


 心配そうなモーリと目が合って、ジルトはうっと言葉に詰まった。


「ごめんなさい」

「いい。お前の気持ちもちゃんとわかってる」


 慰めるように、レオがジルトの頭を撫でた。

 静かに怒るところも、あとでちゃんと慰めてくれるところも、レオはアンにそっくりだ。


「明日で休みも終わるんだ。今日はカトレアとサクラと買い物にでも行ってこい。ここ何日かで思ったが、ジルは学校以外で着れる服が少ない。このままじゃ長期休暇で困る」


 旅の途中でレオ達とはぐれ、学校に来てからも補習等で忙しかったジルトは、あまり物を準備できていない。それは歓迎祭の時にも実感した。


「サクラ、カトレア、いいか?」

「ええ。任せて」

「もちろん。私も大きさが合わなくなった服が多くて困っていたところだ」


 カトレアは真面目そうに言ってのけるが、実際には王宮を出る時に持たされた服を着たくないだけだということをジルトは知っている。


「ジル!俺も行く」


 対戦相手を場外にしてからシュレイがやって来たが、レオに駄目だと即答される。


「お前は残って魔法の解読をしろ」


 ジルトとつながっているからか、半獣人だからか、シュレイも古語には強い。


「なんでだよ!」

「お前がついて行っても邪魔になるだけだ。この前も変な格好してただろ」


 一度、A.K.クラブから帰った後、いつもの五人で中央の劇場に行った時、レオとシュレイが出発前に揉めたらしい。いわく、シュレイの衣装のセンスがないようで、レオが頑張って普通の服を着させたのだという。それ以前にも何度かその手の話が上がっている。山育ちだからしょうがないというのがジルトの意見だ。彼女自身、流行が存在する中央の服には自信がない。


「シュレイ、僕も頑張るから」


 年下のモーリにまで引き留められて、シュレイは食い下がれなくなった。


「わかった」


(ジル、お土産買ってきて欲しい。できれば首につけられる物がいい)


 大人しく引き下がったシュレイが交信してきた。


(いいよ。どんなのがいい?)

(ジルが俺に似合うものを選んで。本当はお願いすることじゃないんだけど、憧れがあって)


 何の憧れかはわからないが、いつもジルトを助けてくれるシュレイの頼みごとを断るわけはない。


(気にしないで。いつものお礼だから)


「いてっ」


 ジルトとシュレイが無言で見つめ合っている時間が長かったので、交信していると気づいたレオがシュレイに拳骨を落とした。


「ジル、行け」

「う、うん」


 頭を押さえて蹲るシュレイに頑張ってとエールを送って、ジルトは秘密の講堂を出た。


 一度寮に帰ってから、ジルトは歓迎祭の時にも着た黒い半袖に茶色の七分丈のズボンに着替えて、鞄の中身を入れ替えてから外に出た。肩と腰どちらにもつけられるように二つのベルトがついたそれは、入学祝いにセダムからもらったものだった。革の鞄は丈夫で、数は少ないが綺麗な金細工に装飾されているのでジルトは気に入っている。

 中身を増やした財布が入っているので歩くとじゃらじゃらと小気味いい音が聞こえる。北部では硬貨の音を鳴らしてはいけないと教えられたが、中央では硬貨の音がしない方がお金を持っていると判断されることが多いらしい。

 女子寮に寄ってカトレアとサクラと合流してから学校地帯を抜けて商店街に向かった。

 市場と違って店ごとに建物が構えられている。中でも大きな作りの店に入ると、休暇期間ということもあってか多くの人でにぎわっていた。あちらこちらから楽しそうな高い声が聞こえてくる。


「すごいね。いっぱい服がある!」

「ジルはこういった店は初めてか?」

「孤児院に居る時はいつも布から作ってもらってたし、出てからも市にしか行ったことがなかったから」

「そうなのね。それならいっぱい見て回りましょう」


 カトレアとサクラに案内されながら、展示された服を見ていく。ふんだんに布やレースの使われたドレスはジルトにとって初めて見るものだった。


「すごい!どうやって作ってるんだろう」

「本当に綺麗よね。こうやって眺めるだけでも楽しい。こんな綺麗な服はすぐには買えないんだけどね」

「そうだな。仕立ててもらうのは今度にして、すぐに買えるものを選ぼうか」


 カトレアについていくと、ジルトもよく目にする一般的な服が重ねて置かれていた。


「成長期に家に帰れず寮で生活する者も多いから、ある程度の数は常に準備されてるんだよ」


 カトレアが山から一つ取り出してジルトの体に当てる。


「色や細かなデザインが違ったりもするから、これでも十分楽しいが」

「そうね。ジルには何が似合うかしら」


 サクラもそれに参戦して、楽しそうに服を選んでいるが、どれもかわいらしい色合いのものだった。


「お、女の子の服は着れないから」


 興味がないわけではないが、もともと男の子が多い孤児院で育ったジルトはアンの作る一枚布のワンピース以外は彼らのおさがりで、あまりにも飾りや刺繍のある服を着るのが恥ずかしい。

 それにジルトは一応男として学校に在籍している。休日でも着る服には気を使うべきだろう。


「ふふ、そうね。似合うと思って、つい」


 クスクスと笑う声はサクラのものだけではなかった。

 一連のやりとりを見ていた近くの客が、温かい目でジルト達を見ている。


「これから成長するからね」


 と初対面の貴婦人にも励まされ、ジルトは嬉しいやら恥ずかしいやら複雑な気持ちになった。


 いくつか服を選んだところで、会計に向かう。途中からジルトの好みを把握したサクラとカトレアのおかげで、時間はそれほどかからなかった。

 二人が服を選んでくれている間にこっそりと探していたシュレイのプレゼントも持っている。市場での支払いとそう変わらないと言われ、ジルトは一人で会計に臨んだ。

 広い店なので客も多く、数人順番を待ったがすぐにジルトの番になった。

 初めての店での買い物にどきどきしながらカウンターに近づくと、


「レーネ君」


 低い音が響いた。

 驚いて顔を上げると、ラフな格好のアンセモン・クリソスがいた。ジルトとサクラのクラス担任である。


「先生」

「何だ、今から支払いか」


 まるで当然のようにジルトの横に立って、彼女が持っていた服をカウンターに載せる。


「いくらだ?」

「先生?!」

「少々お待ちを」


 店員が一つずつ服を確認していく。


「あ、これは別で!」


 この流れではアンセモンがここの支払いをしてくれるのだろう。できれば断りたいが、後ろの客の邪魔にはなりたくない。それでも、シュレイへの贈り物も一緒にされては困る。


「こちらは銅貨1枚です」


 店員が手を止めずに教えてくれたので、ジルトは急いで財布から銅貨を取り出してアンセモンに差し出す。彼はふむ、と目を眇めたが、ちらりとサクラとカトレアの方を見て、意味ありげに口角を上げてそれを受け取った。

 そのまま予想通りに会計を済ませ、店名が書かれた袋を受け取って、ジルトに持たせてくれた。


「少し借りる」


 店の出口に近づいたところでサクラとカトレアに声を掛けて、アンセモンはジルトの背に手を添えて店を出た。

続きます。

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