反王政派
五日間の歓迎祭を終え、ジルトは浮かない顔でレオとシュレイの部屋に向かっていた。
歓迎祭の一年展示は一組を抑えて二組が優勝した。バルディアは結果発表の会場で跳ねて喜び、一組のクラス長と固く握手を交わしてから、ジルトの方を向いて申し訳なさそうな顔をした。それを見てサクラと二人でくすくすと笑い合った。
歓迎祭の終了時点で一組と二組の交流禁止は解かれ、これはジルトにとって嬉しいことであったはずなのだが、この歓迎祭を経て、少し憂鬱なものになっていた。
魔力を暴走させ、ドラゴンの娘ということがばれた。その場に居合わせたサクラ、バルディア、そしてウォートだ。さらにジルトに数度現れた傷。それについても新たな進展があり、そのことは歓迎祭のあとシュレイと交信して伝えたが、まだ彼以外の反応を見てはいない。夜遅いからとすぐに会うことを拒否したのも、みんなの反応が怖かったからである。特にレオ。先延ばしにしても結果は変わらないが、そうしてしまうのはなぜなのだろうか。
扉の前でジルトは足を止め、躊躇いながらもその扉を開けた。
中には既にレオ、モーリ、シュレイ、カトレアがいた。モーリは重苦しい部屋の中にいてもジルトに久し振りに会えた喜びを顔に浮かべていたが、カトレアとレオの雰囲気にその明るさも削り取られてしまう。シュレイは先にジルトから話を聞いているからか、彼女に同情の目を向けた。
「ジル、入っておいでよ」
シュレイの言葉にうなずき、扉を閉めてからシュレイの横に座る。前に座るレオとカトレアを直視することはできず、座っている地面に顔を落とした。
「まず、お前の正体を知るのはサクラ・モンターニュ、バルディア・バール、ウォート・ハピティカ。この三人でいいんだな」
上から降ってくるレオの声に、ゆっくり頷く。
「ジル、顔を上げろ」
言われて顔を上げると、いつも以上に不機嫌そうな顔のレオがいた。久しぶりで、会いたくてたまらなかった。こんな顔をさせたかったわけではない。
「ジル、お前は勘違いしてる。俺達は何もそれを責めようってわけじゃない。秘密が必ず守られることはない。いい方向に考えれば、お前に近しい人物が正体を知っているってことは何かあった時に助けになってくれるってことだ。お前に呪いの魔法がかかってたことも、そうだって事実がわかっただけで十分だ。ウォートには感謝しかない」
そこで言葉を切って、レオは苦しそうにジルトを見つめる。カトレアも同じような表情をして、そっとジルトに手を伸ばし、そのまま身を乗り出してジルトを抱きしめた。
「ジル、どうして何も言ってくれなかったんだ?」
一瞬、何のことを言っているのだろうと思った。ジルトが怒られるだろうかと身構えていたことについては、思っていたより優しく受け止めてくれたのだ。他に何があっただろうかと。
「お前が、研究所でされたことだ」
「え」
ジルトが全く思い至らなかったところだ。言えば心配をかけるだろうと、そう判断して黙っていたこと。
「ジル、君にとって話すのはつらいことなのかもしれない。それでもずっとそのことを一人で抱えるのもつらかっただろう」
そう言うカトレアの体は震えていた。
「ごめん、カトレア。でも、それでみんなに嫌な思いをさせるのは――」
「嫌な思いをしたのはお前だろう」
引き絞るように歯と歯の隙間から声を出したのはレオだった。
「何でそうやって自分のことを差し置いて俺達の心配をするんだ?どうして俺達も同じようにお前を思っているって気づかないんだ。確かにお前のその話を聞けば俺達は嫌な気持ちになっただろう。当たり前だろ?ジルが嫌な思いをしたんだからな!そんな話聞きたいわけがない!」
もしそうならば、やはり言わない方が良かったんじゃないのかとは思えなかった。ジルトにはもう、わかっていた。
