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竜眼の少女  作者: 五十音
テアントル
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呪いの発動

 ジルトのしっかりとした声に目を開いたウォートは、彼女の腕を視界に捉えて、ぎょっとした表情になった。


「お前、それ」


 ジルトの腕に赤い線が走り、そこから血が流れている。ウォートも一度目にしている。魔女狩りの頭領クラムの家で確認された傷よりははるかに軽傷だが、ジルトが特に刃物に触れた様子もないのに、自然と傷ができている。認識してから、それに見合った痛みが襲う。


「うっ。まただ」


 血が下に垂れないように肘を曲げて腕を上げると、先ほどジルトの涙を拭ったタオルで、ウォートがその血を拭いてくれる。


「ごめん、汚しちゃう」

「そんなこと気にしてる場合じゃないだろ。これは何だ?」


 心配から厳しい表情でウォートはジルトの顔を覗き込んだ。

 心当たりがないことはない。これはクラムの家で初めて現れた。つまり、あの例の金髪の研究者らしき人物と別れた後である。その前は彼によっていろいろなことを研究されていた。特に、ジルトの体に傷をつけることによって。

 ジルトは迷った。これは誰にも言うべきではないと思っていたことだ。研究されたとは言ったが、それがどのように行われたのかまでは言っていない。心配をかけると思ったからだ。自分の受けた仕打ちを打ち明けて、優しい仲間を傷つけるようなことをしたくなかった。


 ――一応誰にも全部は話したことのない話だ――


 ウォートの言葉を思い出し、ジルトは決心した。この痛みを、ずっと自分一人の秘密にするのはもう限界だったのだ。


「この学校に来る前、ある人に攫われて、研究されたの」


 その時点で何か察したのか、ウォートがぐにゃりと顔を歪める。


「私の体について調べてたみたいで、傷をつけられたり、色々、されて」

「色々ってなんだ。具体的に言え」


 わざと明言を避けたことをつっこまれて、ジルトは一度言葉に詰まるが、ウォートの真剣さに負けた。


「毒を飲まされたり、魔法をかけられたり……」

「それで全部か?」

「う、心臓、とか肺とかを、抜き取られた」


 奥の奥にしまっていた記憶が蘇ってきて、ジルトの口の中に酸っぱいものが広がる。反射的に飲み込むと、喉がひりひりと痛かった。


「悪い、嫌なことを思い出させた」


 気持ち悪そうに口元を抑えるジルトの背中を摩りながら、ウォートは自分の動揺を鎮めようとしていた。

 他人を傷つけることを好む者がいることは知っている。それは事実だ。変えようのない世界の。だが、ウォートの目の前の少女が、人のために涙を流せるような優しい少女が、そんな仕打ちを受けてきたのが信じられなかった。その行為の残酷さに、それを受けても明るく振舞えてしまう少女に激しく衝撃を受けている。


「それは、治ったのか?」


 自分を落ち着けようと、できる限りの処置をしようと、口が勝手に言葉を紡いでくれた。


「一回は全部治った。けど、その研究所を出てからこうなったのは三回目」

「そうか」


 一回治ったと言っても、完璧には治ってなかったのだろう。研究所かその研究者の魔法のおかげで傷が癒えるのが早かっただけで。その加護を受けられなくなったことで、思い出したかのように傷が浮かび上がる。


「俺が治すからじっとしてろ」


 この時ばかりは、自分が回復魔法が得意なことに感謝した。ジルトがこくこくと頷くのを見てから、両手を彼女の腕にかざす。

 回復魔法は魔力の出力とあまり差異がなく、性質に関わらず誰もが使える魔法ではあるが、その微妙な差を調整して行うために、それを得意とするものは少ない。最も簡単な呪文なしのものでも、効果を十分には発揮できない者が殆どだ。

 ウォートは複雑な回復魔法も習得済みではあったが、それは効果が大きい代わりに使う魔法を間違えると逆にダメージを与えてしまう。もどかしい思いを抱えながらもしばらくそうしていると、ジルトの傷は綺麗に閉じて、見えなくなってしまった。


