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竜眼の少女  作者: 五十音
テアントル
37/116

歓迎祭

 土曜、日曜と二日間ジルトは苦手なクラス担任のことで頭を悩ませていた。

 ジルトが学校に来た初日にはジルトに冷たい態度を取った。その後は特筆すべき事態はなかったものの、歓迎祭を案内されるような感情を向けられたこともなかったはずだ。ジルトの魔力量を知っても、アンセモンの態度はいい方向には変わらなかった。


 少しは楽しみにしていた歓迎祭は彼のせいで不安な方に振り切ってしまい、憂鬱なままジルトは待ち合わせ場所で立っていた。よくよく考えればジルトは学校以外で外に出ることは少なく、お祭りに合うような服は一つも持っていない。無地の土色の七分丈のズボンに、ゆったりとした同じく無地の黒い半袖のジルトは道行く人たちのきらびやかな衣装を見て、更に落ち込んだ。


「おはよう」


 低い声が響く。

 いつの間にか下を向いていた顔を上げると、ジルトの頭をしばらく占領していたクラス担任が立っていた。いつもはシャツに長ズボンといった格好だが、今日は意匠の凝らされたベストを上に纏っている。

 じっとジルトを上から下まで見た後で、


「では行こう」


 くるりと向きを変えて歩き出した。ジルトは慌ててその後を追う。

 破裂音が鳴り響き、雲の少ない青空にゆったりと煙が漂う。歓迎祭が始まった。



 *



 歓迎祭は学校区を中心に行われる。各学校の近くにその生徒たちが屋台を構え、新入生を歓迎する。屋台は食べ物が多く売られており、美味しそうな匂いが溢れかえっている。

 開始直後は人も少ないので、先を行くアンセモンに追いつくのは難しくなかった。それに彼は時々立ち止まって、ジルトが来るのを待ってくれる。そしてジルトが追いつくと、


「何か欲しいものはないか?」


 と必ず聞いてくる。

 ジルトは月に一度セダムからお小遣いをもらっているのでお金の心配はないのだが、目についたものを口にすると、アンセモンが財布を出して買ってくれる。申し訳なくなって何もないと答えるようにしてからも、ジルトの視線を辿って食べ物や小物を買いに行き手渡してくる。ついにはジルトが食べるのが追いつかなくなって、手にものが溢れてしまった。


「一度休むか」


 屋台の切れ目に存在するカフェに入ると、アンセモンはジルトを席に座らせて飲み物を買いに行った。カップを二つ手に持って戻って来たアンセモンはジルトの前に座る。


「すまない、買いすぎたな」

「いえ」


 小さくはないカフェのテーブルは食べ物で埋まっていた。食べ物以外の装飾品や玩具は袋に詰められて、椅子の背にかかっている。

 学校よりかははるかに近い距離で長い間過ごしたが、二人の間に会話が生まれることはなく、無言の時が続く。


「悪かった」


 小さく響いた声が目の前の男から出た。


「え」


 ジルトは肉の挟まったパンを食べる手を止めて、真正面を向く。


「君を誘った時、返事も聞かずに帰ってしまっただろう」

「あ」


 そういうことは気にしていないものだと思っていたジルトは、少々驚いた。


「人を何かに誘ったことがあまりなくてな。まぁ、なんだ。緊張していてな」


 緊張?と顔に大きく描かれていたのだろう。アンセモンは苦笑する。


「そうは見えなかったか」

「先生は、私のことを嫌っていると思ってた」

「ああ」


 彼も心当たりはあるのか、額に手を当てて低い呻き声を出す。


「すまない。俺は喋るのは得意じゃないんだ」


 アンセモンと私的な時間を通して、ジルトは彼が悪い人ではないと知った。

 最初の授業での推薦入学への指摘はもしかしたら単純に思っていたことを口にしただけなのかも知れない。推薦入学者だからといってその後特別な扱いを受けた覚えはない。歓迎祭の準備については話に入れていなかったジルトを見た彼なりの慰めだったのだろう。彼もレオと同じく、いやレオ以上に表情に出ないのでわかりにくいことこの上ないのだが。


「先生はどうして私を歓迎祭に?」

「そうだな。自分自身君に対して失言があったという自覚はあったから、詫びのつもりだ。あとは、そう、なんだろうな……。君が、友人に似ていたからかもしれない」


 目を伏せた彼は、昔を思い出しているのか、表情が少し柔らかくなる。


「個人的なことだ。付き合わせてすまない」

「いえ、ありがとう、ございます」


 今日、彼と歓迎祭に来られてよかったと思う。教師と生徒の関係上、学校でこのような話はできず、ジルトはこれからも彼を誤解したままだっただろう。




 カフェで買い込んだ食料をアンセモンと一緒に食べ、彼とはそこで別れたジルトは一人で出し物を見て回っていた。

 太陽はすでに高く上がり、お昼ごはんを求めてやってくる学生や、中央の住人で道がいっぱいになっている。サクラとの待ち合わせ時刻まで時間が余ると思っていたが、この混み具合では逆に間に合わなくなることを心配した方がよさそうだ。


 ジルトは人に押し流されながら、それでも朝よりはずっと明るい気分だった。アンセモンとの誤解が解けたこともあるが、それよりかは彼が買ってくれた祭り用の装飾品によって周りに引け目を感じることがなくなったことが大きい。

 高くはないがけして安くもないマントは生地と同じ黒い糸で綺麗な刺繍がされている。派手ではないが美しい刺繍がジルトは気に入った。学生たちが作った腕輪や仮面は気分を華やかにしてくれる。そういった意味では、ジルトは将来商業を営んでいくであろう庶民の学校の屋台が好きだった。