「それはそんなことがあってほしくないってだけだ。でも、あったんだろう?あったなら話してほしい。俺は、お前に無理してまで笑って欲しいわけじゃないんだ」
ジルトの頬を涙が伝う。
痛い。胸が締め付けられたかのように痛む。レオの思いが、そうさせる。
「ジル、嫌な思い出を消し去ることはできない。過去に起きたことを変えることはできないからね。でも、話せば少しは楽になるんだ。私達にも君の負担をわけてほしいんだよ」
「そうだよ、ジル。アンさんも言ってたでしょ?喜びだけじゃなくて、悲しみもみんなで分かち合った方がいいんだって」
モーリもいつになく真剣そうな目で訴える。シュレイも大きくうなずく。
「うん、そうだね。ごめんね」
みんなの言いたいことがわかって、ジルトはカトレアの背中に両手を回して彼女に縋りついた。
自分だって、誰かに不幸が起きた時、それを知らないでいるのは嫌だ。知っていたらできることがあるかもしれないのだ。自分の大好きな人の力になりたいという思いがどれだけ大きいか、ちょっと考えればわかったはずなのに。
「怖かった。怖くて、痛くて、頭がおかしくなりそうだった。でも、でもね。みんなのところに帰りたいって思ってずっと耐えたの。寂しかった。会いたかった」
その時を思い出して、いろんな感情が渦を巻く。
「ジル!」
カトレアが抱きしめる力を強くする。きつく感じるその腕の中が、ジルトには心地よかった。見失いそうになる自分を、つなぎとめてくれる優しいしめつけだった。
カトレアの腕の中で目いっぱい泣いた。彼女も静かに頬を濡らし、双方の涙が止んだ時には二人とも眠たくなるような、心地よい疲労感に包まれていた。
「二人とも大丈夫か?今日は一度休む?」
「私は大丈夫だ」
心配そうに自分を見るカトレアに気づいて、ジルトは自分も大丈夫だと首を横に振る。
「なら今ある情報をある程度まとめたい」
「うん、そうしよう」
まだ不安げにジルトを見つめるモーリの頭を撫でながら、ジルトは頷いた。
「まず、ジルの呪いの魔法については保留だ。俺も一通り関連する本を読んだが、ジルに起こったような効果のあるものはなかった。ジルの傷については研究所事態に付与されたいた回復を早める回復魔法によって見かけ上治っていた傷が、治りきる前にそこから離れたことで整合が取れなくなって偶に現れたんだろう」
「それってどいういうこと?」
モーリがレオに訊ねる。
「ウォートによれば研究所に付与されていた回復魔法の効果は“回復を早める”ことだ。例えば大きな傷を負ったとして、ずっとそれを塞がなければ失血死するがその効果によって通常より早く傷が塞げれば血は止まり、死ぬまではいかない。だが傷が塞がるのは魔法が付与された場所にいるから、だ。実際に傷が治るに相当する時間その場に止まらなければ、その傷は完全には治らない。外に出れば実際には回復してない分のダメージが出る。
ジルはその場に留まっている時に損傷と回復を繰り返した。ジルの体も治っているのか治っていないのか混乱したんだろう」
「……うん」
モーリは頷いたが、明らかに理解できていなかった。それはウォートに一度説明されたジルトも同じで、レオがその時のウォートと同じ顔をしたのがわかった。
「つまり、ウォートがジルの傷を完治してくれるから大丈夫だ」
「そうなんだね!よかったぁ」
モーリは胸元で両手を組んではぁっと安心の溜息をついた。
「とにかく、今後不意に傷が出ることはほとんどない。あってもウォートが治す。そこは心配ない。呪いの魔法についてはわからないから一度置くってことか?」
「そうだ」
シュレイの言葉に返事レオが返事した。
「ジルの正体の件も大丈夫なんだよな。じゃあ残るはA.K.クラブについてか」
カトレアが言ったA.K.クラブはサクラから出た言葉である。ウォートがジルトの正体を知ったのも、そのクラブを通じて二人が知り合いだったかららしい。