「すごい!全然痛くない」


 嬉しそうに両腕を見るジルトのようには喜べない。彼女は単に傷ついただけではないのだ。魔法や毒による攻撃は表には出てこない分、今どう処理されているかわからない。傷と同じように、知らない内に現れてジルトを蝕んでいるのかもしれないのだ。

 彼女の状態全てを確認したいが、そのような魔法は高度なものであり、まだ覚えたてのウォートには使える自信がなかった。


「他に何か違和感はないか?腕以外に傷は――そうだ、心臓の周りはどうなっている?今見せてくれないか?」


 内部の様子は仕方ないにしても、傷が他にないかは確認しておきたかった。彼女が気にしたのは心臓や肺。普通に切り抜かれたのだとすればその周辺に傷があるはずだ。ジルトに伸ばしかけた手を、ウォートはぎりぎりで止めることができた。

 目の前にいるルームメイトはドラゴンの娘。つまり、女の子である。


「い、痛くないから、大丈夫だよ」


 顔を真っ赤にしたジルトに、


「悪い」


 ウォートはぎくしゃくしながら謝るしかなかった。


「あ、でも、ここら辺が痛い」


 顔をしかめたジルトが指したのは、左足の付け根。かなり際どい場所ではあるが、表情から見て先程の傷より重症だ。ジルトに上衣を持ち上げてもらい、慎重に少しずつズボンを下げると、ジルトが示したあたりに赤い傷跡があった。先ほどのように血が出ているのだろうか。


「触るぞ」


 一言かけて手を伸ばす。その指先が傷に触れた時だ。



『触るな!!』



 頭に大きな声が響いて、手にびしりと衝撃が奔った。

 慌てて手を引っ込めるも、まだびりびりと痺れが残っている。ぱちぱちと視界がはじける感じがして、それが収まったところでジルトを見ると、彼女は両目を大きく開いて虚空を見上げていた。手は服の裾を離し、びくびくと痙攣している。


「おい!?」


 ウォートは立ち上がってジルトの肩を掴む。そこで気づいた。彼女の頬に爪で抉られたような傷がある。ℱの形をしたそれは、黒く禍々しい光を放っている。


(これは、呪い!)


「ジルト!しっかりしろ!のまれるな!」


 彼女の頬を包んで視線を合わせながらウォートは叫んだ。ただしその声も、彼女には届かない。


(ジルニトラ、俺のかわいい子)

(他の誰にも、体を許しちゃいけないよ)


 ジルトは、脳内に声が響くたび、ガンガンと金づちで頭を打たれているような衝撃と戦っていた。声が脳の隅々まで染み渡って、ジルトを侵食していき、次第に呼吸が難しくなる。


「くそ!何の呪いだ?!」


 どんどん短くなっていくジルトの呼吸音に、ウォートは焦る。

 呪いの魔法は最高位の魔法であり、扱いが難しい。しかし対処法がないわけではない。呪いの魔法には例外なく解除の方法があるからだ。

 ウォートは必至で頭の中の記憶を探る。回復魔法も、医術も、その他の知識も総動員で方法を探す。呪いの魔法に関する文献もいくつも読んだ。だが今のジルトの状況に当てはまるようなものは何一つない。何かがかすりさえすればいいのに、何も該当しない。


「っは、カハッ!は、は、はぁ」


 ジルトの呼吸が変化した。まずいと思って彼女を見ると、彼女は目に意志を取り戻し、混乱した様子ではあったが必死で呼吸を取り戻そうとしていた。


「戻ったのか!」


 できるだけゆっくりした呼吸を心掛けながら、ジルトは頷く。その頬にあるℱの文字は光を失って、ゆっくりとジルトの肌の下に溶け込んでいった。


(呪いの要となる印は()()()()いない。魔法が解けたわけではないとするなら、今のがその効果か?それにしては中途半端だ。もしかすると魔法は完全にかかったわけではないんだろうか?)


 色々な可能性が考えられるが、まずはジルトの状態の確認が優先である。ウォートは思考を無理やり切り替えてそちらに集中した。

続きます。

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