二度目の暴走
ジルトは少し休んでから、路地を出た。気分は最悪だが、体の方はなんともない。サクラを待たせるわけにはいかなかった。
約束の場所に着くと、彼女はまだ来ていない。ほっと息をついて、建物に寄りかかる。
ジルトがいる場所は学校区の外だった。以前は活気のあっただろう市場だが、今は廃墟と化している。あまり人目のある場所で落ち合いたくないというサクラの願いだった。一人でいると貴族の子息に話しかけられるらしく、彼女はそれが嫌なのだという。
ざり、と靴の音がしてその方角を見ると、そこにはサクラではなくクラス長がいた。
「やあレーネ君。こんなところで何をしてるんだい?」
それはこっちのセリフだが、彼はジルトを傷つけようとして来たのだろう、と予測できた。約束の時間を越えてもサクラが来ない。そもそもここは訪れるべき理由はない場所である。
「何でもいいでしょう?」
「つれないなぁ。サクラさんを待っているんだろう?」
まったくどうやってそのことを知ったのだろう。足止めをされているだろうサクラは無事だろうが、不快な思いをしていないといいと思う。
「そう」
短く答えるジルトに会話を続ける気がないとわかったクラス長は、にやにやしていた顔を歪ませる。
「そういえば、一組の人達とは本当に連絡を取ってないんだろうね?」
「ないよ」
ジルトの声に僅かにいら立ちが混じる。レオ達の話をこの少年にだけは持ち出されたくなかった。
それに気づいたクラス長は気をよくして、また意地の悪い笑みを浮かべる。
「それはいいことだ。君みたいな人間と関わるべきじゃない。変色者でもない人間が魔力量が多いって、怪しいだろう?何か禁術でも使ったのかい?」
「さぁ」
早くどこかに行って欲しい。ジルトはそっぽを向いた。
「それともウォートと同じように売ってるのかな?」
ウォートの反応からして、その言葉はとんでもない侮蔑の言葉だろうとジルトには予想がついていた。ただジルトはその言葉をむけられたことより、ウォートが馬鹿にされたことが嫌だった。
「彼はそんなことしてない」
「ふぅん?」
クラス長はジルトの反応で、彼女の嫌がることの傾向を掴んだようだった。
「そういえば一組の、レオ君だっけ?彼、金髪と青い瞳を持っているくせに、王族じゃないんだっけ?」
「そうだけど」
「それっておかしくないかい?あれは王家の伝統だ。もしかして彼の親はとんでもない酷いことをして王家を追放されたんじゃないの?」
ジルトもレオも孤児院の出だ。当然親のことなんて知るはずもない。
ジルトが言い返せないでいると、
「それはないわ」
横から凛と通った声が聞こえた。
「サクラさん」
「待たせてごめんね、ジルト君」
クラス長がしかけた妨害をはねのけて、サクラが待ち合わせ場所に来たのだ。クラス長は焦った表情になる。彼がジルトにちょっかいをかけるのは、彼女がサクラと仲がいいからでもある。好意を寄せる相手にこんなところを見られたくはなかったのだろう。
「王家を追放される時には瞳の色を金に変えられるのよ」
「じゃあ王族の誰かが、外で作らせた子供とか」
「それならむしろ王家が引き取るでしょうね。彼の魔力量は十分なのだし」
サクラに言い込められ、クラス長は黙り込んでしまった。
気の毒だとは思うが、ジルトは彼を慰める気にはなれないし、彼自身そんなことを望んでいないだろうと、サクラの方に歩いて行こうとする。
「じゃあ、半獣人だ」
ぼそり、とクラス長が呟く。
「そうだろう?だってそうじゃなきゃ、説明がつかない。あいつはあの汚らわしい半獣人なんだ!半獣人は魔力量が多くて、魔法を最初から呪文無しで使えると聞く。上手く隠しているだけであいつは野蛮な半獣人なんだよ!ああ、早く誰かに知らせないと。山に帰さないときっとみんなやられてしまう!!」
限界だった。
ここ数週間溜まっていたフラストレーションに加え、自分を殺すと宣言するものとの接触、頭に響く声の揺さぶり。さらには仲間の侮辱。
今までジルトが経験したことのないほどの怒りが湧き上がってきて、元から精神が安定していない状況の彼女にはそれを止めることができなかった。
レオだけでなく、ジルトの中では半獣人であるシュレイも馬鹿にされたも同然だった。
目の前が真っ赤に染まる。
「ひっ?!」
「ジルト君!!」
気がつけば、ジルトは魔力を放出していた。
クラス長は腰を抜かし、それでも逃げようと不格好に体を動かすが、ジルトの炎はそれを許さない。すぐに彼を囲み、逃げ場をなくす。