テアントルは事務員により常に掃除が行われ、清潔に保たれている。机の落書きなんかも翌日には消えているし、ペンで書いたものだけでなく刻んだものも消える。しかし、A.K.という細いペンで書かれた落書きだけは、どれほど消そうとしても消えず、学校でちらほら見受けられるのだという。A.K.クラブはその名の通り、その謎を解き明かすために作られたお遊びのようなクラブである。
「ただのいたずらみたいなクラブだと思ってたら、実は打倒王権を企む組織だっていうんだろ?信じられないな」
シュレイが呟くと、レオとカトレアも同意を示す。
「でも、そういうものがあってもおかしくはない」
自分でもあり得ないと思いながらも、レオは北部での出来事を思い出していた。
「北部の山を越えて、反王政派のやつらを探した時、一人もみつからなかった。けどイーリスはその近辺の村でドラゴンの娘だって大事にされてただろ。ドラゴンの信仰者がつまりは反王政派ってわけじゃないが、ドラゴンを信仰するってことが結果的にドラゴンを王に望むことにつながることは多い。あまりにも不自然だった」
「たしかに。反王政派だって王家の転覆を望むならドラゴンの信仰者と組むだろうし、当然人を集める必要がある。だがもし組織をつくるならやはり北部じゃないのか?」
カトレアが反論すると、それにはシュレイが答える。
「いや、北部は見張られる。魔の山の向こうは関所で管理するから中央寄りの北部は特に集中的にな。それに中央は学生が多いし、南部の連中は特別な時を除いて学校区に入れない。警戒されにくい上に見つけられにくい」
難しい話はレオ、カトレア、シュレイが中心となって進めるが、ジルトとモーリも必死で理解しようとしている。
「じゃあ学生と卒業生を中心に進めているのか?他の学校でも同じようなことが起きててもおかしくはないが……」
「難しくはないけど、連絡手段はどうなってるんだ?魔力消費の通信機が貸与されるのは学生の間だけだし、庶民が手に入れられるとは思わない」
「いや、この話はやめだ」
カトレアとシュレイの疑問に答えることなくレオが話を止めた。
「考えてもわからないことが多すぎるし、その手の話はクラブのやつらに聞いた方が早い。今決めたいのは、そいつらを、サクラとウォートの仲間を信じるかって話だ」
話が止んで、各々が自分の思いをまとめる。
「私は、信じたい」
ジルトの返事はわかっていたかのようにレオが頷く。
「俺もそのクラブの存在自体は信じていいと思う。ジルトの正体を明かすのはそのクラブが信頼できると判断したあとにしたいが」
「俺もその方がいいと思うよ」
「私は、ジルトがそう思うのなら」
シュレイとライヤも賛成する。
「モーリは?」
レオが訊ねると、モーリはうーんと悩む。
難しい話はあまり理解できない。自分が正しい判断をできるているのか、いつも不安だった。それでも、モーリは自分の意見を考えたかった。そしてそれを聞いてくれるレオがありがたかった。
「僕も賛成だよ。仲間が増えたら、署名を集められると思うし」
それは、彼が歴史の授業を聞いている時に思ったことだった。過去に、賛同する者の署名を集めて王に嘆願書を提出し、見事それが通ったことがいくつかあった。モーリが知っているのは庶民の学校が二年制になったことなど、大きなことではない。だが直接ジルトの願いをかなえられなくても、それを手助けするために何かできるのではないだろうかと思ったのだ。
「署名!なるほど、そういうことも考えられるな」
「たしかに、その考えはなかった」
「えらいぞ、モーリ」
レオとシュレイが感心したように言う。カトレアが誉めてくれる。
モーリは自分もみんなに貢献できるのだと嬉しくなった。
「すごいね、モーリ」
何より、ジルトのためになるのであれば。それはモーリにとって、この上ないほど喜ばしいことだった。
続きます。




