バルディアの決意
ジルトがドラゴンの娘であること。それを冬に知り、その力を利用されないために逃げたこと、途中でこの国の実情を知り、苦しんでいる人を助けたいと思ったこと、そのために王と交渉することを目標としていること、今はその途中段階であること。ジルトは自身の事情を二人に話した。
「ごめんなさい、サクラさん。私のせいで」
ジルトは自分がドラゴンの娘と知ったサクラの反応が怖かった。彼女はジルトの存在のせいで幼い頃に家族と引き離されたのだ。魔の山のルギフィアやカトレアの話によれば、酷い扱いをされているはずだ。
「あなたが謝る必要はないのよ。まだ一か月程度だけど、ずっと過ごしてきて、私はあなたのことが好きになったの。その気持ちが変わることなんてないわ」
そうっと頭を撫でてくれるサクラの手に、ジルトは泣きそうになった。嬉しかった。ドラゴンの娘だからと恨まれることの多いこの身を優しく包み込んでくれる。
「ありがとう」
「お礼を言うのはこっちなのに。私達のことを想ってくれてありがとう。私はあなたのことを応援してもいい?」
ジルトはこくこくと頷いた。
何かが満たされる感覚。今まではただの目標だったものが受け入れられ、ジルトに勇気を与える。この行動は間違っていないのだと、そう望んでくれる人がいるのだと。サクラはジルトが救いたい人たちの一人であった。
「あの、僕もお手伝いさせてください」
黙っていたクラス長が身を乗り出して言った。
「僕の家系はドラゴンを深く信仰している。僕だってそう、です。もしできることがあれば何でも言ってください」
今までの罪の意識があるのかもじもじとした喋り方だったが、表情は真剣だった。
――無条件にドラゴンに力を貸したいって人も、けっこうこの国にはいるんだよ?――
ジルトはいつかのバンダの言葉を思い出した。
「うん、ありがとう」
ジルトが微笑むと、クラス長の顔がぱっと明るくなる。
「ドラゴンの子に奉仕できるなんて、こんな名誉なことはありません。このバルディア・バール誠心誠意お仕えします」
「仕えるなんて……それにどうして敬語なの?」
私の方が年下なのに。という言葉は飲み込んだ。ここではレオもジルトも十五歳となっている。わざわざ言う必要もないだろう。
「それは、高貴な方ゆえ」
ジルトにはその返答がおかしかった。
「私は最北端の孤児院出身なのに」
物は少なく、豊かではない。それでも穏やかな町で育ったジルトを、貴族のクラス長が高貴と言う。
「私はあなたのクラスメイトで友達のジルト。だからジルって呼んで。家族や友達はみんなそう呼ぶの。サクラさんもそう呼んでくれると嬉しい」
くすくすと笑いながらジルトが言うと、サクラもつられて笑いながら小さくうなずく。
「そうしましょう。だったら私もサクラと呼んで」
「あ、僕もバルで構いません」
「友達は敬語なんて使わないんじゃない?」
サクラが目を細めて言うと、バルディアは顔を赤くした。
「バルって、呼んで、くれ」
恥ずかしいやら申し訳ないやらでいっぱいいっぱいのバルディアは、今にもぷしゅーと音を立てそうだった。
「サクラ、バル、よろしくね」
ジルトは新たに二人、自分の正体を知る友人を手に入れた。
*
ジルト、サクラ、バルディアは三人で歓迎祭を回ることにした。もともとサクラと二人の予定だったが、せっかく友人ができたのだ。しかもジルトにとっては事情を知る、特別な友達だ。
ジルトは補習やら何やらでクラスの作品を見ていないだろうと、三人は二組の展示室に向かった。
「うわぁ、綺麗だね」
黒い用紙に色とりどりの小さな石が散りばめられ、花や太陽、山などの形を作っている。特に目をひくのは、両翼を広げたドラゴンである。他の作品は本のサイズくらいなのに、それだけは大きく、教室の黒板の三分の一ほどの大きさだった。
「本当はもっと丁寧に作りたかったけど、時間がなかったんだ。間隔が広いだろう」
ジルトの横に並んで、バルディアも壁に飾られた作品を見上げる。
「他のものに比べるとそうかも。それで目がないの?」
ジルトの指摘の通り、そのドラゴンの目は、赤い石で代用されていた。魔力の結晶と石では全く輝きが違うため、すぐにわかる。
「そこはどうしようもないんだ」
「基本的に魔力結晶は当人の髪や目の色を反映するからね」
部屋を一周してきたサクラが、説明してくれた。
「そうなんだ。でも、綺麗だなぁ」
まるで自分のことのように嬉しそうにするジルトを、バルディアは不思議な感覚で見つめていた。
気に食わない推薦入学者だと思っていたのに、とてつもない魔力の持ち主で、その正体は女の子であり尊敬するドラゴンの娘。つい数時間前までは負の感情を抱いていた人物が、それにより自分が今まで数々の無礼を働いてしまった少女が、隣で笑っている。
ジルトは怒った。友達を馬鹿にされたのだ、当然だろう。そして、自分が不当な扱いを受けた時に憤りを感じるのも当然のことだ。だのに、ジルトはそのことにはバルディアに何も言わなかった。まるで何もなかったかのように、優しく接してくれる。
――バル、ドラゴンは偉大だ。その子であるドラゴンの娘もまた、大切な存在だ。王族に渡すわけにはいかない。我らが全力でお守りするのだ――
ドラゴンの娘の存在が確認され、王族が総力を挙げてその娘を探しだした時、バルディアの父が言った。ドラゴンは魔力の、この国の象徴であり、誇りだ。ドラゴンを信仰するわが一族がそうするのは当たり前だと、そう思ってきた。
(そうじゃない)
今までの逃亡生活で何があったかジルトは話さなかった。だがそれが、ただただ楽しい旅路であったとは思えない。つらいこともあっただろう。常に気を張るのは心に大きな負荷をかけただろう。それでも、彼女は今、笑って隣にいる。曲がらず、真っすぐな心で、彼女にとっては制御のできない怒りを感じたはずの自分の行いを許してくれた。その心の広さは誰もが持っているものではない。
(父上。僕はこの優しいドラゴンの娘に忠誠を誓います。それは僕がバール家の一員だからじゃない。この娘だから、そうするのです)
視線の先の少女が、こちらを向く。じっと見つめ過ぎただろうか、とバルディアは微笑んで誤魔化す。握りしめた拳だけには、彼の決意が現れていた。
ドラゴンは魔力の象徴なので、貴族でも信仰する人は少なくないです。
続きます。