「ジルト君、やめて!バルディア君も、謝って!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!!あつっ、うわ、こ、殺さないで!」
殺すつもりなどさらさらない。炎だって今すぐに引っ込めたい。
ただ、体の中に渦巻く熱が止まらない。怒りが、消えない。
この体内の熱が制御できずに魔力として暴走しているのだと理解できたが、つまりこの中の熱を抑え込めない限り火が消せないのだという事実に絶望する。
「ごめん、消せない」
自分のことをどう言われたっていい。殺されるほど恨まれたって、身に覚えのないことで責められたって、いい。けれど、大切な人を蔑ろにされるのは我慢ならない。その屈辱は、怒りはそう簡単に消えてくれない。
眼帯が、はらりと外れる。
ヒユに短剣を顔の横に刺された時、剣に付与された魔法で眼帯の紐が切れかけていたのだ。タイミングの悪いことに、それが今、完全に切れてしまった。
「あか……」
「ドラゴンの」
クラス長とサクラには見えてしまった。ジルトは気づいていないが、彼女の魔力が暴発する時、その右目は赤く輝いているのだ。
正体までばれてしまい、ジルトは混乱する。どうすればいいのか、焦りは制御とかけ離れていて、魔力がどんどん漏れ出していく。
「ジルト君!」
サクラが駆け寄って、ジルトに抱き着いた。
「サクラさん!危ないよ!」
「出して。止められないのなら、全部出してしまいましょう。私が、受け止めるから。私は大丈夫」
周りの炎もどんどん彼女に吸い込まれていく。それでも、ジルトの出す魔力が彼女の容量を超えてしまったらと思うと、思いきり熱を、魔力を吐き出してしまうことはできなかった。
「大丈夫、大丈夫だから」
優しい声でジルトに囁きながら、彼女はジルトの頭を撫でた。ゆっくり、ゆっくりと。
ふわりと目に見えないベールで包まれるような心地がする。安心感に満たされたジルトは目を閉じて、体内の熱を全てサクラに放出した。
体内の熱は抜かれ、同時に力も抜けてジルトは崩れ落ち、サクラもそれに巻き込まれる形で地面に倒れ込んだ。
「ごめん、ごめんなさい」
無茶をさせてしまったこと、正体を隠していたこと、無茶をさせてしまったこと。どのことに対しての謝罪と受け取ったのかはわからない。
「大丈夫って言ったでしょう?」
サクラは気丈に笑って見せた。
(ジル、ジル!無事か?!何があったんだ?!)
急に昂ったジルトの魔力を察知して、シュレイが連絡を取ってくる。
(シュレイ、私は大丈夫。心配しないで。歓迎祭が終わったら詳しく話すから)
本当ならこんな大きな事件はみんなに話すべきだろう。けれど、クラス間の交流禁止はまだ解かれていない。一組と二組でわかれてしまった友人たちがジルト達以外にもいるのは知っている。ここで話してしまうのは嫌だった。
「ドラゴンの、娘。本当にいたんだ」
放心状態のクラス長は意識を取り戻して逃げるのかと思えば、もつれる足も気にせずにジルト達の方に向かってきた。
「ごめんなさい!」
そして地面に伏して謝罪する。
「僕はなんてことを!この国の象徴たるドラゴンのその娘に、無礼を働いたこと深くお詫びします」
ジルトはこんな謝罪が欲しかったわけではないが、ひとまず彼がドラゴンの信仰者だったことに安心する。この反省の深さから見ても、ジルトが言えば彼女の秘密を黙ってくれるだろう。
「そうじゃないでしょう?」
「いいよ、サクラさん」
むっとクラス長に言い返すサクラを止める。
たしかに彼は初めからジルトのことを嫌っていたが、ここまで感情的に行動に出るような人ではない気がした。ジルトとレオ達の交流を禁じた時も一組のクラス長に根回ししていたし、前例を調べていた。すぐにサクラが切り抜けられるような足止めをして、直接ジルトを詰るのはどこか彼の印象とずれる。
「いや、本当に。自分でも制御がきかなくて、失礼なことを言った自覚があります。色々言ったけれど、あれは口から出まかせというか、その、本心ではないです」
言っていて自分でも不思議に思ったのか、クラス長の言葉は言葉尻にかけて小さくなっていく。
「本当にごめんなさい」
深く謝罪する彼にそれ以上怒りは抱かなかった。
「いいよ。私も、ごめんなさい。危険な目に遭わせてしまった」
ジルトはサクラに寄りかかっていた体を起こし、自分で座る。そしてサクラとクラス長、両方に向けて言う。
「黙っていてごめん。私はドラゴンの娘なの」
勝手にこの二人に話したことを後でレオに怒られる覚悟はできていた。見られてしまった上に危害を加えた自分が、何の説明もしないのはおかしいと思った。
続きます。