「やあ」


 屋台の並ぶ道を抜け、普通の市街に差し掛かった時、ふと誰かに呼び止められた。声がしたのは横の路地からで、そこには一人の兵士がいた。立派な鎧に身を包んだその人は、藍色の髪と瞳をしていた。クラス副長よりも濃い色だ。髪の毛先はゆるく、小さくカーブしていて、まつ毛は長く、顔も整っている。


「ちょっといいかな?」


 手招きされてジルトはためらう。中央の路地にはいい思い出がない。

 しかし立派な身なりの兵士の呼びかけを無視する方が怪しいのは理解していた。警戒しながらもゆっくりと兵士のもとへ行くと、いきなり腕を引っ張られ壁に押し当てられた。


「いたっ!」

「おっと、ごめんね」


 軽い口調で、兵士は短剣を抜き、ジルトの顔の横に突き刺した。魔法で強化されていたのか短剣は、ジルトのつけていた仮面を貫いて深く壁に刺さっていた。


「動くな、声も出すな」


 低く脅した兵士は、何かを確かめるようにジルトの首元に手を伸ばす。数度喉元を行き来した手は、肩に伝って、そのまま体の横を滑っていく。体をこれほど丁寧に触られるのは初めてで、ジルトは硬直した。兵士はジルトの上の服をめくり、腹を出させると、ぱっと手を離し短剣も抜いた。

 やっとぞわぞわとした感覚から解放され、力の抜けたジルトはその場に座り込む。

 兵士は彼女と目線を合わせるためにしゃがみ、


「君、ドラゴンの娘だろ」


 と言い放った。


「え?」


 どうしてわかったのだろうか。ジルトの反応はいきなり変なことを言われた一般人とそう変わらなかったはずだが、彼には確信があるのか苛立った表情を向ける。


「ああ、くそ。ムカつくなぁ。こっちは嫌ってほどわかるっていうのに」


 また兵士の手がジルトに伸ばされる。びくりと体が跳ねても、逃げるための力が入らない。

 兵士の手はジルトの首に回され、力が込められる。ジルトは、首を絞められた。


「ぐっ!」

「ああ、目を瞑っちゃだめだ。こっちを見ろよ」


 苦しさに耐えながら目を開くと、表情の抜け落ちた人間が目の前にいた。そこには本当になにもなかった。


「俺の名前はヒユ・アマラ。お前を殺す男だ」


 そう告げると、男はするりとジルトの首から手を離した。


「っげほ、はぁ、はぁ」

「ああ、ああ。苦しそうだね。その表情は割と好きになれそうだ」

「あなたは、誰?」

「そうだなぁ。ドラゴンによって歪められた者って言えばわかるか?」


 ジルトはセキの顔を思い出す。

 ドラゴンが魔力を人間に譲渡した時に、人からかえられてしまった者がいる。セキはその内の人食い鬼の最後の一人だった。

 それとはまた別に、ドラゴンによって悪影響を受けた一族なのだろうか。


「知ってはいるみたいだな」

「私を、殺すの?」

「そうだ。でも、今じゃない」


 目の前の男、ヒユはジルトの頭を撫でる。それはもう丁寧に、優しく。ただその行為をそのまま受け入れられる状況ではなかった。ちぐはぐな言動がジルトに恐怖を与える。


「お前はまだ若い。若すぎる。もう少し大きくならないと、なぁ。俺はできるだけお前に苦しんでもらいたいんだ。上からも殺すなと言われてる」


 ヒユは立ち上がり、ジルトを見下して言う。


「ただ、覚えておけ。俺はお前を必ず殺す」


 歩き出したヒユは、一度動きを止め、ジルトを振り返る。


「そうだ、忘れてた。このこと、一切他言するな。もしすれば、話を聞いたやつを殺す。俺が殺すなと言われてるのは、お前だけだからな」


 残されたジルトはしばらく動けなかった。

 自分を恨む存在がいることは知っていたつもりだったが、やはり直接殺意を向けられると怖くなる。

 それにこのことは誰にも相談できない。心の中に溜まった不安を取り除けないのはひどく苦しい。歓迎祭が終われば皆に会って、いろんなことを話して、また元気になれると思っていたのに。


――俺はお前を必ず殺す――


 重い枷がついてしまった。これはジルトか彼が死ぬまで取れない枷だ。


(俺なら、助けてあげられるよ)


 ジルトの脳内に、あの声が聞こえる。

 どういう訳か、彼はジルトに起こったことを理解しているようだった。


(あなたの助けは要らない)

(いいのかい?それは君にずっと付きまとう話だよ?みんなに隠し事をしている後ろめたさといつ殺されるかわからない不安が、君が死ぬまでずぅっと続く)


 改めて言葉にされるとぞっとする。


(かわいそうなジルニトラ。君はいつでもかわいそうだ)

(私はかわいそうなんかじゃない)

(強がりは続けられそうかい。君を縛るのが俺だけじゃなくなるのは癪だが、まぁ許してあげよう。頑張って。どうしようもなくぼろぼろになっても、俺は迎え入れてあげるよ)


「かわいそうなんかじゃ、ない」


 自分に言い聞かせて、ジルトは立ち上がる。

 これは自分で決めたことなのだ。自分がドラゴンの娘であることで何を言われても、誰から恨まれても。この国の苦しんでいる人達を解放するためにジルトは動く。それはどんなに傷つこうとも、変わらない。

 それが、ジルトの生きる、意味なのだから。

続きます。

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