カトレアの光
翌日、昼食後にジルト達はそろって学校に向かった。休日ではあるが、学校内に入るために制服のブレザーは着てきている。そろそろ暑いが、ベストに衣替わりするのは休暇明けからであるため、今は我慢するしかない。
「こんにちは。初めましての人も多いかしら?サクラ・モンターニュです」
学校の入り口には既にサクラがいて、生地の薄いスカートを両手でつまんで、綺麗にお辞儀した。
「初めまして。カトレア・オーキーだ。今日はよろしく」
「モーリ!よろしくね!」
「シュレイだ、よろしく」
「レオだ」
一人ずつ挨拶していく中、レオは厳しい表情でサクラを見つめていた。
「一つ聞いていいか?」
サクラも表情を引き締めて頷いた。
「何故ウォートにジルのことを話した?」
レオの声は冷たかったが、怒ってはいなかった。それはウォート自身がジルトに敵意のない者であり、結果的にジルトにとって有益な存在になったからだ。
しかし、サクラがジルトに相談なく秘密をもらしたことに変わりはない。レオはサクラが信用できる人物かどうか疑っていた。
「悪い。それについては、俺が説明する」
走って来たらしく、息の上がったウォートが会話に参加する。
「俺とサクラはクラブで先に知り合ってた。クラブは王族に送り込まれた新入生を毎年チェックしてて、入学後すぐに声をかけるから」
王宮からやってきたサクラと、王族に支援を受けているらしいウォート。支援の意味を正しく理解しているクラブの者にとって、二人は真っ先に声をかけるべき人だった。
「約半年前に王都で反乱騒ぎがあったのは知ってるだろ?」
半年前といえば、丁度ジルト達が孤児院を出た頃である。ジルトはイルとアンのことを思い出してじわりと込み上げてくるものを押しとどめる。
「ああ。王都の警備が厳しくなったと聞いている」
レオが答える。
「その騒ぎは、王宮に集められた少女や女性たちが起こしたんだ」
苦しそうにウォートの顔が歪み、続いて気遣うようにジルトを窺う。
「本物のドラゴンの娘が見つかった。それまで候補として集められていた少女達は解放されることになった。が、それが文字通りの解放だったわけじゃない。
魔力の多い少女や女性は王族や貴族の嫁とされたり、魔法の使える者は奴隷として城で働かされることになったり」
ジルトが、ドラゴンの娘が見つかったことで、今までも散々な目に遭っていた女性はまるで物のように取引された。それを知って、何とも言えない感情が込み上げる。
ジルトが見つからなくとも、王宮に捕らわれている者たちはずっと苦しい思いをしたかもしれない。だけど、何も知らず楽しく育ったジルトが、無知ゆえにセダムと出会ってしまったことがきっかけで、彼女たちの人生が大きく動いていた。
「ジル、言ったはずだ」
知らず握りしめていた拳を、レオがそっと解いて手をつないでくれる。
「お前が悪いわけじゃない」
何度か力を入れたり抜いたりして、ジルトを落ち着かせようとしてくれた。ジルトは縋るようにレオの手を握りしめた。
「俺の妹はそこにいた。実際に反乱を起こせるような年齢ではないはずだが、俺を引き取った貴族は何も教えてくれない。だけど入学してこっちに移ってくる時に、いつものやつが届いたから、まだ生きてるってことだけはわかった」
いつものやつとは、この前ジルトに見せてくれた妹の髪のことだろう。
「だがその後、何の報せもない。いくら学校区が教育のために隔離された場所であるとはいえ、物くらいは送れるはずなんだ。
俺は焦った。何度も手紙を出したが、返事なんか来るはずもない。もしかしたら俺を学校に放り込んだ段階で、妹が用済みだと判断されたのかもしれない。そう考えると、そうとしか思えなくて」
いつも諦めきったように冷めているウォートの金の目は、ゆらゆらと揺れていた。
「南部の人が学校区に入れる歓迎祭になっても何の便りもなくて、彼は生きることを諦めようとしてたの」
サクラがウォートに代わった。
「私が何を言っても無駄だとわかっていたし、彼には彼の人生を選択する自由がある。だけど、できれば生きて欲しいと思ってた。彼がドラゴンを信仰しているのは知ってたから……」
「それで教えたのか」
なるほどと頷いたレオの声はもう冷たくなかった。それどころか温かいような気がする。ジルトの手の甲を撫でる親指の先から、レオの心の内が伝わってくるようだった。
「ごめんなさい。勝手だとは理解していたけど」
「いやいい。心の拠り所の重要さは俺も知ってる」
きっと受け入れてくれるとは思っていたけど、あまりにもレオが素直に肯定するのでジルトはびっくりした。モーリも驚いたようでジルトに目で訴えてくる。
「俺は納得できたが」
「僕もだいじょうぶ」
「俺も、ジルトが悲しまない結果になってよかったから」
レオに促されて、元から対して不満など抱いていないモーリが返事し、シュレイもそれに続く。
即座に反応できなかったのはカトレアで、眉根を寄せて、何かに耐えるように手を固く握っていた。
ジルトはもう大丈夫だから、とレオの手を一度強く握ってからはなし、カトレアの手を、レオがしてくれたようにして握る。
「っ、すまない。まさかそんなことが……いや、何を言っても言い訳にしかならないが」
その反乱が起きた頃、カトレアは北部にいた。その場に居合わせず、何もできなかった己を後悔しているようだった。
「……ジルトが信用しているんだ。あんたが何かしたわけではないし、悪い人だとは思わない。あんただってずっとジルトといたなら、俺の勝手な都合でサクラがした行動を疑ったりするのは普通のことだと思う。謝る必要はないだろ」
王族への嫌悪はあるだろうに、ウォートはカトレアを王族の一人として扱うことはしなかった。
「そうか。なら言うべきは一つか」
カトレアはジルトの握っている手に、もう片方の手も添えて、大事そうに自身の口元まで運んだ。
「ジルは私の光だ」
柔らかい唇が手の甲に触れて、ジルトは大きく目を開いた。視線の先で、カトレアの空のような青い瞳は柔らかに細められていた。言わなくてもわかる、愛情を湛えたその瞳に、全員が息を呑んだ。
冷静で表情にあまり変化のないカトレアは、整った顔立ちも相まって綺麗だと称えられることが多い。相好を崩したカトレアの纏う雰囲気は春の日差しのように温かく、神秘的だった。
「私にとってのジルもウォートにとってのジルとそう変わらない。サクラの行動に納得できないわけがない」
ふっと表情をもとに戻したカトレアに、ウォートは一度瞬きしてから、
「そうだな。俺も、あんたが信用できる人だってことがよくわかったよ」
安心したように微笑んだ。
「時間を取らせて悪かった。サクラ、案内してくれ」
「わかった。ついてきて」
サクラに続いて、ジルト達は学校の中へと入った。
続きます。




